幸せな10年でしたが、なかったことに致します。〜だから私に関わらないでください〜

織り子

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第11話ー隣国の王太子

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(別に傷つくことではないのだけど、何故こんな気持ちになるのかしら)

回帰前の護衛騎士だった頃に嫌気が刺すのは当然だ。随分ひどい目に会っただろうし、最初の頃は反感が大きかったのか小さな傷がたくさんあった。

(元々実力があった人なのに、私が指名なんてしたから)

喜ぶことなのだ。堂々と公爵の隣に立ち、次期公爵として立場を確立していた姿に寂しさを感じることなどない。

(本来は、私の護衛騎士になど留まらない人だったのね。私は彼の可能性を潰していたのではないかしら)

考えれば考えるほど、暗い気持ちになっていく。とぼとぼと庭園を歩き、噴水の前に出た。
ふいに、手を掴まれた。
心底驚いて振り返ると、見たくもない顔が目に入った。

「ロワナ殿下でいらっしゃいますか?」

掴まれた手首にぞわぞわと鳥肌が立った。藍色の髪に、緑の眼。アデラジャ王国の王太子、ロワナの夫だった男だ。
(嫌だっ)
手を振り放そうとしたが、強くつかまれて放せない。

「はじめまして。私はアデラジャ王国の王太子、レバノン·ラダ·アデラジャと申します。第二皇女殿下がこのように美しい方とは知りませんでした」

(相変わらず礼儀がない男だわ。挨拶しながら手を掴んだままなんて)

ロワナと歳が離れているので、今は20代前半のはずだ。わずか13歳の少女に向ける目線ではない。心底気持ち悪い。冷や汗が出てきたが、強い態度に出なくては。今はこの男に礼を尽くす必要はないのだから。

「は、はなしなさいっ」
強く出たかったが、口から出た言葉はそれだけだった。魂に刻まれたこの男に感じる嫌悪感と恐怖が、身体を強張らせる。

――この男は心底クズだった。加虐性の趣味のある男で、初夜もひどいものだった。皇后であるロワナを娼婦のように扱い、寝室では暴力を振るった。下手をしたらまた殴られてしまう。


震えるロワナを見て、レバノンはにやりと口を歪ませた。
「そう怖がらないでください。殿下は本当に可愛らしい方ですね」
もう片方の手まで伸びて来た時、ロワナは呼吸が止まりそうになり思わず目を瞑った。


「ぐっ、ああ。何だ貴様」

伸びた手はロワナを掴めなかった。薄っすら目を開けると、誰かに掴まれて留まっていた。更に顔を上げると、赤銅色の髪が見えた。

「王太子殿下、そのように声をかけられては皇女殿下が驚かれてしまいます」

ノクティスはロワナの腕を掴んでいるもう片方の手を冷ややかな眼で見下ろした。
レバノンは慌てて手を離し、叫ぶように言った。
「な、なんだ貴様!無礼者が!離せ!」

どんな力で掴んでいるのか。王太子の目に涙が浮かび、掴まれている腕は変色している。

ノクティスはパッと手を話して深く一礼した。

「ヴァルグレイス家の三男、ノクティスと申します。強く掴み過ぎましたでしょうか?失礼致しました」

レバノンは掴まれた腕を抑え、わなわなと震えながら言った。

「一国の王太子を侮辱するとは···公爵家の三男ごときが····」
何か罰でも与えようとするのかと思いきや、よほど腕が痛いのかそのまま背を向け去って行った。

(やけにあっさり行くのね。後でなにか報復するつもりじゃ···)
レバノンが立ち去り、身体の強張りが解けた。「ふぅ」と小さなため息が出た。

「殿下、大丈夫でしたか?何もされておりませんか?」
肩を掴まれ、強制的に前を向けられる。
「痛っ」
とっさに出た言葉に、ロワナよりもノクティスが驚き、慌てて手を離した。

「あっ、申し訳ありませんっ」
心配そうな顔をしていたノクティスが、更に青ざめていく。

ロワナも慌てた。
「だ、大丈夫よ!痛くなかったわ。驚いただけ」

咄嗟に弁解したものの、ノクティスはしょんぼりした顔をしている。
(ノクティスのこの表情。懐かしい。護衛時代は、心配性なノクティスとよく言い争って、こんな顔してたわね)

温かい思い出が蘇り、ロワナはふふっと微笑った。
「それと、さっきの質問だけど、大丈夫よ。王太子にも何もされていないわ。助けてくれてありがとう」

思いの外笑顔で言うと、ノクティスはホッとした緩めた表情をした。
「そう、ですか。ならば良かったです」


「でも、王太子の腕は大丈夫かしら?折れてたのでは?」
(ずいぶん痛そうにしていたし)

心配だ。王太子ではなく、ノクティスが何か罰を受けるのではと。

「大丈夫でしょう。腕は折っておりません。騎士ではない自分に掴まれただけで、騒ぐような愚かな真似はしないはずです。――いくらなんでも」

「そうかしら。あの男は本当に愚かなのよ?」
「存じております」
「仮にも王太子よ?貴方は大丈夫なの?」
「心配なさらないでください。アデラジャの王太子に睨まれた所で問題ありません。好都合です」

何が好都合なのか?

「――でも、」
公爵になるんでしょう?と言いたかったが、言ってしまうと溜まった他の感情まで口にしてしまいそうで止めた。

ノクティスは心底意に介していないようなので、ロワナはこれ以上言わないことにした。



「お部屋に戻られるのでしたら、お送りします」
ノクティスに言われ、思わず頷きそうになる。

「ええ、あ、いえ大丈夫よ。1人で戻れます」

ノクティスは眉間にシワを寄せ、一瞬悩み、声を張って言った。
「衛兵!」

よく通る声だったので、すぐに3人集まった。そして更に2人集め、ロワナの護衛に付けた。

ロワナは中庭から自室に戻るまで、5人の護衛に囲まれて戻った。どうやら回帰後もノクティスの心配性は変わらないようだった。




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