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序章
第四話 開幕直前の舞台裏
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出雲大社の敷地内、その最奥にある森の中には、本殿と瓜二つでありながら、それよりも二回り程大きな社が建っている。
もっとも、その建物は一般公開されているどころか、森全体を立ち入り禁止区域として、居住区画以外からは近付けない様にされているので、一般には知られていない。
出雲大社の関係者以外では、一部の優秀な宮大工にのみが知っている、そんな隠された建物だった。
森の奥に隠された、怪しくもどこか神秘的な建物の、更に一番奥の部屋には、日付の替わる頃だというのに、まだ灯りが灯っている。
残念ながらというべきか、風情のある蝋燭や行灯といった、揺らめく様な儚げな灯りではない。
文明の利器であるLEDがもたらす、力強い輝きだ。
居住性を考えれば当然なのだろうが、こういった建物にはどこか不釣り合いに見える。
無粋というのは、こういう事なのだろう。
窓の無いその部屋の中には、二人分の人影が見えた。
一人は、上座らしき一段高い席に、壁に背を向けて座っている。
板張りの部屋に、畳を一枚だけ、一段高くなる様に敷いている風景は、今時の一般的な建物で、見られなくなったモノだ。
しかし、部屋全体を見回しても古ぼけた様子は無い。
決して古いものではなく、新しいものと見受けられる。
まるで、大河ドラマのセットか、博物館のレプリカの様だ。
部屋の主の姿もレプリカの人形の様に、烏帽子を被り狩衣を纏っている。
しかし、博物館とは関係が無いらしい。
「それで、『ろけっと』の打ち上げは、確実に間に合うのだな?」
部屋の主である中年の男は、ロケットという、部屋にはそぐわない単語を口にした。
しかし、単語そのものとは逆に、この部屋に相応しく、老人が新しい単語を無理に話す時に似て、妙な発音だ。
五十を越えている様に見えない男が発するには、いささか不釣り合いに思える。
「計画の詰めとはいえ、こればかりは天候によりますから、おそらくとしか申し上げられません。
しかし、あくまでも詰めですから、数日遅れでも問題は無いかと……」
男の正面に座る女が答えた。
女の方は、いたって普通の格好である。
既製品であろう、灰色のスーツにストッキングという、キャリアウーマンの様な格好だ。
ただ、何処にでも居る様には見えない。
その女は異様なまでに美しかった。
腰の近くまで伸ばした艶のある黒髪に切れ長な眼。
長い睫毛に若干高めの鼻筋、薄い桃色の様な唇にシャープな顎のラインと、首の上だけでも称賛が尽きない容姿をしている。
当然の様に、首から下も美しい。
全体的に少し細いものの、括れたウエストが印象的だ。
正座をしている為判りづらいが、脚は細く脚線美を描いている。
歳は、三十未満といったところだろう。
そんな美女だった。
「しかし此方と彼方では、『こーてん』や『じてん』等、いろいろと違うのであろう?
『ろけっと』に必要な『ぷろぐらむ』とやらもそうだが、他にも調整が必要なのではないか?」
今時珍しい事に、どうやら男の方は、外来語が苦手らしい。
いや、それどころか『こーてん』、『じてん』等と、現代人とは思えない様な発音だ。
「それならば、御心配には及びません。
彼方の環境に合わせる準備は、既に整っております。
例え打ち上げが遅れたとしても数日程で調整は終わり、そのまま再開が可能でございます。
何せ、八百万組の総力を挙げた計画です。
抜かりはございません。
失敗等万一にも無い様、全力で取り組んでおりますので、どうぞ御安心下さい」
男が何やら心配していたが、杞憂だったらしい。
説明を受けて、安心したらしい男が溜め息を吐いた。
八百万組といえば、近年急成長を遂げている、大企業の事を指す。
創業から僅か十年程で上場入りを果たした、新進気鋭の勢いある企業として、世間に知られている。
しかし一部の界隈では、その資金源が闇に包まれている事でも知られていた。
海外資本では無い事は確実の様だが、それ以外の事が全く分からないのだ。
表向きは、出雲大社宮司の家系である万屋家が当主を筆頭株主とし、一族の数人で七割以上を保有している。
しかし、いくら旧家といっても、出せる資金には限度がある筈だ。
八百万組へ出資されている金額は、それを大きく越えているのである。
もっと、危険分子や外国勢力との関係を疑った公安部や、不正を疑った警視庁捜査二課の調査では、違法性が見付からなかったので、一般には知られていない。
それに、出雲大社へのお賽銭と言われれば、調べようが無いのだ。
とはいえ、政府から警戒されている企業である事は確かだと言えよう。
業務内容は多岐にわたる。
当初は新潟沖油田を中心に、海底資源の採掘を専門としていた。
新潟沖油田の発見自体、彼等の功績である。
しかし、現在は海底パイプラインを含めて、施設の整備や警備も自前で行う様になりつつあった。
特に近年は、国外のパイプライン整備を請け負ったり、警備部門をグループ内の子会社として独立させそのまま一般の警備会社として、業界に参入させてもいる。
さらには、宇宙事業へと参入しつつあり、JAXAとは別に自前でメガフロート式のロケット発射基地を保有している。
日本初にして、最大の民間宇宙航空企業でもあるのだ。
特に宇宙事業に関しては、長年培って来た水中での作業能力を上手く活かし、単独での宇宙ステーションの建設準備を進めている程だった。
当面は二十年以内を目標に、宇宙ステーションと地上との間で、定期的な観光便を運航する事も計画している。
そして、同時期から石油の精製、市販等に参入している事から、未だ成長力の衰えない勢いのある企業というのが、世間からの評価であった。
一方で、勢いがあれば妬まれるものなのか、妙な噂もあった。
もちろん、都市伝説の類いだ。
極最近になって週刊誌等が、謎の資金源についての憶測を報じているが、確実な情報を報じた記事は存在しない。
しかし、いくら出雲大社が観光名所として成立しているといっても、お賽銭だけが資本金では、これ程の企業に成長する筈が無い、というのも事実だった。
その為オカルト雑誌等では、お祓い行為を行った上で寄付を受け取る体制の、新興宗教となりつつあるという推測も、報じられている。
無論、八百万組も悪評対策を講じていたが、所詮はオカルト雑誌の記事程度、オカルトブームの過ぎ去った昨今は影響力も小さく、見逃す事もあった。
むしろ出雲大社の方では、観光客の増加という効果を見込んで、わざと思わせ振りな態度で取材に応じる事もある程だ。
しかし、一般紙の報道ともなると看過する事も出来ず、妙な報道がある度に、八百万組と出雲大社の連名で、抗議文を送付している。
だが、八百万組側の反発が抗議文のみに止まっていて、告訴まで持ち込まない事から、『脛に傷があるのではないのか』という様に、逆に憶測を呼んでしまうのが現状だ。
また、経団連との付き合いが少ない事も特色であり、経済界からも不審の目を向けられている。
特に宇宙事業に関わる企業からは、八百万組がほとんどの技術を、独自に開発してしまっている為、親の仇も同然の扱いであった。
しかしそうは言っても、二十一世の経済発展を牽引しているのは、海底資源を採掘する技術を持った八百万組であり、表立って探る様な動きを見せる、迂闊な企業人は存在しない。
つまり八百万組とは、国内の様々な立場から観て怪しく見えるが、利益をもたらす上に尻尾を掴ませないので、放置されている企業だと言えよう。
そして、この場の光景こそが、八百万組の尻尾であった。
「成る程、怪しまれる覚悟があるのだな。
まぁ、多少怪しまれたところで、今更であろうな。
どうという事もあるまい。
良きに計らえ」
男は納得した以上、口を出すつもりは無いらしい。
ぞんざいな口振りだった。
「それは良いが、陣の仕度は出来たのであろうな?
奪われた地も含むのだぞ。
間に合ったのか?」
しかし、次の話題は違ったらしい。
真剣な表情に変わった。
「全ての法陣は、既に起動準備を整えております。
他国の実効支配地に法陣を設置する際、現地で少しばかり揉めましたが、未だに気付かれてはおりません。
おそらく法陣が発動するまでは、感知する能力すら無いでしょう。
ただ、日本政府の了解を得ずに、奪われた地へ上陸致しましたので、外務省の方に調べられると、少しばかり問題が発生する可能性がございます。
なんでも国境を越えて、彼の者共の側から上陸したとなると、その支配を認める事になるとか。
これは、完全に私の失態でございます。
何卒、正当な裁きを御願い致したく……
勿論後は、この地で起動術式を発動させるだけで、全ての法陣が同時に起動する手筈となっていますので、予定を過ぎるという事は起こり得ません」
これも抜かりは無いらしく、女は失態を含めて報告している割には、やけに自信ありげに答える。
おそらく、優秀な人材としての自覚があるのだろう。
罰を与えられるとは、微塵も思っていないらしい。
「まぁ、良い。
そなたの功績は、皆知っておる。
むやみに騒ぎ立てる者もおるまい」
女の予想は当たったらしい。
その不遜な態度ですらも、咎められる事はなかった。
「だが昔の失態と合わせて、とやかく言う者がおるやもしれぬな。
彼方で合流した後は、充分に警戒するのだぞ」
男自身は咎めないものの、誰かに咎められる可能性があるらしい。
男は、少し強い口振りで警告した。
「過去の失態と申しますと、前右府の件で御座いましょうか?
あの者は、神をも畏れぬ不遜な男であると、散々申し上げましたのに、実行せよと命じられたのは、彼方の方々で御座いましょう。
まさか彼方の方々の中に、あの責を私めに押し付けんとする方々がいらっしゃるとは…………。
思いもよりませんでした」
どうやらこの警告は、女の想定を越えていたらしい。
言葉にはまだ余裕があるが、声が震えている。
「そなたの言いたい事は、分からぬでもない。
しかし、彼の者が彼方の信仰を奪ったのは、紛れもない事実なのだ。
そして、自らの責を認めぬ者は、何時の世の何処にでもおる。
そなたの不幸は、それが上役であった事であろうな。
無論、出来うる限りの擁護はするつもりだからの。
安心は出来ぬが、心してかかればなんという事もないであろうよ」
男は、女を上役から庇う様だ。
もっとも、落ち着いた口振りから庇ったところで、巻き添えとなるとは思っていないらしい。
男にとってこの女は、身を呈して庇う程の価値は無いのだろう。
どの様な美女でも見慣れてしまうと、その価値は減じて見えるものなのか。
それとも、男の感性に問題があるのか。
どちらにしても、この場で察する事は出来ない。
「感謝致します」
女は深々と頭を下げる。
「では、私は書類が残っておりますので、此れにて失礼致します」
そう言って姿勢を保ったまま、スルスルと後ろへ下がって行く。
部屋から退出する様だ。
「待つがよい」
しかし、男は女を引き留める。
「何で御座いましょう?」
「そなたは詰めが甘く、粗忽なところがある。
前右府の件もそうだった。
あの者が何をしでかしたのか、具体的に申し上げれば、彼方の方々とて無茶な賭けはなされなかったであったろう。
そなたは、そういうおなごである事を自覚せねばならぬぞ。
真に問題は無いのか、今一度確かめよ。
よいな?」
「し、しかと承りまする」
釘を指された女は、震えながら応えた。
どうやら上役と思われる男は滅多に怒らない代わりに、怒らせると恐いらしい。
女は、慌てて部屋から退出した。
部屋に残された男は、一人嘯く。
「脅し過ぎたかの。
まぁよい、まぁよい。
あの者なら、どうにかやり遂げるであろうて。
それよりも……」
男が何を考えているのかを知る者は、地球上には居なかった。
そして、永遠に現れる事も無い。
そう、地球上には……
もっとも、その建物は一般公開されているどころか、森全体を立ち入り禁止区域として、居住区画以外からは近付けない様にされているので、一般には知られていない。
出雲大社の関係者以外では、一部の優秀な宮大工にのみが知っている、そんな隠された建物だった。
森の奥に隠された、怪しくもどこか神秘的な建物の、更に一番奥の部屋には、日付の替わる頃だというのに、まだ灯りが灯っている。
残念ながらというべきか、風情のある蝋燭や行灯といった、揺らめく様な儚げな灯りではない。
文明の利器であるLEDがもたらす、力強い輝きだ。
居住性を考えれば当然なのだろうが、こういった建物にはどこか不釣り合いに見える。
無粋というのは、こういう事なのだろう。
窓の無いその部屋の中には、二人分の人影が見えた。
一人は、上座らしき一段高い席に、壁に背を向けて座っている。
板張りの部屋に、畳を一枚だけ、一段高くなる様に敷いている風景は、今時の一般的な建物で、見られなくなったモノだ。
しかし、部屋全体を見回しても古ぼけた様子は無い。
決して古いものではなく、新しいものと見受けられる。
まるで、大河ドラマのセットか、博物館のレプリカの様だ。
部屋の主の姿もレプリカの人形の様に、烏帽子を被り狩衣を纏っている。
しかし、博物館とは関係が無いらしい。
「それで、『ろけっと』の打ち上げは、確実に間に合うのだな?」
部屋の主である中年の男は、ロケットという、部屋にはそぐわない単語を口にした。
しかし、単語そのものとは逆に、この部屋に相応しく、老人が新しい単語を無理に話す時に似て、妙な発音だ。
五十を越えている様に見えない男が発するには、いささか不釣り合いに思える。
「計画の詰めとはいえ、こればかりは天候によりますから、おそらくとしか申し上げられません。
しかし、あくまでも詰めですから、数日遅れでも問題は無いかと……」
男の正面に座る女が答えた。
女の方は、いたって普通の格好である。
既製品であろう、灰色のスーツにストッキングという、キャリアウーマンの様な格好だ。
ただ、何処にでも居る様には見えない。
その女は異様なまでに美しかった。
腰の近くまで伸ばした艶のある黒髪に切れ長な眼。
長い睫毛に若干高めの鼻筋、薄い桃色の様な唇にシャープな顎のラインと、首の上だけでも称賛が尽きない容姿をしている。
当然の様に、首から下も美しい。
全体的に少し細いものの、括れたウエストが印象的だ。
正座をしている為判りづらいが、脚は細く脚線美を描いている。
歳は、三十未満といったところだろう。
そんな美女だった。
「しかし此方と彼方では、『こーてん』や『じてん』等、いろいろと違うのであろう?
『ろけっと』に必要な『ぷろぐらむ』とやらもそうだが、他にも調整が必要なのではないか?」
今時珍しい事に、どうやら男の方は、外来語が苦手らしい。
いや、それどころか『こーてん』、『じてん』等と、現代人とは思えない様な発音だ。
「それならば、御心配には及びません。
彼方の環境に合わせる準備は、既に整っております。
例え打ち上げが遅れたとしても数日程で調整は終わり、そのまま再開が可能でございます。
何せ、八百万組の総力を挙げた計画です。
抜かりはございません。
失敗等万一にも無い様、全力で取り組んでおりますので、どうぞ御安心下さい」
男が何やら心配していたが、杞憂だったらしい。
説明を受けて、安心したらしい男が溜め息を吐いた。
八百万組といえば、近年急成長を遂げている、大企業の事を指す。
創業から僅か十年程で上場入りを果たした、新進気鋭の勢いある企業として、世間に知られている。
しかし一部の界隈では、その資金源が闇に包まれている事でも知られていた。
海外資本では無い事は確実の様だが、それ以外の事が全く分からないのだ。
表向きは、出雲大社宮司の家系である万屋家が当主を筆頭株主とし、一族の数人で七割以上を保有している。
しかし、いくら旧家といっても、出せる資金には限度がある筈だ。
八百万組へ出資されている金額は、それを大きく越えているのである。
もっと、危険分子や外国勢力との関係を疑った公安部や、不正を疑った警視庁捜査二課の調査では、違法性が見付からなかったので、一般には知られていない。
それに、出雲大社へのお賽銭と言われれば、調べようが無いのだ。
とはいえ、政府から警戒されている企業である事は確かだと言えよう。
業務内容は多岐にわたる。
当初は新潟沖油田を中心に、海底資源の採掘を専門としていた。
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しかし、現在は海底パイプラインを含めて、施設の整備や警備も自前で行う様になりつつあった。
特に近年は、国外のパイプライン整備を請け負ったり、警備部門をグループ内の子会社として独立させそのまま一般の警備会社として、業界に参入させてもいる。
さらには、宇宙事業へと参入しつつあり、JAXAとは別に自前でメガフロート式のロケット発射基地を保有している。
日本初にして、最大の民間宇宙航空企業でもあるのだ。
特に宇宙事業に関しては、長年培って来た水中での作業能力を上手く活かし、単独での宇宙ステーションの建設準備を進めている程だった。
当面は二十年以内を目標に、宇宙ステーションと地上との間で、定期的な観光便を運航する事も計画している。
そして、同時期から石油の精製、市販等に参入している事から、未だ成長力の衰えない勢いのある企業というのが、世間からの評価であった。
一方で、勢いがあれば妬まれるものなのか、妙な噂もあった。
もちろん、都市伝説の類いだ。
極最近になって週刊誌等が、謎の資金源についての憶測を報じているが、確実な情報を報じた記事は存在しない。
しかし、いくら出雲大社が観光名所として成立しているといっても、お賽銭だけが資本金では、これ程の企業に成長する筈が無い、というのも事実だった。
その為オカルト雑誌等では、お祓い行為を行った上で寄付を受け取る体制の、新興宗教となりつつあるという推測も、報じられている。
無論、八百万組も悪評対策を講じていたが、所詮はオカルト雑誌の記事程度、オカルトブームの過ぎ去った昨今は影響力も小さく、見逃す事もあった。
むしろ出雲大社の方では、観光客の増加という効果を見込んで、わざと思わせ振りな態度で取材に応じる事もある程だ。
しかし、一般紙の報道ともなると看過する事も出来ず、妙な報道がある度に、八百万組と出雲大社の連名で、抗議文を送付している。
だが、八百万組側の反発が抗議文のみに止まっていて、告訴まで持ち込まない事から、『脛に傷があるのではないのか』という様に、逆に憶測を呼んでしまうのが現状だ。
また、経団連との付き合いが少ない事も特色であり、経済界からも不審の目を向けられている。
特に宇宙事業に関わる企業からは、八百万組がほとんどの技術を、独自に開発してしまっている為、親の仇も同然の扱いであった。
しかしそうは言っても、二十一世の経済発展を牽引しているのは、海底資源を採掘する技術を持った八百万組であり、表立って探る様な動きを見せる、迂闊な企業人は存在しない。
つまり八百万組とは、国内の様々な立場から観て怪しく見えるが、利益をもたらす上に尻尾を掴ませないので、放置されている企業だと言えよう。
そして、この場の光景こそが、八百万組の尻尾であった。
「成る程、怪しまれる覚悟があるのだな。
まぁ、多少怪しまれたところで、今更であろうな。
どうという事もあるまい。
良きに計らえ」
男は納得した以上、口を出すつもりは無いらしい。
ぞんざいな口振りだった。
「それは良いが、陣の仕度は出来たのであろうな?
奪われた地も含むのだぞ。
間に合ったのか?」
しかし、次の話題は違ったらしい。
真剣な表情に変わった。
「全ての法陣は、既に起動準備を整えております。
他国の実効支配地に法陣を設置する際、現地で少しばかり揉めましたが、未だに気付かれてはおりません。
おそらく法陣が発動するまでは、感知する能力すら無いでしょう。
ただ、日本政府の了解を得ずに、奪われた地へ上陸致しましたので、外務省の方に調べられると、少しばかり問題が発生する可能性がございます。
なんでも国境を越えて、彼の者共の側から上陸したとなると、その支配を認める事になるとか。
これは、完全に私の失態でございます。
何卒、正当な裁きを御願い致したく……
勿論後は、この地で起動術式を発動させるだけで、全ての法陣が同時に起動する手筈となっていますので、予定を過ぎるという事は起こり得ません」
これも抜かりは無いらしく、女は失態を含めて報告している割には、やけに自信ありげに答える。
おそらく、優秀な人材としての自覚があるのだろう。
罰を与えられるとは、微塵も思っていないらしい。
「まぁ、良い。
そなたの功績は、皆知っておる。
むやみに騒ぎ立てる者もおるまい」
女の予想は当たったらしい。
その不遜な態度ですらも、咎められる事はなかった。
「だが昔の失態と合わせて、とやかく言う者がおるやもしれぬな。
彼方で合流した後は、充分に警戒するのだぞ」
男自身は咎めないものの、誰かに咎められる可能性があるらしい。
男は、少し強い口振りで警告した。
「過去の失態と申しますと、前右府の件で御座いましょうか?
あの者は、神をも畏れぬ不遜な男であると、散々申し上げましたのに、実行せよと命じられたのは、彼方の方々で御座いましょう。
まさか彼方の方々の中に、あの責を私めに押し付けんとする方々がいらっしゃるとは…………。
思いもよりませんでした」
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言葉にはまだ余裕があるが、声が震えている。
「そなたの言いたい事は、分からぬでもない。
しかし、彼の者が彼方の信仰を奪ったのは、紛れもない事実なのだ。
そして、自らの責を認めぬ者は、何時の世の何処にでもおる。
そなたの不幸は、それが上役であった事であろうな。
無論、出来うる限りの擁護はするつもりだからの。
安心は出来ぬが、心してかかればなんという事もないであろうよ」
男は、女を上役から庇う様だ。
もっとも、落ち着いた口振りから庇ったところで、巻き添えとなるとは思っていないらしい。
男にとってこの女は、身を呈して庇う程の価値は無いのだろう。
どの様な美女でも見慣れてしまうと、その価値は減じて見えるものなのか。
それとも、男の感性に問題があるのか。
どちらにしても、この場で察する事は出来ない。
「感謝致します」
女は深々と頭を下げる。
「では、私は書類が残っておりますので、此れにて失礼致します」
そう言って姿勢を保ったまま、スルスルと後ろへ下がって行く。
部屋から退出する様だ。
「待つがよい」
しかし、男は女を引き留める。
「何で御座いましょう?」
「そなたは詰めが甘く、粗忽なところがある。
前右府の件もそうだった。
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そなたは、そういうおなごである事を自覚せねばならぬぞ。
真に問題は無いのか、今一度確かめよ。
よいな?」
「し、しかと承りまする」
釘を指された女は、震えながら応えた。
どうやら上役と思われる男は滅多に怒らない代わりに、怒らせると恐いらしい。
女は、慌てて部屋から退出した。
部屋に残された男は、一人嘯く。
「脅し過ぎたかの。
まぁよい、まぁよい。
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大野将臣は異世界シンアースで将臣の将の字を取りショウと名乗る。そして、その能力の錬金術を使い今度の人生は組織や権力者の言いなりにならず、ある時は権力者に立ち向かい、又ある時は闇ギルド五竜(ウーロン)に立ち向かい、そして、神様が護衛としてつけてくれたホムンクルスを最強の戦士に成長させ、昭和の堅物オジサンが自分の人生を楽しむ物語。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
夢幻の錬金術師 ~【異空間収納】【錬金術】【鑑定】【スキル剥奪&付与】を兼ね備えたチートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~
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これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。
※カクヨムにも投稿しています
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