25 / 246
【第2話】焼き立てパンは仲直りの味
【2-11】
しおりを挟む
「……ごめんね、ミカ。あたし、無神経だったみたい」
少しの沈黙の後、キカさんがしょんぼりと言う。僕は慌てて首を振った。
「そんな……、僕は何も気にしていないよ」
「ううん、ジルの言う通りだわ。ミカの立場を考えれば、能天気に『良いこと』とか『羨ましい』なんて言うべきじゃなかった。今のミカが幸せかどうかは別として、もっと気を遣うべきだったのよ」
「僕はそんな気遣いをされるほうが嫌だよ。……勝手に哀れまれるほうが、嫌だな」
「でも……、……」
「……」
僕もキカさんも、気まずい感じで唇を閉ざす。すると、今度は代わりにカミュが口を開いた。
「ジル様は、異世界から人間を召喚することに後ろめたさを感じておられるので、余計に敏感になられただけだと思いますよ。ミカさんが気にされておられないのであれば、キカさんもあまり深く考えられないほうがよろしいのではないかと」
こんなときでも、カミュの声音は優しい。静かで穏やかな語り口は、やっぱりどこか中水上のおじさんに似ている。
僕の心が凪いだように、キカさんも気持ちが落ち着いたのか、互いに小さな溜息を零した。
「……あたし、もう帰ろうかな」
「えっ、もう?」
「今からこの城を出発するとなると、森を通り抜ける前に夜になってしまうでしょう。厄介な魔物との遭遇率も高くなりますから、お勧めしません。いつものように一泊して朝に出発されたほうがよろしいのでは?」
「うーん……、でも、ジルを怒らせちゃったしなぁ。今回はもう帰って、次の納品までの期間で頭を冷やしておくほうがいいんじゃないかなって」
キカさんはやっぱり落ち込んでいるみたいで、このまま城に滞在しているのは気まずいのかもしれない。でも、カミュが言う通り、城の外には攻撃性の高い魔物も生息しているらしく、特に夜間はジルの制御が効きづらいタイプが暴走したりするようだから危ないと思う。
──それに、キカさんがこのまま帰ってしまったら、ジルもきっと気にしてしまうと思う。彼らが次に顔を合わせるまで引っ掛かりをおぼえたままというのも、なんだかもどかしい。
「僕、ジルの様子を見てくるよ。彼もきっと、怒っているわけじゃないと思うし、それが分かればキカさんも安心して滞在できるでしょ?」
「……、でも……」
「僕としても、キカさんに泊まっていってもらったほうが安心だから。ね?」
「……ミカがそこまで言うなら、お願いしようかな」
「うん。カミュと一緒にお茶をして待っててね」
僕が立ち上がると、カミュが温かい眼差しを向けてくる。視線で褒めてくれているような気がして、ちょっと気恥ずかしくなった。そんな僕のことを見透かしているのか、カミュは柔らかく微笑んで「行ってらっしゃいませ」と見送ってくれた。
食堂を出て、最上階にあるジルの私室を目指す。彼の行き先は、おそらく自室のはずだ。引きこもりの魔王は、一日の大半を自分の部屋で過ごしているから。
階段しか無いことにも、電気製品が何ひとつ無いことにも、だいぶ慣れてきた。ほぼ毎日訪れている魔王の部屋を目指して、黙々と階段を上っていく。途中、窓から外を見てみると、まだ陽が沈むには間があるものの空の色味が少しだけ朱くなっているような気がした。
最上階の部屋の前に到着し、豪奢な扉をノックしてみる。少し躊躇するような間が空いたものの、すぐに応答する声が聞こえてきた。
「……なんだ?」
「ジル、僕だよ。入ってもいい?」
「……好きにしろ」
そっけない言い方だけれども、拒絶されているとは感じない。僕は静かに扉を開き、入室した。全てのカーテンが全開になっていても薄暗い部屋の奥、魔王はベッドの上で片膝を抱えるようにして座っている。
「ジル。さっきはどうしてキカさんに怒ったの? 僕は別に、嫌なことを言われたとは思わなかったよ」
「……配慮に欠けた言葉だっただろう」
「どうして配慮が必要だと思うの? 僕が元の世界で二十歳で死んだから?」
「……それもある。アースの人間たちも、それなりの年数を生きるのが通常なんだろう? 少なくとも、お前の年齢で命を落とすのはあまり一般的ではないと、アビーやマリオから聞いた話から察せられる」
「それはそうだけど……、でも、それって僕にとってはただの『事実』だよ。それを哀れるほうが、僕は嫌だな」
僕の生い立ちや人生は常々、人から哀れまれてきた。可哀想に、という言葉も何度も聞いた。物珍しそうな視線や、扱いづらくて困ったという類の視線、見下したような視線も、息苦しいほど浴びてきた。
──でも、僕が送ってきた人生は、フィクション作品じゃない。誰かの同情を誘ったり、気持ちを揺さぶったり、興味をもたれるためのものじゃない。僕が生きてきたのは、ただの「僕の事実」だ。
哀れまれるのには慣れているけれど、だからといって不快感は拭えない。これから長く生活を共にするというのが確定している相手だからこそ、それははっきりと伝えておきたかった。
僕の言葉を受け止めたジルは、漆黒の瞳でまっすぐに見つめ返してくる。
「ミカ、すまない。……確かに、お前を哀れに思っていた。それこそ失礼なことだな。マレシスカを責められる立場じゃない。……だが、俺があいつに腹を立てたのは、八つ当たりのようなものだ」
「……えっ?」
「俺が本当に怒りを感じているのは、俺自身、そして、この世界そのものに対してだ。お前を召喚したのはカミュだが、そうさせているのは俺──もとい『魔王』の存在なのだからな」
ジルは自嘲するように呟き、乾いた笑い声を上げた。
少しの沈黙の後、キカさんがしょんぼりと言う。僕は慌てて首を振った。
「そんな……、僕は何も気にしていないよ」
「ううん、ジルの言う通りだわ。ミカの立場を考えれば、能天気に『良いこと』とか『羨ましい』なんて言うべきじゃなかった。今のミカが幸せかどうかは別として、もっと気を遣うべきだったのよ」
「僕はそんな気遣いをされるほうが嫌だよ。……勝手に哀れまれるほうが、嫌だな」
「でも……、……」
「……」
僕もキカさんも、気まずい感じで唇を閉ざす。すると、今度は代わりにカミュが口を開いた。
「ジル様は、異世界から人間を召喚することに後ろめたさを感じておられるので、余計に敏感になられただけだと思いますよ。ミカさんが気にされておられないのであれば、キカさんもあまり深く考えられないほうがよろしいのではないかと」
こんなときでも、カミュの声音は優しい。静かで穏やかな語り口は、やっぱりどこか中水上のおじさんに似ている。
僕の心が凪いだように、キカさんも気持ちが落ち着いたのか、互いに小さな溜息を零した。
「……あたし、もう帰ろうかな」
「えっ、もう?」
「今からこの城を出発するとなると、森を通り抜ける前に夜になってしまうでしょう。厄介な魔物との遭遇率も高くなりますから、お勧めしません。いつものように一泊して朝に出発されたほうがよろしいのでは?」
「うーん……、でも、ジルを怒らせちゃったしなぁ。今回はもう帰って、次の納品までの期間で頭を冷やしておくほうがいいんじゃないかなって」
キカさんはやっぱり落ち込んでいるみたいで、このまま城に滞在しているのは気まずいのかもしれない。でも、カミュが言う通り、城の外には攻撃性の高い魔物も生息しているらしく、特に夜間はジルの制御が効きづらいタイプが暴走したりするようだから危ないと思う。
──それに、キカさんがこのまま帰ってしまったら、ジルもきっと気にしてしまうと思う。彼らが次に顔を合わせるまで引っ掛かりをおぼえたままというのも、なんだかもどかしい。
「僕、ジルの様子を見てくるよ。彼もきっと、怒っているわけじゃないと思うし、それが分かればキカさんも安心して滞在できるでしょ?」
「……、でも……」
「僕としても、キカさんに泊まっていってもらったほうが安心だから。ね?」
「……ミカがそこまで言うなら、お願いしようかな」
「うん。カミュと一緒にお茶をして待っててね」
僕が立ち上がると、カミュが温かい眼差しを向けてくる。視線で褒めてくれているような気がして、ちょっと気恥ずかしくなった。そんな僕のことを見透かしているのか、カミュは柔らかく微笑んで「行ってらっしゃいませ」と見送ってくれた。
食堂を出て、最上階にあるジルの私室を目指す。彼の行き先は、おそらく自室のはずだ。引きこもりの魔王は、一日の大半を自分の部屋で過ごしているから。
階段しか無いことにも、電気製品が何ひとつ無いことにも、だいぶ慣れてきた。ほぼ毎日訪れている魔王の部屋を目指して、黙々と階段を上っていく。途中、窓から外を見てみると、まだ陽が沈むには間があるものの空の色味が少しだけ朱くなっているような気がした。
最上階の部屋の前に到着し、豪奢な扉をノックしてみる。少し躊躇するような間が空いたものの、すぐに応答する声が聞こえてきた。
「……なんだ?」
「ジル、僕だよ。入ってもいい?」
「……好きにしろ」
そっけない言い方だけれども、拒絶されているとは感じない。僕は静かに扉を開き、入室した。全てのカーテンが全開になっていても薄暗い部屋の奥、魔王はベッドの上で片膝を抱えるようにして座っている。
「ジル。さっきはどうしてキカさんに怒ったの? 僕は別に、嫌なことを言われたとは思わなかったよ」
「……配慮に欠けた言葉だっただろう」
「どうして配慮が必要だと思うの? 僕が元の世界で二十歳で死んだから?」
「……それもある。アースの人間たちも、それなりの年数を生きるのが通常なんだろう? 少なくとも、お前の年齢で命を落とすのはあまり一般的ではないと、アビーやマリオから聞いた話から察せられる」
「それはそうだけど……、でも、それって僕にとってはただの『事実』だよ。それを哀れるほうが、僕は嫌だな」
僕の生い立ちや人生は常々、人から哀れまれてきた。可哀想に、という言葉も何度も聞いた。物珍しそうな視線や、扱いづらくて困ったという類の視線、見下したような視線も、息苦しいほど浴びてきた。
──でも、僕が送ってきた人生は、フィクション作品じゃない。誰かの同情を誘ったり、気持ちを揺さぶったり、興味をもたれるためのものじゃない。僕が生きてきたのは、ただの「僕の事実」だ。
哀れまれるのには慣れているけれど、だからといって不快感は拭えない。これから長く生活を共にするというのが確定している相手だからこそ、それははっきりと伝えておきたかった。
僕の言葉を受け止めたジルは、漆黒の瞳でまっすぐに見つめ返してくる。
「ミカ、すまない。……確かに、お前を哀れに思っていた。それこそ失礼なことだな。マレシスカを責められる立場じゃない。……だが、俺があいつに腹を立てたのは、八つ当たりのようなものだ」
「……えっ?」
「俺が本当に怒りを感じているのは、俺自身、そして、この世界そのものに対してだ。お前を召喚したのはカミュだが、そうさせているのは俺──もとい『魔王』の存在なのだからな」
ジルは自嘲するように呟き、乾いた笑い声を上げた。
1
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~
よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】
多くの応援、本当にありがとうございます!
職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。
持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。
偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。
「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。
草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。
頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男――
年齢なんて関係ない。
五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる