魔王と僕≪しもべ≫のしあわせごはん

羽鳥くらら

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【第3話】親交を深める鍋パーティー

【3-26】

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 一瞬、しんと静まり返り、鍋のくつくついう音だけが響く。そのちょっとした沈黙を破ったのは、ジルだった。

「弟か。めでたい話だが、随分と年が離れているな。確か、お前はずっと末子だったはずだろう」

 なるほど。第三王子のマティアス様はずっと末っ子だったんだ。それが最近になって、弟が生まれて兄になった。彼が末っ子気質を覗かせながらも、年下である僕を気にかけてくれたのは、そういった環境も関係していたのかもしれない。

「うむ。二十三も年下の弟だが、間違いなく私の両親から生まれてきている。母はかなり若いうちに嫁入りして上の兄を産み、そこから下の兄、私、と立て続けに身ごもった。私を産んだ時点で母は二十歳だったから、此度の出産もありえない話ではない。ただ、やはり子を産むには負担が大きい年齢であるのは確かだからな、無事に生まれるまでは国民へは伏せていたのだ。同様に、そなたたちにも伏せていた。報せが遅くなり、すまない」
「いや、それは気にしなくていいんだが、祝いの品などは用意してないぞ」
「それこそ要らぬ気遣いだ。魔王からの出産祝いは持ち帰りづらい」
「そういえば、そうだな」
「あの……、」

 彼らの話を静かに聞いていたカミュが、そっと言葉を挟む。何か言いたいことがあって、タイミングを計っていたのだろうか。注目を集めながらも堂々と背筋を伸ばしたままの美しい悪魔は、小首を傾げてマティ様を見つめた。

「第四王子様は、魔力が全く無い状態なのですか?微弱というわけではなく……?」
「ああ。まだ赤子だから、成長過程で生じる可能性もあるかもしれぬが、今のところ魔力は皆無だ」
「それは……、かなり珍しいですね。ミカさんのような異世界の方でしたら、魔力が無い人は幾人も見て参りましたが……、元々この世界に生まれているのに魔力が全く無いという方は、私がここに着任してから初めて現れた存在のように思えます。ディデーレの人間たちは、たとえ極めて弱いとしても魔力を持っているものだと思っておりました」

 カミュとしては自分の考えていることを話しただけなんだろうけれども、マティ様は微かに青ざめる。

「そんな……、カイが特異な存在だというのか。私から見れば、健やかな愛らしい赤子なのだが。そんなに問題があるのか?」
「いえ……、どうなんでしょう。正直なところ、前例を見たことがないからなんとも……、魔王が召喚した異世界の方々には目に見える問題は無いように思えましたが、魔王の城から出ることが無いですからね。他の地域で魔力の有無がどう作用してくるのかは、私はあまり情報を持っていませんので」
「そうか……、確かに、魔王に護られている領域は良くも悪くも漂っている魔力が多い。魔王のしもべはその恩恵を受けているのかもしれないな。──だが、カイは……」

 マティ様は、無表情を悲しみに傾けながら俯いてしまった。……生まれてきた王子様は、カイ様っていうお名前なんだ。マティ様にとっては初めての下の兄弟。きっと、とても可愛く思っているんだろう。
 魔法が使えるのが当たり前の世界で、魔力を持たずに生まれてきたというのはかなり大変なことなんだ。世間の常識から外れた身の上での生きづらさというのは、僕もよく分かっている。
 魔力が無い立場から何か助言や安心させる言葉をあげられればいいんだけれども、僕はジルやカミュに守られてばかりだから、何も分からない。
 悔しさと歯がゆさを噛みしめていると、僕の取り皿に肉が一枚舞い降りてきた。

「……えっ?」
「煮詰まってしまうぞ。とりあえず、肉を食え」

 思わず顔を上げた僕と目が合ったジルは頷いて見せ、更に指を振って魔法を使い、今度はマティ様の器に茹でた肉を入れてあげている。

「ほら、お前もとりあえず食べろ」
「は……?」
「ここでうだうだと考えていても、どうにもならないだろう。しっかり食べて、寝て、元気よく背筋を伸ばして王都へ帰還し、弟の成長を見守りながら研究でもしてやればいい」
「いや、私はそなたに関する研究で手いっぱいで……」
「俺のことなど、放っておけばいい。自分の家族を優先して大事にしろ。俺だって、優先するのはそこの二人のことだ。お前のことも含めて、王家も他の人間たちも二の次なのだから。お前だって、そうするべきだ」
「……」

 マティ様は珍しく、肯定も反論もせずに押し黙った。彼にとって、すぐに答えが返せない言葉だったんだろう。

「このシャゥシャゥナベというものは、本当に美味しいですね」

 また沈黙が広がるかと思いきや、カミュの呑気な言葉と笑顔がそれを阻止した。呆気に取られているマティ様を無視して、ジルも「美味い」と食べ始める。僕もそれに倣って、よそってもらった肉で白菜っぽいものを巻いて口に含んだ。

「うん、とっても美味しい……!」

 臭みのない肉の旨味もさることながら、出汁をしっかり吸っている野菜がとても美味しい。柚子ポン酢のようなタレも、酸味がきつくなくまろやかで、素材の風味をいい具合に活かしてくれていた。
 再びしゃぶしゃぶに夢中になり始めた僕たちを見て、マティ様はほんのり微笑んだ。

「まったく、敵わんな。……そなたたちを見ていると、どうにかなるような気がしてならない」
「どうにかなるだろう。そういうものだ」
「そうですね、どうにかなってきたことの積み重ねで今があるのですから」

 きっと、どうにかなる。
 魔王の暴走のことも、ジルの寿命のことも、カイ様に魔力が無いことも。きっと、どうにかなるんだ。
 そう信じて明日からも生きていくために、今日の糧をいただいている。

 どうか、全てがどうにかなりますように。

 そんな願いを込めて、僕は鍋の出汁へ肉をくぐらせた。
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