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【第5話】君に捧げるフレンチトースト
【5-20】
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◆◆◆
「ああ、ミカ……、おかえり」
城へ戻ると、カミュが降りた地点にはジルが待ち構えていて、彼の両肩にはクックとポッポが乗っていた。愛鳥たちは、やっぱりまだ元気が無いみたいだけれど、僕を見てクルクルと甘えた声を出している。
「ただいま、ジル。心配かけちゃって、ごめんね」
「いや、俺がすぐ傍にいながら連れ去られてしまうなど、自分の至らなさが悔やまれる。怪我は……、もう、無いみたいだな」
カミュの腕から降りると、すぐにジルの両手が僕の肩に乗せられる。僕の頭から足の爪先に至るまで視線を巡らせた魔王は、ほっとしたように溜息を漏らし、黙って佇んでいるカミュを見つめた。
「カミュ、ご苦労だった。ミカを取り戻してくれて、ありがとう」
「いえ……。ジル様、後のミカさんのお世話は、お任せしてもよろしいですか? 私は、少し部屋に下がらせていただきたいのですが」
「……ああ、分かった。お前はしばらく休んでいるといい。お疲れ様」
ジルは深く追求することなく、素直にカミュを送り出す。一礼してそのまま立ち去ろうとするカミュの背中へ、僕は慌てて声を掛けた。
「カミュ! 連れ帰ってくれて、ありがとう」
カミュは立ち止まって振り向き、小さく頭を下げてくれたけれど、言葉は何も残さず、転移魔法でサッと姿を消してしまった。茫然としている僕を気遣うように、ジルの手が優しく頭を撫でてくる。
「ミカ。……カミュが怒っている姿を見たのか?」
「……うん」
「そうか。……なるほどな」
ジルは事情を察したのか、物憂げな顔で何かを思案し、しかしすぐに表情を和らげて僕の背へ片手を宛てがってきた。
「とりあえず、食堂へ向かおうか。共に昼食をとって、少し休もう」
「……うん。……あ、クックとポッポは、起きていて大丈夫なの?」
背を押されるまま歩き出そうとして、ジルの両肩からジッとこちらを見つめてきている鳥たちの存在を思い出す。ジルは一度足を止めて、小さく首を振った。
「いや、まだ安静に休んでいるべきだ。だが、もうしばらくミカが無事な様子を見てからじゃないと、大人しく寝ないだろう。……ミカが消えたと最初に気付いたのは、こいつらなんだ」
「えっ? この子たちはジルの部屋にいたのに?」
「ああ。こいつらは、ミカの生命反応と紐づいている。だから、お前が浴室から消えた瞬間、混乱して大騒ぎしたんだ。魔王である俺の傍にミカの生命反応があることに安心していたからこそ、こいつらは大人しく寝ていた。だが、急にミカの気配が消えたら、寝ている場合じゃない。急いで飛び立とうとしても力が足りずに床に落ち、それでも気力を振り絞って狂ったように鳴き叫んでいるのを、カミュが見つけたんだ」
「そうだったんだ……、心配かけてごめんね、クック、ポッポ」
手を伸ばして交互に撫でると、クックとポッポは小さくクルクル鳴く。まだまだ、ドヤ顔を披露する元気は無さそうだ。こんなに弱っているこの子たちにまで、余計な心配をさせてしまったのが心苦しい。
「どうやら、精霊の加護で作られた転移空間を通っているとき、生命反応が途絶えるらしい。だから、こいつらも大騒ぎしたんだ。じきに落ち着きを取り戻したのは、遠方ではあるもののお前の生命反応を再び察知できたからだろうな」
「そっか……、ジルも驚いたよね。心配をかけて、ごめんなさい」
「ミカが謝ることはない。こちらこそ、護りが万全ではなくて、怖い思いをさせてしまったな。すまなかった」
「そんなことないよ。ジルだって、カミュだって、悪くないんだから」
「……お前は、本当に優しい子だな」
そう言って苦笑するジルに対し、子供扱いしないでと軽口を叩こうとした瞬間、「宿屋のジルベール」の歌を思い出してしまった。無意識に身体を強張らせた僕を見て、ジルが青ざめる。
「どうした? やっぱり、何か怖い目に遭ったのか? それとも、身体のどこかが痛むか?」
「ぁ……、う、ううん、なんでもないよ」
──やっぱり、言えない。
僕は、そう結論づけた。オロールさんが本当にジルの恋人で、生涯をかけて彼を愛していたとして、それを今更伝えてどうなるというんだ。せめて、オロールさんがまだ生きていれば、密かに会ってみることを勧められたかもしれない。……でも、オロールさんはもう、三十年も前に亡くなっている。
「ミカ、顔色が悪い」
「ジルのほうが、よっぽど青い顔をしているよ」
「そんなことはない。大丈夫か? 本当に、無理はしないでくれ」
ほら、ジルはこんなにも優しい。この優しい人が、かつての恋人が自分を想いながら独身を貫いて死んだなんて知ったら、どれほど苦しむことか。
だからこそ、誰も「宿屋のジルベール」の歌を魔王に教えなかったんだ。ジルと近しい人であればあるほど、彼を思いやって教えられないはずだ。勿論、僕も言えない。あの歌のこと、オロールさんのことは、そっと胸に秘めておこう。
心の中で改めて決意を固めていると、そんな僕の様子をどう捉えたのか、身をかがめて視線の高さを合わせてきたジルが真剣に問いかけてきた。
「……怒り狂っているカミュの姿を、どう思った?」
「ああ、ミカ……、おかえり」
城へ戻ると、カミュが降りた地点にはジルが待ち構えていて、彼の両肩にはクックとポッポが乗っていた。愛鳥たちは、やっぱりまだ元気が無いみたいだけれど、僕を見てクルクルと甘えた声を出している。
「ただいま、ジル。心配かけちゃって、ごめんね」
「いや、俺がすぐ傍にいながら連れ去られてしまうなど、自分の至らなさが悔やまれる。怪我は……、もう、無いみたいだな」
カミュの腕から降りると、すぐにジルの両手が僕の肩に乗せられる。僕の頭から足の爪先に至るまで視線を巡らせた魔王は、ほっとしたように溜息を漏らし、黙って佇んでいるカミュを見つめた。
「カミュ、ご苦労だった。ミカを取り戻してくれて、ありがとう」
「いえ……。ジル様、後のミカさんのお世話は、お任せしてもよろしいですか? 私は、少し部屋に下がらせていただきたいのですが」
「……ああ、分かった。お前はしばらく休んでいるといい。お疲れ様」
ジルは深く追求することなく、素直にカミュを送り出す。一礼してそのまま立ち去ろうとするカミュの背中へ、僕は慌てて声を掛けた。
「カミュ! 連れ帰ってくれて、ありがとう」
カミュは立ち止まって振り向き、小さく頭を下げてくれたけれど、言葉は何も残さず、転移魔法でサッと姿を消してしまった。茫然としている僕を気遣うように、ジルの手が優しく頭を撫でてくる。
「ミカ。……カミュが怒っている姿を見たのか?」
「……うん」
「そうか。……なるほどな」
ジルは事情を察したのか、物憂げな顔で何かを思案し、しかしすぐに表情を和らげて僕の背へ片手を宛てがってきた。
「とりあえず、食堂へ向かおうか。共に昼食をとって、少し休もう」
「……うん。……あ、クックとポッポは、起きていて大丈夫なの?」
背を押されるまま歩き出そうとして、ジルの両肩からジッとこちらを見つめてきている鳥たちの存在を思い出す。ジルは一度足を止めて、小さく首を振った。
「いや、まだ安静に休んでいるべきだ。だが、もうしばらくミカが無事な様子を見てからじゃないと、大人しく寝ないだろう。……ミカが消えたと最初に気付いたのは、こいつらなんだ」
「えっ? この子たちはジルの部屋にいたのに?」
「ああ。こいつらは、ミカの生命反応と紐づいている。だから、お前が浴室から消えた瞬間、混乱して大騒ぎしたんだ。魔王である俺の傍にミカの生命反応があることに安心していたからこそ、こいつらは大人しく寝ていた。だが、急にミカの気配が消えたら、寝ている場合じゃない。急いで飛び立とうとしても力が足りずに床に落ち、それでも気力を振り絞って狂ったように鳴き叫んでいるのを、カミュが見つけたんだ」
「そうだったんだ……、心配かけてごめんね、クック、ポッポ」
手を伸ばして交互に撫でると、クックとポッポは小さくクルクル鳴く。まだまだ、ドヤ顔を披露する元気は無さそうだ。こんなに弱っているこの子たちにまで、余計な心配をさせてしまったのが心苦しい。
「どうやら、精霊の加護で作られた転移空間を通っているとき、生命反応が途絶えるらしい。だから、こいつらも大騒ぎしたんだ。じきに落ち着きを取り戻したのは、遠方ではあるもののお前の生命反応を再び察知できたからだろうな」
「そっか……、ジルも驚いたよね。心配をかけて、ごめんなさい」
「ミカが謝ることはない。こちらこそ、護りが万全ではなくて、怖い思いをさせてしまったな。すまなかった」
「そんなことないよ。ジルだって、カミュだって、悪くないんだから」
「……お前は、本当に優しい子だな」
そう言って苦笑するジルに対し、子供扱いしないでと軽口を叩こうとした瞬間、「宿屋のジルベール」の歌を思い出してしまった。無意識に身体を強張らせた僕を見て、ジルが青ざめる。
「どうした? やっぱり、何か怖い目に遭ったのか? それとも、身体のどこかが痛むか?」
「ぁ……、う、ううん、なんでもないよ」
──やっぱり、言えない。
僕は、そう結論づけた。オロールさんが本当にジルの恋人で、生涯をかけて彼を愛していたとして、それを今更伝えてどうなるというんだ。せめて、オロールさんがまだ生きていれば、密かに会ってみることを勧められたかもしれない。……でも、オロールさんはもう、三十年も前に亡くなっている。
「ミカ、顔色が悪い」
「ジルのほうが、よっぽど青い顔をしているよ」
「そんなことはない。大丈夫か? 本当に、無理はしないでくれ」
ほら、ジルはこんなにも優しい。この優しい人が、かつての恋人が自分を想いながら独身を貫いて死んだなんて知ったら、どれほど苦しむことか。
だからこそ、誰も「宿屋のジルベール」の歌を魔王に教えなかったんだ。ジルと近しい人であればあるほど、彼を思いやって教えられないはずだ。勿論、僕も言えない。あの歌のこと、オロールさんのことは、そっと胸に秘めておこう。
心の中で改めて決意を固めていると、そんな僕の様子をどう捉えたのか、身をかがめて視線の高さを合わせてきたジルが真剣に問いかけてきた。
「……怒り狂っているカミュの姿を、どう思った?」
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