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【第9話】父と息子と豚汁と
【9-20】
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「マティ様……」
いつの間にか側へ来ていたのか、近くに銀髪の王子が佇んでいた。涼しげなアイスブルーの瞳に見つめられて、煮えたぎっていた僕の思考も段々と冷えてくる。
──ああ、そうだ。賢者と王子の仲が険悪になってはいけないからと、僕たちは事前に計画を練っていたはずなのに。僕が暴走してしまった結果、せっかくの計画が水の泡になってしまったのではないだろうか。
「ミカ、そのような顔をするな。そなたは間違っておらぬ」
青ざめる僕へ歩み寄って来たマティ様は、そう言って優しく背中を撫でてくれた。
「そなたは、幼子を守ろうとした。そのことを、悔やんではならぬ。この子にとって、ミカの言葉は必要なものであっただろう」
「でも、僕は……」
「案ずるな」
マティ様の言葉には、迷いや躊躇いが一切無い。仮初ではなく本物の自信がある人なんだろう。自分の言動に責任をもっているからこそ、この人はいつも凛として自分自身を信じ抜いているんだと思う。この王子様は、僕の目にはいつも眩しく映る。
「ドノヴァン。大体の話は聞いていたが、そなた、今しがたまでの言葉に訂正したい部分は無いか?」
「……ございません」
ドノヴァンさんもまた、ほぼ迷い無く答えた。この人もまた、自分の中で正しいと思っていることを曲げない性格なのだろう。マティ様は苛立たしげに目を細めながらも、あくまでも冷静に言葉を紡いだ。
「なるほど。なかなかに腹立たしい。──だが、私も馬鹿では無い。ここでそなたを切り捨てれば、私が守りたいものを守る術をひとつ失いかねないと理解している。よって、ごく個人的な事情に首を突っ込むのは止めておこう」
「寛大なご配慮を賜り、痛み入ります」
「断じて、そなたのためではない。……ジルとミカの存在が無ければ、そなたの首を今すぐ刎ねてしまいたいところだ。己がそれほどまでに不愉快な存在なのだと弁えよ」
「……確と」
マティ様がキッパリと不快感を露わにしたことで、胸のつかえが少し取れた気がする。ジルとカミュも同感なのか、彼らも殺気を和らげ、僕とアマネくんの側へ歩いてきた。
アマネくんの気持ちも少し落ち着いたのか、僕の腕の中から周りの面々をぐるりと見回して、不安そうに目を瞬かせている。魔王に、悪魔に、王子に、魔鳥。なかなかに個性的なうえに、そうそうお目にかかることが無い面子だろう。
「少年。私は、プレカシオン王国が第三王子、マティアスという。……そなたの名は?」
「……オレ、アマネ、です」
流石に王子様に挨拶をされてビックリしたのか、アマネくんはおどおどと敬語で返す。マティ様は柔らかく微笑んで膝をつき、アマネくんの頭をそっと撫でた。
「そうか、アマネ。良い響きの名だな。──アマネ。そなたは、父親を探してここまで来たようだが、それは上手くいかなかったようだな?」
「……うん、……ここに、父さんは、いなかった、です」
「そうか。……そなたは、優しい子だな。そして、とても賢い」
アマネくんはふるふると首を振り、健気にも涙を堪えている。お父さんはいなかったと自ら口に出すのに、どれほど勇気が必要だっただろう。
「アマネ、すまないな。あそこの男があのように『魔力が強い子ども』を求めている原因の一端は、私にある。嫌な思いをさせたかもしれないが、無論、魔力が高かろうと低かろうと、その人間の価値に変わりはない。そなたもまた、尊い子どもだ。それは忘れてくれるな」
「……王子様が謝ることじゃない、です。……オレ、大丈夫だから」
「うむ。そなたは強い男だな。──しかし、いかに強い男と云えど、そろそろ陽が沈もうというところを一人で返すわけにはいかないな。家に誰か家族はいるのか?」
「……母さんがいる、です」
「そうか。それでは、私から母君宛に鳥文を送っておこう。そして、今日はここに泊まっていくといい。なに、王子が宿泊しても生きて帰れるような魔王の城だ。恐れることはない。ミカが作ってくれる食事も美味いぞ。家はどの辺りだ?」
マティ様の言葉はアマネくんを気遣うものであると同時に、必要以上の慰めは含まれていない。だからこそ心が凪いできたのか、アマネくんの潤んでいた金色の瞳はだんだんと通常の輝きに戻ってきている。ジルとカミュは余計な言葉を挟まず黙って見守り、ドノヴァンさんは無表情のまま無言を貫いていた。
アマネくんから家のある場所を聞き出したマティ様が指笛を鳴らすと、白く光る鳥が素早く飛来する。ジルがさっと指を振って手紙のようなものを魔法で作り上げると、鳥はそれを咥えて勢いよく飛び去った。今の鳥も魔鳥の一種のようだけれど、手紙を運ぶことに特化しているらしい。僕は何度か見たことがあるけれど、初めて見たらしいアマネくんは口をぽかんと開けて鳥を見送っていた。
──こんなに無防備にあどけない表情を出せるようになったから、だいぶ落ち着いたのかな。そう判断した僕がアマネくんの身体を包んでいた腕をどけると、少年はきょとんとした顔で見上げてきた。
「アマネくん。美味しい夜ごはんを作るから、少しお手伝いをしてくれるかな?」
さりげなくドノヴァンさんから引き離したくてした提案だったけれど、アマネくんは無邪気な笑顔で「うん!」と頷いてくれた。
いつの間にか側へ来ていたのか、近くに銀髪の王子が佇んでいた。涼しげなアイスブルーの瞳に見つめられて、煮えたぎっていた僕の思考も段々と冷えてくる。
──ああ、そうだ。賢者と王子の仲が険悪になってはいけないからと、僕たちは事前に計画を練っていたはずなのに。僕が暴走してしまった結果、せっかくの計画が水の泡になってしまったのではないだろうか。
「ミカ、そのような顔をするな。そなたは間違っておらぬ」
青ざめる僕へ歩み寄って来たマティ様は、そう言って優しく背中を撫でてくれた。
「そなたは、幼子を守ろうとした。そのことを、悔やんではならぬ。この子にとって、ミカの言葉は必要なものであっただろう」
「でも、僕は……」
「案ずるな」
マティ様の言葉には、迷いや躊躇いが一切無い。仮初ではなく本物の自信がある人なんだろう。自分の言動に責任をもっているからこそ、この人はいつも凛として自分自身を信じ抜いているんだと思う。この王子様は、僕の目にはいつも眩しく映る。
「ドノヴァン。大体の話は聞いていたが、そなた、今しがたまでの言葉に訂正したい部分は無いか?」
「……ございません」
ドノヴァンさんもまた、ほぼ迷い無く答えた。この人もまた、自分の中で正しいと思っていることを曲げない性格なのだろう。マティ様は苛立たしげに目を細めながらも、あくまでも冷静に言葉を紡いだ。
「なるほど。なかなかに腹立たしい。──だが、私も馬鹿では無い。ここでそなたを切り捨てれば、私が守りたいものを守る術をひとつ失いかねないと理解している。よって、ごく個人的な事情に首を突っ込むのは止めておこう」
「寛大なご配慮を賜り、痛み入ります」
「断じて、そなたのためではない。……ジルとミカの存在が無ければ、そなたの首を今すぐ刎ねてしまいたいところだ。己がそれほどまでに不愉快な存在なのだと弁えよ」
「……確と」
マティ様がキッパリと不快感を露わにしたことで、胸のつかえが少し取れた気がする。ジルとカミュも同感なのか、彼らも殺気を和らげ、僕とアマネくんの側へ歩いてきた。
アマネくんの気持ちも少し落ち着いたのか、僕の腕の中から周りの面々をぐるりと見回して、不安そうに目を瞬かせている。魔王に、悪魔に、王子に、魔鳥。なかなかに個性的なうえに、そうそうお目にかかることが無い面子だろう。
「少年。私は、プレカシオン王国が第三王子、マティアスという。……そなたの名は?」
「……オレ、アマネ、です」
流石に王子様に挨拶をされてビックリしたのか、アマネくんはおどおどと敬語で返す。マティ様は柔らかく微笑んで膝をつき、アマネくんの頭をそっと撫でた。
「そうか、アマネ。良い響きの名だな。──アマネ。そなたは、父親を探してここまで来たようだが、それは上手くいかなかったようだな?」
「……うん、……ここに、父さんは、いなかった、です」
「そうか。……そなたは、優しい子だな。そして、とても賢い」
アマネくんはふるふると首を振り、健気にも涙を堪えている。お父さんはいなかったと自ら口に出すのに、どれほど勇気が必要だっただろう。
「アマネ、すまないな。あそこの男があのように『魔力が強い子ども』を求めている原因の一端は、私にある。嫌な思いをさせたかもしれないが、無論、魔力が高かろうと低かろうと、その人間の価値に変わりはない。そなたもまた、尊い子どもだ。それは忘れてくれるな」
「……王子様が謝ることじゃない、です。……オレ、大丈夫だから」
「うむ。そなたは強い男だな。──しかし、いかに強い男と云えど、そろそろ陽が沈もうというところを一人で返すわけにはいかないな。家に誰か家族はいるのか?」
「……母さんがいる、です」
「そうか。それでは、私から母君宛に鳥文を送っておこう。そして、今日はここに泊まっていくといい。なに、王子が宿泊しても生きて帰れるような魔王の城だ。恐れることはない。ミカが作ってくれる食事も美味いぞ。家はどの辺りだ?」
マティ様の言葉はアマネくんを気遣うものであると同時に、必要以上の慰めは含まれていない。だからこそ心が凪いできたのか、アマネくんの潤んでいた金色の瞳はだんだんと通常の輝きに戻ってきている。ジルとカミュは余計な言葉を挟まず黙って見守り、ドノヴァンさんは無表情のまま無言を貫いていた。
アマネくんから家のある場所を聞き出したマティ様が指笛を鳴らすと、白く光る鳥が素早く飛来する。ジルがさっと指を振って手紙のようなものを魔法で作り上げると、鳥はそれを咥えて勢いよく飛び去った。今の鳥も魔鳥の一種のようだけれど、手紙を運ぶことに特化しているらしい。僕は何度か見たことがあるけれど、初めて見たらしいアマネくんは口をぽかんと開けて鳥を見送っていた。
──こんなに無防備にあどけない表情を出せるようになったから、だいぶ落ち着いたのかな。そう判断した僕がアマネくんの身体を包んでいた腕をどけると、少年はきょとんとした顔で見上げてきた。
「アマネくん。美味しい夜ごはんを作るから、少しお手伝いをしてくれるかな?」
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