164 / 246
【第8話】優しさが溶け込むフルーツフラッペ
【8-6】
しおりを挟む
◇
「ああ、もう……、まったく、あいつは……」
魔法で動かしている木製のスパチュラで鍋をかき混ぜる傍ら、届いたばかりの手紙に目を通している魔王は、深々と溜息をついた。
「あいつ」とは、手紙の送り主であるプレカシオン王国第三王子マティアスを指している。かの王子はミカのことを妙に気に掛けており、ジルベールとの手紙のやり取りの頻度も上がっていた。ジルベールは、急ぎの返事を要する場合以外は、少し間を置いてから手紙を返すようにしている。以前のマティアスもそうだった。
しかし、近頃の第三王子は、ジルベールが手紙を送るとすぐに返事を寄越すのだ。そして、次の手紙を早く寄越せだの、ミカの様子を詳しく教えろだの、弟の育ち具合はどうのだの、そんなことを長々と書き連ねてくる。
最近は、手紙以外に荷物を送り付けてくる機会も度々あるのだ。読んでいる最中の手紙にも、追って夏の果実を持たせた鳥が行くだろうと書かれている。無論、それはジルベールのためではなく、ミカのためのものだ。それをはっきりと明記されているわけではないが、そのくらい簡単に推察できる。
あまり魔王側に情を傾けすぎるなと口を酸っぱくして言い続けてきたのに、この有様だ。ミカと出会ってからというもの、マティアスの「魔王一派贔屓」には拍車が掛かっている。
人間の、それこそ魔王と契約している王家に名を連ねている王子なのだから、それらしく振る舞えと注意しているのに、このままでは周囲でよからぬ噂を立てられてしまいかねない。ジルベールに痛手は無いが、マティアスが浮いた存在になったり、厄介な者たちから目を付けられて危険な目に遭ったりしないかという懸念がある。当の本人は、全く気にしていないようで、それがまたジルベールの頭を悩ませていた。
「……まぁ、可愛いんだろうな」
自分が庇護したくなるような年下の存在は、可愛いものだ。こちらの神経を逆撫でしてくるような輩ならいざ知らず、素直な受け答えをして接してくれるような無垢な年少者は愛らしく、つい何かと世話を焼いてしまいたくなる気持ちは、ジルベールにも覚えのある感情である。
ましてや、マティアスは今になって初めて「弟」という存在と出会い、溺愛している最中なのだ。彼の中では、ミカも弟のように思えてしまい、可愛がりたくて仕方がないのだろう。
「はぁ……」
もう何度目かも分からない溜息を落としたところで、ミルク粥がちょうどいい塩梅に煮立った。
気を取り直したジルベールは、出来上がったばかりのミルク粥を器によそい、保温魔法を掛ける。ミカが作り置きしている冷たい果実水もカップへ注ぎ、ミルク粥の器と共にトレーへ載せた。
これしか用意していないが、相手は病人でどれだけ食べられるか不明であるし、朝食なのだから軽く食べさせて様子を見ることにする。もしもミカが食欲旺盛でたくさん食べられそうならば、そのときに他のものを作ってあげればいい。──といっても、ジルベールに作れる料理は少ないのだが。
そのまま運んでいこうとして、味見をし忘れていることに気がついた魔王は、手近にあった匙で大鍋の中身を掬い、一口食べた。こんなものだろう、とジルベールは判断を下す。少なくとも風味は、以前ミカが作ったミルク粥と近いものになっただろう。
そう納得した魔王は、トレーを手にして調理場を後にした。
魔法で運んでしまうほうが簡単で、零す恐れも無いのだが、家族に与える食事だと思えば自らの手で持って行きたい気持ちが湧いてしまう。それはカマルティユも同じようで、かの悪魔もまた、ジルベールやミカへ手渡すものは己の手を経由させたがるのだった。
こうして食事を運んでいると、遠い昔、宿屋で働いていたときのことを思い出す。母が作った料理を食堂まで運び、宿泊客へ配膳するのはジルベールの仕事のひとつだった。豪華な料理というわけではなかったが、温かみのある手料理を旅人たちはおおいに喜び、皿を目の前に置いたときの笑顔や目の輝きは今でも記憶に残っている。
──このミルク粥を手渡したとき、ミカはどんな顔をするだろうか。美しい悪魔は楽観的なことを言っていたが、病床に就いている彼を複雑な心境にさせやしないかと心配になってしまう。ミカがずっと大切にしてきた幼い日の思い出を邪魔してしまうのではないかと、それが魔王は気掛かりだった。
出来れば、笑ってほしい。喜んでほしいとまでは高望みしないから、懐かしいなぁと笑ってくれたらいい、とジルベールは願う。──祈りにも似た淡い願いを胸中に揺らめかせたところで、ミカの部屋の前に到着した。中からは、カマルティユの穏やかな話し声が聞こえてくる。何かを語り聞かせているのだろう。
軽くノックをしてから、魔王は静かに扉を開けた。
「ああ、もう……、まったく、あいつは……」
魔法で動かしている木製のスパチュラで鍋をかき混ぜる傍ら、届いたばかりの手紙に目を通している魔王は、深々と溜息をついた。
「あいつ」とは、手紙の送り主であるプレカシオン王国第三王子マティアスを指している。かの王子はミカのことを妙に気に掛けており、ジルベールとの手紙のやり取りの頻度も上がっていた。ジルベールは、急ぎの返事を要する場合以外は、少し間を置いてから手紙を返すようにしている。以前のマティアスもそうだった。
しかし、近頃の第三王子は、ジルベールが手紙を送るとすぐに返事を寄越すのだ。そして、次の手紙を早く寄越せだの、ミカの様子を詳しく教えろだの、弟の育ち具合はどうのだの、そんなことを長々と書き連ねてくる。
最近は、手紙以外に荷物を送り付けてくる機会も度々あるのだ。読んでいる最中の手紙にも、追って夏の果実を持たせた鳥が行くだろうと書かれている。無論、それはジルベールのためではなく、ミカのためのものだ。それをはっきりと明記されているわけではないが、そのくらい簡単に推察できる。
あまり魔王側に情を傾けすぎるなと口を酸っぱくして言い続けてきたのに、この有様だ。ミカと出会ってからというもの、マティアスの「魔王一派贔屓」には拍車が掛かっている。
人間の、それこそ魔王と契約している王家に名を連ねている王子なのだから、それらしく振る舞えと注意しているのに、このままでは周囲でよからぬ噂を立てられてしまいかねない。ジルベールに痛手は無いが、マティアスが浮いた存在になったり、厄介な者たちから目を付けられて危険な目に遭ったりしないかという懸念がある。当の本人は、全く気にしていないようで、それがまたジルベールの頭を悩ませていた。
「……まぁ、可愛いんだろうな」
自分が庇護したくなるような年下の存在は、可愛いものだ。こちらの神経を逆撫でしてくるような輩ならいざ知らず、素直な受け答えをして接してくれるような無垢な年少者は愛らしく、つい何かと世話を焼いてしまいたくなる気持ちは、ジルベールにも覚えのある感情である。
ましてや、マティアスは今になって初めて「弟」という存在と出会い、溺愛している最中なのだ。彼の中では、ミカも弟のように思えてしまい、可愛がりたくて仕方がないのだろう。
「はぁ……」
もう何度目かも分からない溜息を落としたところで、ミルク粥がちょうどいい塩梅に煮立った。
気を取り直したジルベールは、出来上がったばかりのミルク粥を器によそい、保温魔法を掛ける。ミカが作り置きしている冷たい果実水もカップへ注ぎ、ミルク粥の器と共にトレーへ載せた。
これしか用意していないが、相手は病人でどれだけ食べられるか不明であるし、朝食なのだから軽く食べさせて様子を見ることにする。もしもミカが食欲旺盛でたくさん食べられそうならば、そのときに他のものを作ってあげればいい。──といっても、ジルベールに作れる料理は少ないのだが。
そのまま運んでいこうとして、味見をし忘れていることに気がついた魔王は、手近にあった匙で大鍋の中身を掬い、一口食べた。こんなものだろう、とジルベールは判断を下す。少なくとも風味は、以前ミカが作ったミルク粥と近いものになっただろう。
そう納得した魔王は、トレーを手にして調理場を後にした。
魔法で運んでしまうほうが簡単で、零す恐れも無いのだが、家族に与える食事だと思えば自らの手で持って行きたい気持ちが湧いてしまう。それはカマルティユも同じようで、かの悪魔もまた、ジルベールやミカへ手渡すものは己の手を経由させたがるのだった。
こうして食事を運んでいると、遠い昔、宿屋で働いていたときのことを思い出す。母が作った料理を食堂まで運び、宿泊客へ配膳するのはジルベールの仕事のひとつだった。豪華な料理というわけではなかったが、温かみのある手料理を旅人たちはおおいに喜び、皿を目の前に置いたときの笑顔や目の輝きは今でも記憶に残っている。
──このミルク粥を手渡したとき、ミカはどんな顔をするだろうか。美しい悪魔は楽観的なことを言っていたが、病床に就いている彼を複雑な心境にさせやしないかと心配になってしまう。ミカがずっと大切にしてきた幼い日の思い出を邪魔してしまうのではないかと、それが魔王は気掛かりだった。
出来れば、笑ってほしい。喜んでほしいとまでは高望みしないから、懐かしいなぁと笑ってくれたらいい、とジルベールは願う。──祈りにも似た淡い願いを胸中に揺らめかせたところで、ミカの部屋の前に到着した。中からは、カマルティユの穏やかな話し声が聞こえてくる。何かを語り聞かせているのだろう。
軽くノックをしてから、魔王は静かに扉を開けた。
1
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~
よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】
多くの応援、本当にありがとうございます!
職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。
持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。
偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。
「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。
草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。
頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男――
年齢なんて関係ない。
五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる