12 / 246
【第1話】初めましてと懐かしのミルク粥
【1-12】
しおりを挟む
「どうしてって……、僕が幼い頃に食べたことがあるものだよ。作ったのは初めてだけど」
「……これは、俺の故郷の料理に似ている。熱が出た子どもに食べさせるものだ。……幼い頃、母がよく作ってくれた」
漆黒の瞳が、ますます哀しげに曇る。故郷を思い出して、苦しいのかもしれない。きっと、温かな家庭で育った人なのだろう。……魔王になってしまった現在はもう、故郷へ戻れないのだろうか。
いずれにせよ、作る料理の選択を間違えてしまったような気がしてならない。
「ごめんね、違うものを作り直してくるよ。といっても、食材がほとんど無いから、大したものは出来ないけど……」
添えられる物がないのに白粥は味気なさすぎるから、お米を炊いて塩むすびを作ったほうが、まだマシかもしれない。そう考えつつ、カミュからトレーを渡してもらおうと伸ばした手を、ジルにそっと掴まれる。蒼白い手は、氷のように冷えていた。
「なぜ、謝る? なぜ、作り直す必要がある?」
「だって……、その……」
どう答えるべきか迷って口ごもる僕を見て、ジルは静かに首を振る。
「不快に思ったわけじゃない。久しぶりの食事だ。ありがたくいただこう」
魔王の言葉を聞くやいなや、悪魔は手にしていたトレーを主へと渡す。受け取ったジルは足を伸ばした体勢で座り直し、太ももの膝の間あたりに置いて、スプーンを持った。
よそってから少し時間が経ってしまったから湯気は殆ど無いけれど、まだ冷めてはいないはずだ。ドキドキしながら見守っている僕の視線の先で、ジルは控えめな一口を掬い、そっと口元へ運ぶ。彼は無言のまま咀嚼し、飲み込んだ。憂鬱そうな目元が、わずかに和らぐ。
「……美味い」
「ほ、ほんとっ……?」
やや興奮した勢いで舌足らずな反応をしてしまった僕を見て、魔王はさらに目を細めた。
「ああ、美味い」
たった一言、シンプルな言葉だけれど、胸がじんわりと温かくなる。密かに感激している僕に気づいているのかいないのか、ジルは二口三口と食べ続けていった。
「優しい味だな。暫くろくに食べていなかった腹には、このくらい柔らかい食感と味つけがちょうどよくて、ありがたい」
「……故郷の味には、似てるかな?」
少し踏み込み過ぎた質問だろうかと悩みながらも口に出してみたけれど、黙々と食事をする魔王は気分を害した様子も無く、穏やかに首を振る。
「いや、食感はよく似ているが、故郷のものはもっと甘い風味だった」
「あぁ、そっち系か……」
確かに、甘めに作るミルク粥もあるんだよね。調理場には砂糖と思われる調味料もあったし、今からでも作り直してみようかな……? そっちのほうが喜んでもらえるなら、試す価値はあるかも。
そんな考えを見透かしたかのように、ジルはぼそりと呟いた。
「一応言っておくが、作り直す必要もないし、今後また作ってくれることがあったとしてもこの味でいいからな」
「えっ……?」
「俺は、この味が好きだ。昔を懐かしむための食事は必要無い。ミカの思うように作ってくれればいい」
どう答えるべきか戸惑っていると、隣でずっと成り行きを見守っていたカミュが口を挟んでくる。
「美味しいですよね。私も先程、味見をさせていただいたのですが、一口だけでも美味しさが伝わってきました。もっと食べたかったです」
仮にも仕えている主人相手に随分と正直に言うんだなと僕はギョッとしたけれど、ジルはごく普通に言葉を返した。
「まだ残っているのなら、お前も食べればいいだろう」
「勿論、後でいただく予定でしたが、すぐにでも食べたくなってきました。ここに持って来てもいいでしょうか」
「好きにしろ」
気心知れた長い付き合いなのだと分かるやり取りだ。ジルの許可を貰ったカミュは、紅い目を輝かせて僕を見下ろしてくる。
「ジル様の許可もいただけましたし、ここで一緒にいただきましょうか。ミカさんも、お腹が空いているのでは? みんなで一緒に食べましょう」
「え、……僕も一緒に?」
「ええ。前々代の食事係の方に教えられてから、私たちも皆で一緒に食事をするようにしておりまして。今度からは、ミカさんも一緒ですね。本来は食堂でいただくのですが、今はジル様が弱っておられるので、今回は此処で食事にしましょうか」
みんなで一緒にごはんというのは楽しそうで心惹かれるけれど、──此処で? 魔王のベッドの横で……?
困惑している僕の無言を肯定と受け取ったのか、カミュは足取り軽く扉へ移動し始める。
「では、私は早速、二人分のミルクガユを取って参りますね。ミカさんは、ジル様とお話なさっていてください。その辺にある椅子に、ご自由に座っていただいて大丈夫ですので」
「えっ、あ……、僕が取りに行こうか?」
「いいえ、お気遣いなく。私ひとりでしたら、ササッと飛んでいけますので。では、行ってまいります」
扉を開いたカミュは、黒い羽をはためかせ、ふわりと飛び立って行った。ただの飾りだとは思っていなかったけれど、実際に飛行している姿を見ると驚いてしまう。
悪魔の退場を呆然と見送って突っ立っている僕を、ジルは冷静に促してきた。
「ミカ。とりあえず、座るといい。……ほら、そこに椅子があるだろう」
「あっ、うん、……ありがとう」
勧められるまま手近な椅子に着席した僕を、黒い眼差しがじっとりと射抜いてくる。
「ミカ。……お前は、本当にいいのか?」
「……これは、俺の故郷の料理に似ている。熱が出た子どもに食べさせるものだ。……幼い頃、母がよく作ってくれた」
漆黒の瞳が、ますます哀しげに曇る。故郷を思い出して、苦しいのかもしれない。きっと、温かな家庭で育った人なのだろう。……魔王になってしまった現在はもう、故郷へ戻れないのだろうか。
いずれにせよ、作る料理の選択を間違えてしまったような気がしてならない。
「ごめんね、違うものを作り直してくるよ。といっても、食材がほとんど無いから、大したものは出来ないけど……」
添えられる物がないのに白粥は味気なさすぎるから、お米を炊いて塩むすびを作ったほうが、まだマシかもしれない。そう考えつつ、カミュからトレーを渡してもらおうと伸ばした手を、ジルにそっと掴まれる。蒼白い手は、氷のように冷えていた。
「なぜ、謝る? なぜ、作り直す必要がある?」
「だって……、その……」
どう答えるべきか迷って口ごもる僕を見て、ジルは静かに首を振る。
「不快に思ったわけじゃない。久しぶりの食事だ。ありがたくいただこう」
魔王の言葉を聞くやいなや、悪魔は手にしていたトレーを主へと渡す。受け取ったジルは足を伸ばした体勢で座り直し、太ももの膝の間あたりに置いて、スプーンを持った。
よそってから少し時間が経ってしまったから湯気は殆ど無いけれど、まだ冷めてはいないはずだ。ドキドキしながら見守っている僕の視線の先で、ジルは控えめな一口を掬い、そっと口元へ運ぶ。彼は無言のまま咀嚼し、飲み込んだ。憂鬱そうな目元が、わずかに和らぐ。
「……美味い」
「ほ、ほんとっ……?」
やや興奮した勢いで舌足らずな反応をしてしまった僕を見て、魔王はさらに目を細めた。
「ああ、美味い」
たった一言、シンプルな言葉だけれど、胸がじんわりと温かくなる。密かに感激している僕に気づいているのかいないのか、ジルは二口三口と食べ続けていった。
「優しい味だな。暫くろくに食べていなかった腹には、このくらい柔らかい食感と味つけがちょうどよくて、ありがたい」
「……故郷の味には、似てるかな?」
少し踏み込み過ぎた質問だろうかと悩みながらも口に出してみたけれど、黙々と食事をする魔王は気分を害した様子も無く、穏やかに首を振る。
「いや、食感はよく似ているが、故郷のものはもっと甘い風味だった」
「あぁ、そっち系か……」
確かに、甘めに作るミルク粥もあるんだよね。調理場には砂糖と思われる調味料もあったし、今からでも作り直してみようかな……? そっちのほうが喜んでもらえるなら、試す価値はあるかも。
そんな考えを見透かしたかのように、ジルはぼそりと呟いた。
「一応言っておくが、作り直す必要もないし、今後また作ってくれることがあったとしてもこの味でいいからな」
「えっ……?」
「俺は、この味が好きだ。昔を懐かしむための食事は必要無い。ミカの思うように作ってくれればいい」
どう答えるべきか戸惑っていると、隣でずっと成り行きを見守っていたカミュが口を挟んでくる。
「美味しいですよね。私も先程、味見をさせていただいたのですが、一口だけでも美味しさが伝わってきました。もっと食べたかったです」
仮にも仕えている主人相手に随分と正直に言うんだなと僕はギョッとしたけれど、ジルはごく普通に言葉を返した。
「まだ残っているのなら、お前も食べればいいだろう」
「勿論、後でいただく予定でしたが、すぐにでも食べたくなってきました。ここに持って来てもいいでしょうか」
「好きにしろ」
気心知れた長い付き合いなのだと分かるやり取りだ。ジルの許可を貰ったカミュは、紅い目を輝かせて僕を見下ろしてくる。
「ジル様の許可もいただけましたし、ここで一緒にいただきましょうか。ミカさんも、お腹が空いているのでは? みんなで一緒に食べましょう」
「え、……僕も一緒に?」
「ええ。前々代の食事係の方に教えられてから、私たちも皆で一緒に食事をするようにしておりまして。今度からは、ミカさんも一緒ですね。本来は食堂でいただくのですが、今はジル様が弱っておられるので、今回は此処で食事にしましょうか」
みんなで一緒にごはんというのは楽しそうで心惹かれるけれど、──此処で? 魔王のベッドの横で……?
困惑している僕の無言を肯定と受け取ったのか、カミュは足取り軽く扉へ移動し始める。
「では、私は早速、二人分のミルクガユを取って参りますね。ミカさんは、ジル様とお話なさっていてください。その辺にある椅子に、ご自由に座っていただいて大丈夫ですので」
「えっ、あ……、僕が取りに行こうか?」
「いいえ、お気遣いなく。私ひとりでしたら、ササッと飛んでいけますので。では、行ってまいります」
扉を開いたカミュは、黒い羽をはためかせ、ふわりと飛び立って行った。ただの飾りだとは思っていなかったけれど、実際に飛行している姿を見ると驚いてしまう。
悪魔の退場を呆然と見送って突っ立っている僕を、ジルは冷静に促してきた。
「ミカ。とりあえず、座るといい。……ほら、そこに椅子があるだろう」
「あっ、うん、……ありがとう」
勧められるまま手近な椅子に着席した僕を、黒い眼差しがじっとりと射抜いてくる。
「ミカ。……お前は、本当にいいのか?」
2
あなたにおすすめの小説
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
御家騒動なんて真っ平ごめんです〜捨てられた双子の片割れは平凡な人生を歩みたい〜
伽羅
ファンタジー
【幼少期】
双子の弟に殺された…と思ったら、何故か赤ん坊に生まれ変わっていた。
ここはもしかして異世界か?
だが、そこでも双子だったため、後継者争いを懸念する親に孤児院の前に捨てられてしまう。
ようやく里親が見つかり、平和に暮らせると思っていたが…。
【学院期】
学院に通い出すとそこには双子の片割れのエドワード王子も通っていた。
周りに双子だとバレないように学院生活を送っていたが、何故かエドワード王子の影武者をする事になり…。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
莫大な遺産を相続したら異世界でスローライフを楽しむ
翔千
ファンタジー
小鳥遊 紅音は働く28歳OL
十八歳の時に両親を事故で亡くし、引き取り手がなく天涯孤独に。
高校卒業後就職し、仕事に明け暮れる日々。
そんなある日、1人の弁護士が紅音の元を訪ねて来た。
要件は、紅音の母方の曾祖叔父が亡くなったと言うものだった。
曾祖叔父は若い頃に単身外国で会社を立ち上げ生涯独身を貫いき、血縁者が紅音だけだと知り、曾祖叔父の遺産を一部を紅音に譲ると遺言を遺した。
その額なんと、50億円。
あまりの巨額に驚くがなんとか手続きを終える事が出来たが、巨額な遺産の事を何処からか聞きつけ、金の無心に来る輩が次々に紅音の元を訪れ、疲弊した紅音は、誰も知らない土地で一人暮らしをすると決意。
だが、引っ越しを決めた直後、突然、異世界に召喚されてしまった。
だが、持っていた遺産はそのまま異世界でも使えたので、遺産を使って、スローライフを楽しむことにしました。
【運命鑑定】で拾った訳あり美少女たち、SSS級に覚醒させたら俺への好感度がカンスト!? ~追放軍師、最強パーティ(全員嫁候補)と甘々ライフ~
月城 友麻
ファンタジー
『お前みたいな無能、最初から要らなかった』
恋人に裏切られ、仲間に陥れられ、家族に見捨てられた。
戦闘力ゼロの鑑定士レオンは、ある日全てを失った――――。
だが、絶望の底で覚醒したのは――未来が視える神スキル【運命鑑定】
導かれるまま向かった路地裏で出会ったのは、世界に見捨てられた四人の少女たち。
「……あんたも、どうせ私を利用するんでしょ」
「誰も本当の私なんて見てくれない」
「私の力は……人を傷つけるだけ」
「ボクは、誰かの『商品』なんかじゃない」
傷だらけで、誰にも才能を認められず、絶望していた彼女たち。
しかしレオンの【運命鑑定】は見抜いていた。
――彼女たちの潜在能力は、全員SSS級。
「君たちを、大陸最強にプロデュースする」
「「「「……はぁ!?」」」」
落ちこぼれ軍師と、訳あり美少女たちの逆転劇が始まる。
俺を捨てた奴らが土下座してきても――もう遅い。
◆爽快ざまぁ×美少女育成×成り上がりファンタジー、ここに開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる