魔王と僕≪しもべ≫のしあわせごはん

羽鳥くらら

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【第2話】焼き立てパンは仲直りの味

【2-10】

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 キカさんが用意してくれていた焼菓子は、ひとつがマドレーヌのようなもの、ひとつがクッキーのようなものだった。この世界にもバターのようなものは存在していて、それをたっぷりと使用しているのか芳醇な香りが大皿から漂ってくる。

「さぁ、ミカ。どうぞ召し上がれ!」
「わぁ……! ありがとう、いただきます」

 僕が両手を合わせると、ジルとカミュも手は膝の上に置いたままながらも軽く頭を下げて「いただきます」と唱和する。キカさんは、きょとんとした顔で僕たちを見渡した。

「えっ……、何? 何を宣言したの?」
「ミカさんから教わった礼儀作法です。命をいただきますと感謝をしてから食物を体内に取り入れる、という素晴らしい教えですよ」

 「いただきます」にやけに感銘を受けたらしいカミュは熱く語り、ジルは静かに頷く。テンションは異なるものの、「いただきます」が気に入ったらしい彼らは食事の度に律儀に言うものだから、なんだか微笑ましい。キカさんは「なるほどねぇ」としみじみと呟いたものの、いまいちピンとこないようだった。

 異文化交流をしている気分と共に、カボ茶が注がれたカップを手に取る。鼻先を掠める香りは、どう考えてもコーヒーだ。それも、深煎りっぽい感じの。まだ湯気を立てているそれを、一口飲んでみる。──うん、コーヒーだ!

「美味しい……!」

 自然と感嘆の声が漏れ出てしまう。色味と薫りの印象より、ずっと爽やかな風味だけれども、これはコーヒーだ。そこまで苦みも強くなく、ほどよい酸味も感じられる。中煎り程度のマイルドなコーヒーという感じで、コンビニやファストフードで買える一般的なホットコーヒーっぽいかもしれない。
 まさか、異世界に飛ばされた先でもこれが飲めるだなんて。厳密にはコーヒーじゃないけれども、十分に嬉しい驚きだ。久しぶりに馴染みの味を感じられて、舌だけではなく全身に喜びが広がるかのような心地になる。

「……懐かしいな」

 不意にジルが呟き、優しく目を細めた。

「マリオも、初めてカボ茶を飲んだときに、今のミカと同じような顔をしていた。どうしてここでこんな味が? と驚いて目を見開いて、そのあと、とても嬉しそうに笑っていた」
「ああ……、懐かしいですね。マリオさんがあまりにも美味しそうに飲まれるものだから、初めは『どうしてこんな苦いものを』なんて思っていた私たちでさえ、好物になってしまったのですよね」

 二人の話を聞きながら、キカさんも昔を懐かしむような表情で頷いている。──ああ、やっぱり、素敵だなと思う。マリオさんもアビーさんも、もう亡くなってしまっているけれど、暖かい思い出として此処に息づいているんだ。彼らにとって必要不可欠な存在だったのだと、そう感じさせてくれる熱のようなものが、この場に宿っているような気がした。
 先代も、その前も、それだけ愛される食事係だったんだよね。僕もいつかそうなれたらいいなという憧れが、胸の奥底で焦げついた。

「ミカは、良い場所に転生してきたよね」

 ふと、キカさんが僕へ向かって語り掛けてくる。彼女の口調はごく自然でさりげないものだったし、僕も気軽に頷いて応じようと思ったけれど、ジルが纏う空気が一気に冷えたような気がして躊躇してしまう。
 カミュも何かを感じたのかハッとしたように魔王の様子を窺っているけど、キカさんは何も感じていないのかマイペースに先を続けた。

「元の世界で一度目の人生、この世界で二度目の人生、ひとつの記憶を引き継いで二つの人生を謳歌できるなんて羨ましいわ」
「おい、マレシスカ」
「なによ、ジル。いつにも増して怖い顔しちゃって。だって、そうでしょう? 滅多に無い、貴重な経験が出来るなんて羨ましいわー。あたしも転生者だったら、この城の住人になれたのに、」
「マレシスカ、いい加減にしろ!」

 ジルの怒声が響き渡り、食堂内は一気にしんと静まり返った。いつも物静かな彼が声を荒げるのを聞いたのは二度目、──僕がここに転生してきた初日以来だった。
 流石に少し怯えた様子のキカさんへ、魔王は更に怒りをぶつける。

「ミカが羨ましいだと? よくもそんなことが言えるな。それも、彼の目の前で! ミカを見ろ! こんなにも若い。お前よりも年下だ。そんな彼が転生者として、此処にいる。確かに今は二度目の人生を送ってはいるが、それはつまり、一度死んだということだ。ミカは死んだんだ! この若さで! それをお前は幸運だとでも言うのか!?」

 キカさんは翠色の目を瞠り、ジルを、そして次に僕を凝視した。ジルの怒声は更に降り注ぐ。

「ミカは何も知らなかった。何も知らずにこんな場所へ召喚され、こんな俺の元での生活を強いられている。見知った者が誰もおらず、環境が何もかも違う場所へ、たった一人で放り込まれているんだ。それを……ッ、お前は……!」

 ジルは苦しげな顔で言葉を切り、勢いよく立ち上がった。そして、そのまま足早に調理場を出て行ってしまう。後には、呆然とした僕たち三人が取り残された。
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