魔王と僕≪しもべ≫のしあわせごはん

羽鳥くらら

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【第5話】君に捧げるフレンチトースト

【5-18】

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「やめて、カミュ! 僕が悪かったから!」
「ミカさん? 貴方は何も……」
「僕が悪かったんだ!」

 真正面からしがみついている僕を引き剥がすことは躊躇われるのか、カミュが困惑したように眉を顰める。少し、氷のような雰囲気が和らいだ気がした。その隙を見逃さず、僕は必死に訴えかける。

「ジルから守護鈴を持っているように言われたのに、近くに置けば大丈夫だろうって思って手離しちゃったのは僕なんだ。僕が守護鈴をずっと手に持っていたままだったら、すぐにジルを呼べたのに」
「いえ、貴方が手近に置いていたことは分かっています。あの距離であれば安全だと思うのは当然かと」
「でも、手離していたのは確かだ! 僕があのベルを手に持ったままで、すぐにジルを呼べたなら、イラさんは僕を威嚇する必要は無かったんだ。イラさんは、僕を傷つけたかったんじゃない。弱い魔法で僕を脅かそうとしただけなんだ。でも、僕に魔力が無いのが駄目だったみたいで、イラさんにとっても予想外の負傷になっちゃったんだよ」
「貴方は、なぜ、そんなに……、彼女たちを庇うのですか」

 僕を見下ろす紅い瞳から、段々と狂気が削げ落ちていった。その代わり、困惑が色濃くなってきている。元のカミュの雰囲気が戻りつつあるのを感じ、もっと彼の正気を引き寄せたくて、僕は身体を離しつつ、更に言葉を重ねた。

「だって、カミュに酷いことをしてほしくないから」
「え……?」
「カミュは今、ものすごく怒ってるけど、気持ちが落ち着いてきたら、きっと後悔すると思うんだ。カミュに悲しい思いをしてほしくないよ」
「……私の、ため?」
「そうだよ! 僕は、カミュが優しいって知ってる。人間から怖がられたくないって思っていることも、どんな相手に対しても丁寧に接したいと思っていることも知ってる。だから、あとで後悔するようなことはしてほしくないんだ」

 勿論、イラさんやリュリちゃんが無事であってほしい気持ちもある。でも、それ以上に、カミュが心配な気持ちも大きいんだ。
 僕の正直な思いをどう受け止めたのか、カミュは狼狽えたように瞳を揺らし、次にイラさんやリュリちゃんへ視線を向けて、苦しげな表情をする。その顔には、もう怒りは滲んでいなかった。

「カミュ、帰ろう? 誘拐は確かに良くないことだけど、イラさんは僕の怪我もちゃんと治してくれたよ」
「……ええ、そのようですね」

 流石に穏やかとまではいえないまでも、カミュの雰囲気はすっかり落ち着いている。それを感じ取ったのか、リュリちゃんがおぼつかない足取りで駆けてきて、イラさんを庇うように立ちはだかった。

「ご、ごめんなさい、悪魔さん……、ごめんなさい……」

 恐怖で声を震わせながらも、リュリちゃんはしっかりとカミュを見つめている。対するカミュは、気まずげに視線を逸らしていた。

「ミカさんのことは、本当に帰ってもらおうとしてたの。でも、でも……、盗むのが駄目だったのは、わかってるの……、ミカさんに怪我をさせたのも、いけないこと……だから、ごめんなさい……」
「リュリ、もういいから、危ないから下がるんだ」
「ごめんなさい……、だから、イラを怒らないで……、わ、わたしを怪我させてもいいから、だから……っ」

 華奢な少女が震えながら必死に言葉を紡いでいるのを痛ましげに見つめ、カミュはそっと瞳を伏せる。そして、溜息を零してから、イラさんへ静かに声を掛けた。

「……ミカさんが着ていらっしゃる服を、このままいただいていってもよろしいですか?」
「え……?」
「貴方も、もうお分かりでしょう? ミカさんには魔力がありません。つまり、彼自身に魔法を掛けるのは、本当に慎重に行わなければ負担が大きいのです。城内の移動だけであればさほどではありませんが、此処から魔王の城までの距離を転移魔法でお運びしてしまうと、ミカさんが受ける影響が大きいですから。私が飛行魔法でお連れしたいのですが、その間、裸でお運びするわけにもいかないでしょう」
「あ、ああ、そういうこと……、構わない。むしろ、そうしてくれ」
「ありがとうございます」

 大人しくなったカミュへの違和感が大きいのか、イラさんは戸惑っているようだ。複雑な表情ながらも、彼女は起き上がり、半泣きのリュリちゃんを抱き寄せていた。そんな二人を横目で眺めてから、カミュはこちらへ手を伸ばしてくる。

「……ミカさん、帰りましょうか。ジル様も、クックとポッポも、心配しています」
「うん、帰ろう」

 大きな手に自分の手を重ねて、僕はイラさんとリュリちゃんを振り返った。彼女たちは、まだどこか怯えた様子でこちらを見つめていたけれど、僕と視線が交わると申し訳なさそうな表情を浮かべる。僕は軽く首を振って、こちらこそ騒いで申し訳ないという気持ちと、さようなら、お元気での気持ちを込めて、笑ってみせた。二人も、ぎこちないながらも微笑を返してくれた。

「ミカさん、参りましょう」
「うん」

 カミュに手を引かれるまま、狭く短い廊下を抜けて、外へ続いている扉を通る。よく晴れた空の下に出て、眩しい陽光に目を細めていると、カミュが横向きに抱きかかえてきた。視線がぐっと高くなる。

「ミカさん、飛びますのでお気をつけください。決して落としたりはしませんが、できれば私にお掴まりください」
「うん、分かった」

 カミュの首に掴まると、すぐに僕たちの身体は浮遊した。少し怖いけれど、カミュがいるのだから大丈夫だという謎の安心感がある。空に近い場所から見下ろすのどかな景色は、魔王の城から見えるものとは全く違う。見慣れない風景を目で追っている僕の耳元に、悲しげな声音の囁きが落ちてきた。

「──申し訳ありませんでした」
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