新日本書紀《異世界転移後の日本と、通訳担当自衛官が往く》

橘末

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序章

第十話 交戦後の初接触(後編)

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    そして、作業開始から二時間後の現在。
    船上へ引き揚げられたテロリストらしき集団は、怪我人のみが医務室へ運び込まれ、残りは武装解除の上で拘束されている。
    当然というべきか、残念ながら警務課の保有する手錠は足りない。
    その為、人道云々という非難を浴びる可能性があるものの、手錠の使用は比較的おとなしい者のみとして、暴れる者は縄で拘束している。
    万屋も何人か縛ったが、暴れる者とそうでない者の差は極端だった。
    海面から引き揚げる際に武装は解除されている筈だが、暴れる者は素手でも暴れるのだ。

    どうやら、特に派手な格好をした者程、激しく抵抗する傾向にあるらしい。
    逆に、みすぼらしい格好をした者程おとなしかった。
    というよりポカンと口を開け、目を丸く見開いている様子から、おそらく暴れるだけの精神的余裕が無いらしい。
    彼等の顔は、まるで初めて機械文明と接触したかの様に見える。
    それ程の、茫然っぷりだ。

    さて、米兵の場合は海軍だろうと海兵隊だろうと将校も含めて、その異様な雰囲気を理解出来ないが故に沈黙していた。
    しかし、自衛官の場合は少し事情が違う。
    何せ、オタク率の高い職種である。
    その布教率も高く、余程嫌っている者を除けばそういう趣味に無知な者は皆無と言えよう。
    そんな組織だからこそ、彼等は察してしまったのだ。
    テロリストらしき集団が何処から来たのかを。
    そして、日本以外からの電波が完全に沈黙してしまった理由を。

    故に自衛官達は、沈黙した。

「公務員として、そんな事を口に出す訳にはいかない」

    という、一心である。
    まさか、『隣の同僚が勧めてくれたラノベに似た状況です』などと具申出来る訳がないのだ。

「そんな度胸があれば、今頃は天下を取っている」

    というのが、自衛官達の心境だろう。
    船上で拘束されているテロリストらしき集団に近付くまでは、万屋の心配事もそれだけだった。

    こうして、話は現在へ至る。
    万屋は人生の岐路に立たされていた。

「報告するのは義務だし……………………。
    いや、でも発狂したと思われたら辞表ものだしなぁ……………………。
    入院はした事ないけど、こうなるとヤバいかもしれないもんな……」

「隊長、どうしたんです?
    さっきから、ブツブツ煩いッスよ。
    また、発作ッスか?
    面倒事は、マジ勘弁ッスからね」

    部下の霧谷が、容赦なく突っ込みを入れた。

「こいつ上官に向かって容赦ねーな。
    査定に響く様にしたろかボケナス。
(いや、大丈夫だ。
    霧谷は気が利くな。
    お前のそういうところ、いつも助かってるよ)」

「本音と建前逆じゃないッスか!?
    これぐらいの突っ込みで、それは酷すぎるッスよ??」

    霧谷は、コロッと涙目になって懇願する。

「いや、芸人じゃないんで。
    むしろ、その辺りのケジメは、しっかりしないといけない職場なんで。
    査定はともかく軽い処分ぐらいなら、俺の権限でどうにかなるのよねん」

    だが、万屋は鬼だった。

「まあまあ、それぐらいにしてやって下さいよ隊長。
    いくら霧谷がお気に入りだからって、そんなに弄る事もないでしょう」

    万屋を山田が諌める。
    古代から、新米士官よりも実質的に上の立場なのが、古参兵というもの。
    特に、万屋は新米の頃から山田の世話になる事が多く、頭が上がらないのだ。

「いやいやいや、霧谷なんぞに興味無いんで。
    山さん、変な事言わないで下さいよ。
    ホントだからね。
    ホントのホントだからね。
    別に霧谷の事なんて、どうでもいいんだからね!」

    こういう時、取り敢えずおちゃらけてみせるのが、万屋である。
    予想外の事態に、異常なテンションではあったが、これが彼等万屋小隊の日常風景であった。

「ツンデレ来ましオロォォォォォェェェエ」

「「霧谷ィィィィィィィィ!?」」

    どうやら、霧谷の突っ込み切れる容量を、アッサリと越えてしまったらしい。
    普段は小隊のムードメーカーである霧谷だが、船には弱かったのであろう。
    そこに、万屋のボケが止めを刺してしまったという事だ。
    決して万屋が気持ち悪かったとか、そういう事ではないのである。
    そう、決して。

    不幸中の幸いというべきか、霧谷が間一髪デッキから身を乗り出したので、吐瀉物は海へと落ちていく。
    下に運の悪い漂流者も居ないので、やはり不幸中の幸いなのだろう。
    霧谷は、口を濯ぎに船内へ戻って行った。

    気不味さと呆れからか、沈黙が場の空気を覆う。

「それで、どうなさったんです?
    霧谷じゃないですけど、自分にも様子がおかしい様に見えますよ?」

    数十秒後、沈黙を破ったのは山田だった。
    やはり古参兵もとい古参隊員とは、観察力を持っている。

(話すしかないよな。
きっと、山さんも分ってくれる筈さ)

    そう決意した万屋は山田の耳に口を近付けて、一言ボソッと言った。

「アイツ等、日本語吹き替え版じゃね?」

「隊長、大丈夫ですよ。
    今の医療は凄いですから、きっと直ぐに良くなります。
    な??に、自衛官だけが人生じゃありません。
    そういやぁ、出雲の御実家なら自然が綺麗でしょう?
    療養に向いてるんじゃあないですかね?」

    ベクトルは異なるものの、山田は理解してくれたらしい。
    万屋の希望とは明らかに違う受け取り方だが、優しい顔をしている。

(いやいやいや、マズイマズイマズイ。
    そっちの方向はマズイよ、本当)

    もちろん、万屋にとってはとても困る反応だ。

    せっかく、少子化という時代の流れで防大の入学基準が緩み、精神科への通院歴があっても、日常生活に支障無い程度まで回復していれば、何とか入れる様になったのだ。
    遠縁の家で居候を続けて、迷惑を懸けない様にという一心で、卒業し任官もどうにかなった。
    今では、そこそこの二尉として上手くやっていると、胸を張って言えるだろう。
    今さら、退官では困るのだ。

(よし、とぼけよう)

    一瞬で決意を固めた万屋は、精一杯の演技で、どうにか誤魔化そうと決める。
    その脳裏には、養父母の顔が浮かんでいた。

「あ??、うん。
    そんなんだったらいいよにぇ??」

    しかし、緊張のあまり噛んでしまう。
    何を隠そう、万屋は演技の経験が少ないのだ。
    中学生の頃に、草役をやった以来である。

(終わった………………のか……………………)

    その場に居たほとんどの隊員が、同情の眼差しを万屋へ送る。
    しかし、庇う様な真似はしない。
    事実上の『いらん子小隊』である彼等だが、だからと言って精神的に不安定な上官は嫌に決まっている。
    それなりに情があるので、積極的に上申しないだけに留めるつもりなのだ。
    彼等は苦労人揃いである為、それなりに強かである。
    万屋に味方は居なかった。
    しかし、もう駄目かと思われた次の瞬間、山田は予想外の反応を見せた。

「隊長。
    こういう時に、妙な冗談は止めて下さい。
    うちの連中は隊長も含めて、普段から色眼鏡で見られているんです。
    そのうち庇い切れなくなりますよ」

    真顔である。
    山田は庇う為の嘘には思えない程、真面目な表情をしてそう言った。
    彼は、以外と単純な男だったのであろう。
    しかし、そうとは知らない万屋は恐怖した。
    普段優秀な部下に、下手な誤魔化しが効くとは思えなかったのだ。

(刺激しない様にして帰港したら、そのまま黄色い救急車に乗せる腹なのか?
    それは不味過ぎるぞ。
    どうすればいい、どうすれば……………………)

    万屋が悩んでいるうちに、一つの捕虜集団が万屋小隊の側を通りかかった。
    もちろん監視付きではあるが、二人で一つの手錠を着けるという、一番おとなしい相手への扱いを受けている。
    おそらく全く抵抗しなかったのだろう。
    それだけでなく、ほとんどが女性だというのも、好待遇の理由かもしれない。
    既に手遅れ感はあるものの、人権団体への配慮というやつだ。
    どうやらヘリに引き揚げられた口らしく、救命ボート組と比べると顔色が悪い。
    もっとも、顔色の悪い原因はそれだけでなかった。

    彼等だけは、他のテロリストらしき集団全体から、憎しみの目で視られているのだ。
    そして、彼女等は彼女等で気丈にも睨み返している。
    事情は分からないが、敵対関係にある事は明白であった。

    そして、分かった事はそれだけではない。
    彼女達を見た自衛官は、自らの予想の正しさを察した。
    彼女達は皆共通して美しく、細長い耳を持っていたからである。
    これで、草原に住む遊牧民族という事はないだろう。
    明らかに、森の妖精系にしか見えない。

    そんな彼女等が、近寄って来たのだ。
    そして、顔色が悪い割にはいろいろあり過ぎて、開き直っているのであろうか。
    主に侍女らしき服装の女達を中心に、色々と姦しかった。
    しかし、万屋の方は海を観ながら、山田をどう誤魔化すか考えていたので、彼女達の接近に気付けなかったらしい。
    彼には、日本語として聞こえるのだから、仕方のない事だろう。
    だが、どちらにしろ声は聞こえるのだから、煩いのは分かる。
    そして、万屋の反応は結果的に万屋自身に取って、とても不都合なものとなってしまった。
    おそらくこの一言が、彼の人生と日本の未来を決定付けたのであろう。

    そう、万屋は彼女等の煩さに耐えかねて、一言文句を言う為に振り返りつつ、こう怒鳴ったのだ。

「そこ!
    いくらなんでも煩いよ!!!
    海自の船が初めてなのは分かるけど、海自さんの迷惑になるから騒ぎなさんな。
    だいたい……失敬」

    万屋は一言どころか、説教まで始めようとしたところで沈黙した。
    声をかける前の顔色は赤気味だったのに、一瞬で蒼白く染まる。
    録画しておけば爆笑映像として、何処かに投稿されていたかもしれない。

(大丈夫、まだ大丈夫だ。
    声は聞こえたけど誰が話してるとか、内容までは聞こえなかったという事で、誤魔「貴方が通訳ですか?」

    窮地に陥った万屋の思考を遮る様に、集団の中心に居た若い女が、声をかけて来た。
    いや、女というよりも、少女に近い年齢に見える。
    その上、一際美しかった。

「え、え、え、えと?」

    自分には全く縁の無さそうな、超絶美人から声をかけられたというだけで、モテない男はテンパれるものだ。
    そして、万屋はモテない男の一人である。
    さらに、この状況では余計にテンパってしまうのも、無理はないだろう。

「だから、貴方が通訳なのですかと、訊いています。
    今、天津語を話しましたよね!?」

    少女は混乱した万屋に苛立ったのか、声を張り上げた。

「ふぁえぃひぇ!?
    あ、天ちゅ語?
    天津語とは、何ぞひゃ?」

    万屋の危機対処能力は、常識の範囲内までだったらしい。
    彼とて自衛官である。
    砲弾が降って来ても、そうそう取り乱したりはしない筈なのだが、日本語で話したのに外国語として認識される様な事態は、想定していない。
    混乱したままだ。

「隊長、やっぱり……………………。
    大丈夫ですよ。
    分かってます、分かってます。
    隊長は、疲れているだけですよね?
    さあ、おんもの潮風は体に毒です。
    お布団に行って、お昼寝ちまちょうね??」

    そして、相変わらず山田の理解は、逆のベクトルかつ早かった。
    このままではマズイと思った万屋は、混乱しつつも賭けに出る事を決める。

「や??あ、どうもどうも。
    お互いの右手を繋ぐ、これ我等の挨拶ね??。
    万屋と、申します??。
    以後、お見知り置き下さいまし??ね」

    妙な言い回しとなったが、本当に通じているのであれば、差し出した手が握り返されて握手が成立する筈だ。
    端から観ても、言葉が通じている事が分かるだろう。
    そうなれば、正気である事の証明にも繋がる筈だ。
    万屋は、混乱している割に、それなりの回答を出せたと言える。

「汚い手で、姫様に触れるつもりか!?」

    しかし、その行動を横から、女騎士らしきエルフが邪魔をした。

(封建制度の弊害ぃぃぃぃ!?)

    ただでさえ、エルフへの第一声が妙な言い回しとなった為に、部下達からの誤解が深まりつつあるのだ。
    エルフ側から拒否されては、四面楚歌だ。
    だが、天使は存在した。

「構いません。
    西端半島へ赴任した際に、『半島には半島のやり方で』という慣用句を知りました。
    タルターニャでも、そういうものでしょう。
    家臣が失礼しました、通訳殿。
    私はハイエルフ王国の第三王女、ベアトリクス・ミ・エルフィンクと申します。
    恥ずかしながら、神聖軍の捕虜となっておりましたが、先程の貴軍の攻撃で船内が混乱したところを、なんとか脱出して参りました。
    出来れば、貴軍の総大将の方にお目通り願いたく、思っております」

    自己紹介の中で、万屋のキャパを破壊して余りある、新型爆弾が投下される。
    この天使は、悪魔と言う程の存在では無かったものの、疫病神と紙一重の存在であった。

(俺、頑張ったよね?
    もう、気絶しても赦されるよね?
    王女キタコレとか、喜ぶ余裕無いよ……………………)

    だが、気絶している間に、檻付きの病院に入れられては堪らない。
    万屋は、ここが踏ん張りどころと思って、なんとか堪え切った。
    そして、ベアトリクスの右手を握る。

「よろしくお願い致します、殿下」

    これで、文字通り掴みはOKという訳だ。
    万屋は、肩の力を抜いた。

「先程、通訳殿に無礼を働いた者は、近衛騎士アンジェリカ・サー・ウェセックスで、隣がその叔父ゴードン・サー・ウェセックス伯爵です」

    王女が、側に居るエルフを紹介した。
    アンジェリカという女騎士は、銀色のショートヘアーに黒い肌をしている。
    ウェセックス伯爵と紹介された男も、同じ色の短髪と肌をしているので、日焼けエルフという訳ではなく、ダークエルフなのだろう。

「近衛騎士、アンジェリカ・サー・ウェセックスである。
    救助、御苦労であった」

    アンジェリカは、偉そうに言う。

「某、ゴードン・ウェセックスと申す。
    非才の身ながら、主君ハイエルフ王国国王ジョージ二世陛下より、ウェセックス伯の爵位と、西端半島派遣軍副将の地位を賜っております。
    この度は、救援忝なく思いまする。
    姪はウェセックス本家の箱入り娘故、礼儀知らずな面がございまして………………。
    御無礼、平に御容赦下さい」

    アンジェリカとは違って、伯爵は丁寧な挨拶だ。
    状況は分からないが、この二人も大物らしい。
    彼等とは違い、周囲の侍女らしきエルフ達の紹介は無かった。
    これはこれで、封建制度の弊害の一つだろう。

    何はともあれ、二人と握手が交わせたので、万屋の言葉だけが翻訳されて相手に伝わっている事は、一応証明出来た筈だ。

(確実に仕事は増えるが、最悪の事態は回避出来たな。
    後は、上申して通訳作業か……………………。
    まさか解剖とかされないよな?
    いや、暫くは俺が必要な筈だ。
    大丈夫、大丈夫)

    そんな事を考えつつ、万屋は彼女等の身柄を抑えようと、空気と化していた海自の女性自衛官達に声をかける。

「どうにもファンタジックだけど、そういう事なんで。
    悪いけど、彼女等はこっちで預かってもいいかな?」

    唖然としていた彼女等だったが、こうなっては面白くないし大いに困る。
    何かあっては、責任問題に発展するのだ。
    しかし、それが必要な措置だという事も理解していた。

「構いませんが、二尉が責任を取って下さいますね?
    もしこれが警察なら、犯罪者の身柄を護送中に護送先とは関係ない部署から、被疑者を引き渡せと言っている様なものです。
    そう言われても、普通は黙殺されますよ。
    お分かりですか?」

    理性と感情の妥協点を見付けたのか、指揮官の女性自衛官がそう言った。

「いや??、分かってはいるよ。
    でも、状況が状況じゃない?
    それに、彼女達は捕まっていた船から、逃げ出したところだったらしいよ。
    犯罪者扱いは、将来的に問題になると思う。
    君たちとしても、かなり面白くないだろうけど、ここは堪えてくれないかな???
    もちろん、君達の上官には、俺からちゃんと伝えるからさ。
    ダメかい?」

「そこまでおっしゃるなら、構いません。
    責任は取って下さるんですよね?」

    明確に答えない事によって、規則的な問題をどうにか有耶無耶にしようとしたものの、責任について再度念押しされた万屋は、しぶしぶ頷いた。
    こんな初歩で、躓く訳にはいかないのだ。
    ある程度のリスクは、背負う必要がある。

    こうして万屋は、書類上のゴタゴタを無理矢理後回しにした上に、組織の縦割りという大事な枠組みを大きく無視して、『みうら』の艦橋へ乗り込んだ。
    常識的かつ、平常心を保った状態の組織人であれば、こんな事はしない。
    何故なら後が怖いからだ。
    しかし、万屋には、後の事を考えている余裕が無かった。
    ただひたすら、最短ルートを選ぶ他に道が無かったのだ。
    そして、その苦労は報われた。
    艦長の前で右手を挙げてもらったり、左を向いてもらったり、とベアトリクス一行の協力を得ながら、ヘリの手配を要請して嫌がる彼女等を押し込み、何とか『いずも』の飛行甲板へ降り立ったのは、なんと午後三時過ぎであった。
    正規のルートで具申しては、遥かに時間がかかっただろう。

    そして、この万屋の判断が、歴史を大きく変える事となるのだった。
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