11 / 246
【第1話】初めましてと懐かしのミルク粥
【1-11】
しおりを挟む
「まだ子どもじゃないか! カミュ、お前は……、お前は、マリオとの約束を忘れたのか!?」
マリオって、誰だ? ──そう冷静に考える一方、暗闇の中から投げつけられている怒声に滲む悲壮感が気になった。
この声の主は、恐らくは魔王だ。彼は、傷ついている。よく分からないけれど、僕の存在が彼にショックを与えているらしい。
「まともに起き上がれず、ろくに話もされていなかった割に、随分と元気なお声ですね。ある意味、安心いたしました」
冷静に言葉を返すカミュは、溜息をつきながらベッドへと近付いてゆく。
「ジル様、失礼ですよ。この方は、二十年を生き抜かれた末、こちらにいらっしゃったのです。子どもではありません」
僕は確かに背丈も体格も小さめで、いつまでも中学生に間違えられるような童顔ではあったけど、子どもじゃないぞ。でも、そんな反論を挟む余地もなく、魔王と悪魔の応酬が続いていった。
「子どもではなかろうが、たかだか二十年の人生だったのだろう? それで、マリオが遺した条件に合うだと……?」
「ええ。こちらの方はミカさんというお名前でアースの人間でしたが、天涯孤独の境遇であり、前の人生に未練も無かったと、ご自分で明言されておりました」
「……二十歳で、か?」
「ええ、二十歳で。……貴方が魔王になられたときと、同じ年齢ですね」
「……」
暗闇に、静寂が滲んでいく。魔王が口を閉ざしたきり、悪魔も何も言葉を紡がない。ただの人間の僕は、なんとなく場違い感をおぼえながら、カンテラの中の炎を眺めていた。
「──ミカ、といったか」
どれほど沈黙が続いたのか分からないけれど、それなりに長い時間が経過してから不意に名前を呼ばれて、僕は肩を跳ねさせる。危うくカンテラを落としそうになってしまった。
「は、はいっ?」
「こちらへ来て、顔を見せてくれないか」
「は、はい……」
魔王から敵意は感じないものの、部屋の暗さが不気味だからか、どうしても身構えてしまう。けれど、僕は意を決して、「失礼します」と部屋に足を踏み入れてみた。
カンテラで足元を照らしながら、少しずつベッドへと近付く。部屋はとても広いけれど、きちんと整頓されているようだ。置かれている物に足を取られることも無く、天蓋つきだけどカーテンは全開状態のベッド横へ到着した。
ベッドの上には、立てた片膝に顎を乗せる体勢で、一人の青年が座っている。肩に届く髪も、長い前髪の狭間から除く瞳も、案外シンプルな衣服も、全てが真っ黒だ。蒼白い肌と、前頭部に沿うように生えている二本の銀色の角が、漆黒を更に際立たせていた。
カミュとはまた方向性が異なるけれど、とても美形な青年だった。──そう、青年だ。僕よりはかなり大人びて見えるものの、年齢はそう変わらないように見える、哀しげな瞳の若い男だった。とても、魔王には見えない。
「お前が、ミカか」
僕へ話しかけてくる声音は、とても落ち着いている。先ほど怒鳴っていた時には気付かなかったけれど、柔らかくて心地いい低さの声だった。
「はい、そうです」
「自分の置かれている状況は理解しているか?お前は、元いた世界で死に、ここにいる悪魔カミュに召喚され、この地へ転生した。それは納得しているか?」
「はぁ……、まぁ、正直なところ、夢みたいな話だなぁとも思いますけど、ひとまずは納得しています」
廊下にあった鏡に映った自分の姿は、二十年慣れ親しんだままだったから、生まれ変わったと言われてもピンとこないけれど、此処が日本じゃないのは現実だろう。
物憂げな黒い瞳は、僕をじっと見つめてくる。
「本当に、これまでの人生に未練は無いのか?」
「無いです」
「転生とはいえ、元の姿のまま命を繋いだのだから、どうせなら会いに行きたいと願う相手などはいないのか? いたところで叶えてはやれないが……」
「ご心配なく。そんな相手はいませんし、そんなことを願ったりもしません」
魔王は沈痛な面持ちで暫し黙った後、深々と溜息をついた。
「……お前は、俺とは随分と違うんだな。お前は俺以上に……、いや、いい」
気だるげに首を振った魔王は、ほんのわずかだけ口元に微笑を刻む。
「俺の名は、ジルベール。魔王の役目を押し付けられてはいるが、俺が何か偉いわけじゃない。敬ってもらう必要はないし、畏まった話し方もやめてくれ」
「ジルベール……さん……?」
「ジルでいい。代々の食事係も、俺をそう呼んでいた」
「……分かった。ジル、これからよろしくね」
「……ああ、こちらこそ」
カミュも大概悪魔には見えないけれど、ジルも全然魔王だと思えない。魔王に隷属する僕になったという感覚は無く、ちょっと風変わりで美形なルームメイトが出来た……とまでは言わないけれど、それに近い気持ちだ。といっても、誰かとルームシェアなんてしたこと無いから、想像に過ぎないけども。
「顔合わせも済みましたし、早速ジル様にお食事をとっていただきましょうか。この世界へ来ていただいて早々に、ミカさんが料理をしてくださったのです。冷めてしまう前に、ぜひ」
「唐突だな……」
「話は後ほどゆっくり出来るでしょう? 今のジル様は、そうしてお身体を起こしているだけで精一杯でしょうから。まずは、回復していただかなくては」
そう言って、カミュはトレーに載っているミルク粥を魔王へ見せる。すると、ジルは驚いたように黒い目を瞠り、呆然と呟いた。
「……なぜ、ミカがそれを知っているんだ?」
マリオって、誰だ? ──そう冷静に考える一方、暗闇の中から投げつけられている怒声に滲む悲壮感が気になった。
この声の主は、恐らくは魔王だ。彼は、傷ついている。よく分からないけれど、僕の存在が彼にショックを与えているらしい。
「まともに起き上がれず、ろくに話もされていなかった割に、随分と元気なお声ですね。ある意味、安心いたしました」
冷静に言葉を返すカミュは、溜息をつきながらベッドへと近付いてゆく。
「ジル様、失礼ですよ。この方は、二十年を生き抜かれた末、こちらにいらっしゃったのです。子どもではありません」
僕は確かに背丈も体格も小さめで、いつまでも中学生に間違えられるような童顔ではあったけど、子どもじゃないぞ。でも、そんな反論を挟む余地もなく、魔王と悪魔の応酬が続いていった。
「子どもではなかろうが、たかだか二十年の人生だったのだろう? それで、マリオが遺した条件に合うだと……?」
「ええ。こちらの方はミカさんというお名前でアースの人間でしたが、天涯孤独の境遇であり、前の人生に未練も無かったと、ご自分で明言されておりました」
「……二十歳で、か?」
「ええ、二十歳で。……貴方が魔王になられたときと、同じ年齢ですね」
「……」
暗闇に、静寂が滲んでいく。魔王が口を閉ざしたきり、悪魔も何も言葉を紡がない。ただの人間の僕は、なんとなく場違い感をおぼえながら、カンテラの中の炎を眺めていた。
「──ミカ、といったか」
どれほど沈黙が続いたのか分からないけれど、それなりに長い時間が経過してから不意に名前を呼ばれて、僕は肩を跳ねさせる。危うくカンテラを落としそうになってしまった。
「は、はいっ?」
「こちらへ来て、顔を見せてくれないか」
「は、はい……」
魔王から敵意は感じないものの、部屋の暗さが不気味だからか、どうしても身構えてしまう。けれど、僕は意を決して、「失礼します」と部屋に足を踏み入れてみた。
カンテラで足元を照らしながら、少しずつベッドへと近付く。部屋はとても広いけれど、きちんと整頓されているようだ。置かれている物に足を取られることも無く、天蓋つきだけどカーテンは全開状態のベッド横へ到着した。
ベッドの上には、立てた片膝に顎を乗せる体勢で、一人の青年が座っている。肩に届く髪も、長い前髪の狭間から除く瞳も、案外シンプルな衣服も、全てが真っ黒だ。蒼白い肌と、前頭部に沿うように生えている二本の銀色の角が、漆黒を更に際立たせていた。
カミュとはまた方向性が異なるけれど、とても美形な青年だった。──そう、青年だ。僕よりはかなり大人びて見えるものの、年齢はそう変わらないように見える、哀しげな瞳の若い男だった。とても、魔王には見えない。
「お前が、ミカか」
僕へ話しかけてくる声音は、とても落ち着いている。先ほど怒鳴っていた時には気付かなかったけれど、柔らかくて心地いい低さの声だった。
「はい、そうです」
「自分の置かれている状況は理解しているか?お前は、元いた世界で死に、ここにいる悪魔カミュに召喚され、この地へ転生した。それは納得しているか?」
「はぁ……、まぁ、正直なところ、夢みたいな話だなぁとも思いますけど、ひとまずは納得しています」
廊下にあった鏡に映った自分の姿は、二十年慣れ親しんだままだったから、生まれ変わったと言われてもピンとこないけれど、此処が日本じゃないのは現実だろう。
物憂げな黒い瞳は、僕をじっと見つめてくる。
「本当に、これまでの人生に未練は無いのか?」
「無いです」
「転生とはいえ、元の姿のまま命を繋いだのだから、どうせなら会いに行きたいと願う相手などはいないのか? いたところで叶えてはやれないが……」
「ご心配なく。そんな相手はいませんし、そんなことを願ったりもしません」
魔王は沈痛な面持ちで暫し黙った後、深々と溜息をついた。
「……お前は、俺とは随分と違うんだな。お前は俺以上に……、いや、いい」
気だるげに首を振った魔王は、ほんのわずかだけ口元に微笑を刻む。
「俺の名は、ジルベール。魔王の役目を押し付けられてはいるが、俺が何か偉いわけじゃない。敬ってもらう必要はないし、畏まった話し方もやめてくれ」
「ジルベール……さん……?」
「ジルでいい。代々の食事係も、俺をそう呼んでいた」
「……分かった。ジル、これからよろしくね」
「……ああ、こちらこそ」
カミュも大概悪魔には見えないけれど、ジルも全然魔王だと思えない。魔王に隷属する僕になったという感覚は無く、ちょっと風変わりで美形なルームメイトが出来た……とまでは言わないけれど、それに近い気持ちだ。といっても、誰かとルームシェアなんてしたこと無いから、想像に過ぎないけども。
「顔合わせも済みましたし、早速ジル様にお食事をとっていただきましょうか。この世界へ来ていただいて早々に、ミカさんが料理をしてくださったのです。冷めてしまう前に、ぜひ」
「唐突だな……」
「話は後ほどゆっくり出来るでしょう? 今のジル様は、そうしてお身体を起こしているだけで精一杯でしょうから。まずは、回復していただかなくては」
そう言って、カミュはトレーに載っているミルク粥を魔王へ見せる。すると、ジルは驚いたように黒い目を瞠り、呆然と呟いた。
「……なぜ、ミカがそれを知っているんだ?」
2
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~
よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】
多くの応援、本当にありがとうございます!
職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。
持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。
偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。
「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。
草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。
頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男――
年齢なんて関係ない。
五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる