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【第4話】応援フロランタンと祝福ケーキ
【4-10】
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「お父様も、お母様も、わたくしの誕生日のことなんて何も覚えていなかったんですもの! みんな、みんな……っ、気にしているのはアデルのことばっかりなんですわ!」
「……」
「ちょっと! ミカさん! 聞いてらっしゃるの!?」
「ぅえっ……、あ、えっと、ご、ごめんね」
「もう! せめてあなたくらいは、ちゃんとわたくしの話を聞いてほしいですわ!」
誕生日、という単語にショックを受けてボーッとしまっていた僕は、アリスちゃんに容赦なく叱られてタジタジしてしまう。
アリスちゃんは腰に両手をあてて膨れっ面をしていたけれど、すぐに眉尻を下げた。なんだか元気が無い。
「……なんだか、わたくしも疲れてしまいましたわ。お隣に座ってもよろしくて?」
「えっ、うん、勿論。……あっ、ちょっと待ってね」
ジルの守護鈴が転げ落ちないように気をつけつつ、ズボンのポケットからハンカチを出す。そして、それを自分の隣の草むらに敷いた。
「さぁ、どうぞ。椅子は無いけど、大丈夫? それとも、座れるものを持ってきたほうがいいかな?」
「大丈夫ですわ。どうもありがとう、ミカさん」
きちんとお礼を言って優雅に一礼した可愛いお嬢様は、ハンカチの上にちょこんと座る。そして、深々と溜息をついた。
……誕生日の話題は苦手なんだけど、まずはこの子の話をちゃんと聞いてあげたほうがいいかな。そう思って、僕は俯いている女の子に話を促した。
「それで、アリスちゃんはどうしたの? 自分の誕生日を気にしているみたいだったけど」
「……わたくし、第五星図期の二十日目が誕生日ですの」
つまり、地球の感覚で云うと一ヶ月後が誕生日ということだ。それなりに先のことを気にしているんだなぁと不思議に思っている間に、アリスちゃんは続きを話してくれた。
「誕生日には、お友達を呼んでお祝いをするのが普通なんですの。昼にはお友達と、夜には家族でお祝いをして、寝る前にはご先祖様や伝説の勇者様に対して感謝の言葉を唱えるんですわ」
「そうなんだ……、一日中、お祝いをするんだね?」
「当然ですわ! 誕生日は、一年で一番おめでたい日。自分の命や家族に感謝をして、周りの人もみんなお祝いしてくれて、誰でも主人公になれる貴重な日で、朝から夜まで喜びで満たされるべき一日ですもの!」
目を輝かせて力説する少女の、幼い傲慢さが眩しい。いや、この世界では──、ううん、もしかしたら地球でも、それが当たり前の感覚なのかもしれない。
ただ、僕はどうしても、自分の誕生日をおめでたいとは思えない。他の人に対しては、おめでたいとも思うし、喜んでいる姿も微笑ましいとも感じるけれど、自分の誕生日だけは苦々しい気持ちしか向けられないんだ。
それこそ、この世界においては今日が中水上のおじさんの命日にあたると同時に、僕の誕生日でもある。それは分かっているんだ。──でも、僕にとっての四月二十日はおじさんを喪った日であり、哀しみと罪悪感で満たされる日であり、おめでたいなんて露ほども思えない。
……だけど、アリスちゃんにとっては、誕生日が純粋におめでたい日なんだよね。きっと、一ヶ月後の誕生日パーティーを楽しみにしていて、それに関して何か問題が生じてしまったんだろう。
「アリスちゃんも、誕生日にお友達や家族とお祝いをするんだよね」
「……いいえ、わたくしはお祝い出来ませんわ」
「えっ……?」
不意に、アリスちゃんの横顔が泣き出しそうにくしゃりと歪む。そのまま泣いてしまうのではとハラハラして見守っていたけれど、彼女は気丈に涙を堪えて、震える声で言葉を紡いだ。
「……お父様とお母様が、アデルのお見送り会をしようって計画なさっていたの。王国内で一番大きな魔法少女大会にアデルが参加するから、その前日に盛大なお見送りをしてあげよう、って」
「え、……妹さん?」
話が見えてこない。アリスちゃんの誕生日について話を聞いているはずなのに、どうしてここでアデルちゃんの話になるんだろう。そもそも、魔法少女ってなんだ?
混乱している僕を横目でチラリと見上げたアリスちゃんは何か察したのか、補足説明を加えてくれる。
「さっきミカさんは何か勘違いしていたようですけれど、魔法少女や魔法少年になれるのはほんの一握りですわ。十二歳以下で、高等魔法を扱えて、強い魔力の持ち主。そんな子たちが魔法少女や魔法少年とされて、特別視されるんですの。その特別な彼らの中から更に優秀な子を決める大会があって、特にプレカシオン王家が主催する大会は別格中の別格。……アデルは、それに参加するんですわ」
「あ……、なるほど……」
なんとなく、見えてきた気がする。アリスちゃんがアデルちゃんに対して強い劣等感を抱いているのも、そして、彼女の誕生日に何が起きようとしているのかも。
それを確信させるかのように、アリスちゃんは先を続けた。
「第五星図期の二十一日目が、その大会の日。その前日にアデルのために宴を開くのだとしたら……、わたくしの誕生日のお祝いはどうなるのかしら。二つのお祝いを一緒にしてくださるのかしら。でも、アデルのお友達もわたくしのお友達も両方を呼ぶだなんて、うちの客間では場所が足りませんわ。……だから、お父様とお母様に訊いたんですの。わたくしの誕生日のお祝いは? って。……そうしたら、お父様とお母様は揃って『あっ』って言いましたわ。しまった、ってお顔に書いてあった。……わたくしの誕生日のことなんて、何も覚えていなかったんですわ!」
悲痛な叫びに、どう答えてあげればいいのか、僕には分からなかった。
「……」
「ちょっと! ミカさん! 聞いてらっしゃるの!?」
「ぅえっ……、あ、えっと、ご、ごめんね」
「もう! せめてあなたくらいは、ちゃんとわたくしの話を聞いてほしいですわ!」
誕生日、という単語にショックを受けてボーッとしまっていた僕は、アリスちゃんに容赦なく叱られてタジタジしてしまう。
アリスちゃんは腰に両手をあてて膨れっ面をしていたけれど、すぐに眉尻を下げた。なんだか元気が無い。
「……なんだか、わたくしも疲れてしまいましたわ。お隣に座ってもよろしくて?」
「えっ、うん、勿論。……あっ、ちょっと待ってね」
ジルの守護鈴が転げ落ちないように気をつけつつ、ズボンのポケットからハンカチを出す。そして、それを自分の隣の草むらに敷いた。
「さぁ、どうぞ。椅子は無いけど、大丈夫? それとも、座れるものを持ってきたほうがいいかな?」
「大丈夫ですわ。どうもありがとう、ミカさん」
きちんとお礼を言って優雅に一礼した可愛いお嬢様は、ハンカチの上にちょこんと座る。そして、深々と溜息をついた。
……誕生日の話題は苦手なんだけど、まずはこの子の話をちゃんと聞いてあげたほうがいいかな。そう思って、僕は俯いている女の子に話を促した。
「それで、アリスちゃんはどうしたの? 自分の誕生日を気にしているみたいだったけど」
「……わたくし、第五星図期の二十日目が誕生日ですの」
つまり、地球の感覚で云うと一ヶ月後が誕生日ということだ。それなりに先のことを気にしているんだなぁと不思議に思っている間に、アリスちゃんは続きを話してくれた。
「誕生日には、お友達を呼んでお祝いをするのが普通なんですの。昼にはお友達と、夜には家族でお祝いをして、寝る前にはご先祖様や伝説の勇者様に対して感謝の言葉を唱えるんですわ」
「そうなんだ……、一日中、お祝いをするんだね?」
「当然ですわ! 誕生日は、一年で一番おめでたい日。自分の命や家族に感謝をして、周りの人もみんなお祝いしてくれて、誰でも主人公になれる貴重な日で、朝から夜まで喜びで満たされるべき一日ですもの!」
目を輝かせて力説する少女の、幼い傲慢さが眩しい。いや、この世界では──、ううん、もしかしたら地球でも、それが当たり前の感覚なのかもしれない。
ただ、僕はどうしても、自分の誕生日をおめでたいとは思えない。他の人に対しては、おめでたいとも思うし、喜んでいる姿も微笑ましいとも感じるけれど、自分の誕生日だけは苦々しい気持ちしか向けられないんだ。
それこそ、この世界においては今日が中水上のおじさんの命日にあたると同時に、僕の誕生日でもある。それは分かっているんだ。──でも、僕にとっての四月二十日はおじさんを喪った日であり、哀しみと罪悪感で満たされる日であり、おめでたいなんて露ほども思えない。
……だけど、アリスちゃんにとっては、誕生日が純粋におめでたい日なんだよね。きっと、一ヶ月後の誕生日パーティーを楽しみにしていて、それに関して何か問題が生じてしまったんだろう。
「アリスちゃんも、誕生日にお友達や家族とお祝いをするんだよね」
「……いいえ、わたくしはお祝い出来ませんわ」
「えっ……?」
不意に、アリスちゃんの横顔が泣き出しそうにくしゃりと歪む。そのまま泣いてしまうのではとハラハラして見守っていたけれど、彼女は気丈に涙を堪えて、震える声で言葉を紡いだ。
「……お父様とお母様が、アデルのお見送り会をしようって計画なさっていたの。王国内で一番大きな魔法少女大会にアデルが参加するから、その前日に盛大なお見送りをしてあげよう、って」
「え、……妹さん?」
話が見えてこない。アリスちゃんの誕生日について話を聞いているはずなのに、どうしてここでアデルちゃんの話になるんだろう。そもそも、魔法少女ってなんだ?
混乱している僕を横目でチラリと見上げたアリスちゃんは何か察したのか、補足説明を加えてくれる。
「さっきミカさんは何か勘違いしていたようですけれど、魔法少女や魔法少年になれるのはほんの一握りですわ。十二歳以下で、高等魔法を扱えて、強い魔力の持ち主。そんな子たちが魔法少女や魔法少年とされて、特別視されるんですの。その特別な彼らの中から更に優秀な子を決める大会があって、特にプレカシオン王家が主催する大会は別格中の別格。……アデルは、それに参加するんですわ」
「あ……、なるほど……」
なんとなく、見えてきた気がする。アリスちゃんがアデルちゃんに対して強い劣等感を抱いているのも、そして、彼女の誕生日に何が起きようとしているのかも。
それを確信させるかのように、アリスちゃんは先を続けた。
「第五星図期の二十一日目が、その大会の日。その前日にアデルのために宴を開くのだとしたら……、わたくしの誕生日のお祝いはどうなるのかしら。二つのお祝いを一緒にしてくださるのかしら。でも、アデルのお友達もわたくしのお友達も両方を呼ぶだなんて、うちの客間では場所が足りませんわ。……だから、お父様とお母様に訊いたんですの。わたくしの誕生日のお祝いは? って。……そうしたら、お父様とお母様は揃って『あっ』って言いましたわ。しまった、ってお顔に書いてあった。……わたくしの誕生日のことなんて、何も覚えていなかったんですわ!」
悲痛な叫びに、どう答えてあげればいいのか、僕には分からなかった。
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