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【第3話】親交を深める鍋パーティー
【3-12】
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「勿論、ミカさんからも歩み寄られますとも。……ね、ミカさん?」
「えっ、ぁ、あ、う、うん!」
急に話を振られて少し動揺しつつも、何度も頷いて肯定する。どこまで王子様を満足させられるかは分からないけれど、可能な範囲でご希望に沿いたい。
マティアス様は少し考えてから、堂々と要求してきた。
「では、マティと呼べ」
いきなりそこか……!
一番きついとこから攻められた気分だ。即答できない僕へと、王子様は更に言葉を畳み掛けてくる。
「そなた、ジルベールをジルと呼び、カマルティユをカミュと呼んでいるのであろう? ならば、その法則に従って、このマティアスをマティと呼ぶのが丁度いいだろうに」
法則など無い! 断じて無い!
でも、ちゃんとした根拠がある反論でなければ、この人は耳を傾けてくれない気がする。いや、聞いてはくれるだろうけど、絶対に納得しない。
数秒ほど考えた末、僕は苦し紛れの言葉を返す。
「──お言葉ですが、カミュもジルをジル様と呼んでおりますし、他の人間も愛称で呼びがちのようですが、マティアス様のことはマティアス様と呼んでいますよね……?」
「他の人間、とは誰だ? この城へ足繁く通うような、親しい人間がいるのか」
「あ、えっと……」
しまった。キカさんのことを話題に出すのは、まずいはずだ。案の定、カミュは表情に出さないようにしているけれど少し焦っているようだし、ジルの黒目が憂いを増している。なんとか誤魔化さなくては……!
「──以前、マリオさんの前にいた食事係はアビゲイルという名だったようですが、アビーさんと呼ばれていたようでして……」
「ああ、確かにそのような名の老女がいたと聞いたことはある。だが、彼女と私の間には決定的な差がある。魔王側の人間であるかプレカシオン王家の人間か、だ。そして、カミュは悪魔なのだから、魔王側の者へ親しげに接し、王家側とはやや距離があるのは当然だ」
「私……いえ、僕も、魔王側の者ですし、魔王に付き従っている立場という点ではカミュと同等のような……」
「そなたは魔王側の者ではあるが、悪魔ではない。即ち、カミュと同様の呼び分けをする必要は無い。そんなことより!」
独自の見解を披露したマティアス様は、相変わらず表情筋はほぼ動いていないながらも、分かりやすく瞳を輝かせた。薄い青の色味も相まって、光を湛えた目は宝石──そう、まるでアクアマリンのようだ。
「ミカ、やれば出来るではないか。普段通りの一人称、僕。そう、僕! それでよいのだ! この先も、それで通すがよい。普段通りのそなたが良いのだ。さぁ、あと一歩、こちらへ歩み寄るのだ」
「あと一歩、ですか……?」
よく分からず、マティアス様へ向かって、控えめに一歩進み出てみる。すると、奇妙な沈黙が満ちた。
──え? こうじゃない? 違う? 王族の言うことって、よく分からない!
僕が困惑ならびに混乱で心の中をグチャグチャにしていると、マティアス様は小さな咳払いをした。
「それも悪くないが、そうではないのだ。……この際、その堅苦しい話し方は甘受しよう。だが、マティと呼ぶくらいは構わないだろう? マリオは私をマティアスと呼んでいたが、敬った言葉遣いはしなかった。ミカがその話し方であるのなら、マティと呼ぶくらいがマリオと釣り合いが取れているだろう」
「釣り合い、とは……?」
「私は、ミカにもマリオと同程度に打ち解けてほしい。その釣り合いだ」
なんだかもう無茶苦茶だなぁと思うのに、その一方で、謎の説得力も感じてしまう。それは彼が王子様だからというわけではなく、マティアス様らしさであるような気がしてならない。
「あの……、それでしたら、マティ様とお呼びするのはいかがでしょう」
困り果てている僕を見かねてか、カミュがまた助け舟を出してくれた。王子様からジロリと睨まれてもカミュは全く動じず、温和な笑みを浮かべ続けている。すごい。
「ミカさんは、普段通りにご自分を『僕』と称される。彼が畏まった言葉遣いをすることを、マティアス様がお許しになる。ここで一歩ずつ歩み寄られているのですから、もう一歩ずつ譲歩されてはいかがかと思いまして」
「……私のほうが、歩み寄っている歩幅が大きい気がするのだが」
「そこはほら、数年とはいえマティアス様のほうがお兄さんでしょう?」
マティアス様が、ピクリと反応した。一瞬、怒ったのかと思ったけれど、そうではないようだ。小さく嘆息した王子様は、チラリと僕を見遣る。
「……そなたは、それでよいのか?」
「はい、マティ様」
「ふむ……、まあ、よい」
満足ではないようだけれど、ひとまず納得したらしい王子様は、視線を逸らすことなく、そのままじっとこちらを見据えてきた。
「ミカは、他人の心情の移り変わりに敏感で、場の空気を読むのが上手いようだ。ただ、その割に、他者との心の距離感の詰め方が不得手にも見える」
その一言が、僕の胸の柔らかい部分にグサリと深く刺さる。
──マティ様は、本当に何気なく、悪気なく口にした一言だったはずだ。僕を傷つけようという悪意は一切なく、彼が感じたままを正直に言っただけ。けれど、その一言は、僕の心の一部分を深々と抉っていった。
……ああ、そうか。きっとキカさんも、今みたいに、彼女にしか痛みが分からない一言を受け取ってしまったんだ。
陽気な彼女が一年近くも気に病むほどの何か、その一端を悟ってしまった僕の気持ちなど知るはずもないマティ様が、更なる衝撃的な言葉を放ってきた。
「さて。互いに歩み寄って打ち解けたのだから、私とミカの二人きりで歓談したい」
「えっ、ぁ、あ、う、うん!」
急に話を振られて少し動揺しつつも、何度も頷いて肯定する。どこまで王子様を満足させられるかは分からないけれど、可能な範囲でご希望に沿いたい。
マティアス様は少し考えてから、堂々と要求してきた。
「では、マティと呼べ」
いきなりそこか……!
一番きついとこから攻められた気分だ。即答できない僕へと、王子様は更に言葉を畳み掛けてくる。
「そなた、ジルベールをジルと呼び、カマルティユをカミュと呼んでいるのであろう? ならば、その法則に従って、このマティアスをマティと呼ぶのが丁度いいだろうに」
法則など無い! 断じて無い!
でも、ちゃんとした根拠がある反論でなければ、この人は耳を傾けてくれない気がする。いや、聞いてはくれるだろうけど、絶対に納得しない。
数秒ほど考えた末、僕は苦し紛れの言葉を返す。
「──お言葉ですが、カミュもジルをジル様と呼んでおりますし、他の人間も愛称で呼びがちのようですが、マティアス様のことはマティアス様と呼んでいますよね……?」
「他の人間、とは誰だ? この城へ足繁く通うような、親しい人間がいるのか」
「あ、えっと……」
しまった。キカさんのことを話題に出すのは、まずいはずだ。案の定、カミュは表情に出さないようにしているけれど少し焦っているようだし、ジルの黒目が憂いを増している。なんとか誤魔化さなくては……!
「──以前、マリオさんの前にいた食事係はアビゲイルという名だったようですが、アビーさんと呼ばれていたようでして……」
「ああ、確かにそのような名の老女がいたと聞いたことはある。だが、彼女と私の間には決定的な差がある。魔王側の人間であるかプレカシオン王家の人間か、だ。そして、カミュは悪魔なのだから、魔王側の者へ親しげに接し、王家側とはやや距離があるのは当然だ」
「私……いえ、僕も、魔王側の者ですし、魔王に付き従っている立場という点ではカミュと同等のような……」
「そなたは魔王側の者ではあるが、悪魔ではない。即ち、カミュと同様の呼び分けをする必要は無い。そんなことより!」
独自の見解を披露したマティアス様は、相変わらず表情筋はほぼ動いていないながらも、分かりやすく瞳を輝かせた。薄い青の色味も相まって、光を湛えた目は宝石──そう、まるでアクアマリンのようだ。
「ミカ、やれば出来るではないか。普段通りの一人称、僕。そう、僕! それでよいのだ! この先も、それで通すがよい。普段通りのそなたが良いのだ。さぁ、あと一歩、こちらへ歩み寄るのだ」
「あと一歩、ですか……?」
よく分からず、マティアス様へ向かって、控えめに一歩進み出てみる。すると、奇妙な沈黙が満ちた。
──え? こうじゃない? 違う? 王族の言うことって、よく分からない!
僕が困惑ならびに混乱で心の中をグチャグチャにしていると、マティアス様は小さな咳払いをした。
「それも悪くないが、そうではないのだ。……この際、その堅苦しい話し方は甘受しよう。だが、マティと呼ぶくらいは構わないだろう? マリオは私をマティアスと呼んでいたが、敬った言葉遣いはしなかった。ミカがその話し方であるのなら、マティと呼ぶくらいがマリオと釣り合いが取れているだろう」
「釣り合い、とは……?」
「私は、ミカにもマリオと同程度に打ち解けてほしい。その釣り合いだ」
なんだかもう無茶苦茶だなぁと思うのに、その一方で、謎の説得力も感じてしまう。それは彼が王子様だからというわけではなく、マティアス様らしさであるような気がしてならない。
「あの……、それでしたら、マティ様とお呼びするのはいかがでしょう」
困り果てている僕を見かねてか、カミュがまた助け舟を出してくれた。王子様からジロリと睨まれてもカミュは全く動じず、温和な笑みを浮かべ続けている。すごい。
「ミカさんは、普段通りにご自分を『僕』と称される。彼が畏まった言葉遣いをすることを、マティアス様がお許しになる。ここで一歩ずつ歩み寄られているのですから、もう一歩ずつ譲歩されてはいかがかと思いまして」
「……私のほうが、歩み寄っている歩幅が大きい気がするのだが」
「そこはほら、数年とはいえマティアス様のほうがお兄さんでしょう?」
マティアス様が、ピクリと反応した。一瞬、怒ったのかと思ったけれど、そうではないようだ。小さく嘆息した王子様は、チラリと僕を見遣る。
「……そなたは、それでよいのか?」
「はい、マティ様」
「ふむ……、まあ、よい」
満足ではないようだけれど、ひとまず納得したらしい王子様は、視線を逸らすことなく、そのままじっとこちらを見据えてきた。
「ミカは、他人の心情の移り変わりに敏感で、場の空気を読むのが上手いようだ。ただ、その割に、他者との心の距離感の詰め方が不得手にも見える」
その一言が、僕の胸の柔らかい部分にグサリと深く刺さる。
──マティ様は、本当に何気なく、悪気なく口にした一言だったはずだ。僕を傷つけようという悪意は一切なく、彼が感じたままを正直に言っただけ。けれど、その一言は、僕の心の一部分を深々と抉っていった。
……ああ、そうか。きっとキカさんも、今みたいに、彼女にしか痛みが分からない一言を受け取ってしまったんだ。
陽気な彼女が一年近くも気に病むほどの何か、その一端を悟ってしまった僕の気持ちなど知るはずもないマティ様が、更なる衝撃的な言葉を放ってきた。
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