新日本書紀《異世界転移後の日本と、通訳担当自衛官が往く》

橘末

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序章

第六話 いらん子小隊の前夜

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    海上自衛隊所属の、最新鋭輸送艦『みうら』の艦内、割り当てられた部屋のベットの上で、万屋三彦は眠っていた。
    万屋は激しくうなされており、どうやら悪夢を視ている様子だ。
    場所は、旧軍の輸送艦よりはましであろうが、狭い三段ベットの最下段である。
    当然、周囲も目を覚ましてしまう。
    隊の安眠の為、部下の一人である山田一郎一曹が、万屋を起こそうとする。

「隊長、隊長」

「んふぁい、んふぁいぃぃ!?」

    幸いにも、万屋はすぐに目を覚ました。

「また、例の夢ですか?
    随分とうなされていましたよ」

    どうやら万屋にはよくある事らしく、起こす方の山田もどこか手馴れている。

「ああ、申し訳ないね。
    ここ半年以上は視てないから、油断していた。
    まあ、一度視たから、演習中は確実に大丈夫さ。
    山さんにも、面倒を掛ける」

「いえ、隊長の補佐は自分の役目です。
    お気になさらず」

    山田は、叩き上げの部下である為、万屋としては少し気まずい。
    つい、謝ってしまうのだが、本来そういった気遣いというものは、厳禁である。
    自衛隊の様な組織では、上下関係と規律が重視されているのだ。

「しかし、同じ悪夢とは、オカルティックですなぁ。
    内容も内容ですし」

「…………………………、あぁうん。
    そうだな。
    あれは夢だ」

    山田が不思議そうに言うと、万屋は自分に言い聞かせる様に呟いた。

「隊長は、信じてらっしゃるんですか?」

    部下で唯一、万屋の悩みを知っている山田ではあったが、その内容の信憑性を信じている訳ではない。
    オカルティックなどと、どこかぼかした様な言い回しなのは、万屋に気を使っているだけで、精神的に不安定なのだと思っている。
    それどころか、実はそこまで心配している訳でもない。
    医官が大丈夫だと言うなら、素人が何を考えても無意味なのだと、よく理解しているのだ。
    どちらかといえば、万が一実戦となった際の一不安要素として、気にはしている程度である。

「はぁ………………」

    万屋も、その事は理解していたが、信じてもらえないという状況には、溜め息を禁じ得なかった。

(まあ、無理もない。
    俺自身信じちゃいないんだ。
    精神的に不安定な上官じゃ、不安だろう。
    当然さ)

    万屋は、出雲の生まれである。
    二千年近く続く、出雲大社の宮司万屋一門の宗家に、三男として生まれた。
    そんな彼が、夢にまで視る出来事は、彼が十歳の夏に起こった。
    厳密に言えば、起こったかどうかは定かではない。
    万屋が信じているだけで、実際は白昼夢の様な出来事だったのだ。

    話は、その年の夏休み第一週にまで遡る。
    万屋には、仲の良い友人が四人いた。
    田舎の学校故にクラス替えなどもなく、幼稚園から腐れ縁の京介、健太郎、政信、陽二、そして万屋を含めた五人の幼なじみは、何時も確実に遊ぶ面子であった。
    少なくとも、万屋自身の記憶ではそうなっている。

    しかし、夏休みの第一週を過ぎると、万屋を取り巻く環境は一変した。
    第一週最後の土曜日には、確かに存在した筈の幼なじみ達四人が、ある出来事を切っ掛けに、忽然と姿を消したのだ。
    それも、最初から存在しなかったかの様に、痕跡ごと消えたのである。
    周囲の大人達だけが知らないというのであれば、田舎ならではの何か特別な因習によって、いなかった事にされた可能性もある。
    それならば、宮司宗家の息子である万屋だけが無事でも、おかしくはない。
    しかし、同級生達も含めた周囲全員の記憶から、幼なじみ達の存在は消えていたのだ。
    流石に、十歳の子供に完全な口止めは出来ないだろう。

    それに、相手の親から恨まれている訳でもない様だ。
    万屋は最後に、陽二の家で聞き込みをしたものの、あまりに話が合わないので無理矢理陽二の部屋へ入ろうとした。
    しかし、そこは物置部屋となっている。
    慌てて家まで戻って、アルバムを見てみても、やはり四人の姿は写っていない。
    こうして、万屋の幼なじみ四人は忽然と消えてしまったのである。

    しかし、それは万屋の主観であり、周囲はその様には取らなかった。
    居もしない友達をしつこく探し求めていると解釈されたのだ。
    それが万屋の更なる不幸の始まりであった。
    出雲大社の三男坊がおかしくなったという噂は、田舎故に数日で町中に広まる事となったのだ。
    万屋も、三男とはいえ旧家の宗家の者である。
    そのままではあまりにも外聞が悪い。
    そんな騒動の結果、出雲大社に居られなくなった万屋は、東京の親戚の元へ預けられる事となった。

    以来、万屋は出雲へと帰る事も無いまま、現在に至る。
    幸いな事に、東京の親戚は遠縁であるにも関わらず、万屋を実の子供の様に扱ってくれた為、彼の人格が歪む事はなかった。
    腫れ物扱いではなく極普通の家族の様に、反抗期にも正面から衝突し向き合ってくれた家族は、万屋の人格形成に良い影響を与えたのだ。
    万屋自身も、誰一人信じてくれない様な偏狭な田舎に戻るつもりは無く、平和に暮らしていた。

    しかし、誰からも信じてもらえない、若しくは自分以外が異常な状態に気付いていない、或いはその両方という状況は万屋のトラウマとなっていた。
    今でこそ自衛隊勤務が可能な程極稀だが、思春期等は毎晩悪夢にうなされていたのだ。
    むしろ、帰ろうと思う方がおかしいだろう。
    しかし、過去の出来事が、喉に刺さった小骨の様に気になっているのも、事実である。

    そして先日、万屋の住む官舎に本家から、帰郷する様にとの手紙が届いた。
    それも、本当にそれだけしか書かれていない、一方的な通知だ。
    だが、話したい事があるという主旨の文面から、過去の出来事が関係している可能性もある。
    当然万屋の中では、真相が明かされるという期待や、自身を捨てた家族や親戚への恨みや困惑、僅かな希望等の様々な感情が入り乱れた。
    結局、決めかねている間に数ヶ月が過ぎてしまい、万屋は帰郷の機会を逃してしまう。

    何故なら、本家から指定された期日は六月八日であったのだが、万屋が決めかねている間に、所属する部隊がその日を含む日程の演習に参加すると決まってしまったのだ。

(仕事ならば仕方がないと自分に言い聞かせて、演習に参加したは良いが、このザマか……
    我ながら、未練がましいな)

    そう思いつつも万屋の中には、精神に変調をきたす様な事だったのだから、トラウマになるのも当然だ、という気持ちも確かにあった。

「少し、風に当たって来る」

    万屋はそう言うと、ベットから身を起こして床に降りた。
    一人になりたかったのだ。

「あぁ、悪夢を視たのは、船酔いも関係しているかもしれませんしね。
    どうぞ、行ってらっしゃい」

    万屋は、山田が付いてくると言い出すと思っていたが、そういった素振りは観られなかった。
    頼りない上官という自覚がある為、過保護な山田が付いてくるだろうと思っていた万屋は、拍子抜けした。
    しかし考えてみれば当然である。
    やはり、古参の隊員というのは、様々な面で経験が豊富なのだ。
    特に山田の場合、相手の心情を察するのが上手い部下なのだろう。
    どうやって一人になろうか考えていた、万屋は馬鹿らしくなる。

    万屋は、溜め息を吐きながら部屋を出て、複雑に曲がりくねった通路を通り、甲板へと向かった。
    しかし、二つ目の角を曲がったところで、艦内での禁止事項を思い出す。
    万屋は、上陸訓練に参加した事がなかったので、出来るだけ覚える様にしていたのだ。

(夜間は外に出る事を禁止されていたな)

    海上自衛隊所属の乗組員については判らないが、少なくとも万屋達陸自組に禁止されている条項を思い出したのだ。
    たしかに夜でなくとも海に落ちて、助かる保証は無い。
    昼間なら誰かが気付く可能性もあるが、夜間はその確率がグッと下がるのであろう。
    甲板へ出るのは止めておこうと思い直し、万屋は踵を返した。

(俺の場合は、悪運が強いけどね。
    なんとか死にはしないかもしれないが、リスクが高過ぎるわな)

    そう思いながら、溜め息を吐く。
    これが喫煙者なら、諦めずに甲板へ向かうのだろうが、万屋の場合はそもそも嗜好品そのものの消費が少なかった。
    人並みより少し少ない程度に、酒をたしなむぐらいだ。
    煙草の方は噎せてしまう体質だったが、酒ならば付き合っているうちに、呑める量が増えてくるものなのだろう。
    昔は呑めなかったが、数年程で数倍の量を呑める様になっていた。

    だが、気を紛らわす為に甲板へ出る事を止めても、代わりに酒を呑むという訳にもいかない。
    一応『柵』の中なのだ。
    というより、そもそも簡単に個人が酒を持ち込める様な、弛い組織ではない。
    たとえ普段なら見逃されても、今は演習中である。
    更に言えば、海自の輸送艦に便乗させてもらっている立場なのだ。
    その様な不祥事が発覚すれば、厳罰に処せられるだろう。
    万屋は、そんな環境に酒を持ち込む様な無謀さを、持ち合わせていなかった。

(かといって、すぐに戻るのも少し気まずいな。
    この時間だと、中隊長や他の小隊長達と、明日の打ち合わせをもう一度、という訳にもいかないか………………。
    それこそ、叱責ものだし)

    万屋は少し考えてから、本日何度目かの溜め息を吐いた。

「仕方がない。
    戻るか」

    そう呟いて、もと来た通路を引き返そうとする。

「何が仕方ないんですか?」

    振り返ろうとする前に、背後から声を掛けられた。

「なんだ、二階堂か。
    こんな時間にどうした?」

    声を掛けたのは、万屋の部下である二階堂榛名だった。

「私は、少し夢見が悪くて…………。
    目が覚めてしまいました。
    でも、大丈夫です」

    二階堂はそう言って、ビシッと音のする様な、綺麗な敬礼をして見せた。
    しかしその表情は暗く、心なしか青ざめている。

(そういえば二階堂にも、トラウマになる様な事情があったな。
    こいつの場合は、現在進行形か。
    そう考えると、俺の方がマシかな)

    そう考える事で万屋の気持ちは、ほんの少しばかり軽くなった。

「あぁ、その、大丈夫そうには見えないぞ。
    顔色が悪い」

    万屋は、言葉を選びつつ、様子を伺う。
    そこには、指揮官としての義務だけでなく、同じ様な境遇の相手に対する、同情も含まれていた。
    同病相憐れむというやつだ。

「お気遣い、ありがとうございます。
    隊長は鈍そうに見えて、結構部下を見てますね。
    まぁ、あの人を見掛けた後は、何時もしばらくこうなんです。
    普段は、勤務時間前にお化粧で誤魔化してますけど、流石にこの時間では素っぴんですからね。
    私、お化粧で誤魔化すのが上手いんですよ。
    あ、もちろん服務規程の範囲内です。
    今までは気付かなかったでしょう?
    よくある事ですから、大丈夫ですよ。
    馴れています」

    そう言って、二階堂は力なく微笑んだ。

「親父さんに会ったのか?」

    しかし、万屋がそう訊ねると、途端に彼女は嫌そうな表情をした。

「あれを、父親扱いしないで下さい。
    私の事情を御存知でしょう?
    そんな事を言ったら、パワハラで訴えても勝てるレベルなんですよ。
    あれは、新種の動物か何かです。
    変に知能があるせいで、人間っぽく見えるだけですから。
    私は生まれてこのかた、あれの声を『榛名タン、ペロペロ』としか聞いた事がありません。
    そういう鳴き声の生き物なんですよ、あれは。
    ああ、ひょっとしたら妖怪の類いかもしれませんね。
    何せ気配とか全く感じないのに、いきなり声が聞こえるんですもの。
    気持ち悪いとか通り越していますよ」

    いきなり、捲し立てる二階堂を見て、万屋は失敗を悟る。

(こいつ、ギリギリ大丈夫だったのか。
    スイッチを入れたのは、間違いなく俺だよな)

    万屋は、ここで選択を誤ると、部下達から袋叩きにされてしまう事をよく知っていた。

(仲間思いのいい連中なんだけどな)

    実際彼等は書類上、或いは法的には何の落ち度も無い、極一般的な自衛官であった。
    むしろ、気の良い連中ばかりだ。
    しかし、万屋の小隊は各地から、様々な事情を抱えた自衛官を集めて、編成されているというのが、実情である。
    全員何らかの事情を抱えているのだ。

    彼等に落ち度は無い。
だが、社会というものは、時に不条理な面を見せる。
    一応公務員である万屋達自衛官は、民間企業よりも風当たりが強い事が、多々あるのだ。

    そして、残念ながら精神科への通院歴があり、今でも不定期的にカウンセリングを受け続けている万屋を筆頭に、それぞれの抱えている問題が深刻であるのも、事実なのである。
    実の父親にストーキングされている二階堂、名前が極端に平凡過ぎるせいで、離婚された山田だけでは無い。
    酒に酔った上官が暴行事件を起こした際に、止めようとして返り討ちにされ、そのまま被害者より先に気絶していた者。
    親の借金を知って相続を放棄したものの、額の大きさからヤクザに付きまとわれている者。
    本当に様々だ。

    万屋小隊とは、色々な事情から腫れ物扱いされているが、本人には落ち度が無い為、懲戒免職される事もなく、かといって他に行く場所も無い為、自主退官も出来ない自衛官の行き着く部隊なのだ。
    そういった事情から万屋としても、部下全体の不興を買う様な真似は出来なかった。
    それだけではない。
    自らも事情を抱える立場の為、追い出し部屋の様な行為は絶対にしないと決めているのだ。
    万屋はそういう男だった。

(最後まで聞くしかないよな、やっぱり)

    最悪、徹夜する覚悟を決めた万屋は、嫌そうな顔をしない様に注意しつつ、二階堂の話を聴き続けた。
    幸いな事に、この日の二階堂の愚痴スイッチは、一時間程でオフとなり、万屋はなんとか寝台までたどり着き、そのまま倒れこむ事となる。

    起床時刻までは、まだ二時間程あった。
    翌日から、演習どころではなくなる事を、この頃の万屋は知るよしもない。
    ただ、泥の様に眠るだけである。
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