新日本書紀《異世界転移後の日本と、通訳担当自衛官が往く》

橘末

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第一章 小笠原事変

第二十話 個人秘書とハイエルフ

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万屋とベアトリクスは、迎えに来た沢村の個人秘書に案内され、応接室へと向かった。
村田と名乗った秘書は、言葉こそ丁寧であったが、ベアトリクスに向ける視線はどことなく、胡散臭い者を見る目だ。

    (こんな時に、そんなドッキリみたいな真似するかっての……)

    万屋はそんな事を考えたが、それは見当違いであった。
村田の視線の理由は、彼が既に里山の構想へと、のめり込んでいる事が原因である。
さらに言えば村田はその中でも、特に急進的な考えの持ち主であった。
防衛大臣の発案にも拘わらず、総理大臣の個人秘書までもが、染まっているのだから、これは一大事だ。
急激に広まっているの事を意味する。
おそらく村田は、日本へ食料供給を行う事を可能とする、西天津国との仲介が為されるまで、油断するつもりが無いのであろう。
ベアトリクスの事など、全く信用していないのだ。

    しかし、本土に戻って来たばかりの万屋には、政府首脳の一部で異様なまでに急速に蔓延している、『パクス・ニッポニカ構想』の事など、知る術は無かった。
いきなり出て来た構想なのだから、それは仕方の無い事であろう。
それでも、違和感ぐらいは感じる。

    (何かイメージと違うな…………
普通は外務省のお偉いさんが、ヘコヘコしながら来るもんだと思ってた…………
いや、やっぱりおかしいよな?)

    万屋は首を傾げた。

    「どうかしましたか?」

    すると、村田の方から声を掛けて来る。
万屋に向ける視線は、胡散臭げなものでは無いが、声の方は訝しげである。

    「いえ………その、イメージと違ったものでして…………
外務省の方はいらっしゃらないのですか?」

    万屋は素直に訊ねた。

    「ああ、外務省ね。
ここだけの話、総理も必死なのですよ。
非常時ですから、直接交渉で支持率を揚げませんと。
ただでさえ、非常時の意味も分からず普段通りに、政権の足を引っ張る連中がいますからね。
支持率を揚げて、挙国一致体制にしなければ、国が傾きます」

    村田は、サラッととんでもない事を言う。

    (裏事情喋っちゃうんかい!?)

    万屋は、心の中で突っ込みを入れつつ、真面目な顔で頷く。

    「それに、コネが皆無である以上、外務省は役に立たないでしょう。
彼等からコネを取ったら、何も残りませんよ。
ああ、家柄は良いかな」

    村田は、外務省に恨みでもあるかの様に、酷く扱き下ろした。

    「はあ、大変ですね」

    万屋の立場では、そう言うしか無い。

    (まさかこいつの私情で、外務省を飛び越したとかじゃないだろうな?)

    そう不安に思ったところで、村田が信頼されている秘書官なのか、ただの外務省嫌いなのかを知りようも無い万屋には、どうする事も出来ないのである。
彼はあくまで自衛官であり、その中でも下っ端の幹部にすぎないのだ。

    「万屋さん、顔が怖いですよ。
どうなさったのです?」

    ベアトリクスが、不安そうに言った。
言葉は通じなくとも、顔で分かってしまうのは、仕方の無いことだ。

    「いえ、大した事ではありませんよ。
伯爵の送られた、医務室の話です」

    万屋は心配させない様に、そう言って誤魔化した。

    「そうですか…………」

    しかし、何かを察したのか、ベアトリクスの顔は曇ったままだ。
村田の方は、万屋が誤魔化した事について、何も言わなかった。

    そんな話をしているうちに、村田が一つの扉の前で、足を止めた。

    「こちらの部屋です。
公共放送社のテレビカメラが入っていますが、よろしいでしょうか?」

    そう訊ねる村田であったが、直前になって言い出したところを見ると、有無を言わせるつもりは無い様だ。
万屋は、村田に不信感を持ちつつも、そのまま訳す。

    「テレビカメラですか?
ええと、先程艦内で観たアレの為の道具……でしたね。
会談も映すのですか?」

    ベアトリクスは、テレビ中継を観た際の説明を、よく覚えている様だ。

    「はい、そうです。
ご覧になられてましたか?
まったく、総理も何を考えておいでなのか…………」

    村田は、答えながら愚痴を言う。
ベアトリクスの方は心なしか、緊張が解れている様に見える。

    (日本人は温厚な様ですし、これなら過大な要求は無いでしょう)

    ベアトリクスは、万屋達を観察した結果も踏まえて、国民の前ならば対等な交渉が可能であると、安心したのだ。

    この日本側の対応、実は沢村の方がベアトリクスの緊張を解し、安心させる様に配慮したのであるが、流石の王女もそれには気付かなかった。
それは、単に経験の差であろう。
万屋は訊き難かったので知らないが、ベアトリクスは二十歳である。
人種族であっても、若輩者と言える年齢なのだ。
ちなみに、伯爵は五百十六歳、アンジェリカは二十五歳である。
アンジェリカの様に、ちょっとあれな者が側近を務めているのも、エルフ的にはほぼ同年齢の同性である事が、大きな(唯一とも言う)理由なのだ。

    「では、扉を開きます。
万屋さん、公共放送社のテレビカメラのみですので、フラッシュはありません。
肩の力を抜いてください」

    万屋は、村田にそう言われてから、初めて自分が緊張している事に、気付いた。
これでは、ベアトリクスの心配をしている余裕等無いだろう。
万屋は、深呼吸をして言われた通りに、肩の力を抜いた。
そして、村田の合図で扉を警備していた警察官が、扉を開いた。

    「ようこそ、日本へおいでくださいました。
内閣総理大臣を務めさせていただいております、沢村と申します。
以後お見知り置きください。
先ずは、会談に応じていただきました事を、御礼申し上げます。
そして、この度の殿下の不慮、日本国政府を代表して、心よりお見舞い申し上げます」

    扉が開かれた直後、奥に座っていた沢村が、駆け寄って来てそう言った。
動きこそ機敏であるが、顔色は先程のテレビ中継よりも悪い。

    (不慮って伯爵の件か?
接触前の事か?)

    万屋は、いきなり翻訳に詰まる。
沢村には、直前で挨拶の言葉を変える程の、余裕は無かった。
つまり、ここで言うところの不慮とは、伯爵が気絶した件では無く、接触前にベアトリクス一行が、神聖軍の捕虜となった事である。
沢村の顔色を観れば、察する事も出来ただろう。
しかし、余裕が無いのは万屋も同じであった。
そして、残念な事に沢村の方も、伯爵の件は知っていたが、万屋の迷いを察する余裕は、やはり無かったのである。

    「どうなさったのです?」

    ベアトリクスが、不安そうに訊ねる。
沢村も訝しげに万屋を観た。
万屋のみに確認された翻訳能力を、いまだに疑っているのであろう。

    「い、いえ。
え??と、総理が歓迎しておいでです。
お見舞いも申されています」

    万屋は慌てて訳した。
解釈はベアトリクスに任せるてしまう。

    「はい、感謝致します。
閣下、私共は日本国政府ならびに日本国自衛隊に、救助も含めて大変お世話になりました。
家臣も安心して任せられます」

    任されたベアトリクスも判断に困ったので、どちらとも取れる様にそう言う。
形式的な挨拶なので、どちらでも良いのだ。

    「とんでもございません。
我々は人間として、当然の事を果たしたまででございます」

    当初は神聖軍と同様、捕虜扱いであったのだが、お互いにそれは言わない。
言わない方が幸せになれる。
と言うよりも、記録そのものが抹消される筈だ。
そういった事実は全て、無かった事になるだろう。
もちろん、日本側は不祥事を揉み消す為であるが、ベアトリクスの方は少々事情が異なる。
彼女としては神聖軍の捕虜と言う、この上無い不名誉そのものの、隠蔽を望んでいるのである。
正確には、彼女は自分自身が捕虜となった件を、そこまで気にして居ない。
彼女は王族である為か、所謂リアリスト的な考え方をする。
虜囚となっても、脱出に成功したのであるから、実質的に勝ちと捉えているのだ。

    それでも隠蔽を望むのは、残念な騎士と恩師たる伯爵の為である。
側近とは言うものの、アンジェリカに求められていたのは、護衛としての能力である。
にも拘らず、主であるベアトリクスと共に、捕虜となってしまったのだ。
責任の追及は免れないだろう。
そして、その場に居た伯爵も、責めを負う事になる可能性が高い。
何せ、王族の側近やと言う立場や、傅役と言う地位は人気である。
王位継承権を持つベアトリクスならば、他人を蹴落としてでもなりたがる者は、それこそ幾らでも居るだろう。
ベアトリクスは、そういった事を理解しない程度に王族らしさを持っているが、同時に何となく雰囲気を察する事が出来る程度には、宮廷暮らしには馴れていた。

   「さあ、どうぞお掛けください」

    「ありがとうございます」

     ベアトリクスは沢村に勧められて、ソファーに腰掛ける。
沢村も、ベアトリクスに向かい合う様に、腰を降ろした。

    「君も掛けてください。
話し難いでしょう?」

    万屋は、どうして良いか分からずに突っ立っていたが、沢村に促されて中間の椅子に座った。
万屋の事は説明されない様だ。
しかし、万屋はそこで重要な事に気付く。

    (あれ?
全国放送で晒し者になってないか?)

    そう考えた万屋の顔色は、一瞬で蒼白となった。

    「ど、どうなさったのです?」

    ベアトリクスが、慌てて声を掛ける。

    「具合が悪そうですね。
申し訳無いが出来る限り、実務的な話し合いに済ませるので、もう少し辛抱してください。
君しか居ないのです」

    沢村はそう言った。

    「じ、自分は大丈夫であります。
問題ございましぇん」

    万屋は大声で噛んだ。
途端に、今度は顔色が真っ赤に染まる。

    「そうですか?
まあ、無理はしない様にお願いしますよ」

    万屋が恥を掻いた分、場の空気は和んだ。
沢村もベアトリクスも、頬を緩ませている。
それを見た万屋は、急激に頭が冷える感覚を覚えた。

    「では、通訳も不調の様ですので、実務的なお話に移りましょう」

    沢村がそう言って、会談は幕を開けた。

    「先ず前提として、殿下は外交交渉権をお持ちと、聞き及んでおりますが、確かですね?」

    沢村が、重要な点を確認する。
何を隠そう、それがあるからこそ、二人の会談が設けられたのだ。
今さら、「交渉する権利はありません」等と言われては、内閣総辞職ものである。

    「はい。
我が国では、王位継承権第五位までの王族に、その権利が与えられております。
もちろん最終的には、国王の裁可が必要となりますが、王族の名義で交渉している以上、余程の内容でない限りは、交渉の結果通りに条約が結ばれます」

    ベアトリクスは、沢村の確認に淀み無く答えた。

    「余程……ですか。
つまり、基本的にはここで協議した結果を、貴国は遵守なさる。
その認識で問題ございませんか?」

    「はい、基本的にはそうなります。
そして私も、反故になる様な取り決めをするつもりは、毛頭ございません」

    ベアトリクスは、交渉の成功を保証すると同時に、釘をさした。

    「成る程。
では交渉が纏まる事は、決まったも同然ですな。
日本国政府は、貴国に対して受諾を拒否される様な要求は、一切行いませんので」

    沢村もまた、過大な要求はしない事と、保証する。
もちろん、民主国家で生中継されている様な状況では、過大な要求等はしたくても出来ない。
口に出す以前に、この様に場を整える事で、態度は示しているのだ。
沢村が口にしたのは、あくまでも確認に過ぎない。
両者は確認が終わった事で、お互いに笑みを交わした。
ここからが交渉の本番である。
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