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【第5話】君に捧げるフレンチトースト
【5-9】
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脱衣場だけでも、僕が転生前に住んでいたアパートの部屋何個分だろうという広さがあるから、初めてここへ案内されたときにはかなり戸惑った。そんな僕のために、カミュが大きな脱衣カゴを用意してくれたから、それを脱衣場の隅に置かせてもらって、そこで着替えるようにしている。
ちなみに、ジルやカミュは脱いだものはその辺の棚に無造作に置いているらしい。前の食事係だったマリオさんやアビーさんは豪快に床へと脱ぎ散らかしていたようだ。
服を脱いだら、常備されている布巾とジルから貰った守護鈴を持ち、浴室内へと入る。中へ入ってすぐ、微かに良い匂いのする湯気に全身を包まれた。
巨大な浴槽には魔石が沈められていて、いつでも温かい湯が張られている。湯が汚れたら自動的に綺麗になる仕組みのようで、清潔なお風呂にいつでも浸かれるのは便利だしありがたい。
手桶で湯を汲み、軽く身体を流してから、近くの小さな木箱に布巾と守護鈴を入れて、浴槽へゆっくり入ってゆく。少しとろみのある水質の温かい湯に身体を包まれると、汚れも疲れも一気に溶け出していく気がした。
「はー……、気持ちいい……」
思わず、独り言が漏れてしまう。そのくらい、快適で極楽だった。長年、ほぼシャワーだけの生活だったから、こうしてお風呂に入れることがとても贅沢に感じる。
お世話になっていた養護施設にも一応はお風呂があったけれど、何人も利用した後はお世辞にも綺麗とは言えないお湯だったし、冷めていることも多かったから、滅多に浸からなかった。シャワーで入浴を済ませる習慣は、独り立ちしてからも続いていたんだ。
前の人生において、ゆっくりとお風呂に入ったのなんて、中水上のおじさんに面倒を見てもらっていた十日間程度のものだった。
「おじさんと一緒のお風呂、懐かしいなぁ……」
無意識に呟いて、思い出にひたる。中水上のおじさんは、お風呂に慣れていない幼い僕を上手に宥めながら、一緒に入ってくれた。あったかいお湯でぽかぽかになりながら、 おじさんの優しい声で語られる話に耳を傾けた、あの時間。色々な意味であったかい時間が嬉しくて、のぼせる直前までお風呂に入ってたっけ。
──おっと、いけないいけない。記憶を掘り起こしながら、それこそ今、のぼせてしまうところだった。
魔法のお湯とそこから立ち上る湯気のおかげで、身体も髪もほぼ綺麗になっているけれど、一応、石鹸でも洗っておきたい。
休憩室まで戻ったら、ジルと一緒に冷えたミルクを飲もう。あそこには保冷魔法の掛かった箱が設置されていて、瓶詰めのミルクや水を冷やしてあるんだ。
そんなことを考えながら、いそいそとお湯から上がって、近くに置いていた木箱へ手を伸ばしかけた、──そのとき。不意に、間近の空気が歪んだ。
「……えっ?」
いや、空気というより、空間が……?とにかく、空中の一部がぐにゃりと歪み、変な黒い穴が開き、その中から、人が現れた。まさに、一瞬の出来事だ。
まばたきする間に現れた謎の人物は僕よりかなり背が高く、艶やかな黒髪もショートカットで、服装から見ても男性かと思いきや、次の瞬間には相手が女性だと体型から悟る。
「ぁ、えっと……」
様々な要因で混乱しつつも、とりあえず今の状況がまずいことは分かる。僕が全裸ということより、魔王が張った強力な結界をくぐり抜けて現れた侵入者の存在が大問題だ。
ジルに知らせるため、守護鈴を取ろうと手を伸ばした瞬間、
「フェ・ジェカ・フーィェタ! 動くな!」
大きさを潜めながらも凛とした声で彼女が詠唱したと同時に、守護鈴へ伸ばそうとしていた手に、鞭で打たれたかのような衝撃と痛みが走る。
「痛……ッ」
「な、なぜ、そんな……、加減したのに……」
僕の手の甲と手首にいく筋かの切り傷が生じ、血がポタポタと流れ落ちていく。その傷を見て、侵入者は何故かショックを受けているようだった。
「まさか、お前……魔力が低いのか……?」
「いや、低いというか、」
「チッ! いいから来い!」
「えっ、あ、あの、ぅわ……っ」
侵入者はズカズカと僕に近づくと、怪我していないほうの手首を掴んでくる。女性とは思えない力で、抗おうにも抗えない。
「来い!」
もう一度そう命じながら、侵入者は僕が全裸なことなど全く気にした様子も無く、手首ごと引っ張ってくる。振りほどこうとしても、出来ない。せめて大声を上げてジルに気づいてもらおうかと口を開くものの、浴室内の湯気と熱気が邪魔をして叶わない。
「ほら、来るんだ! お前、魔王の手下なんだろう? 訊きたいことがある」
「えっ、あの、」
「口を閉じていろ。舌を噛むぞ」
クールに言い放った彼女は、空中の歪んだ穴の中へ入り、僕も引きずり込まれてしまった。思わず目を瞑ると、転移魔法を使われた時のような浮遊感と、全身をつまんで引っ張られるような感覚がする。
どこかへ吸引されて見えない柔らかい壁にぶつかるような衝撃を何度か繰り返した後、不意にそれがぴたりと止んだ。再び穴から引きずり出されるような感じがしたと思いきや、大きな布巾のようなものを身体に掛けられる。そして、侵入者の凛とした声が聞こえてきた。
「もう目を開けてもいいぞ」
ちなみに、ジルやカミュは脱いだものはその辺の棚に無造作に置いているらしい。前の食事係だったマリオさんやアビーさんは豪快に床へと脱ぎ散らかしていたようだ。
服を脱いだら、常備されている布巾とジルから貰った守護鈴を持ち、浴室内へと入る。中へ入ってすぐ、微かに良い匂いのする湯気に全身を包まれた。
巨大な浴槽には魔石が沈められていて、いつでも温かい湯が張られている。湯が汚れたら自動的に綺麗になる仕組みのようで、清潔なお風呂にいつでも浸かれるのは便利だしありがたい。
手桶で湯を汲み、軽く身体を流してから、近くの小さな木箱に布巾と守護鈴を入れて、浴槽へゆっくり入ってゆく。少しとろみのある水質の温かい湯に身体を包まれると、汚れも疲れも一気に溶け出していく気がした。
「はー……、気持ちいい……」
思わず、独り言が漏れてしまう。そのくらい、快適で極楽だった。長年、ほぼシャワーだけの生活だったから、こうしてお風呂に入れることがとても贅沢に感じる。
お世話になっていた養護施設にも一応はお風呂があったけれど、何人も利用した後はお世辞にも綺麗とは言えないお湯だったし、冷めていることも多かったから、滅多に浸からなかった。シャワーで入浴を済ませる習慣は、独り立ちしてからも続いていたんだ。
前の人生において、ゆっくりとお風呂に入ったのなんて、中水上のおじさんに面倒を見てもらっていた十日間程度のものだった。
「おじさんと一緒のお風呂、懐かしいなぁ……」
無意識に呟いて、思い出にひたる。中水上のおじさんは、お風呂に慣れていない幼い僕を上手に宥めながら、一緒に入ってくれた。あったかいお湯でぽかぽかになりながら、 おじさんの優しい声で語られる話に耳を傾けた、あの時間。色々な意味であったかい時間が嬉しくて、のぼせる直前までお風呂に入ってたっけ。
──おっと、いけないいけない。記憶を掘り起こしながら、それこそ今、のぼせてしまうところだった。
魔法のお湯とそこから立ち上る湯気のおかげで、身体も髪もほぼ綺麗になっているけれど、一応、石鹸でも洗っておきたい。
休憩室まで戻ったら、ジルと一緒に冷えたミルクを飲もう。あそこには保冷魔法の掛かった箱が設置されていて、瓶詰めのミルクや水を冷やしてあるんだ。
そんなことを考えながら、いそいそとお湯から上がって、近くに置いていた木箱へ手を伸ばしかけた、──そのとき。不意に、間近の空気が歪んだ。
「……えっ?」
いや、空気というより、空間が……?とにかく、空中の一部がぐにゃりと歪み、変な黒い穴が開き、その中から、人が現れた。まさに、一瞬の出来事だ。
まばたきする間に現れた謎の人物は僕よりかなり背が高く、艶やかな黒髪もショートカットで、服装から見ても男性かと思いきや、次の瞬間には相手が女性だと体型から悟る。
「ぁ、えっと……」
様々な要因で混乱しつつも、とりあえず今の状況がまずいことは分かる。僕が全裸ということより、魔王が張った強力な結界をくぐり抜けて現れた侵入者の存在が大問題だ。
ジルに知らせるため、守護鈴を取ろうと手を伸ばした瞬間、
「フェ・ジェカ・フーィェタ! 動くな!」
大きさを潜めながらも凛とした声で彼女が詠唱したと同時に、守護鈴へ伸ばそうとしていた手に、鞭で打たれたかのような衝撃と痛みが走る。
「痛……ッ」
「な、なぜ、そんな……、加減したのに……」
僕の手の甲と手首にいく筋かの切り傷が生じ、血がポタポタと流れ落ちていく。その傷を見て、侵入者は何故かショックを受けているようだった。
「まさか、お前……魔力が低いのか……?」
「いや、低いというか、」
「チッ! いいから来い!」
「えっ、あ、あの、ぅわ……っ」
侵入者はズカズカと僕に近づくと、怪我していないほうの手首を掴んでくる。女性とは思えない力で、抗おうにも抗えない。
「来い!」
もう一度そう命じながら、侵入者は僕が全裸なことなど全く気にした様子も無く、手首ごと引っ張ってくる。振りほどこうとしても、出来ない。せめて大声を上げてジルに気づいてもらおうかと口を開くものの、浴室内の湯気と熱気が邪魔をして叶わない。
「ほら、来るんだ! お前、魔王の手下なんだろう? 訊きたいことがある」
「えっ、あの、」
「口を閉じていろ。舌を噛むぞ」
クールに言い放った彼女は、空中の歪んだ穴の中へ入り、僕も引きずり込まれてしまった。思わず目を瞑ると、転移魔法を使われた時のような浮遊感と、全身をつまんで引っ張られるような感覚がする。
どこかへ吸引されて見えない柔らかい壁にぶつかるような衝撃を何度か繰り返した後、不意にそれがぴたりと止んだ。再び穴から引きずり出されるような感じがしたと思いきや、大きな布巾のようなものを身体に掛けられる。そして、侵入者の凛とした声が聞こえてきた。
「もう目を開けてもいいぞ」
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