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【第8話】優しさが溶け込むフルーツフラッペ
【8-6】
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◇
「ああ、もう……、まったく、あいつは……」
魔法で動かしている木製のスパチュラで鍋をかき混ぜる傍ら、届いたばかりの手紙に目を通している魔王は、深々と溜息をついた。
「あいつ」とは、手紙の送り主であるプレカシオン王国第三王子マティアスを指している。かの王子はミカのことを妙に気に掛けており、ジルベールとの手紙のやり取りの頻度も上がっていた。ジルベールは、急ぎの返事を要する場合以外は、少し間を置いてから手紙を返すようにしている。以前のマティアスもそうだった。
しかし、近頃の第三王子は、ジルベールが手紙を送るとすぐに返事を寄越すのだ。そして、次の手紙を早く寄越せだの、ミカの様子を詳しく教えろだの、弟の育ち具合はどうのだの、そんなことを長々と書き連ねてくる。
最近は、手紙以外に荷物を送り付けてくる機会も度々あるのだ。読んでいる最中の手紙にも、追って夏の果実を持たせた鳥が行くだろうと書かれている。無論、それはジルベールのためではなく、ミカのためのものだ。それをはっきりと明記されているわけではないが、そのくらい簡単に推察できる。
あまり魔王側に情を傾けすぎるなと口を酸っぱくして言い続けてきたのに、この有様だ。ミカと出会ってからというもの、マティアスの「魔王一派贔屓」には拍車が掛かっている。
人間の、それこそ魔王と契約している王家に名を連ねている王子なのだから、それらしく振る舞えと注意しているのに、このままでは周囲でよからぬ噂を立てられてしまいかねない。ジルベールに痛手は無いが、マティアスが浮いた存在になったり、厄介な者たちから目を付けられて危険な目に遭ったりしないかという懸念がある。当の本人は、全く気にしていないようで、それがまたジルベールの頭を悩ませていた。
「……まぁ、可愛いんだろうな」
自分が庇護したくなるような年下の存在は、可愛いものだ。こちらの神経を逆撫でしてくるような輩ならいざ知らず、素直な受け答えをして接してくれるような無垢な年少者は愛らしく、つい何かと世話を焼いてしまいたくなる気持ちは、ジルベールにも覚えのある感情である。
ましてや、マティアスは今になって初めて「弟」という存在と出会い、溺愛している最中なのだ。彼の中では、ミカも弟のように思えてしまい、可愛がりたくて仕方がないのだろう。
「はぁ……」
もう何度目かも分からない溜息を落としたところで、ミルク粥がちょうどいい塩梅に煮立った。
気を取り直したジルベールは、出来上がったばかりのミルク粥を器によそい、保温魔法を掛ける。ミカが作り置きしている冷たい果実水もカップへ注ぎ、ミルク粥の器と共にトレーへ載せた。
これしか用意していないが、相手は病人でどれだけ食べられるか不明であるし、朝食なのだから軽く食べさせて様子を見ることにする。もしもミカが食欲旺盛でたくさん食べられそうならば、そのときに他のものを作ってあげればいい。──といっても、ジルベールに作れる料理は少ないのだが。
そのまま運んでいこうとして、味見をし忘れていることに気がついた魔王は、手近にあった匙で大鍋の中身を掬い、一口食べた。こんなものだろう、とジルベールは判断を下す。少なくとも風味は、以前ミカが作ったミルク粥と近いものになっただろう。
そう納得した魔王は、トレーを手にして調理場を後にした。
魔法で運んでしまうほうが簡単で、零す恐れも無いのだが、家族に与える食事だと思えば自らの手で持って行きたい気持ちが湧いてしまう。それはカマルティユも同じようで、かの悪魔もまた、ジルベールやミカへ手渡すものは己の手を経由させたがるのだった。
こうして食事を運んでいると、遠い昔、宿屋で働いていたときのことを思い出す。母が作った料理を食堂まで運び、宿泊客へ配膳するのはジルベールの仕事のひとつだった。豪華な料理というわけではなかったが、温かみのある手料理を旅人たちはおおいに喜び、皿を目の前に置いたときの笑顔や目の輝きは今でも記憶に残っている。
──このミルク粥を手渡したとき、ミカはどんな顔をするだろうか。美しい悪魔は楽観的なことを言っていたが、病床に就いている彼を複雑な心境にさせやしないかと心配になってしまう。ミカがずっと大切にしてきた幼い日の思い出を邪魔してしまうのではないかと、それが魔王は気掛かりだった。
出来れば、笑ってほしい。喜んでほしいとまでは高望みしないから、懐かしいなぁと笑ってくれたらいい、とジルベールは願う。──祈りにも似た淡い願いを胸中に揺らめかせたところで、ミカの部屋の前に到着した。中からは、カマルティユの穏やかな話し声が聞こえてくる。何かを語り聞かせているのだろう。
軽くノックをしてから、魔王は静かに扉を開けた。
「ああ、もう……、まったく、あいつは……」
魔法で動かしている木製のスパチュラで鍋をかき混ぜる傍ら、届いたばかりの手紙に目を通している魔王は、深々と溜息をついた。
「あいつ」とは、手紙の送り主であるプレカシオン王国第三王子マティアスを指している。かの王子はミカのことを妙に気に掛けており、ジルベールとの手紙のやり取りの頻度も上がっていた。ジルベールは、急ぎの返事を要する場合以外は、少し間を置いてから手紙を返すようにしている。以前のマティアスもそうだった。
しかし、近頃の第三王子は、ジルベールが手紙を送るとすぐに返事を寄越すのだ。そして、次の手紙を早く寄越せだの、ミカの様子を詳しく教えろだの、弟の育ち具合はどうのだの、そんなことを長々と書き連ねてくる。
最近は、手紙以外に荷物を送り付けてくる機会も度々あるのだ。読んでいる最中の手紙にも、追って夏の果実を持たせた鳥が行くだろうと書かれている。無論、それはジルベールのためではなく、ミカのためのものだ。それをはっきりと明記されているわけではないが、そのくらい簡単に推察できる。
あまり魔王側に情を傾けすぎるなと口を酸っぱくして言い続けてきたのに、この有様だ。ミカと出会ってからというもの、マティアスの「魔王一派贔屓」には拍車が掛かっている。
人間の、それこそ魔王と契約している王家に名を連ねている王子なのだから、それらしく振る舞えと注意しているのに、このままでは周囲でよからぬ噂を立てられてしまいかねない。ジルベールに痛手は無いが、マティアスが浮いた存在になったり、厄介な者たちから目を付けられて危険な目に遭ったりしないかという懸念がある。当の本人は、全く気にしていないようで、それがまたジルベールの頭を悩ませていた。
「……まぁ、可愛いんだろうな」
自分が庇護したくなるような年下の存在は、可愛いものだ。こちらの神経を逆撫でしてくるような輩ならいざ知らず、素直な受け答えをして接してくれるような無垢な年少者は愛らしく、つい何かと世話を焼いてしまいたくなる気持ちは、ジルベールにも覚えのある感情である。
ましてや、マティアスは今になって初めて「弟」という存在と出会い、溺愛している最中なのだ。彼の中では、ミカも弟のように思えてしまい、可愛がりたくて仕方がないのだろう。
「はぁ……」
もう何度目かも分からない溜息を落としたところで、ミルク粥がちょうどいい塩梅に煮立った。
気を取り直したジルベールは、出来上がったばかりのミルク粥を器によそい、保温魔法を掛ける。ミカが作り置きしている冷たい果実水もカップへ注ぎ、ミルク粥の器と共にトレーへ載せた。
これしか用意していないが、相手は病人でどれだけ食べられるか不明であるし、朝食なのだから軽く食べさせて様子を見ることにする。もしもミカが食欲旺盛でたくさん食べられそうならば、そのときに他のものを作ってあげればいい。──といっても、ジルベールに作れる料理は少ないのだが。
そのまま運んでいこうとして、味見をし忘れていることに気がついた魔王は、手近にあった匙で大鍋の中身を掬い、一口食べた。こんなものだろう、とジルベールは判断を下す。少なくとも風味は、以前ミカが作ったミルク粥と近いものになっただろう。
そう納得した魔王は、トレーを手にして調理場を後にした。
魔法で運んでしまうほうが簡単で、零す恐れも無いのだが、家族に与える食事だと思えば自らの手で持って行きたい気持ちが湧いてしまう。それはカマルティユも同じようで、かの悪魔もまた、ジルベールやミカへ手渡すものは己の手を経由させたがるのだった。
こうして食事を運んでいると、遠い昔、宿屋で働いていたときのことを思い出す。母が作った料理を食堂まで運び、宿泊客へ配膳するのはジルベールの仕事のひとつだった。豪華な料理というわけではなかったが、温かみのある手料理を旅人たちはおおいに喜び、皿を目の前に置いたときの笑顔や目の輝きは今でも記憶に残っている。
──このミルク粥を手渡したとき、ミカはどんな顔をするだろうか。美しい悪魔は楽観的なことを言っていたが、病床に就いている彼を複雑な心境にさせやしないかと心配になってしまう。ミカがずっと大切にしてきた幼い日の思い出を邪魔してしまうのではないかと、それが魔王は気掛かりだった。
出来れば、笑ってほしい。喜んでほしいとまでは高望みしないから、懐かしいなぁと笑ってくれたらいい、とジルベールは願う。──祈りにも似た淡い願いを胸中に揺らめかせたところで、ミカの部屋の前に到着した。中からは、カマルティユの穏やかな話し声が聞こえてくる。何かを語り聞かせているのだろう。
軽くノックをしてから、魔王は静かに扉を開けた。
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