35 / 92
第一章 小笠原事変
第二十一話 歴史的会談
しおりを挟む
「我が国から貴国への要望は、基本条約の締結と平和条約、通商条約や経済協定等です。
殿下がご懸念なさっておられる、安全保障問題に関しましては、合意に至る可能性が低いと思われますので、協議のみ行う事としましょう。
もちろん、協議の結果合意に至る可能性もありますので、その場合は共同声明の発表、と言う事でお願い致します。
ちなみに、我が国の食料需要を充たせる可能性を持つ、西天津国でしたかな?
その国との仲介は、殿下個人への要請と言う形で、お願い致したいのですが、如何でしょうか?」
沢村は拙速ながらも、それなりに真っ当な要望を口にした。
国民の理解を得ると言う事以前に、この世界での基準が分からない以上、地球の基準を前提にして話を進める他無いのだ。
少しばかり強引に主導権を握っても、バチは当たらないであろう。
ちなみに沢村は、条約の定義も地球基準と言う前提で、話を進めている。
一言で条約や協定と言っても、地域や時代によって、定義は異なるものだ。
例えば、戦国時代の日本の場合、和睦と言えば停戦を指す言葉であった。
そして、この世界の定義はいまだに、判明していない。
かと言って素直に訊けば、主導権を奪われてしまうので、ベアトリクスに直接訊ねる事は出来ない。
しかし、相手が中世的な価値観の持ち主である場合、王の一声で条約も協定も破棄される可能性は、否定出来ないだろう。
もっとも、それは日本側にもあり得る話である。
現在は、両院共に与党が過半数を占めている状況であるが、万が一政権交代が起こった場合、条約の批准を否決される可能性も、無くはないのだ。
そして、沢村は中世的な社会との間にある、一種の危うさに気付きつつも話を進めている。
これは危険な賭けであった。
価値観や常識の擦り合わせを、敢えて怠ったのである。
そうまでして一刻も早く、交渉を進める必要があるのだ。
一々定義等に拘わっている暇は無い。
沢村は、そう決断したのである。
もちろん、拙速に過ぎた事で後々揉める可能性は、非常に高いのであるが、沢村はそれを些事と認識していた。
『パクス・ニッポニカ』構想を、危険視する沢村であっても、日本製品が世界を席巻する事については、確実であると観ている。
強引な事をせずとも、市場経済を浸透させた上で、市場を独占する事は容易い。
要は、反日感情が芽生えない程度のさじ加減こそが、論点なのだ。
里山は、そのさじ加減を考慮せずに、場合によっては反発を押さえつける事を、是としている。
沢村は、産業革命期の打ち壊し運動の様に、あるいは中国の反日暴動の様に、日本企業が襲撃される事を恐れていた。
もちろん、国民国家と言う概念さえ無ければ、商人層や職人層との対立で、事は済むであろう。
反発が少ないと言うよりも、他の層はデメリットに気付かない筈だ。
より良い暮らしと職場が提供されれば、国家への帰属意識の無い民衆は、簡単に靡く。
この世界の住人が、国家への帰属意識さえ薄く、国民と言う自覚さえ無い『無学な民衆』であるうちは、極めて合理的な方針であろう。
しかしそれは、その状態が永遠に続く事を、前提としている。
そして、優れた労働者を創出する為には、やはりそれなりの専門教育が、必要となるのだ。
問題はそこからである。
専門教育には、文字を覚える為の義務教育が、必要なのだ。
だが、別に専門教育で無くとも、義務教育さえ受ければ、当然の事ながら『無学な民衆』は消え去る。
その時の、反発は大きなものとなるであろう。
故に沢村は、里山の構想を危険視しているのだった。
「条約や協定には、同意致します。
しかし、西天津国との仲介は私個人への要請とで仰るのですか?
私は構いませんが、それでは貴国と西天津国の仲介をしても、貴国の要望を確実に叶えられるかどうかは、保証し兼ねます。
それでもよろしいでしょうか?」
ベアトリクスは、安全保障協力を求めるつもりであったが、それは胸に収めておく。
やんわりと協力を拒否された事に、少なからず失望感もあったが、それでも議題となった時に巻き返せば良い、と考えたのだ。
「もちろんです。
仲介さえしていただければ、問題ございません」
沢村の答えは即答であった。
これにもベアトリクスは失望する。
彼女としては、国家単位での貸しを作りたかった、と言うのが本音なのだ。
しかし、沢村はそれを個人への貸しにまで、縮めてしまうと言う。
(これは油断できませんね)
ベアトリクスは、改めて気を引き締めた。
(若い割に、面倒そうな相手だ。
帝王学と言うやつを、しっかり学んでいるのかもしれないな。
いや、エルフの場合は歳上という可能性もあるか……)
ベアトリクスの目の色が変わった事で、沢村も警戒度を数段上げる。
沢村の主観では、決して元々油断していた訳では無い。
しかし、無意識のうちに若い娘と侮っていた可能性も、否定し切れないのだ。
(総理大臣の胃痛は、伝染病なのか?)
万屋は、無難に通訳をこなしているが、段々に胃痛を感じ始める。
場違いである事を、自覚しているのであろう。
もちろん、それだけでは無い。
本命であろう西天津国との仲介を、個人に要請すると言う沢村の考えに、素人ながら危機感を持ったのだ。
(仮にもプロ。
政界歴の長い、ちゃんとした政治家なんだから、思惑はあるんだろうけど、端から観てると無謀だよなぁ)
万屋の思った事は、中継を視ている国民の大半と同じであった。
ほとんどの国民が、沢村の無謀さを不安に思いながら、中継を視ている。
残念な事に沢村は、国家間での借りを避ける事に固執していた。
仕方の無い事だろう。
拙速であっても、考え無しでは無いのだ。
この世界の主流が、封建君主であっても専制君主であっても、地球基準の常識を持たない相手である事は、明白だった。
それはつまり、借りを作りたくない相手である事を意味する。
何故なら、古今東西常識の異なる者は、悪意も無しに無茶苦茶な要求をしかねないからだ。
だからこそ、沢村は国家単位での借りを、避けたのである。
もちろん、これはそれなりの手であろう。
しかし、睡眠不足が祟ったのであろうか、沢村は重大な事を見落としていた。
それは、何を要求して来るか分からないのは、西天津国にも言える、と言う点である。
どうせなら、王族の救助と言う多少の貸しがある、ハイエルフ王国に借りを作るべきであろう。
沢村は、判断を誤ったのだ。
この事が、後に与党を追い詰めるのであるが、それはまだ先の話である。
会談は、和やかに進んだ。
大使館の設置や可能な限りの食料輸入、対価としてのインフラ整備等、多岐に渡る内容であったが、ほとんどは問題無く合意に至っている。
人権問題等、確実に紛糾するであろう問題が、敢えて議題にされなかった事も、和やかに進んだ要因であろう。
安全保障問題こそ重要な議題なので、議題とされているものの、それ以外の荒れかねない議題は意図的に避けられたのだ。
中央大陸情勢が判明した今となっては、西方大陸でも奴隷制度の様に、日本政府としては知らない方が良い社会制度も、おそらくはあると観られている。
もちろん情勢が安定した後は、人権団体からの圧力を受け入れ、何らかの交渉を行う事となるであろう。
しかし、それまでは荒れる様な議題を、徹底的に避けるべきなのだ。
当然、人権団体の陳情も、しばらくは黙殺される事となるだろう。
沢村は、必要な事と割り切っている様だ。
その様に気を使った事で、和やかに進んだ会談であったが、当然予想外の事も起こる。
会談の中で、関税無しでの貿易と言う、試しに言ってみただけの提案を、ベアトリクスが受け入れてしまったのだ。
もちろん、拒否される事を前提に提案している日本側は、ベアトリクスが受け入れた事に驚愕した。
(以外だな……
状況が分かっていないのか?
このままでは確実に、やり過ぎと言われるな。
支持率も、下がるだろう。
さて、どうするか……)
沢村は頭を悩ませる。
このままでは、素人の小娘相手に悪辣な交渉を纏めた、極悪人にされてしまうであろう。
国益には沿っているのに、どうにも理不尽な話ではあるが、民主国家の政治家はそれなりに、善人らしくしていなければ、政権が取れない。
沢村としては、一度拒否された後で改めて低い関税率を約束させる、と言う予定であったのだ。
日本側が、拒否される事を前提にして提案した、かなり無茶苦茶な条件を、ベアトリクスが受け入れたのには、文化的齟齬と言う原因があった。
エルフは閉鎖的であり、輸出入共に物流の規模が小さいのだ。
他国と比較すると、交易の回数や一度に動かされる物資の量は、半分以下である。
そして、技術の普及についての、誤解も原因の一つであろう。
エルフの様に閉鎖的で無くとも、この世界の輸送手段は、限られているのだ。
大量に輸送するならば船舶であるが、それは沿岸部に限られる。
大抵の場合は、馬車による輸送が主流であった。
山越えともなれば、より困難になる。
小国の下手な山道では、人夫を雇って運ぶ事も多々あるのだ。
もちろんベアトリクスも、AAV7の様な軍事的輸送手段は、目の当たりにしていた。
『みうら』や『いずも』、それらの艦と艦隊を構成する艦も、遠目ではあったが観ている。
ただ、彼女の不幸はそういった輸送手段の、普及率を見誤った事だった。
彼女は戦闘車両を見たものの、それが民間にも普及している、極一般的な輸送手段であるとは、考え付かなかったのである。
それを、単純に機動力を有する兵器として、認識してしまったのだ。
もちろん、それだけでも慧眼と言えるだろう。
未知の兵器の特性を、初見で見抜いたのだ。
ベアトリクスが、優秀な軍人である事の証であろう。
それは決して、間違いでは無かったのだ。
輸送艦や護衛艦についても、軍事的には正しい推測をしている。
しかし、その背景を読み切れなかった事は、間違い無く彼女の不覚であろう。
結果を見れば、彼女が優秀な軍人ではあっても、優秀な政治家では無い、と言う事が分かる。
ベアトリクスは致命的な失敗を、無自覚に起こしてしまったのであった。
(あちゃ??。
可哀想な事になったな??。
総理も気の毒だけど……
でも、通訳がでしゃばる訳にはいかないんだよな……
頑張ってくれよ??)
万屋は呆れつつも、心の中で応援する。
ベアトリクスが何かを勘違いしている事は、万屋にも理解出来るが、だからと言ってそれが何かを指摘する事は、出来無かった。
立場上の話だけで無く、能力的な意味でも出来無いのだ。
(協議の上で改定する事を、可能としておけば良いだろう。
世話のやける姫君だな)
沢村の方は自分から提案した事もあって、ハイエルフ側が気付いた後の事を、考える。
この様に定めておけば、騙されたとは言われないであろう、と言う判断だ。
(若い割には、遣り手だと思ったのだがな……
自分達の不利益に気付いた後で、貸しとなるから問題はないが、この分だとしばらくは気付きそうに無いな。
こちらの見込み違いだったのか、もしくは大量輸送と言う概念を持たないのか。
いや、市場とならない可能性もあるな……
それを自覚しているからこそ、受け入れたと言う可能性も、否定し切れないか。
やはり、情報量が少な過ぎるな。
お互いに言える事だが、それでは困る。
技術的に圧倒しているのだから、情報量も圧倒しなくては、意味が無い。
いっその事、情報収集機関を増やすべきかもしれんな。
在日米軍は、最早一蓮托生だろう。
ノウハウの吸収は、充分に可能な筈だ。
最悪、我が国に侵入しているスパイを、公募する手もあるか……)
沢村は、考えようにも情報量が少な過ぎる事を、大いに嘆いた。
ベアトリクスが、失態と思われる承諾をしてしまったので、気が抜けたのであろうか。
思考が逸れている。
疲れているのであろう。
むしろ、普段はしない様な、妄想にも等しい方向へ、思考が転がっている。
「総理、ちょっと失礼します」
カメラの端辺りに居た、政務官が万屋の背後から近付き、声を掛けた。
殿下がご懸念なさっておられる、安全保障問題に関しましては、合意に至る可能性が低いと思われますので、協議のみ行う事としましょう。
もちろん、協議の結果合意に至る可能性もありますので、その場合は共同声明の発表、と言う事でお願い致します。
ちなみに、我が国の食料需要を充たせる可能性を持つ、西天津国でしたかな?
その国との仲介は、殿下個人への要請と言う形で、お願い致したいのですが、如何でしょうか?」
沢村は拙速ながらも、それなりに真っ当な要望を口にした。
国民の理解を得ると言う事以前に、この世界での基準が分からない以上、地球の基準を前提にして話を進める他無いのだ。
少しばかり強引に主導権を握っても、バチは当たらないであろう。
ちなみに沢村は、条約の定義も地球基準と言う前提で、話を進めている。
一言で条約や協定と言っても、地域や時代によって、定義は異なるものだ。
例えば、戦国時代の日本の場合、和睦と言えば停戦を指す言葉であった。
そして、この世界の定義はいまだに、判明していない。
かと言って素直に訊けば、主導権を奪われてしまうので、ベアトリクスに直接訊ねる事は出来ない。
しかし、相手が中世的な価値観の持ち主である場合、王の一声で条約も協定も破棄される可能性は、否定出来ないだろう。
もっとも、それは日本側にもあり得る話である。
現在は、両院共に与党が過半数を占めている状況であるが、万が一政権交代が起こった場合、条約の批准を否決される可能性も、無くはないのだ。
そして、沢村は中世的な社会との間にある、一種の危うさに気付きつつも話を進めている。
これは危険な賭けであった。
価値観や常識の擦り合わせを、敢えて怠ったのである。
そうまでして一刻も早く、交渉を進める必要があるのだ。
一々定義等に拘わっている暇は無い。
沢村は、そう決断したのである。
もちろん、拙速に過ぎた事で後々揉める可能性は、非常に高いのであるが、沢村はそれを些事と認識していた。
『パクス・ニッポニカ』構想を、危険視する沢村であっても、日本製品が世界を席巻する事については、確実であると観ている。
強引な事をせずとも、市場経済を浸透させた上で、市場を独占する事は容易い。
要は、反日感情が芽生えない程度のさじ加減こそが、論点なのだ。
里山は、そのさじ加減を考慮せずに、場合によっては反発を押さえつける事を、是としている。
沢村は、産業革命期の打ち壊し運動の様に、あるいは中国の反日暴動の様に、日本企業が襲撃される事を恐れていた。
もちろん、国民国家と言う概念さえ無ければ、商人層や職人層との対立で、事は済むであろう。
反発が少ないと言うよりも、他の層はデメリットに気付かない筈だ。
より良い暮らしと職場が提供されれば、国家への帰属意識の無い民衆は、簡単に靡く。
この世界の住人が、国家への帰属意識さえ薄く、国民と言う自覚さえ無い『無学な民衆』であるうちは、極めて合理的な方針であろう。
しかしそれは、その状態が永遠に続く事を、前提としている。
そして、優れた労働者を創出する為には、やはりそれなりの専門教育が、必要となるのだ。
問題はそこからである。
専門教育には、文字を覚える為の義務教育が、必要なのだ。
だが、別に専門教育で無くとも、義務教育さえ受ければ、当然の事ながら『無学な民衆』は消え去る。
その時の、反発は大きなものとなるであろう。
故に沢村は、里山の構想を危険視しているのだった。
「条約や協定には、同意致します。
しかし、西天津国との仲介は私個人への要請とで仰るのですか?
私は構いませんが、それでは貴国と西天津国の仲介をしても、貴国の要望を確実に叶えられるかどうかは、保証し兼ねます。
それでもよろしいでしょうか?」
ベアトリクスは、安全保障協力を求めるつもりであったが、それは胸に収めておく。
やんわりと協力を拒否された事に、少なからず失望感もあったが、それでも議題となった時に巻き返せば良い、と考えたのだ。
「もちろんです。
仲介さえしていただければ、問題ございません」
沢村の答えは即答であった。
これにもベアトリクスは失望する。
彼女としては、国家単位での貸しを作りたかった、と言うのが本音なのだ。
しかし、沢村はそれを個人への貸しにまで、縮めてしまうと言う。
(これは油断できませんね)
ベアトリクスは、改めて気を引き締めた。
(若い割に、面倒そうな相手だ。
帝王学と言うやつを、しっかり学んでいるのかもしれないな。
いや、エルフの場合は歳上という可能性もあるか……)
ベアトリクスの目の色が変わった事で、沢村も警戒度を数段上げる。
沢村の主観では、決して元々油断していた訳では無い。
しかし、無意識のうちに若い娘と侮っていた可能性も、否定し切れないのだ。
(総理大臣の胃痛は、伝染病なのか?)
万屋は、無難に通訳をこなしているが、段々に胃痛を感じ始める。
場違いである事を、自覚しているのであろう。
もちろん、それだけでは無い。
本命であろう西天津国との仲介を、個人に要請すると言う沢村の考えに、素人ながら危機感を持ったのだ。
(仮にもプロ。
政界歴の長い、ちゃんとした政治家なんだから、思惑はあるんだろうけど、端から観てると無謀だよなぁ)
万屋の思った事は、中継を視ている国民の大半と同じであった。
ほとんどの国民が、沢村の無謀さを不安に思いながら、中継を視ている。
残念な事に沢村は、国家間での借りを避ける事に固執していた。
仕方の無い事だろう。
拙速であっても、考え無しでは無いのだ。
この世界の主流が、封建君主であっても専制君主であっても、地球基準の常識を持たない相手である事は、明白だった。
それはつまり、借りを作りたくない相手である事を意味する。
何故なら、古今東西常識の異なる者は、悪意も無しに無茶苦茶な要求をしかねないからだ。
だからこそ、沢村は国家単位での借りを、避けたのである。
もちろん、これはそれなりの手であろう。
しかし、睡眠不足が祟ったのであろうか、沢村は重大な事を見落としていた。
それは、何を要求して来るか分からないのは、西天津国にも言える、と言う点である。
どうせなら、王族の救助と言う多少の貸しがある、ハイエルフ王国に借りを作るべきであろう。
沢村は、判断を誤ったのだ。
この事が、後に与党を追い詰めるのであるが、それはまだ先の話である。
会談は、和やかに進んだ。
大使館の設置や可能な限りの食料輸入、対価としてのインフラ整備等、多岐に渡る内容であったが、ほとんどは問題無く合意に至っている。
人権問題等、確実に紛糾するであろう問題が、敢えて議題にされなかった事も、和やかに進んだ要因であろう。
安全保障問題こそ重要な議題なので、議題とされているものの、それ以外の荒れかねない議題は意図的に避けられたのだ。
中央大陸情勢が判明した今となっては、西方大陸でも奴隷制度の様に、日本政府としては知らない方が良い社会制度も、おそらくはあると観られている。
もちろん情勢が安定した後は、人権団体からの圧力を受け入れ、何らかの交渉を行う事となるであろう。
しかし、それまでは荒れる様な議題を、徹底的に避けるべきなのだ。
当然、人権団体の陳情も、しばらくは黙殺される事となるだろう。
沢村は、必要な事と割り切っている様だ。
その様に気を使った事で、和やかに進んだ会談であったが、当然予想外の事も起こる。
会談の中で、関税無しでの貿易と言う、試しに言ってみただけの提案を、ベアトリクスが受け入れてしまったのだ。
もちろん、拒否される事を前提に提案している日本側は、ベアトリクスが受け入れた事に驚愕した。
(以外だな……
状況が分かっていないのか?
このままでは確実に、やり過ぎと言われるな。
支持率も、下がるだろう。
さて、どうするか……)
沢村は頭を悩ませる。
このままでは、素人の小娘相手に悪辣な交渉を纏めた、極悪人にされてしまうであろう。
国益には沿っているのに、どうにも理不尽な話ではあるが、民主国家の政治家はそれなりに、善人らしくしていなければ、政権が取れない。
沢村としては、一度拒否された後で改めて低い関税率を約束させる、と言う予定であったのだ。
日本側が、拒否される事を前提にして提案した、かなり無茶苦茶な条件を、ベアトリクスが受け入れたのには、文化的齟齬と言う原因があった。
エルフは閉鎖的であり、輸出入共に物流の規模が小さいのだ。
他国と比較すると、交易の回数や一度に動かされる物資の量は、半分以下である。
そして、技術の普及についての、誤解も原因の一つであろう。
エルフの様に閉鎖的で無くとも、この世界の輸送手段は、限られているのだ。
大量に輸送するならば船舶であるが、それは沿岸部に限られる。
大抵の場合は、馬車による輸送が主流であった。
山越えともなれば、より困難になる。
小国の下手な山道では、人夫を雇って運ぶ事も多々あるのだ。
もちろんベアトリクスも、AAV7の様な軍事的輸送手段は、目の当たりにしていた。
『みうら』や『いずも』、それらの艦と艦隊を構成する艦も、遠目ではあったが観ている。
ただ、彼女の不幸はそういった輸送手段の、普及率を見誤った事だった。
彼女は戦闘車両を見たものの、それが民間にも普及している、極一般的な輸送手段であるとは、考え付かなかったのである。
それを、単純に機動力を有する兵器として、認識してしまったのだ。
もちろん、それだけでも慧眼と言えるだろう。
未知の兵器の特性を、初見で見抜いたのだ。
ベアトリクスが、優秀な軍人である事の証であろう。
それは決して、間違いでは無かったのだ。
輸送艦や護衛艦についても、軍事的には正しい推測をしている。
しかし、その背景を読み切れなかった事は、間違い無く彼女の不覚であろう。
結果を見れば、彼女が優秀な軍人ではあっても、優秀な政治家では無い、と言う事が分かる。
ベアトリクスは致命的な失敗を、無自覚に起こしてしまったのであった。
(あちゃ??。
可哀想な事になったな??。
総理も気の毒だけど……
でも、通訳がでしゃばる訳にはいかないんだよな……
頑張ってくれよ??)
万屋は呆れつつも、心の中で応援する。
ベアトリクスが何かを勘違いしている事は、万屋にも理解出来るが、だからと言ってそれが何かを指摘する事は、出来無かった。
立場上の話だけで無く、能力的な意味でも出来無いのだ。
(協議の上で改定する事を、可能としておけば良いだろう。
世話のやける姫君だな)
沢村の方は自分から提案した事もあって、ハイエルフ側が気付いた後の事を、考える。
この様に定めておけば、騙されたとは言われないであろう、と言う判断だ。
(若い割には、遣り手だと思ったのだがな……
自分達の不利益に気付いた後で、貸しとなるから問題はないが、この分だとしばらくは気付きそうに無いな。
こちらの見込み違いだったのか、もしくは大量輸送と言う概念を持たないのか。
いや、市場とならない可能性もあるな……
それを自覚しているからこそ、受け入れたと言う可能性も、否定し切れないか。
やはり、情報量が少な過ぎるな。
お互いに言える事だが、それでは困る。
技術的に圧倒しているのだから、情報量も圧倒しなくては、意味が無い。
いっその事、情報収集機関を増やすべきかもしれんな。
在日米軍は、最早一蓮托生だろう。
ノウハウの吸収は、充分に可能な筈だ。
最悪、我が国に侵入しているスパイを、公募する手もあるか……)
沢村は、考えようにも情報量が少な過ぎる事を、大いに嘆いた。
ベアトリクスが、失態と思われる承諾をしてしまったので、気が抜けたのであろうか。
思考が逸れている。
疲れているのであろう。
むしろ、普段はしない様な、妄想にも等しい方向へ、思考が転がっている。
「総理、ちょっと失礼します」
カメラの端辺りに居た、政務官が万屋の背後から近付き、声を掛けた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
巻き込まれ異世界召喚、なぜか俺だけ竜皇女の推しになった
ノラクラ
ファンタジー
俺、霧島悠斗は筋金入りの陰キャ高校生。
学校が終わったら即帰宅して、ゲームライフを満喫するのが至福の時間――のはずだった。
だがある日の帰り道、玄関前で学園トップスターたちの修羅場に遭遇してしまう。
暴君・赤城獅童、王子様系イケメン・天条院義孝、清楚系美少女・柊奏、その親友・羽里友莉。
よりによって学園の顔ぶれが勢ぞろいして大口論!?
……陰キャ代表の俺に混ざる理由なんて一ミリもない。見なかったことにしてゲームしに帰りたい!
そう願った矢先――空気が変わり、街に巨大な魔法陣が出現。
赤城たちは光に呑まれ、異世界へと召喚されてしまった。
「お~、異世界召喚ね。ラノベあるあるだな」
そう、他人事のように見送った俺だったが……。
直後、俺の足元にも魔法陣が浮かび上がる。
「ちょ、待て待て待て! 俺は陰キャだぞ!? 勇者じゃないんだぞ!?」
――かくして、ゲームライフを愛する陰キャ高校生の異世界行きが始まる。
氷河期世代のおじさん異世界に降り立つ!
本条蒼依
ファンタジー
氷河期世代の大野将臣(おおのまさおみ)は昭和から令和の時代を細々と生きていた。しかし、工場でいつも一人残業を頑張っていたがとうとう過労死でこの世を去る。
死んだ大野将臣は、真っ白な空間を彷徨い神様と会い、その神様の世界に誘われ色々なチート能力を貰い異世界に降り立つ。
大野将臣は異世界シンアースで将臣の将の字を取りショウと名乗る。そして、その能力の錬金術を使い今度の人生は組織や権力者の言いなりにならず、ある時は権力者に立ち向かい、又ある時は闇ギルド五竜(ウーロン)に立ち向かい、そして、神様が護衛としてつけてくれたホムンクルスを最強の戦士に成長させ、昭和の堅物オジサンが自分の人生を楽しむ物語。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
夢幻の錬金術師 ~【異空間収納】【錬金術】【鑑定】【スキル剥奪&付与】を兼ね備えたチートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~
青山 有
ファンタジー
女神の助手として異世界に召喚された厨二病少年・神薙拓光。
彼が手にしたユニークスキルは【錬金工房】。
ただでさえ、魔法があり魔物がはびこる危険な世界。そこを生産職の助手と巡るのかと、女神も頭を抱えたのだが……。
彼の持つ【錬金工房】は、レアスキルである【異空間収納】【錬金術】【鑑定】の上位互換機能を合わせ持ってるだけでなく、スキルの【剥奪】【付与】まで行えるという、女神の想像を遥かに超えたチートスキルだった。
これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。
※カクヨムにも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる