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一話目 再び始まる
しおりを挟む闇の中に消えていたはずの私の意識が浮上する。重たい瞼を上げ、目を動かすと見慣れないものが多く視界に入る。
「……あら、目が覚めたのね。おはよう、アリア」
優しく、子を愛おしむ声が聞こえ、頭を動かす。雪のように白い髪を揺らし、こちらへやってくる女性。彼女は私を『抱き上げて』青く澄んだ瞳で見つめてくる。
「んー、お腹が空いてるってわけじゃなさそうね。それなら、散歩に行きたいのかしら」
女性の言葉に答えようとして、私の口からはあー、やうー、くらいしか言葉に出来ないことに気付く。視線を落とせば小さな手が見え、私は自分の身に何が起こったのかを把握した。
これはいわゆる『転生』というもので、私はホムンクルスから人間に転生したようだ。
私を抱き上げている女性は母親で、アリアと私を見て呼んだことからそれが私の名だと理解した。
「ふふ、アリアは散歩が好きねー。今日は天気が良いから、風が気持ちいいわよー」
母と共に出た外の景色は、空気は、私の知らないものだった。そして、私はもう一つの要素に気づいた。
これはただの転生ではなく、異世界転生だということに。
*
私が生まれたのはスルムという名の村で、ファンタルアという国の東にある。木々に囲まれているからか、多少の獣害はあるが比較的穏やかに生活できる場所だ。
かつてホムンクルスとして生きていた私だが、主やマリアの付き添いくらいにしか外に出たことがなかったためあらゆるものに興味を持ち、あれはこれはと両親を質問攻めにした。そのせいか、好奇心と知識欲の旺盛な子供として見られたが、まあ問題ないだろう。
そうして少しずつこの世界に慣れていき、私が転生しているのなら他のホムンクルスも転生していたりしないのかなぁ、と思いつつ過ごして、五年の月日が流れた。
「アリア。この前、新しく村に来た人たちの話のこと、覚えてる?」
母のお菓子作りの手伝いをしていると、不意にそう問いかけられた。私は記憶をたどり、そういえば二日ほど前に新しい人が来たと話をしていたのを思い出す。
「うん、覚えてるよ。仲の良い夫婦で、私と同じ年くらいの子供がいるって。家も近いし、色々と助けになりたいって話だよね」
「そうそう。覚えてて偉いわね、アリア」
そう言って私の頭を撫でる母に、こちらの頬も緩む。
無条件に注がれる愛情は心地よく、私はこの五年の間にすっかり両親のことが好きになっていた。むしろこれで何も感じない方が無理があると思う。
「それで、仲良くなるためこの春麦のクッキーをお裾分けしに行こうと思うんだけど、一緒に行かない?アリアならその子たちと仲良くなれると思うし」
子供の相手は幼いマリアの世話をしていたからそれなりに出来るだけで、仲良くなれるかどうかはちょっと違うけど。
母が楽しそうにお友達が増えるといいわね、と言うものだから、私は小さくうなずいて母に同行することにした。
出来上がったクッキーを小分けにして籠に入れ、母と手を繋いでその家へと向かう。
「まずはロザリアさんとアルドさんのお家に行きましょうか。リーゼちゃんって子がいるから、きちんと挨拶するのよ?」
「うん」
歩いて五分くらいで、そのロザリアさんとアルドさんの家に着く。母が扉を叩くと、中から綺麗な金色の髪を結んだ女性が出てきた。
「はーい。あら、リメアさん。どうかされました?」
「こんにちは、ロザリアさん。たくさんクッキーを作ったからお裾分けに来たのと、うちの子のご挨拶に」
「はじめまして、アリアです」
ほら、と母に促されて名前を言うと、よくできました、と頭を撫でてくれた。金色の髪の女性、ロザリアさんは私の目線の高さまで屈んで、よろしくね、と言ってくれる。優しい大人だ。
ロザリアさんはその態勢のまま、リーゼ、と奥へ呼びかけた。
「はーいです。呼んだですか?」
奥から出てきたのは、ロザリアさんと同じ金色の髪を二つに結んだ女の子だった。綺麗な青と目が合った時、私はまるで雷に打たれたかのような衝撃を受ける。そして、名前を呼びそうになってとっさに手で口を覆う。
それはリーゼと呼ばれた女の子も同じだったようで、二人して同じ動きをしているのに気付いた母が不思議そうに声をかけてきた。
「どうしたの?」
「っ、なんでもないよ。お話してきてもいい?」
不思議そうにしつつも、母とロザリアさんは頷いてくれた。驚きから回復したリーゼの手を取って、私は母から少し離れる。聞こえないように小さく、呼ぼうとした名を口にした。
「……真白?」
「はいです。やっぱり深紅です?」
真白はリーゼ、深紅は私のホムンクルス時代の名前だ。これを知っているということは、彼女にも記憶が残っているということだろう。
「うん。いまはアリアって名前」
「私も今はリーゼです。びっくりしたです。前と姿かたちは違うのに、はっきりわかったです。どうしてです?」
確かに私もリーゼもホムンクルスだった頃とはまったく違っている。それでも私はリーゼを、リーゼは私をきちんと認識できていた。どうしてなのか、私は一番可能性の高い推測を彼女に話す。
「前の名残じゃないか?ほら、あの時は誰がどこにいるかって認識できてたし。その感覚が残ってて、会えばわかるみたいな感じじゃないかな」
「あー、なるほどです。前の記憶があるですから、そういうのでも不思議ではないです」
うんうんと頷くリーゼ。可能性の話だから正しくはないだろうけど、納得するに値する理由のようだ。
「まあ、えっと……これからよろしくねリーゼ」
「はいです」
いつか出会えるかもしれないと考えていた矢先に会えるとは、私は幸運なのかもしれない。心が弾むような気分で母に手を引かれてリーゼのもとをあとにし、次の家に向かう。
その幸運が再び訪れるとは知らずに。
*
「どこかで会えたらいい、くらいの気持ちでいたが、こうなるとはな」
秋を感じる風に心地よさを感じていると、隣に座っている狐耳と尻尾を持つ狐獣人の少年がそう口にした。そのセリフは私とリーゼにも言えるものだ。
狐獣人の少年の名はシュウト。新しくスルム村に移住してきたもう一組の夫婦の子供で、かつては蘇芳という名だった私たちの仲間である。
「偶然と言うには出来すぎですが、運命と言うにはちょっと弱いです」
「まあ、確かに。全員揃ったら運命って言おうか」
「僕とリーゼがこうして揃っている時点で、もう運命のようなものじゃないか?」
「それも一理あるねー」
出会った当初のことやこの再会に相応しい言葉の話をしながら、私たちは村の中を散歩している。村の人とすれ違う時や、話が聞こえそうな距離のときは他愛のない話に変えてやり過ごしていた。
さすがに話を聞かれると、どうしたんだと思われてしまうだろうし色々な面倒が起きそうなので。
「まあ、残りの三人にはいつか会えるだろ。僕とリーゼがいるんだし」
「です。私たちが大きくなっても会えなかったら、探しに行けばいいです」
「そうだね。転生してるかどうか分からないけど、みんな揃うといいな」
前世の仲間が揃ったところで、その時と同じようにいかないのは分かっている。リーゼとシュウトは記憶を持っていたけど、何も覚えていない可能性だってある。それでも。
「ふふ、転生してアリアが居るって知ったら常磐が喜ぶです」
「あー……そうだな。どういう反応になるか、今から楽しみだな」
「常磐……。そういえばあの時、何か言いたそうだったから会えたら聞いてみようかな」
二人の口から常磐、三番目のホムンクルスの話が出て、私は最後の時のことを思い出しながらそんなことを呟く。すると二人は途端に、それは止めてあげてほしいと揃えて口にした。
よく分からないけど、常磐にとってあまり触れてほしくない所らしいと二人の言葉から察したので、聞くのはやめておこう。
「あ、家が見えてきたです」
「今日はここまでだな」
「うん。また明日ねリーゼ、シュウト」
話をしているうちに家の近くまで帰ってきていたようで、私たちはそこで解散する。また明日と言い合って手を振りあい、家へと帰っていく。
あの時とは違う、けれども穏やかな日常の幸福に私の頬は自然と緩む。明日も明後日も、いつまでだってこんな日が続くように思いながら、私は自宅の扉を開けた。
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