44 / 246
【第3話】親交を深める鍋パーティー
【3-8】
しおりを挟む
◇
話を終えてジルが立ち去り、焼き菓子の生地作りが終了したところで、タイミングよくカミュが調理場へやって来た。
カミュの魔法で二つのオーブンを熱してもらい、サブレとパウンドケーキをそれぞれ焼きながら、僕はジルからもらった小さなベルのことを話した。カミュは穏やかな表情で最後まで聞き、柔らかく微笑む。
「そうでしたか。ジル様にとって、約束は絶対的なものです。決して違えたりはなさらないでしょう」
「うん。……カミュも、安心した?」
僕が魔王の加護を得たと知れば、カミュの心配も薄れるかもしれない。ただそう思っただけの質問だったけれど、カミュはもう少し複雑な受け取り方をしたらしい。温和な悪魔は、バツが悪そうに苦笑した。
「……私は、大げさでしたでしょうか。ジル様にもミカさんにも呆れられてしまったかもしれませんね」
「そんなことはないよ。カミュの心配も分かるってジルは言ってたし、僕だってカミュの話を聞いてから『負けるもんか!』って意気込んでいたんだから。……でも、ジルが絶対に味方になってくれるって言ってくれて、そんなに肩肘張らなくてもいいのかもって思えたら、僕は少し安心したんだ。だから、カミュにも安心してもらえたらいいなって思った。それだけなんだよ」
カミュの心配を馬鹿にするはずないし、そんな風に勘違いされるのは嫌だ。そう思ったから、僕は本心を打ち明けた。カミュが大げさなのだとしたら、僕だって過剰に警戒していたことになる。同じなんだよ、と伝わるように。
その気持ちが届いたのか、カミュは肩の力を抜いて、ほんのり笑ってくれた。少し強ばっていた表情がほろほろと解けて微笑になっていく変化が、彼の美貌も相まって、とても綺麗に感じて見とれてしまう。それを知ってか知らずか、美しい悪魔は、はにかんだ。
「ありがとうございます、ミカさん。色々な意味で安心いたしました」
「そう? それなら、よかった」
「私は勿論ミカさんに味方する所存ですが、万が一、ジル様が反勢力になられるようであれば、私はどうしたものかと思っていたのです。ジル様が絶対的にミカさんに味方されるのであれば、何も憂うことはありません」
「……マティアス様って、カミュから見たら怖い人なの?」
ジルにとっては友人でも、カミュから見たらまた印象が違うのかもしれない。立場も種族も違う彼から見たマティアス様について知りたくて投げかけた質問に対し、カミュは緩やかに首を振る。
「いえ、基本的にはお優しい方かと。王子自ら支援物資を運搬してくださいますし、愛想はありませんが権力を振りかざして偉ぶることもございませんし」
「そうなんだ。……でも、『基本的には』ってことは、例外もあるんじゃない?」
「……ええ、まぁ」
紅い瞳を伏せて口ごもったものの、カミュはすぐに言葉を続けた。
「マティアス様は人間の王子ではありますが、魔王に心酔しておられるといいますか……、ジル様にご執心といいますか……、いえ、これだと誤解を招く言い方ですね。核心を避けて説明するのは難しいです」
「そっか、ジルと王子様の間のことは、カミュに言えないこともあるんだもんね。とりあえず、マティアス様はジルに対して何か強い気持ちを抱いているのかな?」
「そうですね……、とても強い願い、でしょうか」
──願い?
魔王に叶えてほしいことでもあるのだろうか。気になるけれど、カミュの口からはそれ以上の詳細を語れないのだろうし、とりあえず頭の隅に追いやっておこう。
「とにかく、マティアス様はジル様にとってよくないと思われるものを排除されようとする傾向があります」
「ジルにとってよくないもの……?」
「ええ。その基準はマティアス様次第なので、よく分からないのですが……、おそらく、ジル様の未練に繋がるような若い人間、も対象になるのではないかと思われます」
ジルの未練、ってどういうことだろう。でも、いちいち疑問を挟んでいたら話が進まない。明確な説明が出来るなら、カミュは最初からそうしているはずだ。つまり、突っ込んで尋ねるべきところは、他の部分だ。
「カミュがそう考えるような何かがあったの?」
「ええ、そうですね。ありました。……うーん、これくらいはお話しても大丈夫でしょうか。あれは、何年か前……、マティアス様がジル様と出会われたのは七、八年前のことでしたから、それ以降の……四、五年前くらいの出来事です」
カミュは自身のこめかみに指を当てて記憶を辿りながら、言葉を紡いでゆく。
「そう、四、五年前──、マティアス様のご訪問時に、偶然キカさんがいらしたことがありました。そのときの出来事をきっかけに、彼女はしばらくこの城を訪れなくなってしまったのです」
話を終えてジルが立ち去り、焼き菓子の生地作りが終了したところで、タイミングよくカミュが調理場へやって来た。
カミュの魔法で二つのオーブンを熱してもらい、サブレとパウンドケーキをそれぞれ焼きながら、僕はジルからもらった小さなベルのことを話した。カミュは穏やかな表情で最後まで聞き、柔らかく微笑む。
「そうでしたか。ジル様にとって、約束は絶対的なものです。決して違えたりはなさらないでしょう」
「うん。……カミュも、安心した?」
僕が魔王の加護を得たと知れば、カミュの心配も薄れるかもしれない。ただそう思っただけの質問だったけれど、カミュはもう少し複雑な受け取り方をしたらしい。温和な悪魔は、バツが悪そうに苦笑した。
「……私は、大げさでしたでしょうか。ジル様にもミカさんにも呆れられてしまったかもしれませんね」
「そんなことはないよ。カミュの心配も分かるってジルは言ってたし、僕だってカミュの話を聞いてから『負けるもんか!』って意気込んでいたんだから。……でも、ジルが絶対に味方になってくれるって言ってくれて、そんなに肩肘張らなくてもいいのかもって思えたら、僕は少し安心したんだ。だから、カミュにも安心してもらえたらいいなって思った。それだけなんだよ」
カミュの心配を馬鹿にするはずないし、そんな風に勘違いされるのは嫌だ。そう思ったから、僕は本心を打ち明けた。カミュが大げさなのだとしたら、僕だって過剰に警戒していたことになる。同じなんだよ、と伝わるように。
その気持ちが届いたのか、カミュは肩の力を抜いて、ほんのり笑ってくれた。少し強ばっていた表情がほろほろと解けて微笑になっていく変化が、彼の美貌も相まって、とても綺麗に感じて見とれてしまう。それを知ってか知らずか、美しい悪魔は、はにかんだ。
「ありがとうございます、ミカさん。色々な意味で安心いたしました」
「そう? それなら、よかった」
「私は勿論ミカさんに味方する所存ですが、万が一、ジル様が反勢力になられるようであれば、私はどうしたものかと思っていたのです。ジル様が絶対的にミカさんに味方されるのであれば、何も憂うことはありません」
「……マティアス様って、カミュから見たら怖い人なの?」
ジルにとっては友人でも、カミュから見たらまた印象が違うのかもしれない。立場も種族も違う彼から見たマティアス様について知りたくて投げかけた質問に対し、カミュは緩やかに首を振る。
「いえ、基本的にはお優しい方かと。王子自ら支援物資を運搬してくださいますし、愛想はありませんが権力を振りかざして偉ぶることもございませんし」
「そうなんだ。……でも、『基本的には』ってことは、例外もあるんじゃない?」
「……ええ、まぁ」
紅い瞳を伏せて口ごもったものの、カミュはすぐに言葉を続けた。
「マティアス様は人間の王子ではありますが、魔王に心酔しておられるといいますか……、ジル様にご執心といいますか……、いえ、これだと誤解を招く言い方ですね。核心を避けて説明するのは難しいです」
「そっか、ジルと王子様の間のことは、カミュに言えないこともあるんだもんね。とりあえず、マティアス様はジルに対して何か強い気持ちを抱いているのかな?」
「そうですね……、とても強い願い、でしょうか」
──願い?
魔王に叶えてほしいことでもあるのだろうか。気になるけれど、カミュの口からはそれ以上の詳細を語れないのだろうし、とりあえず頭の隅に追いやっておこう。
「とにかく、マティアス様はジル様にとってよくないと思われるものを排除されようとする傾向があります」
「ジルにとってよくないもの……?」
「ええ。その基準はマティアス様次第なので、よく分からないのですが……、おそらく、ジル様の未練に繋がるような若い人間、も対象になるのではないかと思われます」
ジルの未練、ってどういうことだろう。でも、いちいち疑問を挟んでいたら話が進まない。明確な説明が出来るなら、カミュは最初からそうしているはずだ。つまり、突っ込んで尋ねるべきところは、他の部分だ。
「カミュがそう考えるような何かがあったの?」
「ええ、そうですね。ありました。……うーん、これくらいはお話しても大丈夫でしょうか。あれは、何年か前……、マティアス様がジル様と出会われたのは七、八年前のことでしたから、それ以降の……四、五年前くらいの出来事です」
カミュは自身のこめかみに指を当てて記憶を辿りながら、言葉を紡いでゆく。
「そう、四、五年前──、マティアス様のご訪問時に、偶然キカさんがいらしたことがありました。そのときの出来事をきっかけに、彼女はしばらくこの城を訪れなくなってしまったのです」
2
あなたにおすすめの小説
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
スキル買います
モモん
ファンタジー
「お前との婚約を破棄する!」
ローズ聖国の国立学園第139期卒業記念パーティーの日、第3王子シュナル=ローズレアは婚約者であるレイミ・ベルナール子爵家息女に宣言した。
見習い聖女であるレイミは、実は対価と引き換えにスキルを買い取ることのできる特殊な能力を有していた。
婚約破棄を受け入れる事を対価に、王子と聖女から特殊なスキルを受け取ったレイミは、そのまま姿を消した。
レイミと王妃の一族には、数年前から続く確執があり、いずれ王子と聖女のスキル消失が判明すれば、原因がレイミとの婚約破棄にあると疑われるのは明白だ。
そして、レイミを鑑定すれば消えたスキルをレイミがもっている事は明確になってしまうからだ。
かくして、子爵令嬢の逃走劇が幕を開ける。
御家騒動なんて真っ平ごめんです〜捨てられた双子の片割れは平凡な人生を歩みたい〜
伽羅
ファンタジー
【幼少期】
双子の弟に殺された…と思ったら、何故か赤ん坊に生まれ変わっていた。
ここはもしかして異世界か?
だが、そこでも双子だったため、後継者争いを懸念する親に孤児院の前に捨てられてしまう。
ようやく里親が見つかり、平和に暮らせると思っていたが…。
【学院期】
学院に通い出すとそこには双子の片割れのエドワード王子も通っていた。
周りに双子だとバレないように学院生活を送っていたが、何故かエドワード王子の影武者をする事になり…。
莫大な遺産を相続したら異世界でスローライフを楽しむ
翔千
ファンタジー
小鳥遊 紅音は働く28歳OL
十八歳の時に両親を事故で亡くし、引き取り手がなく天涯孤独に。
高校卒業後就職し、仕事に明け暮れる日々。
そんなある日、1人の弁護士が紅音の元を訪ねて来た。
要件は、紅音の母方の曾祖叔父が亡くなったと言うものだった。
曾祖叔父は若い頃に単身外国で会社を立ち上げ生涯独身を貫いき、血縁者が紅音だけだと知り、曾祖叔父の遺産を一部を紅音に譲ると遺言を遺した。
その額なんと、50億円。
あまりの巨額に驚くがなんとか手続きを終える事が出来たが、巨額な遺産の事を何処からか聞きつけ、金の無心に来る輩が次々に紅音の元を訪れ、疲弊した紅音は、誰も知らない土地で一人暮らしをすると決意。
だが、引っ越しを決めた直後、突然、異世界に召喚されてしまった。
だが、持っていた遺産はそのまま異世界でも使えたので、遺産を使って、スローライフを楽しむことにしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる