新日本書紀《異世界転移後の日本と、通訳担当自衛官が往く》

橘末

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序章

第八話 未知の夢、失われた記憶

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    妙な感じがした。
    夢が終わらないのだ。
    普段の夢ならここで終わる筈なのに、何故か今日は視た事のないシーンまで続いている。
    どういう事だろう?
    今さら、記憶が戻ったとでもいうのだろうか?
    一瞬そんな考えが頭を過ったが、そんな筈は無いと自分に言い聞かせる。
    そもそもあれは無かった事であり、この夢というより記憶だがとにかく、自分で造り出した空想なのだから、あり得ない筈だと。
    現実ではないのだと。
    この記憶のせいで、今まで散々苦しんだ。
    ようやく落ち着いた今となっては、むしろ事実だと困る。
    そんな俺の思考を嘲笑うかの様に、場面は進んで行く。

    明晰夢であっても、自力で目を覚ます事は難しい。
    それが可能なら、そもそもカウンセラーの世話になる必要が無い。
    そんな風に思っていた俺だが、既に夢に引き込まれつつあった。
    何せ長い間、文字通り気に病んでいて、カウンセリングを受け続けていたのだ。
    その原因について、何か判るかもしれないともなれば、当然だろう。
    最初は拒否する感情が大半であっても、徐々に気になってしまうのは、仕方がない事だった。

    そう、引き込まれるのは当然で、仕方がない事なのだ。

「おい、陽二!?」

「え、え、えぇ、え」

「お前またか!?」

    夢の中では、陽二を除く三人が、三者三様の反応を見せている。
    京介と政信は混乱しているが、健太郎だけは何かを知っている様だ。
    事情を知っているのか、陽二を追って駆け出して行った。
    その後を比較的落ち着いている京介、政信の順に仲間達全員が、森の中へ駆けて行く。

    恥ずかしい事に、俺は少しの間呆然としていたが、やがて意を決したのか、森の中へ足を進めた。
    俺はこんな子供だったろうか?
    旧家育ちのボンボンなら、こんなものかもしれないが、それにしてもちょっと酷い。
    もう少しきびきび動いてもよさそうなものだ。
    進んではいるものの、やけに腰が引けているのが、なんとも情けない。
    これはおそらく、一人で取り残されるのが怖い、という理由で進んで行るのだろう。
    進むのも恐ろしいが、かといって一人で戻った上に何かあっては家族に叱られてしまうので、戻るに戻れないのだ。

    俺はそこまで視てから、ふと、重要な事に気付いた。
    何故、今まで気が付かなかったのだろう。
    今現在、夢を視ている俺の視界には、当時の俺の背中が映っている。
    俺達の中でも、俺が最後尾だ。
    では、俺の視点はいったい何処にあるのだろうか?

    これは、恐ろしい事実だ。
    例えば、これがホラー映画なら、俺を見つめていた何者かの記憶だろう。
    だがよく考えてみると、もっと前の場面からして仲間五人全員、視界に収まっていた。
    当然その時も、他には誰もいなかった筈だ。
    つまり、これが第三者の視点ならば、俺達は最初からずっと視られていたという事になる。

    だが、おかしいのはそれだけではない。
    普通はこんな事に気付いたら、驚きや恐れを感じるだろう。
    しかし、妙な事に全くと言っていい程、恐怖を感じないのだ。
    何故だろうか?
    むしろ、自分は見守られていたのかもしれないと思える程、暖かく穏やかな気分だ。

    正直、視点の主に心当たりが無い訳でもない。
    何せ、ここは出雲大社なのだ。
    この時季ではないが、年に一度日本の神々が集う、聖地である。
    例え、この世に見えないナニかが、存在したと仮定しても、危険なモノや悪いモノは、決して入れない場所だ。
    実際、彼方で暮らしていた頃も、神々しい気配を感じた事はあっても、怪しげな気配を感じた事は一度も無かった。

    ならばきっと、この視点は神様のモノなのだろう。
    そうに違いない。
    自分でも飛躍している結論だと思う。
    正直、現実的な考えとは言えない。
    しかし、俺の中ではそれが妙にしっくりくる。
    納得してしまうのだ。
    これが、よく言われる「ストンと嵌まる様に」というヤツなのだろう。
    もっとも、そう信じなければ怖くてやっていけないという気持ちも、無くはないのだがそれは置いておく。

    俺がそんな事を考えているうちに、夢の中の俺達は森の奥深くへと進んで行く。
    もちろん、謎の視点の主も俺の後から一緒に進む。
    十分程歩いただろうか。
    前の方で、なし崩し的に先頭となっていた陽二が、立ち尽くしているのが見えてきた。
    他の仲間達は陽二に近付く事無く、少し後ろで俺を待っている。

「遅いぞ、三彦」

    京介が声を掛けてきた。

「スマン、ちょっとパニクってた。
    何がどうなってんだ?」

    俺は、ゼーハーと息を荒らしつつ問い掛けている。
    どうやら俺は体力的な意味でも、かなり情けない子供だったらしい。
    これなら、記憶を失っていた方が良かったかもしれない。
    そう思える程の黒歴史だ。

「多分だけど、陽二は親に言われて、蔵を調べてたんじゃないかな?
    アイツの親、前にもそんな事やらかしたらしいし」

    と健太郎が答える。
    確かアイツは駐在さんの息子で、そういう話も好きだったから、詳しく知っていたのだろう。
    何せ自分で立候補して、新聞係をやっていたのだ。

「アイツの両親が評判悪いのは知ってるよ。
    で、アイツは何で突っ立ってるんだ?」

「知らねぇよ。
    本殿に似てるから、驚いたとかじゃないのか?
    とにかく、声を掛けても無反応なんだ」

「あぁ、声は掛けたのか。
    でも、それで無反応ってちょっとヤバくないか?
    いくら、本殿に似てるからって……」

    そこまで言った俺は、何かに気付いた様に黙り込んだ。
    怪訝に思ったが、夢の視点が近付く事で理解した。

    そこにあったのは、本殿と全く同じ造りで、さらに二回り程も大きな建物だったのだ。
    成る程、たしかに研究者やマニアでなくとも、地元民なら子供でも驚くのは当然だろう。
    今までは、遠目に見ていただけだったので、本殿に似ている程度にしか思っていなかったのだが、とんでもない話だ。
    それは、本殿をそっくりそのまま、規模だけ大きくした様な建物だった。
    今の俺としては、こんな衝撃的な光景を今まで忘れていたという事に、驚きを隠せない。
    いや、衝撃的だからこそ忘れてしまったのかもしれないが、そんな事を考えたところで、素人の俺に判断出来る訳はなかった。
    仕方がないので演習が終わったら、休暇を貰って病院へ行こうと決める。
    いつもの夢に新しい展開があったのだから、一応報告すべきだろう。

    いや、そもそもこれは現実にあった事なのか?
    リアリティーのある夢なので信じかかっていたが、結局妄想の記憶なのかもしれないのだ。
    そう、妄想の記憶なのかもしれないし、ただの夢でしかないのかもしれない。
    確実に言えるのは、俺の精神状態がヤバいという事だけだろう。
    そんな風に思っているうちに、夢の中の俺が陽二を揺さぶり始めた。

「おい、どうしたよ?
    ヘイ、陽二?
    よぉぉぉううううぅぅじぃぃぃ??!?」

    我ながら恥ずかしい奴だ。
    やっぱり、夢であって欲しい。
    見ろ、皆ドン引きしてるじゃないか。

「お前、それは無いわ」

    あまりの事に、正気に戻ったのであろう。
    陽二本人が突っ込みを入れる。
    ちょっと、酷すぎるんじゃないだろうか。
    このクソガキは、誰のせいだと思ってるんだ。

「誰のせいだと思ってるんだ!?」

    幼い俺も同じ突っ込みをしている。
    もしかして俺には、成長が無いのだろうか。
    小学生と同レベルの突っ込みをしてしまった事に、少し凹んでしまう。
    そんな今の俺を気にする筈も無く、突っ込んで気を取り直したのか、過去の俺が陽二に問い掛ける。

「でだ、さっきの質問の答えをまだ聞いていないんだけどさ……………………。
    どうなの?」

    この切り替えの速さは、間違いなく俺だ。
    立ち直りが早いのは、俺の数少ない取り柄である。

「三彦もなんとなく、分かってるだろ?
    親父に言われて、蔵の裏とかを調べてたんだ」

    陽二は観念したのか、アッサリと白状する。

「何で、言いなりになったんだ?
    出雲大社だぞ。
    この町で、そんな事をしたらどうなるかぐらい、お前だって解るだろ?
    ホントにヤバいぞ」

    俺が、心配そうに言う。
    すると京介も、

「あの野郎、いい歳越えた大人だろ!?
    親だろ!?
    どっか、おかしいんじゃねーのか!?
    それに、代々氏子総代な筈だ。
    こんな事やらかしたら、町に居られなくなるじゃんか!?」

    と、言い出した。
    そういえば、京介は頭がよかったが、少し気遣いの足りない奴だったか。
    気持ちは分かるが、陽二の前で言ってやるなよと思う。
    何だかんだ言っても実の親なんだから。
    まぁ、これくらいの歳の子供なら、仕方がないのかもしれないが、これには陽二もかなり傷付く筈だ。
    案の定、陽二が叫び出した。

「仕方ねーだろ!?
    しょうがーだろ!?
    お前らにはわかんねーよ!
    実の親が、実の弟人質にするんだぞ!
    アイツ等、俺が上手くやれなかったら、保険金目当てに川に落とすって言ってんだ。
    それって、つまりそういう事だろ!?
    アイツ等の評判悪くても、じーちゃんが生きてた頃は信用されてたから、幾らなんでもって言われて信じてもらえないし、こうするしかねーんだよ!」

    そうか、前にも誰かに伝えたのか。
    こう言ってはなんだが、正直それは俺にとっての、不幸中の幸いだ。
    陽二はクズ親が相手でも、簡単に言いなりになる様な奴じゃない。
    それが確認出来て、正直少しホッとした。

「それなら、何で相談しなかったんだよ?」

「そうだ、水くさいぞ!」

    仲間達が、口々に怒鳴り返す。
    俺も何か言ってやりたかったが、残念ながらこれは夢だ。
    それは過去の俺に任せよう。
    などと思って見守っていたら、俺は口ではなく手を出した。
    バチンという、いい音が響く。
    俺はこんなに喧嘩っぱやかった覚えは無いのだが、余程怒ったのだろう。
    まぁ、解らんでもない。

    今の大人になった俺だからこそ、冷静に眺めていられる。
    だが、この俺にしてみれば親友の一人に裏切られた上に、その親が盗みだか強盗だかに入るつもりだったと知ったのだ。
    十歳の子供が、冷静でいられる訳はない。
    幸いにも、自制心が仕事を思い出したのか、俺の手は一発のビンタで終わり、陽二も反撃してこなかった。
    しかし、大喧嘩にならなかった代わりに、重苦しい沈黙が場を支配する。
    他人事の様だが正直ハラハラ、ドキドキの展開だと思う。
    だが、これからどうなってしまうのだろうか、などと思っていた次の瞬間それは起こった。

    なんの事はない突風だ。
    たしかにものすごい勢いではあった。
    しかし、俺以外の四人が吹き飛ばされさえしなければ、ただの突風と言い切れるだろう。
    そう、過去の俺を除く四人が俺の目の前で、いきなり吹き飛ばされた事が、大きな問題なのだ。
    これを見た俺の理性は、やはりただの夢なのでは、と考え直す。
    直感等という、当てにならないものを信じた俺がバカだったのだと、考えてしまうのは当然なのだろう。
    しかし一方で俺の感性は、未だに夢の視点を神様の視点だと思い込んでいた。
    その上、この出来事を実際の記憶だとも感じてしまっている。

    その葛藤は、目を覚ました後に重要となるだろう。
    起きたら薬を飲むべきか、飲まないべきかという悩みに繋がるのだ。
    今の俺がそんな事を考えているうちに、呆然としている夢の中の俺が音も無く倒れ込む。
    一瞬大丈夫なのかと慌てたが、ただの夢ならば何の問題も無いし、過去に起きた事ならば俺自身がピンピンしている事から、やはり問題は無いと考え直した。

    それと同時に、視界が霞み始めた。
    どうやら、覚醒するらしい。
    この後どうなったのか、続きが気になるところだが、仕方がない。
    というより、ある意味ではホッとしている。
    正直、これ以上ショッキングな記憶を見せられても、精神的に持たない。
    きっと船酔いと合わせて、嘔吐してしまうだろう。
    今の俺は自衛官、それも幹部だ。
    指揮官として、部下を不安にさせる訳にはいかない。

「目覚……………………今…………………ゆ…よ」

    覚醒する直前に誰かの声が聞こえた気がした。
    か細くて聞き取れ無かったが、おそらく若い女の声だろう。
    前にも、何処かで聞いた様な声だなと思っているうちに、視界を光が覆い俺は目を覚ました。
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