89 / 246
【第5話】君に捧げるフレンチトースト
【5-5】
しおりを挟む
◇
「おや。おはようございます、ジル様。おかえりなさい、ミカさん」
僕たちが食堂へ到着すると、ずっと待ちぼうけを食わされてテーブルの側に佇んでいたカミュは、柔和な笑顔でそれぞれに挨拶をしてくれた。だいぶ待たせてしまったと思うけれど、それに対しての不満などは全く見せず、自然な笑い方でニコニコ出来るカミュは、やはり悪魔というより聖人のイメージのほうが強い。背中の羽は黒いけど、彼はまさに天使のような男だ。
「おはよう。待たせて悪かったな」
「ごめんね、カミュ。だいぶ待たせちゃったよね」
「いえ、それは全く気にしておりませんよ。どうぞ、お座りください。──ですが、何かあったのですか? ミカさんとジル様の気配は近かったですし、不穏なものも感じませんでしたから、私はここでお待ちしていたのですが」
心配そうに尋ねてくるカミュにも椅子を勧めて、三人ともが着席してから、クックとポッポの状態について話した。僕の説明に加えるようにして、鳥たちが回復するまでは僕を一人にさせないようにとジルが言い添える。僕たちの話を真剣に聞いていたカミュは、神妙な面持ちで頷いた。
「承知しました。──クックとポッポが屋内でもミカさんを護れるようになるのは、我々としても安心できるのですが……、本能除去の魔法はなかなかに負担が大きいですから心配ですね」
「焦らずじっくりと回復させてやれば大丈夫だろう。そのためにも、あいつらには余計な懸念を与えず、ひたすら寝ていてもらったほうがいい」
「そうですね。ミカさん、しばらくはご不便を感じるかもしれませんが、私かジル様の側から離れないように、くれぐれもお願いいたします」
「分かった。むしろ、こちらこそ迷惑をかけてしまってごめんね」
そういえば、クックとポッポが来る前は、僕が一人にならないよう、彼らはさりげないながらも常に気にしてくれていたように思う。僕の就寝中も部屋を覆う形の結界をジルが張ってくれていたらしいことも、夜に何度か起きて結界魔法を重ね掛けしてくれていたことも、後になって知ったんだ。
クックとポッポは気まぐれにしか姿を見せなくとも、一日中僕を見守ってくれていたということだ。そして、それに代わる守護をジルとカミュが担おうとしてくれている。
申し訳なくて俯く僕の頭を、ジルの手がぽんぽんと撫でてきた。
「迷惑だなんて思わない。ミカはおとなしくて手が掛からないから、傍にいてもらっても心地よく思うくらいだ。アビーやマリオではそうはいかないからな」
「そうですね。アビーさんもマリオさんも急に踊り出しますし、唐突に歌い出しますし、あまりじっとしていない方々でしたから。賑やかで楽しかったですが、護衛はしづらい人々でしたね」
陽気なおばあちゃんおじいちゃんに翻弄されているジルとカミュを想像して、つい吹き出してしまう。笑う場面じゃなかったかもしれないと考えた僕は咄嗟に口元を抑えたけれど、ジルとカミュは気分を害するどころか、安心したように微笑んでいた。
「話が一区切りついたところで、──さぁ、ミカ。今日の朝食について教えてくれ。この、きっちり真四角で微妙に厚みがありながらも平たい物は何だ? 表面がこんがりしているが」
ごく自然に普段の朝食の雰囲気へ戻してくれるジルの気遣いに感謝しつつ、僕も気を取り直し、意識してなるべく元気よく答える。
「食パンだよ! マリオさんも、似たようなのを作ったことがあるでしょ? たぶん、上の部分がちょっと山型になってるやつ」
「ああ、まぁ、確かにそんなようなパンは作っていたが……、これはもっとふわふわしている気がする。……ショクパン?」
この世界ではパンはパレドと呼ばれているけれど、うちの魔王と悪魔は召喚した異世界人の言葉に合わせた単語を覚えてくれるため、普通にパンで伝わるし彼らもパンと言ってくれる。
不思議そうに食パンを見つめているジルは、興味津々という感じで、僕の次の言葉を待っていた。
マリオさんがいた国と僕の国の食パンは少し違うこと、真四角に焼き上げるためにカミュに色々な工夫をしてもらって焼き型を作ったこと、生で食べても焼いて食べても美味しいことなどを簡単に説明してから、今日のメニューを紹介する。
「なるほど……、素朴ながらも温かみのある献立だな。どれも美味しそうだ」
「ありがとう。とりあえず、今日はトーストにしてみたよ。軽く焦げ目がつくくらいの焼き加減がオススメだから、とりあえずはそうしてみたけど、おかわりで焼くときにもっと好みの感じにも調整できるからね」
「分かった。では、早速いただこうか」
そのジルの言葉を合図に、カミュが軽快に手を叩いて保温魔法を解除した。すると、途端に料理たちは湯気を立て始め、作りたての良い香りが漂ってくる。
三人で視線を交わし合い、僕は両手を合わせ、ジルとカミュは軽く頭を下げて、みんなで声を合わせていつもの言葉を発した。
「いただきます」
今日も命を繋ぐ糧をいただけることに感謝した僕たちは、思い思いにトーストを手にして、わくわくしながらかじりついた。
「おや。おはようございます、ジル様。おかえりなさい、ミカさん」
僕たちが食堂へ到着すると、ずっと待ちぼうけを食わされてテーブルの側に佇んでいたカミュは、柔和な笑顔でそれぞれに挨拶をしてくれた。だいぶ待たせてしまったと思うけれど、それに対しての不満などは全く見せず、自然な笑い方でニコニコ出来るカミュは、やはり悪魔というより聖人のイメージのほうが強い。背中の羽は黒いけど、彼はまさに天使のような男だ。
「おはよう。待たせて悪かったな」
「ごめんね、カミュ。だいぶ待たせちゃったよね」
「いえ、それは全く気にしておりませんよ。どうぞ、お座りください。──ですが、何かあったのですか? ミカさんとジル様の気配は近かったですし、不穏なものも感じませんでしたから、私はここでお待ちしていたのですが」
心配そうに尋ねてくるカミュにも椅子を勧めて、三人ともが着席してから、クックとポッポの状態について話した。僕の説明に加えるようにして、鳥たちが回復するまでは僕を一人にさせないようにとジルが言い添える。僕たちの話を真剣に聞いていたカミュは、神妙な面持ちで頷いた。
「承知しました。──クックとポッポが屋内でもミカさんを護れるようになるのは、我々としても安心できるのですが……、本能除去の魔法はなかなかに負担が大きいですから心配ですね」
「焦らずじっくりと回復させてやれば大丈夫だろう。そのためにも、あいつらには余計な懸念を与えず、ひたすら寝ていてもらったほうがいい」
「そうですね。ミカさん、しばらくはご不便を感じるかもしれませんが、私かジル様の側から離れないように、くれぐれもお願いいたします」
「分かった。むしろ、こちらこそ迷惑をかけてしまってごめんね」
そういえば、クックとポッポが来る前は、僕が一人にならないよう、彼らはさりげないながらも常に気にしてくれていたように思う。僕の就寝中も部屋を覆う形の結界をジルが張ってくれていたらしいことも、夜に何度か起きて結界魔法を重ね掛けしてくれていたことも、後になって知ったんだ。
クックとポッポは気まぐれにしか姿を見せなくとも、一日中僕を見守ってくれていたということだ。そして、それに代わる守護をジルとカミュが担おうとしてくれている。
申し訳なくて俯く僕の頭を、ジルの手がぽんぽんと撫でてきた。
「迷惑だなんて思わない。ミカはおとなしくて手が掛からないから、傍にいてもらっても心地よく思うくらいだ。アビーやマリオではそうはいかないからな」
「そうですね。アビーさんもマリオさんも急に踊り出しますし、唐突に歌い出しますし、あまりじっとしていない方々でしたから。賑やかで楽しかったですが、護衛はしづらい人々でしたね」
陽気なおばあちゃんおじいちゃんに翻弄されているジルとカミュを想像して、つい吹き出してしまう。笑う場面じゃなかったかもしれないと考えた僕は咄嗟に口元を抑えたけれど、ジルとカミュは気分を害するどころか、安心したように微笑んでいた。
「話が一区切りついたところで、──さぁ、ミカ。今日の朝食について教えてくれ。この、きっちり真四角で微妙に厚みがありながらも平たい物は何だ? 表面がこんがりしているが」
ごく自然に普段の朝食の雰囲気へ戻してくれるジルの気遣いに感謝しつつ、僕も気を取り直し、意識してなるべく元気よく答える。
「食パンだよ! マリオさんも、似たようなのを作ったことがあるでしょ? たぶん、上の部分がちょっと山型になってるやつ」
「ああ、まぁ、確かにそんなようなパンは作っていたが……、これはもっとふわふわしている気がする。……ショクパン?」
この世界ではパンはパレドと呼ばれているけれど、うちの魔王と悪魔は召喚した異世界人の言葉に合わせた単語を覚えてくれるため、普通にパンで伝わるし彼らもパンと言ってくれる。
不思議そうに食パンを見つめているジルは、興味津々という感じで、僕の次の言葉を待っていた。
マリオさんがいた国と僕の国の食パンは少し違うこと、真四角に焼き上げるためにカミュに色々な工夫をしてもらって焼き型を作ったこと、生で食べても焼いて食べても美味しいことなどを簡単に説明してから、今日のメニューを紹介する。
「なるほど……、素朴ながらも温かみのある献立だな。どれも美味しそうだ」
「ありがとう。とりあえず、今日はトーストにしてみたよ。軽く焦げ目がつくくらいの焼き加減がオススメだから、とりあえずはそうしてみたけど、おかわりで焼くときにもっと好みの感じにも調整できるからね」
「分かった。では、早速いただこうか」
そのジルの言葉を合図に、カミュが軽快に手を叩いて保温魔法を解除した。すると、途端に料理たちは湯気を立て始め、作りたての良い香りが漂ってくる。
三人で視線を交わし合い、僕は両手を合わせ、ジルとカミュは軽く頭を下げて、みんなで声を合わせていつもの言葉を発した。
「いただきます」
今日も命を繋ぐ糧をいただけることに感謝した僕たちは、思い思いにトーストを手にして、わくわくしながらかじりついた。
2
あなたにおすすめの小説
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
御家騒動なんて真っ平ごめんです〜捨てられた双子の片割れは平凡な人生を歩みたい〜
伽羅
ファンタジー
【幼少期】
双子の弟に殺された…と思ったら、何故か赤ん坊に生まれ変わっていた。
ここはもしかして異世界か?
だが、そこでも双子だったため、後継者争いを懸念する親に孤児院の前に捨てられてしまう。
ようやく里親が見つかり、平和に暮らせると思っていたが…。
【学院期】
学院に通い出すとそこには双子の片割れのエドワード王子も通っていた。
周りに双子だとバレないように学院生活を送っていたが、何故かエドワード王子の影武者をする事になり…。
莫大な遺産を相続したら異世界でスローライフを楽しむ
翔千
ファンタジー
小鳥遊 紅音は働く28歳OL
十八歳の時に両親を事故で亡くし、引き取り手がなく天涯孤独に。
高校卒業後就職し、仕事に明け暮れる日々。
そんなある日、1人の弁護士が紅音の元を訪ねて来た。
要件は、紅音の母方の曾祖叔父が亡くなったと言うものだった。
曾祖叔父は若い頃に単身外国で会社を立ち上げ生涯独身を貫いき、血縁者が紅音だけだと知り、曾祖叔父の遺産を一部を紅音に譲ると遺言を遺した。
その額なんと、50億円。
あまりの巨額に驚くがなんとか手続きを終える事が出来たが、巨額な遺産の事を何処からか聞きつけ、金の無心に来る輩が次々に紅音の元を訪れ、疲弊した紅音は、誰も知らない土地で一人暮らしをすると決意。
だが、引っ越しを決めた直後、突然、異世界に召喚されてしまった。
だが、持っていた遺産はそのまま異世界でも使えたので、遺産を使って、スローライフを楽しむことにしました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
『異世界ごはん、はじめました!』 ~料理研究家は転生先でも胃袋から世界を救う~
チャチャ
ファンタジー
味のない異世界に転生したのは、料理研究家の 私!?
魔法効果つきの“ごはん”で人を癒やし、王子を 虜に、ついには王宮キッチンまで!
心と身体を温める“スキル付き料理が、世界を 変えていく--
美味しい笑顔があふれる、異世界グルメファン タジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる