新日本書紀《異世界転移後の日本と、通訳担当自衛官が往く》

橘末

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第二章 西端半島戦役

第二十六話 遠方にて(一)

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「だ??!
    もう、どうなっておるのじゃ??!!!???」

    まただ。
    姫巫女様の発作が、また始まった。
    こうまで続くと、溜め息を堪えるのにも限度がある。
    部下の女官達は、既に呆れ果てた様子だ。
    神殿に慣れていない、一部の新人達だけはオロオロしているが、そのうち慣れるだろう。
    いちいち反応していては、気が滅入ってしまうのだ。
    その辺りの匙加減を覚えるのも、女官の務めだろう。

    だが、彼女等はともかくとして、私の立場だと放置する訳にもいかない。

「姫巫女様、いかがなさいましたか?」

    極めて優しそうな声を、優しそうな顔を意識して話し掛ける。
    面倒な事に、こうしないと機嫌を損ねる可能性が高いのだ。
    使える立場としては不遜な考えなのだろうが、そういう考えを持つのもやむを得ないだろう。
    皆が辟易しているのだから。

「いかがもクソも無いわ??!!!
    神々は何を言うておるのじゃ??!!!???」

    やはり何時もの発作らしい。
    声を掛けて損をしたと、心の底から思う。
    神々の御言葉を聞く事の出来ない私達には、何とも答えようの無い話なのだ。

    事の始まりは、数代前の姫巫女様だったと聞いている。
    神々の言葉が徐々に解らなくなっていったのだ。
    一般信者の立場であれば、『詳しく御伺いすれば良いのに』と思うだろう。
    私も子供の頃に知れば、そう思った筈だ。
    しかし、それは不可能だった。
    一般には知られていないが、姫巫女様の御力はあくまでも、神々の御言葉を『聞く事が出来る』だけなのだ。
    そして、それは盗み聞きに近いらしい。
    神々は、姫巫女様の事など気にも留めていないので、そうするしかないのだ。
    神殿はそれを神託として公表する。

    もちろん、意味の解る範囲のみだ。
    嵐を云々、地揺れを云々といった天災について。
    この作物に肥料を云々といった、技術について。
    歴史上、神託の恩恵を得た例は多い。
    だからこそ、ここ百年ばかりの状況は厄介だった。
    神殿の権威にも関わる。

    対応は、状況が世間に伝わらない様に気を使いつつ、迅速かつ大々的に行われたという。
    そもそも神々の会話とは、つまり神託とは何なのか。
    原因の究明はそこから始まり、今なお続いている。
    何処かで得られた、何らかの成果についての会話である事は直ぐに判明した。
    何処かとは、勇者の住まう世界の事だ。
    秋津島、大和、扶桑、大八島、日本と様々な呼び方があったものの、神々はその世界で得られた知識についての話をしている。
    神託が絶えた頃に現れた勇者達の証言からも、その事は明らかだった。

    重要なのは、その知識量が膨大に膨れ上がった事だ。
    これが根本的な原因なのだろう。
    多岐に渡る専門用語。
    今まで使われてきたものとは明らかに異なる、外来語や外国語。
    それ等が一気に使われ始めたのだ。
    そして当時の姫巫女様は、その勢いに追い付く事が出来なかった。
    これ以降の姫巫女選定では、頭の出来に関しても選考基準となる。
    だが、ただでさえ神々の御言葉を聞く事が出来る者は少ない。
    何せ、数十万人に一人という割合である。
    さらに、はっきりと聞き取れる者となれば、その数分の一程にもなろう。
    それ等に加えて頭の出来を、ともなると選定は困難を極める。

    その結果がこれだ。
    この子供は、幼い方が頭が柔らかいであろうという、楽観的と言うべきか希望的と言うべきか、些か判断に困る意見によって選定された。
    頭の回る候補者が居なかった為だ。
    齢九歳にして就任し、今年で五年目になる。
    頭の出来映えについては察して欲しい。
    柔らかいのは確かな様だが、それ以上に弱いともっぱらの評判である。
    それでも公言は出来ないのが私の立場なのだから。

「何をボサ??っと突っ立っておるのじゃ?」

    こちらの気も知らないで生意気な事を言うクソガキだ。
    私も立場を弁えてはいるが、コイツはそれを分かった上で、言いたい放題言っている節がある。
    海か山か、機会があればどうにかしてくれようか。
    もっとも姫巫女という立場上、コイツは神殿から外に出る事が出来ない。
    故にそんな機会は絶対に来ないのだが、ついついそんな妄想をしてしまう。

    まあ、考えるだけなら自由なのだ。
    比較的近年に現れた勇者達の何人かが、そんな事を言ったらしいし問題は無いだろう。
    尋問中ならともかく、普段から思考まで監視する様な国や組織ともなれば、かなり希な存在だ。
    皆無ではないというのが、さりげなく恐ろしい話ではあるが、少なくとも神殿に於いては日常の思考まで監視される事は無い。
    抜き打ち監査は有り得るが、逆に言えばそれだけだった。

「だから、な??にを呆けておる!?
    そなたはかなりの美女なのだぞ。
    呆けていては勿体ないわ」

「失礼致しました」

    この御方は、たまに鋭い。
    特に周囲に仕える者達の顔を、良く見て居られるらしい。
    この素晴らしい御方を、何としてでも御守りせねば。
    何せ、男子禁制の神殿最奥部巫女宮にあって、護衛は我等のみなのだから。
    外縁部や、他の重要施設ならば援軍の当てもあるが、ここだけは違う。
    姫巫女様の最後の盾は我等のみなのだ。
    衛士の手助けを受けられない以上、気を張って御守りせねばならない。

「まあ良い。
    今日の妾は機嫌が良いのでな。
    理由を知りたいか?」

    そう言ってドヤ顔をする姿は、やはりクソガキ染みていた。
    尊敬の念が一瞬で消し飛ぶ。

「是非、お聞かせくださいませ」

    面倒だが、こう言っておかないと機嫌を損ねる。
    本当に面倒だ。

「うむうむ。
    そこまで言うのであれば仕方がないの。
    教えてやるとしよう」

    私は無理矢理だが、どうにか嬉しそうな顔を作る事に成功した。
    内心に気付かれてもいない様だ。
    もし、今このクソガキを殴って出奔する事になっても、役者として暮らしていけるかもしれないと思う。
    絶賛モノの演技力だ。

「実はの。
    神託として形になりそうな会話を聞き取れたのじゃ」

    クソガキはそう言って、得意気に胸を張る。
    無い胸を張る事に意味は無いので、それは置いておく。

    重要なのは、ここ百年ばかりの間でも有数の快挙の事だ。
    このクソガキは、確かに言った。
    神託を得れたと。
    それは驚くべき快挙だ。
    素直に称賛するべきなのだろう。

    だが、我等の立場からすると嬉しい話ではない。
    これにより、人の出入りが増えるのは確実だ。
    他国や各地の神殿からの使者が、ひっきりなしに訪れるだろう。
    それは警護が困難になる事を示している。
    面倒事はごめんだ。

「内容を知りたいか?
    ん?」

    こちらが笑顔を浮かべていれば調子に乗る。
    つくづく不愉快なクソガキだ。

「是非ともお教えくださいませ」

    癪な事だが、私も興味が無い訳ではない。
    むしろ神殿に仕える者として、興味深い話だと思っている。
    相手の顔が気に入らないだけなのだ。

「よしよし、そこまで望むのであらば仕方がないのう。
    教えてやるとしよう」

    先程と同じ様なやり取りだが、こちらも先程と同じ様に堪える。
    実際問題、このクソガキを殴ったとしても、生きて出奔する事は難しいのだ。
    それに出奔出来たところで、同じ様な職が得られるとは思えない。
    出奔した時点で、信用が失われるからだ。
    神殿しか知らず、それも最奥部の警護以外の仕事はした事も無い様な女が、伝も無しに生きていくのは難しいだろう。
    世間知らずの私でも、それぐらいは分かる。
    護衛ぐらいなら出来るだろうか。

    だが、聞くところによると上流階級向けの護衛業は、同業者同士の情報が早いらしい。
    さらに、大口の求人ならばともかく、譲り合いの精神とは無縁との事だ。
    足を引っ張られる可能性は高い。
    少なくとも、これ以上の待遇は望めないだろう。
    辛い上にそれは困る。
    それに、男の多い職は怖い。
    私の様な世間知らずな美女がギルドに入ったら、殺し合いを始めかねないだろう。
    それだけでも怖いが、それよりも怖いのは決着が付かないと、共同の慰み者にされてしまいそうなところだ。
    屈強な男達に首輪を嵌められ、代わる代わるに辱しめられる。
    そんな事態に陥るよりは、クソガキに堪える方がマシだろう。

「実はのう。
    神々は、新たな勇者召喚について話されておるのじゃ」

    クソガキが得意気な態度を崩さないままそう言った。
    重要な話だとは思う。
    それを正式な報告よりも先に、こっそりと教えてもらえれる立場は、かなり美味しいという事も分かっている。
    にも拘らず、ありがたみを全く感じない。
    逆に辛さばかりを感じる程だ。
    ありがたみを感じられないのは、不幸なのかもしれない。

「それでの、何と今回は次の勇者についても聞き取れたのじゃ。
    流石の妾も驚いたぞ。
    そなたはどの様な存在だと思う?」

「さて………………。
    私の様な者に見当も付きませぬ」

    『知るか!?』の一言で済ませられないのが、宮仕えの辛いところだ。
    偉業を成している分、余計に憎たらしい。

「まあ、そうか。
    それもそうよの。

    何と神々は日本の国土全てを、勇者という扱いでこの世界に召喚したのじゃ!!!」

    背中に冷や汗が流れる。
    クソガキの言っている事は、私の耳に入っている筈だ。
    だが、頭の方は入って来る事を拒んでいるらしい。
    クソガキの言っている事がさっぱり理解出来ないのだ。

「どうした?
    驚かんのか?
    一国丸ごと勇者とは、予想も出来まい」

    どうすべきか。
    クソガキが何か言っているものの、全く理解出来なかった。

    いや、待て。
    クソガキは『召喚した』と言ったぞ………………。
     『する』ではなく、『した』だ。
    つまり、事は既に起こったのか!?

「おい、何処へ行くのじゃ!?」

    私は、クソガキが呼び止めるのを無視して走り出した。
    面倒事ばかり持ち込むクソガキを、いつか泣かしてやると誓いながらだ。
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