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【第4話】応援フロランタンと祝福ケーキ
【4-21】
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「ね、ジルとカミュも一緒に食べよう? すごく美味しいよ」
「そうだな。せっかくの祝い菓子だ。皆で分かち合う方が趣旨に合っている。共にいただくとするか、カミュ」
「ええ。では、お言葉に甘えて」
僕の誘いに乗ってくれた二人は、魔法でケーキを取り分け、いただきますと声を揃えてからフォークを手に取った。おそらく、味見はしていなかったのだろう。おずおずと一口目を食べた彼らは、意外そうに瞳を瞬かせてから、嬉しそうに目元を緩めた。
「ああ、確かに美味いな。マリオが作っていたものと、ほぼ同じ仕上がりになっている。このクレェムだとかいうものには全く馴染みが無いから、マリオと共に苦労して作り上げたのを思い出す。懐かしい」
「ええ。懐かしい味ですね。こんなに上手く完成させられるとは……、約五十年、毎年これを作るのを眺め、いただいていた甲斐がありました」
「他の料理も色々と作り方を見ていたはずなんだが、あまり記憶に残っていない。だが、これは……、どうしてだろうな。気合いを入れて覚えていたわけではないのに、不思議と忘れられない。……ミカも、そういうことはあるか?」
「うん。そういう不思議な記憶ってあるよね。僕にもあるよ。自分でも無意識のうちに、印象的な出来事になっているんだろうね」
僕にとっては、中水上のおじさんのミルク粥がそうだった。僕に初めて「美味しい」を教えてくれた料理。当時の僕はただただ衝撃を受けただけだったけれど、知らず知らずのうちに、大切な記憶になり、忘れられない一品になっていたんだ。
そんな僕の思考を読み取ったかのように、ジルがぽそりと呟く。
「俺はきっと、ミカのミルクガユが忘れられないだろうな」
「……えっ?」
「召喚されてきたばかりの、あのときのミカの目が忘れられない。生前に何の未練もないと語る、澄んだ眼差しだ。あのときの目と、ミルクガユ。……俺がいつまで生きられるかは全く分からないが、きっと、ずっと忘れないだろう」
そういえば、そうだった。召喚されたばかりのとき、食材が全然無くて、たまたま残っていた米っぽいものとミルクでミルク粥を作り、衰弱していたジルに食べてもらったんだ。
あの頃と比べたら、ジルはすっかり元気になって、ごく普通に生活している。相変わらず物憂げだし、引きこもりがちではあるけれど、魔王としての細々とした仕事をこなしているようだ。
あとは、キカさんやマティ様のおかげで、食料の備蓄が潤ったのも大きな変化だろうか。使える食材の種類が増えて、作れる料理の幅が広がった。
──そして、僕の心境も大きく変わってきた。特に、今日。誕生日を祝ってもらい、命を肯定してもらえたからこそ、今までに抱いたことのない感情がふつふつと湧き上がってきているのを、自分でも感じ取っていた。
「……もし、ジルが言うように、この世界に召喚されたばかりのときの僕の目が澄んでいたとするなら、今は濁り始めているかもしれないなぁ」
「……どういうことだ?」
ジルとカミュは顔を見合わせてから、二人して心配そうな視線を僕へ向けてくる。僕は曖昧に笑って、先を続けた。
「また来年もこのケーキが食べたいな、って思っちゃった。来年の自分の誕生日を楽しみに思うなんて、初めて。そんな先のことを考えてしまうのも、初めて。……今の僕は、死んでしまったら未練が残ってしまうかもしれない。ジルとカミュのおかげで、僕は初めて、明日以降も生きていたいと思うようになったよ」
こんなことを彼らに言うのは、残酷なのかもしれない。僕を慈しみながらも、いつか殺そうとしてくるかもしれない相手へ、生への願望を伝えるのは良くないかもしれない。
それでも、僕の命に価値を見出してくれた彼らへ伝えたかった。君たちのおかげで、僕は初めて、己の生へ執着を覚え始めたのだと。
「濁ってなどいるものか」
僕の言葉を受け止めたジルは、静かに首を振る。カミュは魔王に同調するように頷いた。
「ええ。ミカさんの瞳は、以前は美しいけれども、とても儚かった。今は、綺麗に澄んでいるうえで、生命の輝きを宿しています。濁るどころか、煌めいておりますよ」
「そうだ。命の重みを感じる眼になった。それが俺たちと共に送る日々の影響だというのなら、こんなに喜ばしいことはない」
そう言って、ジルは少し震えた吐息を零す。溜息というより、思わず漏れ出た感嘆のようなものだった。そして彼は、両手で目元を覆い、ぽつりと呟いた。
「俺は魔王だが、決して奪うだけの存在ではないのだと……、生命を芽吹かせることもできるのだと……、そう思えることで、どれだけ救われるか」
「ええ、本当に……、その通りですね」
震えた声で同意するカミュの紅い瞳が、潤んでいる。ジルは目元を隠したまま、何度か頷いた。
この二人は、魔王と悪魔を務めるには優しすぎて、慈悲深すぎるんだ。こんなにあたたかな空気の城が、国を滅ぼす存在の根城だなんて、笑えない冗談だ。
僕はジルとカミュそれぞれの手を握り、心を込めて伝えた。
「空っぽだった僕に、たくさん与えてくれてありがとう」
◆◆◆
──その夜、夢を見た。
まるで海のような青い花畑で、中水上のおじさんと、ジルと、カミュと、僕とで、お祝いのケーキを食べる、そんな夢を。
優しい幸福に包まれながら流した涙は、夢のものか現のものか。
翌朝目覚めたとき、頬は乾いていたけれど、雫が流れた跡がひとすじ残っていた。
--------------------------------------------------
第4話はここまでとなります。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
よろしければ、ご感想などいただけると励みになります。
ここまでで全体の3分の1ほどが過ぎたかな、という感じです。
まだまだ続いていきますので、次話からも引き続きお付き合いいただけますと、とても嬉しいです!
「そうだな。せっかくの祝い菓子だ。皆で分かち合う方が趣旨に合っている。共にいただくとするか、カミュ」
「ええ。では、お言葉に甘えて」
僕の誘いに乗ってくれた二人は、魔法でケーキを取り分け、いただきますと声を揃えてからフォークを手に取った。おそらく、味見はしていなかったのだろう。おずおずと一口目を食べた彼らは、意外そうに瞳を瞬かせてから、嬉しそうに目元を緩めた。
「ああ、確かに美味いな。マリオが作っていたものと、ほぼ同じ仕上がりになっている。このクレェムだとかいうものには全く馴染みが無いから、マリオと共に苦労して作り上げたのを思い出す。懐かしい」
「ええ。懐かしい味ですね。こんなに上手く完成させられるとは……、約五十年、毎年これを作るのを眺め、いただいていた甲斐がありました」
「他の料理も色々と作り方を見ていたはずなんだが、あまり記憶に残っていない。だが、これは……、どうしてだろうな。気合いを入れて覚えていたわけではないのに、不思議と忘れられない。……ミカも、そういうことはあるか?」
「うん。そういう不思議な記憶ってあるよね。僕にもあるよ。自分でも無意識のうちに、印象的な出来事になっているんだろうね」
僕にとっては、中水上のおじさんのミルク粥がそうだった。僕に初めて「美味しい」を教えてくれた料理。当時の僕はただただ衝撃を受けただけだったけれど、知らず知らずのうちに、大切な記憶になり、忘れられない一品になっていたんだ。
そんな僕の思考を読み取ったかのように、ジルがぽそりと呟く。
「俺はきっと、ミカのミルクガユが忘れられないだろうな」
「……えっ?」
「召喚されてきたばかりの、あのときのミカの目が忘れられない。生前に何の未練もないと語る、澄んだ眼差しだ。あのときの目と、ミルクガユ。……俺がいつまで生きられるかは全く分からないが、きっと、ずっと忘れないだろう」
そういえば、そうだった。召喚されたばかりのとき、食材が全然無くて、たまたま残っていた米っぽいものとミルクでミルク粥を作り、衰弱していたジルに食べてもらったんだ。
あの頃と比べたら、ジルはすっかり元気になって、ごく普通に生活している。相変わらず物憂げだし、引きこもりがちではあるけれど、魔王としての細々とした仕事をこなしているようだ。
あとは、キカさんやマティ様のおかげで、食料の備蓄が潤ったのも大きな変化だろうか。使える食材の種類が増えて、作れる料理の幅が広がった。
──そして、僕の心境も大きく変わってきた。特に、今日。誕生日を祝ってもらい、命を肯定してもらえたからこそ、今までに抱いたことのない感情がふつふつと湧き上がってきているのを、自分でも感じ取っていた。
「……もし、ジルが言うように、この世界に召喚されたばかりのときの僕の目が澄んでいたとするなら、今は濁り始めているかもしれないなぁ」
「……どういうことだ?」
ジルとカミュは顔を見合わせてから、二人して心配そうな視線を僕へ向けてくる。僕は曖昧に笑って、先を続けた。
「また来年もこのケーキが食べたいな、って思っちゃった。来年の自分の誕生日を楽しみに思うなんて、初めて。そんな先のことを考えてしまうのも、初めて。……今の僕は、死んでしまったら未練が残ってしまうかもしれない。ジルとカミュのおかげで、僕は初めて、明日以降も生きていたいと思うようになったよ」
こんなことを彼らに言うのは、残酷なのかもしれない。僕を慈しみながらも、いつか殺そうとしてくるかもしれない相手へ、生への願望を伝えるのは良くないかもしれない。
それでも、僕の命に価値を見出してくれた彼らへ伝えたかった。君たちのおかげで、僕は初めて、己の生へ執着を覚え始めたのだと。
「濁ってなどいるものか」
僕の言葉を受け止めたジルは、静かに首を振る。カミュは魔王に同調するように頷いた。
「ええ。ミカさんの瞳は、以前は美しいけれども、とても儚かった。今は、綺麗に澄んでいるうえで、生命の輝きを宿しています。濁るどころか、煌めいておりますよ」
「そうだ。命の重みを感じる眼になった。それが俺たちと共に送る日々の影響だというのなら、こんなに喜ばしいことはない」
そう言って、ジルは少し震えた吐息を零す。溜息というより、思わず漏れ出た感嘆のようなものだった。そして彼は、両手で目元を覆い、ぽつりと呟いた。
「俺は魔王だが、決して奪うだけの存在ではないのだと……、生命を芽吹かせることもできるのだと……、そう思えることで、どれだけ救われるか」
「ええ、本当に……、その通りですね」
震えた声で同意するカミュの紅い瞳が、潤んでいる。ジルは目元を隠したまま、何度か頷いた。
この二人は、魔王と悪魔を務めるには優しすぎて、慈悲深すぎるんだ。こんなにあたたかな空気の城が、国を滅ぼす存在の根城だなんて、笑えない冗談だ。
僕はジルとカミュそれぞれの手を握り、心を込めて伝えた。
「空っぽだった僕に、たくさん与えてくれてありがとう」
◆◆◆
──その夜、夢を見た。
まるで海のような青い花畑で、中水上のおじさんと、ジルと、カミュと、僕とで、お祝いのケーキを食べる、そんな夢を。
優しい幸福に包まれながら流した涙は、夢のものか現のものか。
翌朝目覚めたとき、頬は乾いていたけれど、雫が流れた跡がひとすじ残っていた。
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第4話はここまでとなります。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
よろしければ、ご感想などいただけると励みになります。
ここまでで全体の3分の1ほどが過ぎたかな、という感じです。
まだまだ続いていきますので、次話からも引き続きお付き合いいただけますと、とても嬉しいです!
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