魔王と僕≪しもべ≫のしあわせごはん

羽鳥くらら

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【第8話】優しさが溶け込むフルーツフラッペ

【8-5】

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 ジルベールの前代の魔王だったラグリマという男は、元々は教師だったらしい。学校で教鞭をとる他、休日には近場の孤児院で子どもたちに勉強を教えていた、非常に善良な人間だったようだ。それまでの歴代の魔王たちは皆、何かしらの悪事に手を染めていたり、他者に強い怨恨を持っていたりする者ばかりだったから、珍しい者が魔王の魂を宿したものだと当時のカマルティユは少しばかり驚いた。

 しかし結局は、魔王化の影響によってラグリマは元の人格を失い、残虐な言動を繰り返すようになる。だから、カマルティユもラグリマに対しての興味をすぐに失った。
 ──関心が復活したのは、おもむろに自我を取り戻したラグリマが「本当は人間が愛おしい」と涙を流したときだった。

 魔王が人間への情を訴え始めるとは思いもしなかったカマルティユは、最初は気味悪く感じていたものだが、元の性格へ戻る機会がある度に人間の良い点を訴えかけてくるラグリマの言葉へ耳を傾けているうちに、段々と絆されていったのだ。

「確かに、人間とはとてもちっぽけで弱々しく、時に愚かしく、時に嘆かわしく、けれども愛おしい存在ですね、ラグリマ様」

 かつての主君の名を密やかな声で呼びながら、ジルベールと出会う前に正気のラグリマと対面できて良かったと、カマルティユはそう思う。ラグリマから聞いた数々の話に心を絆されていなければ、元の人格を保ったまま魔王になったジルベールを支えるどころか、疎ましく思って鼻白んでいたかもしれないのだ。
 今、己が歩いている道が「魔の者らしさ」からかけ離れてしまっているとしても、このほうがいい。何にも心を動かされることなく淡々と永い時を生き続けるよりも、たとえ「父」から酷い罰を受けたとしても、今の自分の在り方のほうがずっといい。

 カマルティユが改めてそう思ったところで、ミカの私室の前に到着した。ノックするべきか迷った末、もしも寝ていたら起こしてしまうのも良くないだろうと考えた悪魔は、静かに扉を開く。まず頭だけを入れて様子を窺ってみると、寝具と鳥たちに包まれている狭間から覗いているミカの瞳と視線が交わった。どうやら、起きていたらしい。

「カミュ、ジルはなんて……? 僕、朝ごはん作りに行くよ……」

 弱々しい声に先に話し掛けられ、黙って入室した非礼を詫び損ねたカマルティユは、とりあえず病人の傍へ寄って行った。

「ジル様も、ミカさんのことをとても心配しておられましたよ。今、朝食を作ってくださっています。出来上がり次第、こちらにお持ちくださるそうです。それまで、ゆっくり休んでいてくださいね」

 安心させるべく優しい声音を意識して話したのだが、そんなカマルティユの思惑とは裏腹に、ミカの表情は曇ってしまう。

「また、迷惑かけちゃったな……」
「そんなこと、誰も思っていませんよ。私は勿論、ジル様も、クックもポッポもです」
「クックッ」
「ポッポッ」

 悪魔の言葉に賛同するかのように、魔鳥たちは愛らしく鳴いた。彼らは、魔鳥の中でもかなり賢い部類だろう。そして、心の機微にも敏感だ。だからこそ、言葉こそ話せないものの、会話同然に鳴き声を挟んでくることがよくある。

「ありがとう。そう言ってくれるのは嬉しいけど、でも……僕が食事係なのに……」

 そう零したところで、ミカは咳き込んだ。咳まで弱々しく感じるのは、魔の者にとって風邪とは無縁のものだからだろうか。そんな思考を決して顔に出すことなく、カマルティユは病人の横に膝をついた。

「アビーさんもマリオさんも、よく風邪をひいていらっしゃいました。その度に、ジル様は料理をされておられたのですよ。──それこそ、アビーさんなんて、作れる料理が少ないジル様に文句を仰ってました。同じもんばっかり食わせんじゃないよ! もっと具合が悪くなっちまうよ! ……と」
「えー? それはアビーさんが酷いよ。ジルは頑張ってたんだろうに」

 そう言って苦笑するミカは、小さな笑い声と咳を交互に漏らす。わずかとはいえ笑顔を見せたミカの姿に安堵しながら、カマルティユは病人の淡い茶色の頭へ手を伸ばし、そっと撫でた。柔らかな猫毛が手のひらに心地よい。

「今も、ジル様は頑張っておられます。こんなときくらい、お任せしましょう。以前にも申し上げたでしょう? ジル様はミカさんに甘えていただくことを好んでいらっしゃいます。たまには、喜ばせてさしあげましょう」
「ふふっ、それは都合のいいように考えすぎだよ」
「そうですか?」

 おどけた仕草で首を傾げて見せると、ミカはまた小さな笑い声を上げた。彼が人間としては成人しているのは理解しているつもりだが、永遠の命を持っているに等しい魔の者であるカマルティユから見れば、ミカは幼子のようなものだ。大切に見守り、笑ってくれれば嬉しく思い、悲しんでいる姿を見るのは辛いし、何とかしてあげたいと願う。
 ──それが、いわゆる「親心」のようなものなのだろうか。魔の者は血の繋がりが無いため、家族というものがよく分からないのだが、近頃のカマルティユは、自身がミカの保護者のような感覚になっている。その自覚もある。

「……ミカさん、汗をかいていらっしゃいますね。一度拭いて、着替えましょうか」
「えっ、自分でやるよ。大丈夫だよ、カミュ」
「いいから、私に任せてください。ジル様にもくれぐれも頼むと言われているのですから、お世話をさせていただきませんと」

 駄々をこねる子どもをあやすかのような口調で諭しながら、美しい悪魔は聖母のように微笑んだ。
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