新日本書紀《異世界転移後の日本と、通訳担当自衛官が往く》

橘末

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序章

第一二話 万屋二尉の困惑と、災難

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「あれれぇ???
    皆しゃん、分身なしゃってましゅ???
    しゅごいれすね??」

    これが誰の声かというと、王女ベアトリクスの声である。
    あの後、万屋は『異世界の王女を名乗る一行と共に、旗艦『いずも』まで出頭する様に』という命令を受け、おおすみの甲板上でヘリを待って居た。
    その間、王女は人懐っこいのか万屋の傍に居ようとしては、アンジェリカと名乗る女騎士にたしなめられてを、何度も繰り返している。

    しかし、話ているうちに万屋は、妙な事に気付いた。
    王女の興味が、自分にのみ向けられているのだ。
    だが万屋は、気付かない振りをしようと決意した。
    何故なら王女の視線は、万屋自身に向けられておらず、少しだけずれているからだ。
    どちらかというと、万屋の周囲に目を向けている。
    まるで、守護霊でも視ているかの様だ。

    万屋はそれが怖かったので、敢えて気付かない振りを続ける。
    しかし、理由はそれだけではない。
    彼女の目は、欲望でギラギラしているのだ。
    時折、ジュルリという涎を啜る音も聞こえる。
    その為、王女からは『どうぞベアとお呼び下さい』等と言われたが、完全に信用が出来なかった。
    至極当然の事である。
    これには、万屋の部下達だけでなく、侍女エルフ達もドン引きだった程だ。

    ドン引きするという事は、普段の彼女とは様子が異なるという事を意味しているのであろう。
    現に伯爵などは王女の様子を見て、何か考え込んでいる様だ。
    アンジェリカの方は無意味にオロオロして、艦橋の壁に何度もぶつかっていた。

    そして、ヘリに乗り込んだ彼女は、何故か万屋の隣に腰掛ける。
    そこまでは、良かった。
    しかし、数分もすると問題が発生する。
    ベアトリクスは徐々にモジモジと悶え始め、突然酔っ払いだしたのだ。
    いくら、バタバタとうるさいヘリの機内といっても、顔を赤らめクニャクニャになって訳の分からない事を言い出したら、周囲は気付く。
    場の空気は凍りついた。
    万屋以外の隊員達は、王女の言葉を解さない筈だが、そこは日本人。
    ただならぬ空気は読めるので、一緒に凍りついている。

「貴様ぁぁぁ!!!
    姫様に何をしたぁぁぁぁ!?」

    数秒間の沈黙の後、一番最初に動いたのはアンジェリカであった。
    万屋に掴みかかったのだ。
    当然と言えば当然であろう。
    ベアトリクスがおかしくなったのは、万屋と関わってからだ。
    視線も、万屋の方向に向かっていた。
    因果関係を疑わない方がおかしい。

「待たんか、阿呆!!!」

    そして、すぐに伯爵の拳が、アンジェリカの頭に落ちた。

「痛いです、叔父上」

    アンジェリカは、涙目になって文句を言う。
    その姿はどこか微笑ましいものであった。

「お前は、すぐに先走る。
    少しは思慮深くなって欲しいものだ」

    伯爵は、呆れた様に溜め息を吐く。

「しかし叔父上、姫様はこの者のせいでおかしくなられたのですよ。
    それは、明らかではありませんか!?」

「落ち着いてよく見よ。
    姫様は万屋殿の周囲を視ておられた」

    武功で伯爵になった人物ともなると、高い観察力を持つのだろう。
    伯爵は、アンジェリカよりも遥かに細かく状況を観ていた。
    そして、当人のベアトリクスが、クニャクニャになっているにも拘らず冷静だ。

「それはどういう……………………」

「儂に心当たりがあるから、そこで黙って聞いておれ。
    万屋殿。
    おそらく貴殿の御出身は、神殿近くではありませんかな?
    それもお国で有数の、歴史があり信仰を集めている神殿のすぐ傍では?」

    そうして、伯爵は万屋の出身を言い当てた。

「はあ、近くというよりは、生家がそれです。
    でも、どうしてそれを?
    何か関係があるのでしょうか?」

    驚き疲れた万屋の返事はおざなりなものだ。
    だが、全く訳が分からないという顔をしつつも、万屋の脳裡に浮かんだのは今朝の夢の事だった。
    あまりにも出来すぎているのだ。

「やはりそうですか。
    では、もう一つお訊きしたいのですが、貴殿は悪運が強いのでは?」

    伯爵は、またもや言い当てる。
    実際問題、万屋は危険な目に遭っても無傷で済む事が多いのだ。

「そうですが、何か?
    自分の質問にも、答えていただけませんか?」

    自らの長年の疑問と今回の事態に、何らかの関わりがあるかもしれないと知った万屋は、若干苛立った様に再度訊ねた。

「やはり…………………………。
    いや、失礼致した。
    おそらく姫様は、精霊酔いに懸かっておられるのでしょう」

    万屋は、知らない単語に困惑する。

「叔父上、精霊酔いとはいったい?」

    どうやら、アンジェリカも知らない様だ。
    つくづく残念な騎士だと万屋は思ったが、言葉には出さない。

「なんだ、そんな事も知らんのか?
    まあよい。
    四百年程前の売国騒動は、そなたも知っておるな?」

「はい、それぐらいは存じております。
    王族がジン朝の大祖にたぶらかされて、国を譲ろうとしたとか。
    あ!?
    やはりこの者が姫様を!!??」

    再び万屋を睨み付けるアンジェリカであったが、伯爵に一喝される。

「違うわ、この阿呆!!!
    最後まで聴かぬか。
    よいか、ジン朝の大祖サキノウダイ・ジンは召喚勇者であり、神々の寵愛を受けて居ったのだ。
    そこまでは分かるな?
    そして、あまり世間には知られておらんが、神々から寵愛を受けている者は精霊に好かれるのだ。
    それも、並みの精霊ではなく上級精霊にな。
    そして、姫様方ハイエルフは上級精霊の姿を視る事が出来る。
    その王族は、サキノウダイではなく上級精霊に惹かれたのだ。
    この様に王族が、異様なまでに上級精霊に執着する事を精霊酔いと呼ぶ。
    そして、万屋殿の傍にも上級精霊が居るのだろう」

「しかし、叔父上。
    なれば尚更、この者をどうにかすればよいのでは?」

    アンジェリカの無茶苦茶な提案に震え上がる万屋であったが、伯爵は呆れ果てた様に脱力して首を横に振った。

「この状況で出来るか阿呆。
    現状認識も出来んとは、情けない姪だ。
    それに、上級精霊や神々の怒りを受けたら、そなたは陛下に何とお詫び申し上げるのだ?
    それに万屋殿は、ただ勇者並みの寵愛を受けておられるのではないぞ。
    軍船ごと勇者召喚が行われた例もあるのだ。
    この乗り物や、船、食事、彼等の異様さに気付かなかったのか?」

「では、どうなさるのですか!?
    このままでは姫様がどうなってしまうのか、分かったものではありません」

    それには万屋も同意見だった。
    美人に付きまとわれるだけならともかく、怖い護衛付きなのだ。
    精神衛生上の事を考えると、あまり嬉しくはない。

「心配はいらん。
    姫様が上級精霊の魔力に慣れれば、それで済む話だ。
    件の王族は数日で正気に戻り、自らの振る舞いを恥じて自害なさったのだ。
    それ以来ハイエルフである王族は、勇者と直接謁見しておらん故に知る者も少なくなった話だな。
    姫様程、視える方ならば目覚める頃には慣れて落ち着かれよう」

    それを聞いたアンジェリカは、気が抜けた様に座り込んだ。

「あの??。
    精霊?、についてはなんとなく分かりましたけど、勇者とはいったい?」

    空気が弛緩したところに、万屋が間の抜けた声を出す。
    ベアトリクスの件が穏便に片付くのであれば、万屋としても文句は無い。
    問題は、伯爵が口にした怪しげなフラグ台詞である。
    そう、例え周囲の部下達が、勇者という単語にドン引きしているとしても、気にせず聞き出さねばならない事なのだ。

「神々は、天津大陸に危機が訪れる際に異世界から、勇者を送られるのです。
    そして勇者には、天津大陸語を解する加護を授けられるのです。
    この意味はお分かりですな?」

「仰っている意味は分かりますが、にわかには信じられない話です。
    それに艦隊丸ごとですよ。
    そもそも、そんな事が可能なのですか?
    自然現象という事も、有り得るのではないでしょうか?」

    万屋は心当たりがあるにも拘わらず、それを否定する様に言う。
    それを認めてしまえば、精神科通院という過去の苦労が、無駄になってしまう様な気がしたのだ。

「百五十年程前には異界の軍艦ウィネビーが、我々の窮地を救っています。
    八十年程前にも異界の軍艦ヒリュヴーが、西天津国のツコー港に漂着し着底しています。
    充分に有り得る話なのです」

    だが、そんな万屋の事情を知らない伯爵は、容赦なく現実を突き付ける。

「しかし……そう!!!
    本土との通信は、混乱しつつも続いています。
    国外は通信途絶状態の様ですが、国内との通信は健在です。
    いくら、異世界召喚技術があったとしても、国ごと召喚というのは流石に有り得ないのでは?」

    万屋の言葉に、今度は伯爵が驚いた。

「なんですと!?
    確かに古代には大地が転移した例も有りますが、それは自然現象であった筈。
    神話によれば、それを見た神々が神意的に再現しようとなされたのが、異世界召喚技術の始まりとされています。
    確かにそれならば、自然現象の可能性もありますな。
    万屋殿は神官の家系故に偶然神々の寵愛を受けられ、上級精霊に好かれているだけやもしれません」

    伯爵だけでなく、アンジェリカや侍女達もどよめいている。
    彼等にとっても、珍しい現象である証拠だ。

「まあ、神殿に問い合わせれば分かる事ですな。
    その話はまたの機会としましょう。
    それにしても、やはり異界の技術は素晴らしい。
    某も通信なる技術は、先の勇者クォガー・ネーチより聞き及んでおりますが、お国の全土の状況を即座に把握出来るのですか?」

    話は逸れたが、これはこれで万屋にとって話難い話題だった。
    通信速度に関する情報は、充分に外交カード足り得るのだ。

「はあ、まあ。
    ひとまずそれは置いておいて、自分の部下達にも我々の会話内容を教え、情報を整理してもよろしいでしょうか?
    それに一騒動ありましたが、そろそろ離艦させなければなりません。
    飛行中は、皆さん気が散るでしょう?
    その間に済ませますよ」

「確かにこの乗り物は落ち着きませんからな。
    我等は目を瞑って休んでいましょう」

    こうして一騒動を終え、彼等を乗せたヘリは『みうら』を離艦するのだった。

    それから数分後。
    予想通りエルフ達は緊張しており、話し合いを出来る状態では無い。
    『みうら』の艦上では開き直っていた侍女達も、空の上では顔面蒼白で震えている。
    ベアトリクスは先程眠ったままであり、胆の太そうな伯爵ですら居心地が悪そうにもぞもぞしていた。
    エルフ組では唯一アンジェリカだけが、やけくその様に騒いでいた。
    眼下に広がる景色を観ながら、大声で楽しそうに喚いているのに、目には涙が浮かんでいる。
つくづく残念であった。

「さて、どうしたもんかね?」

    一通り、会話の内容を部下達に伝えた万屋は、問い掛けた。
    とは言ったものの、田中という優秀な部下がいるので、万屋は楽観的だ。
    声にも若干の軽さを感じる。

「勇者というのは胡散臭いですね。
    でも、固有名詞の発音を変えると、信憑性はありますよ。
    それと仮説ですが、こちらで定着している名詞は現地の発音で翻訳され、定着していない名詞は、正しい発音で翻訳されていますね。
    おそらくサキノウダイ・ジンは、前右大臣。
    ウィネビーは畝傍。
    ヒリュヴーは飛龍。
    クォガー・ネーチは古賀峯一と、それぞれ当て嵌める事が出来ます。
    年代もだいたい合っていますし、可能性は高いかと………………。
    もっとも、この星の公転周期がどうなっているのかは分かりませんから、確かな事は言えません。
    それから、自分の耳には彼等が隊長を呼ぶ時に、『ヨローザ』と言っている様に聞こえました。
    隊長の耳にどう聞こえたかによって仮説の証明も可能ですけど、その辺はどうでした?」

    田中の分析は的確だ。

「ちゃんと、万屋って聞こえたよ。
    山さんは優秀だね??。
    経験は知識に勝るってのを、地で行ってるな。
    俺なんかちゃんと防大入に入ったのに、優秀な叩き上げの前だと入った意味が無かった様な気がしてくるよ」

    優秀な部下を持つと、余裕が出てくるものなのだろう。
    万屋は冗談を言う。

「意味が無かった等と、言わんで下さい。
    下士官と幹部とでは必要な知識が違うんですから、必ず意味はあります。
    それに、年季が違うのは当然ですよ。
    同じ様に出来たら、こっちが困りますわ」

    しかし、田中は真面目に答えた。

「(山さん、冗談ッスよ冗談)」

    万屋が、どう答えたものかと考えていると、霧谷が田中に耳打ちする。

「分かっとるわい!」

    顔を赤くした田中が霧谷をどやしつけると、部下達は誰からともなく笑い出す。

(やっぱり優秀だよな??)

    万屋は山田の意図に気付いて、感心する。
    それと同時に自分にはまだ出来ないだろうという、軽い無力感と頼もしさの入り混ざった複雑な感情を持つ。
    それは彼の成長に欠かせない、向上心の源となるのだろう。
    そうこうしている間に、ヘリは『いずも』への着艦態勢に入った。
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