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【第8話】優しさが溶け込むフルーツフラッペ
【8-4】
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「ジル様が作ってくださるのですよね?」
「ああ。……お前は作れないだろうが」
「はい、残念ながら」
カマルティユは口ではそう言いながらも、まったく残念そうには見えない表情で澄ましている。この悪魔は、料理が出来ない己を当然のものとして受け入れているらしい。
ジルベールは無意識に長めの溜息を零し、次に何を作るべきかを思案し始めた。
「ロロは腹に重たいだろうし、ミルクガユにするか……」
ジルベールもさほど料理が出来るわけではない。作れる料理の幅は狭く、中でも得意と言えるのはロロ(ミカ──もとい地球基準で例えるならばクレープとパンケーキの中間の薄い生地に様々な具材を巻き込んで食べる料理)だが、病人に食べさせるには気が引ける。いや、アビゲールやマリオであれば具合が悪かろうと余裕で食べただろうが、ミカには難しいだろう。
「ミルクガユでよろしいのではないでしょうか。お腹に優しい料理なのでしょう? それに、美味しいですし」
「まぁ、病人にも適したものだとは思うが。……ミカは、辛くないだろうか」
「えっ? ですから、お腹に優しいものなのでしょう? 悪魔の私にはよく分かりませんが、お腹に優しいというのは良いことなのでは……?」
「ああ、そうだな。……問題点はそこではなくて、ミカが幼い頃のことを思い出してしまうのではないかと、そう思ってな」
ジルベールの言葉を聞き、カマルティユもハッとした顔になり、表情をわずかに曇らせる。
──ミカにとってのミルク粥は、かつて「おじさん」が作ってくれたという大切な料理だ。「おじさん」については、魔王も悪魔もそこまで踏み込んで尋ねたことはない。どうやら幼いミカを育てようとした男のようだが、共に過ごせたのは十日ほどで、「おじさん」は突然死んでしまったらしい。実の父親ではないようで、引き取られるまでに面識があったわけでもなさそうだが、ミカはこの「おじさん」への思い入れが非常に強いのだ。
「……確かに、ミルクガユをきっかけにして、『おじさん』のことを思い出される可能性はあるでしょう。でも、よろしいのでは?」
「……そうか?」
「ええ。優しい思い出を呼び起こせば、心が慰められるかもしれません。けれど、寂しくはないはず。だって、私たちが傍に居るのですから」
「……、……そうか?」
「そうですとも。ジル様も、私も、クックとポッポも、『おじさん』の何倍もの日数をミカさんと共に過ごしているのです。『おじさん』に勝てるとは申しませんが、負けるとも言えない程度には絆を育んできたはずでしょう」
「……魔王と、悪魔と、魔鳥二羽でも?」
「ミカさんが種族を気にされているとでも? あまりにも今更すぎる話です。──あの方は、魔王と悪魔と魔鳥である我々を、『大好き』と言ってくださっているのですよ」
自信満々なカマルティユの微笑に背を叩かれたような気がして、ジルベールはゆっくりと姿勢を正す。そして、迷いを振り切った口調で言った。
「俺はこれから調理場へ向かい、ミルクガユを作る。出来上がり次第、ミカの部屋へ届けよう。お前は、ミカの様子を見て世話をしてやってくれ。眠っているならそれでいいが、意識が混濁してうなされていたら危ない。何かあればすぐに呼んでくれ。飛んで行く」
「承知しました。ジル様の作業のお手伝いは不要ですか?」
「ああ。ミカのことだけ、くれぐれも頼む」
「はい、かしこまりました。……では、失礼いたします」
恭しく一礼したカマルティユは、スタスタと退室する。引き止められることもなければ、不満そうな空気も感じられなかったから、ジルベールは城周辺の様子を再度軽く確認してから調理場へ向かうのだろう。
そう判断して魔王の私室を出た悪魔は、言いつけ通りにミカの部屋を目指すことにした。道すがら、窓の外の景色を眺める。今が夏真っ盛りで一番に猛暑の時期らしいが、魔の者であるカマルティユにはあまり実感が無かった。既にそこそこの高さまで昇ってきた太陽が発している鋭い光に対しては眩しいと感じるが、暑苦しいという感覚は分からない。
ただ、元は普通の人間であったジルベールが軽くとはいえ汗ばんでいたり、異世界人とはいえ要するにただの人間であるミカがダラダラと汗を流したり体調を崩したりしている様子を目の当たりにすると、「暑い」とは大変なことなのだなと感じる。「寒い」は「寒い」で辛そうではあるし、人間というものは何とも弱々しい。
「面倒くさい、……って、昔は思っていましたっけ」
そう独りごち、一人で苦笑する。まだ記憶の中でも新しいほうに、「かつての自分」の姿があるのだ。何にも関心が無いように見せかけて、全てを疎んでいた頃の自分が。
魔の者の中でもとりわけ美しさと賢さが抜きん出ていたカマルティユは、「父」からの期待も大きく、同胞からも羨望と嫉妬の視線を常に浴びせられていた。プレカシオン王国の歴代の魔王も美しい悪魔を傍に置くことに優越感をおぼえる者ばかりであり、召喚した異世界人たちは悪魔の美貌を冷えきったものに感じて怯える者ばかりだった。
その全てが、どうでも良かったのだ。正確に言えば、ノヴァユエだけはどれだけ邪険にしようとも無邪気にまとわりついてきて印象に残っていたこともあり、多少は目を掛けていたけれども。それとて、大した執着も興味も無かった。
──そんなカマルティユの長年の虚無感が打ち砕かれたのは、先代の魔王が不意に自我を取り戻し、涙を流した瞬間だった。
「ああ。……お前は作れないだろうが」
「はい、残念ながら」
カマルティユは口ではそう言いながらも、まったく残念そうには見えない表情で澄ましている。この悪魔は、料理が出来ない己を当然のものとして受け入れているらしい。
ジルベールは無意識に長めの溜息を零し、次に何を作るべきかを思案し始めた。
「ロロは腹に重たいだろうし、ミルクガユにするか……」
ジルベールもさほど料理が出来るわけではない。作れる料理の幅は狭く、中でも得意と言えるのはロロ(ミカ──もとい地球基準で例えるならばクレープとパンケーキの中間の薄い生地に様々な具材を巻き込んで食べる料理)だが、病人に食べさせるには気が引ける。いや、アビゲールやマリオであれば具合が悪かろうと余裕で食べただろうが、ミカには難しいだろう。
「ミルクガユでよろしいのではないでしょうか。お腹に優しい料理なのでしょう? それに、美味しいですし」
「まぁ、病人にも適したものだとは思うが。……ミカは、辛くないだろうか」
「えっ? ですから、お腹に優しいものなのでしょう? 悪魔の私にはよく分かりませんが、お腹に優しいというのは良いことなのでは……?」
「ああ、そうだな。……問題点はそこではなくて、ミカが幼い頃のことを思い出してしまうのではないかと、そう思ってな」
ジルベールの言葉を聞き、カマルティユもハッとした顔になり、表情をわずかに曇らせる。
──ミカにとってのミルク粥は、かつて「おじさん」が作ってくれたという大切な料理だ。「おじさん」については、魔王も悪魔もそこまで踏み込んで尋ねたことはない。どうやら幼いミカを育てようとした男のようだが、共に過ごせたのは十日ほどで、「おじさん」は突然死んでしまったらしい。実の父親ではないようで、引き取られるまでに面識があったわけでもなさそうだが、ミカはこの「おじさん」への思い入れが非常に強いのだ。
「……確かに、ミルクガユをきっかけにして、『おじさん』のことを思い出される可能性はあるでしょう。でも、よろしいのでは?」
「……そうか?」
「ええ。優しい思い出を呼び起こせば、心が慰められるかもしれません。けれど、寂しくはないはず。だって、私たちが傍に居るのですから」
「……、……そうか?」
「そうですとも。ジル様も、私も、クックとポッポも、『おじさん』の何倍もの日数をミカさんと共に過ごしているのです。『おじさん』に勝てるとは申しませんが、負けるとも言えない程度には絆を育んできたはずでしょう」
「……魔王と、悪魔と、魔鳥二羽でも?」
「ミカさんが種族を気にされているとでも? あまりにも今更すぎる話です。──あの方は、魔王と悪魔と魔鳥である我々を、『大好き』と言ってくださっているのですよ」
自信満々なカマルティユの微笑に背を叩かれたような気がして、ジルベールはゆっくりと姿勢を正す。そして、迷いを振り切った口調で言った。
「俺はこれから調理場へ向かい、ミルクガユを作る。出来上がり次第、ミカの部屋へ届けよう。お前は、ミカの様子を見て世話をしてやってくれ。眠っているならそれでいいが、意識が混濁してうなされていたら危ない。何かあればすぐに呼んでくれ。飛んで行く」
「承知しました。ジル様の作業のお手伝いは不要ですか?」
「ああ。ミカのことだけ、くれぐれも頼む」
「はい、かしこまりました。……では、失礼いたします」
恭しく一礼したカマルティユは、スタスタと退室する。引き止められることもなければ、不満そうな空気も感じられなかったから、ジルベールは城周辺の様子を再度軽く確認してから調理場へ向かうのだろう。
そう判断して魔王の私室を出た悪魔は、言いつけ通りにミカの部屋を目指すことにした。道すがら、窓の外の景色を眺める。今が夏真っ盛りで一番に猛暑の時期らしいが、魔の者であるカマルティユにはあまり実感が無かった。既にそこそこの高さまで昇ってきた太陽が発している鋭い光に対しては眩しいと感じるが、暑苦しいという感覚は分からない。
ただ、元は普通の人間であったジルベールが軽くとはいえ汗ばんでいたり、異世界人とはいえ要するにただの人間であるミカがダラダラと汗を流したり体調を崩したりしている様子を目の当たりにすると、「暑い」とは大変なことなのだなと感じる。「寒い」は「寒い」で辛そうではあるし、人間というものは何とも弱々しい。
「面倒くさい、……って、昔は思っていましたっけ」
そう独りごち、一人で苦笑する。まだ記憶の中でも新しいほうに、「かつての自分」の姿があるのだ。何にも関心が無いように見せかけて、全てを疎んでいた頃の自分が。
魔の者の中でもとりわけ美しさと賢さが抜きん出ていたカマルティユは、「父」からの期待も大きく、同胞からも羨望と嫉妬の視線を常に浴びせられていた。プレカシオン王国の歴代の魔王も美しい悪魔を傍に置くことに優越感をおぼえる者ばかりであり、召喚した異世界人たちは悪魔の美貌を冷えきったものに感じて怯える者ばかりだった。
その全てが、どうでも良かったのだ。正確に言えば、ノヴァユエだけはどれだけ邪険にしようとも無邪気にまとわりついてきて印象に残っていたこともあり、多少は目を掛けていたけれども。それとて、大した執着も興味も無かった。
──そんなカマルティユの長年の虚無感が打ち砕かれたのは、先代の魔王が不意に自我を取り戻し、涙を流した瞬間だった。
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