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【第1話】初めましてと懐かしのミルク粥
【1-12】
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「どうしてって……、僕が幼い頃に食べたことがあるものだよ。作ったのは初めてだけど」
「……これは、俺の故郷の料理に似ている。熱が出た子どもに食べさせるものだ。……幼い頃、母がよく作ってくれた」
漆黒の瞳が、ますます哀しげに曇る。故郷を思い出して、苦しいのかもしれない。きっと、温かな家庭で育った人なのだろう。……魔王になってしまった現在はもう、故郷へ戻れないのだろうか。
いずれにせよ、作る料理の選択を間違えてしまったような気がしてならない。
「ごめんね、違うものを作り直してくるよ。といっても、食材がほとんど無いから、大したものは出来ないけど……」
添えられる物がないのに白粥は味気なさすぎるから、お米を炊いて塩むすびを作ったほうが、まだマシかもしれない。そう考えつつ、カミュからトレーを渡してもらおうと伸ばした手を、ジルにそっと掴まれる。蒼白い手は、氷のように冷えていた。
「なぜ、謝る? なぜ、作り直す必要がある?」
「だって……、その……」
どう答えるべきか迷って口ごもる僕を見て、ジルは静かに首を振る。
「不快に思ったわけじゃない。久しぶりの食事だ。ありがたくいただこう」
魔王の言葉を聞くやいなや、悪魔は手にしていたトレーを主へと渡す。受け取ったジルは足を伸ばした体勢で座り直し、太ももの膝の間あたりに置いて、スプーンを持った。
よそってから少し時間が経ってしまったから湯気は殆ど無いけれど、まだ冷めてはいないはずだ。ドキドキしながら見守っている僕の視線の先で、ジルは控えめな一口を掬い、そっと口元へ運ぶ。彼は無言のまま咀嚼し、飲み込んだ。憂鬱そうな目元が、わずかに和らぐ。
「……美味い」
「ほ、ほんとっ……?」
やや興奮した勢いで舌足らずな反応をしてしまった僕を見て、魔王はさらに目を細めた。
「ああ、美味い」
たった一言、シンプルな言葉だけれど、胸がじんわりと温かくなる。密かに感激している僕に気づいているのかいないのか、ジルは二口三口と食べ続けていった。
「優しい味だな。暫くろくに食べていなかった腹には、このくらい柔らかい食感と味つけがちょうどよくて、ありがたい」
「……故郷の味には、似てるかな?」
少し踏み込み過ぎた質問だろうかと悩みながらも口に出してみたけれど、黙々と食事をする魔王は気分を害した様子も無く、穏やかに首を振る。
「いや、食感はよく似ているが、故郷のものはもっと甘い風味だった」
「あぁ、そっち系か……」
確かに、甘めに作るミルク粥もあるんだよね。調理場には砂糖と思われる調味料もあったし、今からでも作り直してみようかな……? そっちのほうが喜んでもらえるなら、試す価値はあるかも。
そんな考えを見透かしたかのように、ジルはぼそりと呟いた。
「一応言っておくが、作り直す必要もないし、今後また作ってくれることがあったとしてもこの味でいいからな」
「えっ……?」
「俺は、この味が好きだ。昔を懐かしむための食事は必要無い。ミカの思うように作ってくれればいい」
どう答えるべきか戸惑っていると、隣でずっと成り行きを見守っていたカミュが口を挟んでくる。
「美味しいですよね。私も先程、味見をさせていただいたのですが、一口だけでも美味しさが伝わってきました。もっと食べたかったです」
仮にも仕えている主人相手に随分と正直に言うんだなと僕はギョッとしたけれど、ジルはごく普通に言葉を返した。
「まだ残っているのなら、お前も食べればいいだろう」
「勿論、後でいただく予定でしたが、すぐにでも食べたくなってきました。ここに持って来てもいいでしょうか」
「好きにしろ」
気心知れた長い付き合いなのだと分かるやり取りだ。ジルの許可を貰ったカミュは、紅い目を輝かせて僕を見下ろしてくる。
「ジル様の許可もいただけましたし、ここで一緒にいただきましょうか。ミカさんも、お腹が空いているのでは? みんなで一緒に食べましょう」
「え、……僕も一緒に?」
「ええ。前々代の食事係の方に教えられてから、私たちも皆で一緒に食事をするようにしておりまして。今度からは、ミカさんも一緒ですね。本来は食堂でいただくのですが、今はジル様が弱っておられるので、今回は此処で食事にしましょうか」
みんなで一緒にごはんというのは楽しそうで心惹かれるけれど、──此処で? 魔王のベッドの横で……?
困惑している僕の無言を肯定と受け取ったのか、カミュは足取り軽く扉へ移動し始める。
「では、私は早速、二人分のミルクガユを取って参りますね。ミカさんは、ジル様とお話なさっていてください。その辺にある椅子に、ご自由に座っていただいて大丈夫ですので」
「えっ、あ……、僕が取りに行こうか?」
「いいえ、お気遣いなく。私ひとりでしたら、ササッと飛んでいけますので。では、行ってまいります」
扉を開いたカミュは、黒い羽をはためかせ、ふわりと飛び立って行った。ただの飾りだとは思っていなかったけれど、実際に飛行している姿を見ると驚いてしまう。
悪魔の退場を呆然と見送って突っ立っている僕を、ジルは冷静に促してきた。
「ミカ。とりあえず、座るといい。……ほら、そこに椅子があるだろう」
「あっ、うん、……ありがとう」
勧められるまま手近な椅子に着席した僕を、黒い眼差しがじっとりと射抜いてくる。
「ミカ。……お前は、本当にいいのか?」
「……これは、俺の故郷の料理に似ている。熱が出た子どもに食べさせるものだ。……幼い頃、母がよく作ってくれた」
漆黒の瞳が、ますます哀しげに曇る。故郷を思い出して、苦しいのかもしれない。きっと、温かな家庭で育った人なのだろう。……魔王になってしまった現在はもう、故郷へ戻れないのだろうか。
いずれにせよ、作る料理の選択を間違えてしまったような気がしてならない。
「ごめんね、違うものを作り直してくるよ。といっても、食材がほとんど無いから、大したものは出来ないけど……」
添えられる物がないのに白粥は味気なさすぎるから、お米を炊いて塩むすびを作ったほうが、まだマシかもしれない。そう考えつつ、カミュからトレーを渡してもらおうと伸ばした手を、ジルにそっと掴まれる。蒼白い手は、氷のように冷えていた。
「なぜ、謝る? なぜ、作り直す必要がある?」
「だって……、その……」
どう答えるべきか迷って口ごもる僕を見て、ジルは静かに首を振る。
「不快に思ったわけじゃない。久しぶりの食事だ。ありがたくいただこう」
魔王の言葉を聞くやいなや、悪魔は手にしていたトレーを主へと渡す。受け取ったジルは足を伸ばした体勢で座り直し、太ももの膝の間あたりに置いて、スプーンを持った。
よそってから少し時間が経ってしまったから湯気は殆ど無いけれど、まだ冷めてはいないはずだ。ドキドキしながら見守っている僕の視線の先で、ジルは控えめな一口を掬い、そっと口元へ運ぶ。彼は無言のまま咀嚼し、飲み込んだ。憂鬱そうな目元が、わずかに和らぐ。
「……美味い」
「ほ、ほんとっ……?」
やや興奮した勢いで舌足らずな反応をしてしまった僕を見て、魔王はさらに目を細めた。
「ああ、美味い」
たった一言、シンプルな言葉だけれど、胸がじんわりと温かくなる。密かに感激している僕に気づいているのかいないのか、ジルは二口三口と食べ続けていった。
「優しい味だな。暫くろくに食べていなかった腹には、このくらい柔らかい食感と味つけがちょうどよくて、ありがたい」
「……故郷の味には、似てるかな?」
少し踏み込み過ぎた質問だろうかと悩みながらも口に出してみたけれど、黙々と食事をする魔王は気分を害した様子も無く、穏やかに首を振る。
「いや、食感はよく似ているが、故郷のものはもっと甘い風味だった」
「あぁ、そっち系か……」
確かに、甘めに作るミルク粥もあるんだよね。調理場には砂糖と思われる調味料もあったし、今からでも作り直してみようかな……? そっちのほうが喜んでもらえるなら、試す価値はあるかも。
そんな考えを見透かしたかのように、ジルはぼそりと呟いた。
「一応言っておくが、作り直す必要もないし、今後また作ってくれることがあったとしてもこの味でいいからな」
「えっ……?」
「俺は、この味が好きだ。昔を懐かしむための食事は必要無い。ミカの思うように作ってくれればいい」
どう答えるべきか戸惑っていると、隣でずっと成り行きを見守っていたカミュが口を挟んでくる。
「美味しいですよね。私も先程、味見をさせていただいたのですが、一口だけでも美味しさが伝わってきました。もっと食べたかったです」
仮にも仕えている主人相手に随分と正直に言うんだなと僕はギョッとしたけれど、ジルはごく普通に言葉を返した。
「まだ残っているのなら、お前も食べればいいだろう」
「勿論、後でいただく予定でしたが、すぐにでも食べたくなってきました。ここに持って来てもいいでしょうか」
「好きにしろ」
気心知れた長い付き合いなのだと分かるやり取りだ。ジルの許可を貰ったカミュは、紅い目を輝かせて僕を見下ろしてくる。
「ジル様の許可もいただけましたし、ここで一緒にいただきましょうか。ミカさんも、お腹が空いているのでは? みんなで一緒に食べましょう」
「え、……僕も一緒に?」
「ええ。前々代の食事係の方に教えられてから、私たちも皆で一緒に食事をするようにしておりまして。今度からは、ミカさんも一緒ですね。本来は食堂でいただくのですが、今はジル様が弱っておられるので、今回は此処で食事にしましょうか」
みんなで一緒にごはんというのは楽しそうで心惹かれるけれど、──此処で? 魔王のベッドの横で……?
困惑している僕の無言を肯定と受け取ったのか、カミュは足取り軽く扉へ移動し始める。
「では、私は早速、二人分のミルクガユを取って参りますね。ミカさんは、ジル様とお話なさっていてください。その辺にある椅子に、ご自由に座っていただいて大丈夫ですので」
「えっ、あ……、僕が取りに行こうか?」
「いいえ、お気遣いなく。私ひとりでしたら、ササッと飛んでいけますので。では、行ってまいります」
扉を開いたカミュは、黒い羽をはためかせ、ふわりと飛び立って行った。ただの飾りだとは思っていなかったけれど、実際に飛行している姿を見ると驚いてしまう。
悪魔の退場を呆然と見送って突っ立っている僕を、ジルは冷静に促してきた。
「ミカ。とりあえず、座るといい。……ほら、そこに椅子があるだろう」
「あっ、うん、……ありがとう」
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「ミカ。……お前は、本当にいいのか?」
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