新日本書紀《異世界転移後の日本と、通訳担当自衛官が往く》

橘末

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第二章 西端半島戦役

第一話 『みうら』への移動

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    「カレーライス、美味しかったですね??♪」

    ベアトリクスが、能天気な声を出した。
会談の際の緊張も、すっかり解れた様子だ。
会食には同席していたアンジェリカも、満足そうに頷いている。

    「ハハッ、そうですね………」

    しかし、万屋の声色はベアトリクスと、対照的であった。
表情も、どこか暗く見える。
万屋と関係は無いが、伯爵の顔も暗い。
もっとも、こちらは気を取り戻した後に、消化に悪いと言う名目で、カレーライスを食べる事が、出来なかっただけである。
万屋から見れば、くだらないと思える程度の悩みだ。

    ここは、首相官邸の中庭に着陸している、ヘリの中である。
条約の調印や共同声明等の、外交的儀式を済ませた王女一行は、少し遅めの昼食会に招かれた。
その席で、万屋小隊が特殊作戦群に合流する、と言う話を知らされたベアトリクスは、小隊への同行を求める。
もちろん、危険な戦場への同行等、本来ならば許されるものでは無い。
しかし、日本政府は小笠原事変と言う混乱の中で、前例を創ってしまっている。
小笠原とは違い、装甲車両を出す余裕が無い事を、親切丁寧に説明した日本側であるが、通訳の不在は不安であるという、一種の泣き落としをされると、途端に弱くなった。
もちろん、支持率絡みである。
残念な事に、物珍しさからエルフ達の中継放送は、続けられていたのだ。
その結果、万屋は沢村から直接、万が一の事が無い様にと、念を押された。
エルフ達を、危険な場所に連れて行くにも拘わらず、無傷で帰す必要があるのだ。
万屋にしてみれば、迷惑極まり無い話である。
理不尽さを感じて、辞表を書いてもおかしくは無いであろう。

    「合流は、輸送艦『みうら』の艦上の予定、との事です。
隊長は、捕まえた相手の通訳が、主任務ですから、落ち着いてください。
特戦群みたいな能力は、期待されていませんので、気楽に行きましょう」

    そう言って山田が、万屋を宥める。

    「山さんは、やけに余裕があるね。
正直、俺は不安だよ。
装甲車両無しってだけなら、まだ良いさ。
これでも普通科だからな。
訓練通りやればいい。
でも、来賓と拉致被害者を無傷でなんて、無茶苦茶だとは思わないか?
お偉方も、特戦群だけじゃ危ういからこそ、俺だけじゃ無くてうちの小隊を、丸ごと付けたんだろうけど、そうなったら今度は逆に機動性だの隠密性だのがかなり削がれるぞ。
うちはただの普通科なんだ。
確実に足手まといだろう」

    万屋は、山田の方に寄ってそう返した。
万屋は立場上、山田以外に愚痴を溢せない。
厳密には山田に溢すのも、如何なものかと言えなくも無いが、他に溢せる相手が居ない場合は、煩く咎められないものだ。
そして、山田の方も古参であり、今さら上官が弱音を吐いたぐらいで、動揺する程若くは無いので、基本的に宥め役となっている。

    「まあまあ。
その辺りは、来賓方に気を使ったのでしょう。
政治的判断と言うヤツです。
彼女等が、人間の顔を識別出来るのかどうか断言は出来ませんけど、それでも慣れている方が心強いでしょうからね。
それに、うちの事情を知らないぐらい、上の方のお偉方が決めた事ですから、使い捨ての盾扱いと言う事も無い筈です」

    山田は、ただ宥めるだけに止まらず、万屋が口にしていない懸念をも、打ち払った。
万屋としては、ちょっと事情のある連中ばかりを、半ば強引に集めた様な自身の小隊が、捨てゴマ扱いされる可能性を、何よりも恐れていたのだ。
万屋は、それなりに部下思いの上官であった。

    「そろそろ離陸予定時間です。
よろしいですか?」

    そんな話をしている間に、機長が声を掛けて来る。

    「ちょっと待ってください。
来賓の安全を、確認しますので。
殿下、間もなく離陸するとの事です。
安全を確認致しますので、失礼しますよ」

    万屋はそう言うと、山田の側から元の場所に戻る。
そして、自身の右隣に座っていた、ベアトリクスのベルトが、ちゃんと固定されているかを、確認した。
そのまま右側に移り、アンジェリカと伯爵のベルトも、引っ張って確認する。
反対側に座っていた侍女エルフ達の分は、同じ様に二階堂が確認した。
この確認を怠って万が一の事があれば、大惨事になりかねないのだ。

    「確認しました。
何時でも離陸してください」

    万屋はそう言ってから、自身のベルトを固定する。
数秒後、ヘリは中庭を飛び立った。
数分程の時間を掛けて、高度を上げたへりは南南西に向かって、進む。
高度は、約八百メートル程であろうか。
映像で見るならばともかく、実際に目にするには怖い高さだ。
万屋は、伯爵をチラリと見る。
また気絶されては、万屋が困るのだ。
幸いにも、伯爵は顔を青くしているだけの様だった。

    「伯爵、今度は万屋さんのご迷惑にならない様、気を確り持ってください」

    狙いすましたかの様なタイミングで、ベアトリクスが伯爵に注意する。
エルフジョークであったのか、機内はエルフ達の笑い声が響いた。
しかし、内心を悟られた様な気分になった万屋は、思わずギョッとしてベアトリクスの方を、凝視してしまう。
すると、ベアトリクスは万屋の方に視線を向け、目配せを送った。

    (エルフ怖い………)

    万屋は、別に失礼な事を考えていた訳でも、疎んでいた訳でも無い。
むしろ心配していたのであるが、ベアトリクスはその善意を察したからこそ、目配せをしたのであろう。
万屋としては、後ろめたい感情など持っていなかったが、そんなベアトリクスの勘の鋭さには、思わず寒気を覚えた。

    「あ、あれが国会議事堂ですよ!」

    万屋は、そんな感情を持ってしまった事について、少しばかりの後ろめたさを持つ。
そして、それを誤魔化す様に、狭い窓ガラスから外を見て、声をあげるのだった。

    「まあ、あれですか!?
見たところ、他の建物とは違いますね。
建てられた時代が、異なるのでしょうか?」

    万屋の気持ちを知ってか知らずか、ベアトリクスが応じる。

    「ええ。
あれは、百年以上昔の建物です。
他の大型建造物とは、かなり違いますね。
日本では、文化的価値の低い建物は、躊躇せずに建て替えますので」

    万屋が、ホッとした表情を浮かべながら、説明を続けた。

    「ほぉ。
百年程ですか」

    伯爵が、声をあげる。
どうやら、今回は余裕がある様だ。

    「人族の寿命から考えれば、それなりに古い建物なのでしょうな。
しかし、疑問に思う点が一つあります。
我が国でも、エルフは木造建築が主流ですが、我々ダークエルフは石造建築が、主流となっておりますので、石造建築にはそこそこ詳しくなりましてな。
石造建築の利点は、頑強で崩れ難い点です。
手入れを怠らなければ、千年以上は住めるでしょう。
にも拘らず貴国では、建物をすぐに建て替える事が多い、と仰る。
某には、大変な無駄に思えるのですが、これはどういう事でしょう?」

    伯爵は、そんな問いを投げ掛ける。
万屋は、伯爵の質問に困惑した。

    伯爵の勘違いしている点は、幾つか挙げられる。
一つは、地震の存在を認識していない点だ。
日本で石造建築は、危険極まり無いのである。
こればかりは、説明するだけで理解する事は、困難であろう。
擬似的にでも、体験しなければ解らない事は、世の中に幾らでもあるのだ。

    そしてコンクリートと言う、素材についての勘違いが、二つ目として挙げられるであろう。
実は、伯爵が気絶した理由も、そこにあった。
伯爵は都心の街並みを、自身がよく知る石造建築と見間違えたが為に、気絶したのだ。
どの様な種族であっても、自分の知らない事柄が、非常識であるよりは、詳しい事柄が非常識な方が、ショックも大きいものである。

    そしてもう一つ、建材の使い分けと言う概念も、挙げられるであろう。
日本では建物の目的によって、建材が使い分けられるのであるが、ハイエルフ王国の場合、コストと言う観点からそんな真似は出来ない。
周囲に木があれば木造建築が、石があれば石造建築が発展する、と言う考えてみれば当たり前の発展をして来たのだ。
それは、極自然な事であろう。
わざわざ、用途別に建材を使い分ける等と言う事は、非常に贅沢な事なのかもしれない。
遠くから輸入した方が、安上がりであると言う状況も、考えてみれば異様なのだ。
万屋も、伯爵がそんな現状を説明無しに、理解出来るとは思わなかった。
しかし、だからと言ってどう説明すべきなのか。
万屋は、それが分からなかった為、沈黙してしまう。
その結果、機内の会話は中断されてしまった。

    「万屋さん、お国の秘密なら、無理に説明する事もありませんよ?」

    ベアトリクスが、そう言って助け船を出した。

    「い、いえいえ、そう言う事では無いんですけどね。
説明が、難しいんですよ。
誤解を解くところから、説明しませんと」

    万屋は、慌てて弁明する。

    「はて、何か間違っていましたかな?」

    「ええとですね。
そもそも、日本の伝統的な建築様式は木造です。
そして、今見えている高層建築の場合、建材はコンクリートと言いまして、石ではありません」

    万屋は少し迷った上で、建材から説明した。
敢えて、鉄筋コンクリートとは言わない。
下手に高層建築の、詳しい構造を教える事により、竹筋コンクリート等の代用品を思い付かれては、お偉方が困るのだ。
もっとも万屋個人としては、工事の需要が一種類減る事で業界から恨まれる、等と言う事は避けたかったので、隠す事にしている。
恨みを買うつもり等、毛頭無い。
もちろん、知らないと言う事の方が、大きな理由である。
万屋は、施設課と縁が薄いので、訊かれても詳しい話を知らないのだ。
コンクリートの、大まかな作り方程度なら、分からない事も無いが、それだけである。
そんな、中途半端な知識を無償で提供するよりは、正確な知識を恩着せがましく提供した方が、国の為であり身の為でもあった。

    「コンクリートは、基本的に大きな建物に使われます。
石造よりも、頑丈らしいですね。
ところで、皆様は地震をご存知でしょうか?」

    万屋は、コンクリートについて深く掘り下げられる前に、話題をずらした。
エルフ達は、一様に首を横に振る。

    (成る程。
ハイエルフ王国は、地震が無いんだな)

    万屋はそう思って、地震の事から説明を始めようとする。
しかし、そこで伯爵がハッとした顔をした。

    「そう言えば、遠国では地面が揺れる事もあるとか。
某も、又聞きですが………」

    「ええ、それです。
説明は省きますが、日本では地面が揺れる事もあります。
場合によっては、立っていられない程の、大揺れもあり得ますね。
規模にもよりますが、昔の技術では極一部の重要な建築物を除いて、倒壊する事は珍しくありません。
そして、建物が倒壊する事を前提とし、倒壊する建物に押し潰されない様、木造建築が発展したのです。

    ちなみにコンクリートは、ここ百数十年で広まった技術ですね。
石であそこまでの高層建築は、不可能でしょう」

    万屋は、そんなうろ覚えの知識を披露した。
もちろん厳密に言えば、それだけが原因とは言い切れ無いのであろうが、そこは歴史家の領分である。
蘊蓄として、それなりに正しければ良いのだ。

    「ふむ、ふむ。
成る程、石造では無いのですな。
それならば納得です」

   伯爵は、気になっていた事を知り、何度も頷いた。

    石では不可能と言う万屋の一言が、伯爵を通じて広まり、後に日本製品の宣伝として繋がって行くが、それはまた別の話である。
万屋がそこまで考えての、発言なのかどうかは分からないが、確かな事は結果的にこの一言が、日本のインフラ輸出を拡大させた、と言う事だ。
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