新日本書紀《異世界転移後の日本と、通訳担当自衛官が往く》

橘末

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序章

第十一話 王女の困惑

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    彼等は、本当にタルターニャ海軍なのでしょうか?
    そんな疑問は、最初からありました。

    あの、忌々しいオーク男の船が沈みかけた際に何とか上手く脱出出来たのは、単純に運が良かったのだと思いました。
    この船団は、タルターニャ海軍と接触したのだと。
    連盟軍と祖国は救われたのだと。
    私はそう信じて無茶をしたのです。
    小舟を奪えたのも幸運でした。
    敵は混乱していて、私達に構っている余裕が無かったのでしょう。
    そう、そこまでは確かに幸運だったのです。

    伯爵の機転で食糧や水も奪い、後は半島まで逃げるだけでした。
    今になって思うと、それは現実逃避だったのかもしれません。
    オーク男に偽りの航路を教え、タルターニャ領海の奥深くまで船団を引き入れたのは、他ならなぬ私です。
    そして残念ながら、敵を引き込んだ海域と西端半島の間は、小舟でたどり着ける様な距離ではありません。
    冷静になって考えれば途中で沈むか、飢え死にといったところでしょう。

    私一人なら、それでも良かったのです。
    国の為に死ぬ。
    それが、正しい王族の在り方なのですから。
    伯爵とて貴族です。
    私と同じ様に決意している筈。
    そう思っても、申し訳ない気持ちはありました。
    人質となったアンや侍女達まで、死なせてしまうかもしれないのです。
    罪悪感を持たずには居られません。

    特に、アン。
    彼女は、私の足手まといにならない様にと、舌を噛み切ろうとまでしてくれた忠義の鑑です。
    可能ならば、死なせたくはありませんでした。
    従順な振りをして神聖軍を誘導したのには、そういう理由もあったのです。
    それなのに、こんな所で死なせる訳にはまいりません。

    それから伯爵もです。
    私を庇って、右目を失う程の大怪我を負ったのです。
    出来れば、生きてエルフィンクの森都へ帰したいと思い、必死になって回復魔法を掛けました。

    結局、神々への祈りが通じたのか、私達は助かりました。
    バタバタと大きな音を出して空を飛ぶ乗り物に救われたのです。
    その乗り物が私達の視界に現れたのは、伯爵の治療が終わった直後でした。
    とても異様な光景で、忘れようにも忘れられません。
    それは、私達の真上でピタリと止まったかと思うと、小舟の動きに合わせて細やかに動くのです。

    正直に言えば、頭だけを兜で保護した奇妙な格好の兵士達が、ロープを使って小舟に降りて来るまでは、それを空を飛ぶ魔物だと思っていました。
    私達は彼等が降りて来て初めて、それが乗り物であると理解したのです。
    とにかく、異質でした。
    アンなどは無謀にも抵抗しようとして、叔父であるウェセックス伯に強く殴られる程、動揺した様です。
    私が止めなければ、未だに暴れていたかもしれません。

    もっとも、彼等に害意があったとしても抵抗は無謀だったでしょう。
    兵士はともかく乗り物は卑金属です。
    卑金属は魔法を弾きますし、何より彼等全員がティネガーシマとよく似た、謎の武器を持っていたのですから。

    それからの私達は、放心状態でした。
    武器を取り上げられるだけならまだ常識の範疇ですが、その上ロープで頭上の乗り物に引き上げられるという、未知の体験をしたのです。
    今考えると揺れも少なく、音以外は快適な乗り物だった様な気もします。
    しかし、そんな事を考えている余裕は皆無でした。
    乗り物は、とてつもない速さでした。
    おそらく、ワイバーンやペガサスと同等か、それ以上の速度だったのでしょう。
    追い越すには、竜騎士が必要だと思いました。
 
    それからほんの数分で、彼等の船の上に到着しました。
    その船がまたとてつもない大きさで、さらに鉄製だった事に気付いた私は、考える事を止めて開き直りました。
    だってそうでしょう?
    こんな相手に何をどうしようというのでしょう?
    彼等が交渉に応じなければ、それで全てが終わります。
    どうしようもありません。

    幸いな事に抵抗しない者に対して、彼等は比較的寛容でした。
    少なくともこの待遇ならば、聖十字教徒との関わりは無いでしょう。
    タルターニャの捕虜よりも、厚待遇かもしれません。
    むしろ、捕虜として扱うなら甘過ぎるぐらいでしょう。
    私達の事を知っているという訳ではない様で、神聖軍捕虜と同じ扱いなのは少しばかり不満ですした。

    何にせよ甘いです。
    従順な者には二人で一つの手枷、非協力的な者には両手に手枷が、抵抗する者には全身を縛るロープが、それぞれを拘束しているだけなのです。
    無意味に暴力を振るう事も無く、自分達と同じ食事を用意する等、その振る舞いは非常識な程でしょう。

    しかも、船上とは思えない様な、豪華な食事を惜し気もなく振る舞います。
    特に、スパイスをふんだんに使っているであろう茶色い肉入りスープに、西天津国の主食であるコメーを浸した料理は、宮廷料理以上の味でした。
    彼等は技術だけでなく、文化水準までもが異様だったのです。

    船内も、妙に安定した照明で明るく照らされていて揺れも少なく、船上である事を忘れてしまいそうな程、快適な空間です。
    特に驚いたのは、水の豊富さでしょうか。
    船上で真水に苦労しないというのは、大きな利点です。
    ですがどの様にして調達、保存しているのかは見当も付きません。

    食事が終わると、侍女達も気が抜けたのか、お喋りを始めました。
    一度開き直れば、女の方が順応性は高いのです。
    伯爵も、女とは思えない武人気質なアンも未だに放心していましたが、私は違います。
    もちろん侍女達とも違って、国益を考えているのです。
    先ず、彼等が何者なのかを推測しなければなりません。
    いくら何でも、彼等がタルターニャ海軍という事はないでしょう。
    そして、少なくとも大東洋に存在する勢力ではない筈です。
    西方大陸に存在する勢力ならば、私が知らない筈はありませんから、その可能性は論外です。
    中央大陸の、聖十字教原理主義派という可能性も無くはないですが、聖十字軍と彼等の戦闘は一時間と経たずに終わりました。
    彼等が原理主義派ならば、教会内部での対立など起こらないでしょう。
    これだけの差があれば、一瞬で終わります。
    東方大陸の統一国家アトランティス帝国は、大型船の建造を禁止している為、外洋に出る事すら不可能でしょう。
    魔族領域のサバーニ海賊団ならば、この様な捕虜への厚遇は有り得ません。
    彼等の捕虜となれば身代金という莫大な財産だけでなく、貞操も失うでしょう。
    魔族の正規軍にしても同様です。

    そうなると、答えは一つしかありません。
    かつてない規模ではありますが、軍艦と共に召喚された例もあります。
    艦隊規模で召喚されても、不思議ではありません。
    そう、彼等こそが、新たな『勇者』に違いないのです。
    我々の言葉を解さないという妙な点もありますが、他に可能性がありません。

    だとすれば私の使命はただ一つ、彼等を御する事でしょう。
    元老クラスの年寄の中には、サキノウダイ・ジンの西天津国建国をその目で観ていた者も居ますから、煩くされるかもしれません。
    しかしこれだけの戦力です。
    放置しておくよりは、味方に巻き込むべきでしょう。

    それに、ジン朝の建国は、単に神殿の支援あってのもの。
    神殿が正統性を認めなければ、あそこまで大国化する事は無かった筈です。
    我々が支援したところで、一大勢力化するという事もないでしょう。
    とにかく、私が自ら目付け役となって、彼等に貼り付かねばなりません。
    『勇者』には、それだけの価値があります。
    ますます帰国が遅れますが、これも王族の責務です。
    やむを得ない事と割り切らねば。

    と、そこまでが食堂を出て、別の場所へ移される途中までの、私の考えでした。
    大船とはいっても、流石に定員があるのでしょう。
    甲板へ出された事から、またあの乗り物で別の船に移される様でした。
    おそらく、私達が他の捕虜とは違う事に、気付いたのでしょう。
    あれだけ、憎しみの視線を受けていれば当然です。
    私達が、おとなしくしていたという事もあって、旗艦まで移されるのかもしれないと、内心では期待していました。
    旗艦まで移れば、交渉の余地があると考えたのです。
    しかし、そんな考えも何もかもが、一瞬で吹き飛んでしまいました。
    私は甲板上で、運命と出会ってしまったのです。

    その方はとても美しく、光り輝いておられました。
    といっても、この場に居る他の者には分からないでしょう。
    エルフ族の目には、人間の目には見えないものが映ります。
    そう、精霊です。
    もっとも、大抵の場合はせいぜい下級、中級の精霊が視える程度です。
    それにほとんどの者は、精霊自身が姿を隠そうとすれば視れません。
    また、その姿は霧の様なモヤモヤとしか映りません。

    しかし、ハイエルフだけは違います。
    上級精霊ですら視る事が出来ますし、私の様に素質さえあれば隠れている上級精霊を見付ける事も可能です。
    そしてこの性質こそが、ハイエルフを王族足らしめる、最大の要因なのです。
    私は、自らの血筋に感謝しました。
    これ程の光景を目に出来るのですから。
    美しく、美しい。
    他の言葉では表せない程の、美しさ。
    正に美としか言い様がありません。

    そう、あの方の周囲には、無数の上級精霊が漂って居たのです。
    その上級精霊達は、おそらくあの方が幼少の頃より、少なく見積もっても十年以上の間、あの方の傍であの方を守護していたのでしょう。
    気紛れな精霊が、それだけ長い期間、一人の人間を守護する事など、普通は有り得ません。

    故に私は確信しました。
    本人に自覚があるかどうかは分かりませんが、あの方こそが『勇者』であると。
    上級精霊達は神々の命を受けて、あの方を守護しているに違いありません。

    もちろん、天津語を話しているという、重要な判断材料もありましたが、その辺りはもうどうでもよくなっていました。
    私は、あの方のお側に居られればそれで満足致します。
    考えてもみてください。
    あの、粗野で浅ましい下賤なドワーフ達がお酒を得るのに、何の躊躇をしましょうか?
    人間種が金を対価に示されて、何を嫌がる事がありましょう?
    彼等は、それを得る為ならどんな事でもするでしょう。
    ならばハイエルフである私が、上級精霊を従える方のお側に居る為に、どの様な対価を支払うのにも躊躇しないのは、当然の事なのです。
例えば、祖国を売り渡したとしても、それは自然の摂理でしょう。

    とはいえ自制心は大切です。
    自制心の無い女等、引かれてしまいます。
    私は、冷静に声を懸けようとしました。
    残念ながら失敗してしまいましたが、仕方ありません。
    掴み?、は良かった筈ですから。
    しかし、我ながら通訳扱いはどうかと思いますが…………………………。
    幸いにもあの方、万屋様は気分を害された様子がありませんでした。
    その事は本当に幸いです。

    万屋様にはやはり、ご自分が『勇者』であるというご自覚は無いのでしょう。
    ご自分の発言が私達の耳には翻訳されて聞こえ、逆に私達の言葉を理解する事が出来る、という状況に戸惑っておられる様ですが、それは想定通りです。
    むしろ、動じておられない方が面倒です。

    出来うる限り、私からの情報のみを信頼していただき、依存状態に置く。
    それが、重要なのですから。
    無論、上級精霊達の不興を買わない様に、正確な情報を提供するのは当然でしょう。
    ただし、情報源は私に偏っていただきます。
    そうする事で初めて、私はこの方のお側に居られるでしょう。

    さて、万屋様は私達を護送していた女性兵士と何やら相談なされた後、私達を上役の頭越しに旗艦へと護送して下さるとの事です。
    あの、空を飛ぶ乗り物に乗る事はとても憂鬱ですが、楽しみもあります。
    そう、私の勇者様と狭い密室でご一緒出来るという事は、現状では何よりの楽しみなのですから。
    私だけの勇者様なのに、その部下の方々の他にもアンや伯爵に侍女達が一緒という点が、気になりますがやむを得ません。
     この場に居る者で、旦那様の美しさに気付けるのはハイエルフである私のみ。
    誰かが、色目を使うという事もないでしょう。

    しかし、上級精霊達の持つ清浄かつ膨大な魔力は、私の想像を大きく越えていたのでした。
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