魔王と僕≪しもべ≫のしあわせごはん

羽鳥くらら

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【第10話】聖者も交わるカボチャパーティー

【10-25】

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「……うん、そっか。ジル、そこのオーブンの火を止めてくれる?」
「……ああ」
「ん、ありがとう」

 動揺していることを悟られないように気を付けながら、僕はあえて普通に調理を進めることにした。幸いなことに、後はもう焦がしたりしない程度のタイミングで火を止めてもらって、ちょっとした装飾を施せばいいだけだ。多少ぼーっとしていても、なんとか誤魔化せるだろう。

 正直に言えば、ショックではある。今朝、ジルが僕の部屋の前で蹲っていたのは、助けを求めに来たからではなく、襲いに来たのかもしれないと思えば、やっぱり悲しい。
 でも、その一方で、僕が今こうしてお菓子作りをしているのは、暴走しそうな自身をジルが抑制したからなのだと考えると、それは決して悲観することでもないはずだ。

「引き続き聞き流してくれて構わないが、──このままでは自我が崩壊するかもしれないという寸前までいった。とても恐ろしい経験だ。思い出しただけで指が震える」
「うん。……ジル、そこの鉄板の火を消して」
「ああ。……ただ、そんな極限状態に陥っても、俺はお前のことを忘れなかった。大切なお前を傷付けたくない、殺したくない、その一心で、俺は自分の意識を強く保てた」
「うん、……うん、ジル、そこの容器を取って。……ありがとう」
「ああ。……なぁ、ミカ。今朝の出来事を、お前はどう捉える? 絶望と見るか? それとも、僅かとはいえ希望を見い出せるか?」

 不意に問い掛けられて、僕は思わず少し笑ってしまった。彼の言葉を馬鹿にしたとか、そういうわけじゃない。ただ、結局は聞き流せない状況になるんだなと思って、無意識に小さな笑い声が零れただけだ。
 不思議そうに見つめてくるジルへ、僕は苦笑を向ける。

「ずるいよ、ジル。そんな風に訊かれたら、聞き流すなんて無理じゃないか」
「あ、ああ、そうか……、すまない」
「謝る必要なんてないよ。ただ、それなら真面目に聞いていないフリなんかしないで、最初からちゃんと向き合っていても良かったなって思って」

 一度、作業を中断して、僕はジルの顔をしっかりと真正面から見つめた。

「ジル。僕はね、今こうやって君と話が出来ていて、みんなのためにお菓子を作っていて。それだけでもう、幸せとしか思えないよ。それに、僕がこうしているのは、君がそれだけ強い心の持ち主だったってことだから。希望と感謝しか感じないよ」
「だが、決して楽観できる状況でもないんだ。一歩間違えば、お前は本当に俺に殺されていたかもしれない。俺が抑えようとしていたから暴走の波動が弱かったのか、クックとポッポの警戒も不十分で、カミュが駆けつけるのも遅かった」
「それでも、僕は生きているよ。ジル、君のおかげでね」

 僕は調理道具を置いて布巾で手を拭ってから、ジルの傍に歩み寄る。そして、蒼白いけれど大きな彼の手を、自分の両手でそっと包んだ。

「ジルが限界まで守ろうとしてくれていること、とっても嬉しいよ。君のその優しさと強さに、僕は生かされている。──でもね、覚えていてほしいんだ。仮にジルが本当に暴走して僕を殺したとしても、僕はそれを責めたり悲しんだりはしない。だって、ジルが僕を殺したがっているわけじゃないんだから。……だから、もしも君が僕を殺したとしても、それは『魔王』のせいで、ジルのせいじゃない。君は、宿屋の息子の、金髪と緑色の目をもつ優しいジルベール。君は魔王じゃないんだから、君のせいじゃない。それは忘れないでね」

 気持ちを込めて伝えると、ジルは何故か驚いたように目を瞬かせて、切なげに微笑む。

「……高熱のせいで出た譫言だと思っていたのに、お前の本心だったのか」
「えっ? うわごと?」
「いや、いい。こちらの話だ。──俺が何者だったのか、覚えていてくれたんだな。……お前の真心に感謝して、ひとつ約束しよう。俺は決して、諦めない。『魔王』に意識を食われないように抗い、お前の生涯を守るために戦うと誓おう。……だから、お前も諦めないでくれ」
「うん、諦めないよ。ジルのこと、信じているからね」

 諦めないと言いつつ、「もしも」のときは仕方がないと、お互いに思っているんだろうな。でも、それは同じ気持ちのようでいて、別物なんだと思う。それは、僕とジルの間だけではなく、どこの誰と誰の間でも、きっとそうなんだ。

「同じカボチャを使ってても、これだけ色々なおやつが出来るんだもん。そういうことなのかもね」
「……何の話だ?」
「ううん、なんでもない。……さぁ、おやつの仕上げをして、みんなのところに行かないと! 美味しいお菓子でおもてなしをしたら、オピテルさんとセレーナさんの話もきっと上手くまとまるよね」
「ああ、そうだな。ミカの手料理は、心を温かくしてくれる。──これからもずっと、作ってくれ」

 ずっと、の部分にずっしりとした重みを感じる。その優しい重さが嬉しくて、口元を緩めながら、僕は再び調理器具を手に取った。
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