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【第9話】父と息子と豚汁と
【9-19】
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「賢者。幼い子どもを傷付けるような真似は、くれぐれもするな」
「閣下。差し出口ですが、もう少し魔王らしくされては如何ですかな? ……ご安心くだされ。私はただ、事実を見極めるのみ。さぁ、少年。手を出しなさい」
ジルが牽制しようと、ドノヴァンさんは全く動じない。彼の興味は、目の前のアマネくんへとひたすらに注がれているようで、鈍い金色の眼がギラギラと光っている。その様子は異様であり、不気味でもあった。
それでもアマネくんは勇ましく進み出て、小さな手を賢者へと差し出す。
その手を掴んだドノヴァンさんは、しばらく無言で考え込んでから、落胆したような溜息を零し、静かに首を振った。
「魔物と意思疎通できるのならば或いは……と思ったのだが、やはり魔力が微弱すぎる。少年、お前は私の子ではないな」
「えっ……」
「少年。ここはお前のような子どもが来る場所ではない。もう帰りなさい。お前に父親はいないようだが、母親はいるのだろう? 幼い子どもが戻らねば、それなりに心配するはずだ」
心配しているように見せかけて、とても残酷な言葉だ。淡々とした口調だからこそ、さらに心が抉られる。
ドノヴァンさんとしても、アマネくんが自分の子どもだという可能性が高いと予感しているんじゃないだろうか。ジルとどんな話をしていたのか分からないけど、アマネくんに興味を持ったきっかけは、自分の子どもだと感じたからだと思うんだ。
それなのに、自分の子どもじゃないとハッキリと言い切るだなんて。自分に会いたがって遠路はるばるやって来た子を目の前にして、どうしてそんなに強気で切り捨てられるんだろう。
「……なぁ、ほんとはアンタが父さんなんだろ?」
「違うと言ったはずだが?」
「じゃあ、もしもオレの魔力が高かったら!? オレの魔力が強かったら、アンタ、自分が父さんだって言ってくれたんじゃねぇのか!?」
食い下がるアマネくんは、健気にドノヴァンさんの服の裾を掴んで引っ張っている。とてもひたむきな姿に、見守っているこちらの胸が痛んで仕方がない。それでも、アマネくんを見下ろすドノヴァンさんの眼差しはどこまでも冷え切っている。深く溜息をついた賢者は、縋りついている少年の身体をそっと押し退けた。雑な仕草ではないけれども、優しさの欠片も無い動作だ。
「少年。もう帰りなさい」
「なぁ! オレのことを自分の子だって認めてくれなくていいからさ! 母さんに会ってあげてよ! 一回だけでいいから!」
「お前の母親と私には、何の関係も無い。会う必要は無い」
「あるッ! だって、魔物たちがみんな言ってた! ここに来てる客と、オレの中にある魔力の質はほぼ同じだって! ここに来てる客ってアンタのことだろ!?」
「…………」
ドノヴァンさんは複雑そうな表情で押し黙る。的確だと思われる情報を与えてくる魔物への興味とか、「客人」は自分だけではないと伝えたいところだけれど不敬にあたるだろうかという葛藤とか、意外と引き下がらない少年をどう扱うべきか困っているとか、そういう感情がごちゃ混ぜなんだろうか。
──どうか、ほんの一握りでもいいから、温かい感情を向けてあげてほしいと、外野ながらも願ってしまう。アマネくんの心の痛みが僕にはよく分かるから、余計に強く祈ってしまうのかもしれない。
固唾を飲んで展開を待っていると、ドノヴァンさんは諦めたような吐息を零してから、渋く低く呟くように話し始めた。
「──今から六、七年前のことだが。私は、とある魔女とひとつの契約を交わした。私は、強い魔力を持った己の子を欲しており、その魔女は私の子を産んでもよいと言った。私は、生まれた子が強い魔力の持ち主ならば母子揃って王都へ迎え入れる、その子の魔力が低ければ、私は全く関与せず、魔女が一人できちんと育て上げる。……そういう約束をしたことがある、とは言っておく」
「……それって、オレのこと?」
「さぁ……、知らぬな。私は、かつてそういう約束を交わした経験がある、と言ったまでのこと。お前のことなど、」
「もうやめてください!」
アマネくんの円らな金色の瞳が、だんだんと絶望に染まっていくのを見て、耐え切れなくなった僕は思わず言葉を挟み込んでしまった。ドノヴァンさんから引き離すようにして、アマネくんの身体をギュッと抱き込む。小さな身体は、可哀想に震えていた。
「子どもに聞かせていい話じゃないです!」
「……だから、私は何度となく、その少年は我が子ではないと、」
「やめてって言っているでしょう!? あなたには人の心が無いのか!? こんな、こんな……っ、あなたなんか、アマネくんの父親を名乗る資格なんか無い! この子の魔力がどうであろうと、真実がどうであろうと、あなたなんか誰の親でもない!」
「何を……」
思考が上手く回らず感情のままに喚く僕を見る賢者の眼差しが、みるみる鋭くなっていく。けれど、僕は決して相手から目を逸らさない。アマネくんの代わりに僕が闘うのだと、妙に心が打ち震えている。
ジルとカミュが纏う空気も不穏になっていく中、凛とした声が静かに響いた。
「──これは一体、何の騒ぎだ?」
「閣下。差し出口ですが、もう少し魔王らしくされては如何ですかな? ……ご安心くだされ。私はただ、事実を見極めるのみ。さぁ、少年。手を出しなさい」
ジルが牽制しようと、ドノヴァンさんは全く動じない。彼の興味は、目の前のアマネくんへとひたすらに注がれているようで、鈍い金色の眼がギラギラと光っている。その様子は異様であり、不気味でもあった。
それでもアマネくんは勇ましく進み出て、小さな手を賢者へと差し出す。
その手を掴んだドノヴァンさんは、しばらく無言で考え込んでから、落胆したような溜息を零し、静かに首を振った。
「魔物と意思疎通できるのならば或いは……と思ったのだが、やはり魔力が微弱すぎる。少年、お前は私の子ではないな」
「えっ……」
「少年。ここはお前のような子どもが来る場所ではない。もう帰りなさい。お前に父親はいないようだが、母親はいるのだろう? 幼い子どもが戻らねば、それなりに心配するはずだ」
心配しているように見せかけて、とても残酷な言葉だ。淡々とした口調だからこそ、さらに心が抉られる。
ドノヴァンさんとしても、アマネくんが自分の子どもだという可能性が高いと予感しているんじゃないだろうか。ジルとどんな話をしていたのか分からないけど、アマネくんに興味を持ったきっかけは、自分の子どもだと感じたからだと思うんだ。
それなのに、自分の子どもじゃないとハッキリと言い切るだなんて。自分に会いたがって遠路はるばるやって来た子を目の前にして、どうしてそんなに強気で切り捨てられるんだろう。
「……なぁ、ほんとはアンタが父さんなんだろ?」
「違うと言ったはずだが?」
「じゃあ、もしもオレの魔力が高かったら!? オレの魔力が強かったら、アンタ、自分が父さんだって言ってくれたんじゃねぇのか!?」
食い下がるアマネくんは、健気にドノヴァンさんの服の裾を掴んで引っ張っている。とてもひたむきな姿に、見守っているこちらの胸が痛んで仕方がない。それでも、アマネくんを見下ろすドノヴァンさんの眼差しはどこまでも冷え切っている。深く溜息をついた賢者は、縋りついている少年の身体をそっと押し退けた。雑な仕草ではないけれども、優しさの欠片も無い動作だ。
「少年。もう帰りなさい」
「なぁ! オレのことを自分の子だって認めてくれなくていいからさ! 母さんに会ってあげてよ! 一回だけでいいから!」
「お前の母親と私には、何の関係も無い。会う必要は無い」
「あるッ! だって、魔物たちがみんな言ってた! ここに来てる客と、オレの中にある魔力の質はほぼ同じだって! ここに来てる客ってアンタのことだろ!?」
「…………」
ドノヴァンさんは複雑そうな表情で押し黙る。的確だと思われる情報を与えてくる魔物への興味とか、「客人」は自分だけではないと伝えたいところだけれど不敬にあたるだろうかという葛藤とか、意外と引き下がらない少年をどう扱うべきか困っているとか、そういう感情がごちゃ混ぜなんだろうか。
──どうか、ほんの一握りでもいいから、温かい感情を向けてあげてほしいと、外野ながらも願ってしまう。アマネくんの心の痛みが僕にはよく分かるから、余計に強く祈ってしまうのかもしれない。
固唾を飲んで展開を待っていると、ドノヴァンさんは諦めたような吐息を零してから、渋く低く呟くように話し始めた。
「──今から六、七年前のことだが。私は、とある魔女とひとつの契約を交わした。私は、強い魔力を持った己の子を欲しており、その魔女は私の子を産んでもよいと言った。私は、生まれた子が強い魔力の持ち主ならば母子揃って王都へ迎え入れる、その子の魔力が低ければ、私は全く関与せず、魔女が一人できちんと育て上げる。……そういう約束をしたことがある、とは言っておく」
「……それって、オレのこと?」
「さぁ……、知らぬな。私は、かつてそういう約束を交わした経験がある、と言ったまでのこと。お前のことなど、」
「もうやめてください!」
アマネくんの円らな金色の瞳が、だんだんと絶望に染まっていくのを見て、耐え切れなくなった僕は思わず言葉を挟み込んでしまった。ドノヴァンさんから引き離すようにして、アマネくんの身体をギュッと抱き込む。小さな身体は、可哀想に震えていた。
「子どもに聞かせていい話じゃないです!」
「……だから、私は何度となく、その少年は我が子ではないと、」
「やめてって言っているでしょう!? あなたには人の心が無いのか!? こんな、こんな……っ、あなたなんか、アマネくんの父親を名乗る資格なんか無い! この子の魔力がどうであろうと、真実がどうであろうと、あなたなんか誰の親でもない!」
「何を……」
思考が上手く回らず感情のままに喚く僕を見る賢者の眼差しが、みるみる鋭くなっていく。けれど、僕は決して相手から目を逸らさない。アマネくんの代わりに僕が闘うのだと、妙に心が打ち震えている。
ジルとカミュが纏う空気も不穏になっていく中、凛とした声が静かに響いた。
「──これは一体、何の騒ぎだ?」
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