魔王と僕≪しもべ≫のしあわせごはん

羽鳥くらら

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【第1話】初めましてと懐かしのミルク粥

【1-11】

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「まだ子どもじゃないか! カミュ、お前は……、お前は、マリオとの約束を忘れたのか!?」

 マリオって、誰だ? ──そう冷静に考える一方、暗闇の中から投げつけられている怒声に滲む悲壮感が気になった。
 この声の主は、恐らくは魔王だ。彼は、傷ついている。よく分からないけれど、僕の存在が彼にショックを与えているらしい。

「まともに起き上がれず、ろくに話もされていなかった割に、随分と元気なお声ですね。ある意味、安心いたしました」

 冷静に言葉を返すカミュは、溜息をつきながらベッドへと近付いてゆく。

「ジル様、失礼ですよ。この方は、二十年を生き抜かれた末、こちらにいらっしゃったのです。子どもではありません」

 僕は確かに背丈も体格も小さめで、いつまでも中学生に間違えられるような童顔ではあったけど、子どもじゃないぞ。でも、そんな反論を挟む余地もなく、魔王と悪魔の応酬が続いていった。

「子どもではなかろうが、たかだか二十年の人生だったのだろう? それで、マリオが遺した条件に合うだと……?」
「ええ。こちらの方はミカさんというお名前でアースの人間でしたが、天涯孤独の境遇であり、前の人生に未練も無かったと、ご自分で明言されておりました」
「……二十歳で、か?」
「ええ、二十歳で。……貴方が魔王になられたときと、同じ年齢ですね」
「……」

 暗闇に、静寂が滲んでいく。魔王が口を閉ざしたきり、悪魔も何も言葉を紡がない。ただの人間の僕は、なんとなく場違い感をおぼえながら、カンテラの中の炎を眺めていた。

「──ミカ、といったか」

 どれほど沈黙が続いたのか分からないけれど、それなりに長い時間が経過してから不意に名前を呼ばれて、僕は肩を跳ねさせる。危うくカンテラを落としそうになってしまった。

「は、はいっ?」
「こちらへ来て、顔を見せてくれないか」
「は、はい……」

 魔王から敵意は感じないものの、部屋の暗さが不気味だからか、どうしても身構えてしまう。けれど、僕は意を決して、「失礼します」と部屋に足を踏み入れてみた。
 カンテラで足元を照らしながら、少しずつベッドへと近付く。部屋はとても広いけれど、きちんと整頓されているようだ。置かれている物に足を取られることも無く、天蓋つきだけどカーテンは全開状態のベッド横へ到着した。

 ベッドの上には、立てた片膝に顎を乗せる体勢で、一人の青年が座っている。肩に届く髪も、長い前髪の狭間から除く瞳も、案外シンプルな衣服も、全てが真っ黒だ。蒼白い肌と、前頭部に沿うように生えている二本の銀色の角が、漆黒を更に際立たせていた。
 カミュとはまた方向性が異なるけれど、とても美形な青年だった。──そう、青年だ。僕よりはかなり大人びて見えるものの、年齢はそう変わらないように見える、哀しげな瞳の若い男だった。とても、魔王には見えない。

「お前が、ミカか」

 僕へ話しかけてくる声音は、とても落ち着いている。先ほど怒鳴っていた時には気付かなかったけれど、柔らかくて心地いい低さの声だった。

「はい、そうです」
「自分の置かれている状況は理解しているか?お前は、元いた世界で死に、ここにいる悪魔カミュに召喚され、この地へ転生した。それは納得しているか?」
「はぁ……、まぁ、正直なところ、夢みたいな話だなぁとも思いますけど、ひとまずは納得しています」

 廊下にあった鏡に映った自分の姿は、二十年慣れ親しんだままだったから、生まれ変わったと言われてもピンとこないけれど、此処が日本じゃないのは現実だろう。
 物憂げな黒い瞳は、僕をじっと見つめてくる。

「本当に、これまでの人生に未練は無いのか?」
「無いです」
「転生とはいえ、元の姿のまま命を繋いだのだから、どうせなら会いに行きたいと願う相手などはいないのか? いたところで叶えてはやれないが……」
「ご心配なく。そんな相手はいませんし、そんなことを願ったりもしません」

 魔王は沈痛な面持ちで暫し黙った後、深々と溜息をついた。

「……お前は、俺とは随分と違うんだな。お前は俺以上に……、いや、いい」

 気だるげに首を振った魔王は、ほんのわずかだけ口元に微笑を刻む。

「俺の名は、ジルベール。魔王の役目を押し付けられてはいるが、俺が何か偉いわけじゃない。敬ってもらう必要はないし、畏まった話し方もやめてくれ」
「ジルベール……さん……?」
「ジルでいい。代々の食事係も、俺をそう呼んでいた」
「……分かった。ジル、これからよろしくね」
「……ああ、こちらこそ」

 カミュも大概悪魔には見えないけれど、ジルも全然魔王だと思えない。魔王に隷属するしもべになったという感覚は無く、ちょっと風変わりで美形なルームメイトが出来た……とまでは言わないけれど、それに近い気持ちだ。といっても、誰かとルームシェアなんてしたこと無いから、想像に過ぎないけども。

「顔合わせも済みましたし、早速ジル様にお食事をとっていただきましょうか。この世界へ来ていただいて早々に、ミカさんが料理をしてくださったのです。冷めてしまう前に、ぜひ」
「唐突だな……」
「話は後ほどゆっくり出来るでしょう? 今のジル様は、そうしてお身体を起こしているだけで精一杯でしょうから。まずは、回復していただかなくては」

 そう言って、カミュはトレーに載っているミルク粥を魔王へ見せる。すると、ジルは驚いたように黒い目を瞠り、呆然と呟いた。

「……なぜ、ミカがそれを知っているんだ?」
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