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【第2話】焼き立てパンは仲直りの味
【2-11】
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「……ごめんね、ミカ。あたし、無神経だったみたい」
少しの沈黙の後、キカさんがしょんぼりと言う。僕は慌てて首を振った。
「そんな……、僕は何も気にしていないよ」
「ううん、ジルの言う通りだわ。ミカの立場を考えれば、能天気に『良いこと』とか『羨ましい』なんて言うべきじゃなかった。今のミカが幸せかどうかは別として、もっと気を遣うべきだったのよ」
「僕はそんな気遣いをされるほうが嫌だよ。……勝手に哀れまれるほうが、嫌だな」
「でも……、……」
「……」
僕もキカさんも、気まずい感じで唇を閉ざす。すると、今度は代わりにカミュが口を開いた。
「ジル様は、異世界から人間を召喚することに後ろめたさを感じておられるので、余計に敏感になられただけだと思いますよ。ミカさんが気にされておられないのであれば、キカさんもあまり深く考えられないほうがよろしいのではないかと」
こんなときでも、カミュの声音は優しい。静かで穏やかな語り口は、やっぱりどこか中水上のおじさんに似ている。
僕の心が凪いだように、キカさんも気持ちが落ち着いたのか、互いに小さな溜息を零した。
「……あたし、もう帰ろうかな」
「えっ、もう?」
「今からこの城を出発するとなると、森を通り抜ける前に夜になってしまうでしょう。厄介な魔物との遭遇率も高くなりますから、お勧めしません。いつものように一泊して朝に出発されたほうがよろしいのでは?」
「うーん……、でも、ジルを怒らせちゃったしなぁ。今回はもう帰って、次の納品までの期間で頭を冷やしておくほうがいいんじゃないかなって」
キカさんはやっぱり落ち込んでいるみたいで、このまま城に滞在しているのは気まずいのかもしれない。でも、カミュが言う通り、城の外には攻撃性の高い魔物も生息しているらしく、特に夜間はジルの制御が効きづらいタイプが暴走したりするようだから危ないと思う。
──それに、キカさんがこのまま帰ってしまったら、ジルもきっと気にしてしまうと思う。彼らが次に顔を合わせるまで引っ掛かりをおぼえたままというのも、なんだかもどかしい。
「僕、ジルの様子を見てくるよ。彼もきっと、怒っているわけじゃないと思うし、それが分かればキカさんも安心して滞在できるでしょ?」
「……、でも……」
「僕としても、キカさんに泊まっていってもらったほうが安心だから。ね?」
「……ミカがそこまで言うなら、お願いしようかな」
「うん。カミュと一緒にお茶をして待っててね」
僕が立ち上がると、カミュが温かい眼差しを向けてくる。視線で褒めてくれているような気がして、ちょっと気恥ずかしくなった。そんな僕のことを見透かしているのか、カミュは柔らかく微笑んで「行ってらっしゃいませ」と見送ってくれた。
食堂を出て、最上階にあるジルの私室を目指す。彼の行き先は、おそらく自室のはずだ。引きこもりの魔王は、一日の大半を自分の部屋で過ごしているから。
階段しか無いことにも、電気製品が何ひとつ無いことにも、だいぶ慣れてきた。ほぼ毎日訪れている魔王の部屋を目指して、黙々と階段を上っていく。途中、窓から外を見てみると、まだ陽が沈むには間があるものの空の色味が少しだけ朱くなっているような気がした。
最上階の部屋の前に到着し、豪奢な扉をノックしてみる。少し躊躇するような間が空いたものの、すぐに応答する声が聞こえてきた。
「……なんだ?」
「ジル、僕だよ。入ってもいい?」
「……好きにしろ」
そっけない言い方だけれども、拒絶されているとは感じない。僕は静かに扉を開き、入室した。全てのカーテンが全開になっていても薄暗い部屋の奥、魔王はベッドの上で片膝を抱えるようにして座っている。
「ジル。さっきはどうしてキカさんに怒ったの? 僕は別に、嫌なことを言われたとは思わなかったよ」
「……配慮に欠けた言葉だっただろう」
「どうして配慮が必要だと思うの? 僕が元の世界で二十歳で死んだから?」
「……それもある。アースの人間たちも、それなりの年数を生きるのが通常なんだろう? 少なくとも、お前の年齢で命を落とすのはあまり一般的ではないと、アビーやマリオから聞いた話から察せられる」
「それはそうだけど……、でも、それって僕にとってはただの『事実』だよ。それを哀れるほうが、僕は嫌だな」
僕の生い立ちや人生は常々、人から哀れまれてきた。可哀想に、という言葉も何度も聞いた。物珍しそうな視線や、扱いづらくて困ったという類の視線、見下したような視線も、息苦しいほど浴びてきた。
──でも、僕が送ってきた人生は、フィクション作品じゃない。誰かの同情を誘ったり、気持ちを揺さぶったり、興味をもたれるためのものじゃない。僕が生きてきたのは、ただの「僕の事実」だ。
哀れまれるのには慣れているけれど、だからといって不快感は拭えない。これから長く生活を共にするというのが確定している相手だからこそ、それははっきりと伝えておきたかった。
僕の言葉を受け止めたジルは、漆黒の瞳でまっすぐに見つめ返してくる。
「ミカ、すまない。……確かに、お前を哀れに思っていた。それこそ失礼なことだな。マレシスカを責められる立場じゃない。……だが、俺があいつに腹を立てたのは、八つ当たりのようなものだ」
「……えっ?」
「俺が本当に怒りを感じているのは、俺自身、そして、この世界そのものに対してだ。お前を召喚したのはカミュだが、そうさせているのは俺──もとい『魔王』の存在なのだからな」
ジルは自嘲するように呟き、乾いた笑い声を上げた。
少しの沈黙の後、キカさんがしょんぼりと言う。僕は慌てて首を振った。
「そんな……、僕は何も気にしていないよ」
「ううん、ジルの言う通りだわ。ミカの立場を考えれば、能天気に『良いこと』とか『羨ましい』なんて言うべきじゃなかった。今のミカが幸せかどうかは別として、もっと気を遣うべきだったのよ」
「僕はそんな気遣いをされるほうが嫌だよ。……勝手に哀れまれるほうが、嫌だな」
「でも……、……」
「……」
僕もキカさんも、気まずい感じで唇を閉ざす。すると、今度は代わりにカミュが口を開いた。
「ジル様は、異世界から人間を召喚することに後ろめたさを感じておられるので、余計に敏感になられただけだと思いますよ。ミカさんが気にされておられないのであれば、キカさんもあまり深く考えられないほうがよろしいのではないかと」
こんなときでも、カミュの声音は優しい。静かで穏やかな語り口は、やっぱりどこか中水上のおじさんに似ている。
僕の心が凪いだように、キカさんも気持ちが落ち着いたのか、互いに小さな溜息を零した。
「……あたし、もう帰ろうかな」
「えっ、もう?」
「今からこの城を出発するとなると、森を通り抜ける前に夜になってしまうでしょう。厄介な魔物との遭遇率も高くなりますから、お勧めしません。いつものように一泊して朝に出発されたほうがよろしいのでは?」
「うーん……、でも、ジルを怒らせちゃったしなぁ。今回はもう帰って、次の納品までの期間で頭を冷やしておくほうがいいんじゃないかなって」
キカさんはやっぱり落ち込んでいるみたいで、このまま城に滞在しているのは気まずいのかもしれない。でも、カミュが言う通り、城の外には攻撃性の高い魔物も生息しているらしく、特に夜間はジルの制御が効きづらいタイプが暴走したりするようだから危ないと思う。
──それに、キカさんがこのまま帰ってしまったら、ジルもきっと気にしてしまうと思う。彼らが次に顔を合わせるまで引っ掛かりをおぼえたままというのも、なんだかもどかしい。
「僕、ジルの様子を見てくるよ。彼もきっと、怒っているわけじゃないと思うし、それが分かればキカさんも安心して滞在できるでしょ?」
「……、でも……」
「僕としても、キカさんに泊まっていってもらったほうが安心だから。ね?」
「……ミカがそこまで言うなら、お願いしようかな」
「うん。カミュと一緒にお茶をして待っててね」
僕が立ち上がると、カミュが温かい眼差しを向けてくる。視線で褒めてくれているような気がして、ちょっと気恥ずかしくなった。そんな僕のことを見透かしているのか、カミュは柔らかく微笑んで「行ってらっしゃいませ」と見送ってくれた。
食堂を出て、最上階にあるジルの私室を目指す。彼の行き先は、おそらく自室のはずだ。引きこもりの魔王は、一日の大半を自分の部屋で過ごしているから。
階段しか無いことにも、電気製品が何ひとつ無いことにも、だいぶ慣れてきた。ほぼ毎日訪れている魔王の部屋を目指して、黙々と階段を上っていく。途中、窓から外を見てみると、まだ陽が沈むには間があるものの空の色味が少しだけ朱くなっているような気がした。
最上階の部屋の前に到着し、豪奢な扉をノックしてみる。少し躊躇するような間が空いたものの、すぐに応答する声が聞こえてきた。
「……なんだ?」
「ジル、僕だよ。入ってもいい?」
「……好きにしろ」
そっけない言い方だけれども、拒絶されているとは感じない。僕は静かに扉を開き、入室した。全てのカーテンが全開になっていても薄暗い部屋の奥、魔王はベッドの上で片膝を抱えるようにして座っている。
「ジル。さっきはどうしてキカさんに怒ったの? 僕は別に、嫌なことを言われたとは思わなかったよ」
「……配慮に欠けた言葉だっただろう」
「どうして配慮が必要だと思うの? 僕が元の世界で二十歳で死んだから?」
「……それもある。アースの人間たちも、それなりの年数を生きるのが通常なんだろう? 少なくとも、お前の年齢で命を落とすのはあまり一般的ではないと、アビーやマリオから聞いた話から察せられる」
「それはそうだけど……、でも、それって僕にとってはただの『事実』だよ。それを哀れるほうが、僕は嫌だな」
僕の生い立ちや人生は常々、人から哀れまれてきた。可哀想に、という言葉も何度も聞いた。物珍しそうな視線や、扱いづらくて困ったという類の視線、見下したような視線も、息苦しいほど浴びてきた。
──でも、僕が送ってきた人生は、フィクション作品じゃない。誰かの同情を誘ったり、気持ちを揺さぶったり、興味をもたれるためのものじゃない。僕が生きてきたのは、ただの「僕の事実」だ。
哀れまれるのには慣れているけれど、だからといって不快感は拭えない。これから長く生活を共にするというのが確定している相手だからこそ、それははっきりと伝えておきたかった。
僕の言葉を受け止めたジルは、漆黒の瞳でまっすぐに見つめ返してくる。
「ミカ、すまない。……確かに、お前を哀れに思っていた。それこそ失礼なことだな。マレシスカを責められる立場じゃない。……だが、俺があいつに腹を立てたのは、八つ当たりのようなものだ」
「……えっ?」
「俺が本当に怒りを感じているのは、俺自身、そして、この世界そのものに対してだ。お前を召喚したのはカミュだが、そうさせているのは俺──もとい『魔王』の存在なのだからな」
ジルは自嘲するように呟き、乾いた笑い声を上げた。
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