魔王と僕≪しもべ≫のしあわせごはん

羽鳥くらら

文字の大きさ
94 / 246
【第5話】君に捧げるフレンチトースト

【5-10】

しおりを挟む
 おそるおそる目を開けてみると、そこは随分と生活感のある室内だった。散らかっているわけではないけれど、人が暮らしていると実感できるような雰囲気だ。食器や本、衣服や鉢植えの花など、身近な日用品が適度な乱雑さで置かれている。広さとしては、十畳くらいだろうか。木の扉が見えるから、他にも部屋はあるのかもしれない。

「傷を見せろ」
「え、ぁ……」
「キュ・エ・ケーアエル」

 侵入者──いや、この場所では侵入者なのか分からないけれど、とにかく僕を連れ去ってきた女性は、僕の腕を掴んで傷の具合を確かめ、呪文を唱えて黒い杖を振る。
 ……ああ、そうか。普通は、魔法を使うために杖を使うんだっけ。ということは、さっきの浴室で魔法を使っていたときも杖を持っていたんだろう。黒いし細身でシンプルなデザインだからか、気づけなかった。まぁ、そもそも、動揺して動転していたから、観察力など無いに等しかったんだけれども。

 僕がぼんやり考えている間に、出血が止まり、みるみる傷が塞がっていく。すごい、何の痕も無い。当然、痛みも消えた。魔法での治療を受けたのは初めてで、なんだか感動してしまう。

「あの、ありがとうございます。傷を治してくれて……」
「礼なんか言うな」

 お礼を伝えると、ギロリと睨み下ろされてしまった。マティ様よりも色味の濃い、紺に近い青い瞳は呆れたように冷え切っていたけれど、じきに申し訳なさを滲ませていく。

「……悪かった。怪我をさせるつもりは無かったんだ。威嚇として、風魔法で手の甲を軽くはたいた程度のつもりだった」
「はぁ……、そうなんですか?」
「ああ。全裸で杖も持っていない相手に、負傷させるような魔法を仕掛けるのは卑怯だ。……だが、そんな弱い魔法でも怪我を負ってしまうほど、お前の魔力が低いのは想定外だった。……うちの姫のことがあるのに、予想の範囲から外すなど、己の配慮の至らなさに嫌気が差す。悪かった」
「……姫?」

 目の前の女性が何をつらつらと語っているのかは分からないけど、「姫」という単語が妙に引っ掛かった。この庶民っぽい雰囲気の場所に、お姫様が……?
 疑問に思った次の瞬間、近くの扉がギィィと軋んだ音を立てながら、ゆっくりと開く。──そして、なんとも美しい少女が顔を覗かせた。

「イラ……? 誰か来ているの?」

 か細いけれど愛らしい声で質問を投げ掛けているその少女は、まるで美術品のような美しさだった。白磁の肌に、小さくて艶のある唇、長い睫毛に縁取られているエメラルドグリーンの大きな瞳、ゆるいウェーブで波打っているハニーブラウンの長い髪──、その全てがあまりにも整いすぎていて、人形か彫像、もしくは肖像画のようだ。相手はアリスちゃんより少し年上くらいと思われる女の子なのに、綺麗とか可愛いとか気軽に言える感じではなく、その美しさにただただ感嘆するしかない。

「リュリ! 起き上がっていても大丈夫そうか?」

 少女が登場した途端、あまりの美貌に恐れおののく勢いで立ちすくむ僕とは対照的に、イラと呼ばれた女性は頬を紅潮させて彼女へ駆け寄り、大切そうに抱き上げた。ふわりとしたワンピースに身を包んでいてもなお細さが分かるほど華奢な少女は、自身を抱き上げている女性の黒髪をそっと撫でて微笑んだ。

「平気。だって、たくさん寝たもの。……イラが帰ったなら、お昼ごはんを作るわ。……裸のお客さんの分も、作る?」

 澄んだ翠の瞳が、チラリとこちらを見つめてくる。あまりにも純粋な眼差しを向けられている僕は、布を一枚被せられているだけの全裸男だ。不審者にも程がある。
 動揺している僕に対し、おそらくイラという名だと思われる女性は、何故か勝ち誇ったような顔を向けてきた。

「うちの姫は、美しいだろう?」
「えっ、姫……って、あ、ああ、その子? 確かに、とても綺麗ですね……、で、でも、それどころじゃ……」
「姫に邪でいかがわしい目線を向けなかったお前は、合格だ。リュリとの会話を許してやる。特別だぞ」
「え……、はぁ……?」
「私は、イラ。この姫の名は、リュリ。特別に教えてやったんだからな」
「あ、ありがとうございます……、僕は海風みかといいます」
「ミカか。よし、ミカ。そんなに畏まらなくてもいい。楽にしろ。今、お前に貸す服を持って来てやる。私のものなら着れるだろう。お前は小さいからな」

 上機嫌に言ったイラさんは、恭しくリュリちゃんを床へ下ろし、少女の長い髪をそっと撫でる。

「リュリ、少し待っていてくれ。大丈夫だ、ミカはお前に悪さをするような男じゃない。だが、もしも何かされそうになったら、すぐに私の名を呼べ。どんなに小さな声だろうと、お前の助けを求める叫びを聞き逃したりしないよ」
「うん、わかった。ミカさんと待ってるね」

 もう一度リュリちゃんの頭を撫でて、イラさんは鼻歌まじりに部屋を出て行ってしまった。──なんだろう、この展開は。イラさんは魔王の城に侵入して来て、僕を誘拐してきたはずなのに、今は一切の敵意を感じない。
 首を傾げていると、美少女がとてとてと近づいて来る。心なしか、歩き方が少し不安定だ。僕の心配をよそに、リュリちゃんは天使のような微笑を浮かべる。

「ミカさんは、イラに気に入られたのね。この秘密のアジトに連れて来るなんて……、もしかして、特別な子分さん?」
「アジト? ……子分?」

 なんとなく嫌な予感がしている僕に対し、リュリちゃんは可愛らしい声で衝撃的な事実を明かしてくれた。

「だって、イラは盗賊の親分だもの。そして、ここは誰にも内緒の秘密のアジト。……ミカさんが子分じゃないなら、わたしと同じで、戦利品なのかしら?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】 多くの応援、本当にありがとうございます! 職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。 持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。 偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。 「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。 草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。 頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男―― 年齢なんて関係ない。 五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

処理中です...