新日本書紀《異世界転移後の日本と、通訳担当自衛官が往く》

橘末

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第二章 西端半島戦役

第四十九話 燻る宗教対立に可燃物を

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「装甲車両の上下って、どうしようもない弱点だよなぁ」

    万屋は不吉な事を呟いて、周囲の士気を下げた。
    偶に陰気な面を見せる癖は、指揮官失格なのだろう。
    だがそれでも人手不足な自衛隊に取っては、必要な人材である。
    任官を拒否されないだけでもマシだった。

「それはそうですが、地雷も戦術爆撃も無い任地です。
    杞憂でしょう」

    山田がこめかみを引きつかせながらフォローする。
    その目は笑っていない。

「あるよ、地雷。
    『ウィズメイビー』だってさ。
    埋め火の事だろう?」

    万屋はこんな時だけ妙な知識と勘を持っていた。
    埋め火という単語を知らなければ、気にもしなかったのだろう。
    あるいは、『ウィズメイビー』という現地訛りと結び付ける勘さえ無かったなら、やはり気付かなかった筈だ。

(面倒な上官には苦労させられる…………)

    山田は心の中で嘯く。
    フォローしても、それを台無しにされては面白く思う筈も無かった。
    その上、周囲の士気を余計に下げている。

「まあ、あっても黒色火薬ですから心配いりません。
    揺れる程度で、穴は開きません 。
    人員は無傷で済むでしょう。
    それを見て動揺しているところを叩けば終わりますよ。
    そもそも、襲われる可能性は低いかと思われます。
    誰に襲われるんです?」

    山田としても、無警戒な指揮官では困るのだが、無意味に士気を下げられるのはもっと困るのだ。
    どこかケンカ腰な言い回しであっても仕方の無い話だろう。
    気分屋な上に不安定な指揮官という時点で、既に大分困っているのだがそこは慣れである。
    適応力の高い人間はしぶといものだ。

「そ、それなら安心だな」

    万屋はホッと溜息を吐いた。

(頼れる時と頼れない時とで、ムラがあり過ぎるな……………。
    後で、直接言うか………)

    山田は先の事を考える。
    今小言を言わない理由は、隊の秩序と規律を守る為だ。
    指揮官が頼りないという事実があったとしても、その実態が広まっていない状況と、公然の秘密となっている状況、そして公開されている状況は大きく違う。
    後者に近い程、集団の秩序や規律は緩むのだ。
    万屋もそれは理解しているのだが、山田程の危機感は持っていなかった。

「ところで皆様の権限ですと、我々を連れてシドンとティルスを行き来する事は可能ですか?」

    彼等が今まさに上陸しようとしているのは、ガザ近郊の人気が無い海岸だ。
    この質問の答えによって、行き先は変更となる。

「移動だけであれば可能でしょうな。
    ですが、車両は無理です。
    秘密通路には入れません」

    伯爵が答える。
    秘密でも何でも無い、ただの狭い通路らしいのだが突っ込む者はいない。
    存在は知られていても、出入り口については重要な機密だからだ。

「車両が通れそうにないのはシドン、ティルス間の通路だけでしょうか?」

    万屋が調子を取り戻す。

「いえ、アル・ハザル大神殿のあるダッカの町などは、極めて排他的です。
    あなた方の車両は珍し過ぎますので、おそらく入れてもらえないでしょう。
    我等がいなければ、捕らえられる可能性もありますな。
    ですが、あそこはそれなりに規模の大きな町ですから、行かない訳にもまいりません」

    伯爵は悩ましそうな顔をする。
    一度自動車に乗ってしまうと、わざわざ馬や馬車に乗り換えるのが憂鬱なのだろう。
    乗り心地が違い過ぎるのだ。
    伯爵だけでなく、その場にいる現地人全員が嫌そうにしている。

「何処かで服を調達しないと」

「経費で落ちますかね」

    万屋が前向きな意見を言うと、山田が現実に引き戻す。

「最悪、ポケットマネー…………」

    万屋の本質として、いいトコのボンボンという側面がある。
    面倒な交渉よりもポケットマネーで済ませようという考えは、そこから出ているのだろう。

「隊長、日本の紙幣は使えません」

    山田は冷静に指摘する。

「え………、あ、硬貨でも…………、無理かぁ」

    万屋は、自身の考えに固執する様な素振りを少しだけ見せたが、スグに納得した。

「無理なんスか?」

    そこで話は終息しそうだったのだが、今の今まで大人しく聞いていた筈の霧谷が疑問を口に出す。

「無理だろう。
    多分、『偽銀貨を使って云々~』って指摘されて、拘束からの死刑エンドだと思うぞ」

    万屋が答え、山田が頷く。

「いえ、細工がかなりの物ですので、案外使えるやもしれませんぞ」

    万屋が答えた為に、発言の内容を理解したのだろう。
    横から伯爵が反応した。
    これが山田からの返答であれば、話は違った筈だ。
    霧谷への返答なので翻訳はされず、面倒な事にはならなかったのだろう。
    だが、幸か不幸か質問に答えたのは万屋だった。

「え…………。
    価値あるんですか?」

    万屋は以外そうな顔をする。
    まだ現地語を完全に(数日間の付き合いでほとんどの会話が可能という時点で色々おかしいのだが………)聞き取れない山田が聞き耳を立てたが、周囲は気付かなかった。

「何せ、細工が素晴らしい物ですからなぁ………。
    銀そのものでは無くとも、充分に価値はあるでしょう。
    通貨ではなく、品物として交換するのであれば通用するのでは?」

「どの程度の価値になりますか?」

    山田が伯爵に問う。
    一見すると冷静な様だが、どこか興奮を押し殺しているらしい。

    「某が商人として商うのであれば、日本の小銀貨一枚に対して、銀貨二枚以上の値は付けましょう」

    伯爵は断言した。
    小銀貨というのは、おそらく五十円玉の事だろう。
    数字の桁というのは言語が通じなくとも、何度か見ているうちに察しが付き易く、伯爵も見ているだけで覚えた様だ。

「うぅ……………」

「売買ですか?
    両替ではなく?」

    山田は理解した様で唸っているが、万屋には分からないらしい。
    伯爵と山田を交互に見て、首を傾げている。

「お姫様の独断によって勝手に調印したとは言え、国交は未成立も同然です。
    特に通貨の両替は難しい交渉の後となるでしょう」

    『勝手』という部分を強調している様にも聞こえるが、万屋は気付かない。

「それに、日本では為替レートが変動する様な体制です。
    彼等がそれに対応出来るか分かりません」

    山田は日本語で付け加えた。

    言語を使い分ける事での秘密保持は現状有効だが、アンジェリカの様なタイプには悪印象を与えそうだ。
    事実、万屋は睨まれている。

(直接的にはこっちの方が怖いけど……)

    伯爵の場合は交渉事に慣れている為、不満は無さそうにしているのだが、万屋にはその方が恐ろしく感じられた。
    経験の差が明白だからだ。

「つまり両替したい時は、お互いの通貨を芸術品扱いで売買するって事か………。
    上手く行くの?」

    万屋とてタダのアホではない。
    国費で、それも給料を貰いながら大学を出るだけの頭はあるのだ。
    察しが付けば理解は早かった。

「取り敢えずやってみましょう。
    まだ何も決まってはいないのです。
    こちらの平均に合わせて、通貨レートは固定されるかもしれません」

    それが良い事なのか悪い事なのか。
    万屋には判断出来なかった。

「でも、本当に高い価値が付くんですかねぇ?」

    万屋は伯爵に問い掛ける。
    判断の難しい話が、自分では対処出来ない速度で進んでいるかの様な、そんな恐怖を感じての発言だ。

「我等エルフは長寿です。
    某の様な歳になれば、多少目利きも得意になりますぞ」

    伯爵は自信あり気に答える。
    そして、身内を疑われたからだろう。
    アンジェリカの視線は益々険しいものとなった。

(豊富な知識と経験から、かなり適切な値段を付けたと見て良いのか)

    そこまで断言されては、万屋としても断る理由が無い。

「じゃあ、経費は小銭を売って賄うという事で。
    領収書は出ないと思うから気を付けてくれ」

    万屋の冗談に、隊員達の顔は引き攣った。
    公務員である以上、領収書を適当に済ます訳にはいかない。
    だが現地の商店で領収書が出るとも思えなかった。
    小銭であっても自腹になっては堪らない。

「ん?
    ああ、特別手当か何か出るでしょ」

    万屋は、その辺りに関しては意外にも楽観的であった。
    悪く言うと詰めが甘いのだろう。
    ただ、そこには国家への素直な信頼があった。

「出ますかねぇ………」

    山田は呆れ顔で万屋を見詰める。
    年齢差もあって、流石に万屋程素直では無かった。

「まあ、証拠さえ取っておけば、辻褄合わせをしない訳にもいかないでしょ。
    誰か、録画しておいてくれよ~」

    万屋は大雑把に指示する。
    一応、山田の言い分を呑んだ形だが、内心では面倒に思っているのだろう。
    投げやりな態度だ。

(自腹も覚悟しておくか…………)

    養育費でカツカツな経済状況である山田は、無駄に悲壮な覚悟を決めた。
    養育費を払えなくなったら面会権も失ってしまうのだから、当然である。
    理不尽な理由で離婚された山田としては、元妻に対して恩情といった類いの期待が、一切無い。
    金の切れ目が縁の切れ目と言われる事を、何よりも恐れているのだ。

「ダッカであれば、アッラシード家の治める町…………。
    私に伝手があります!」

    突然、ベアトリクスが大声を出す。
    先程まで、何かを思い出そうとするかの様にウンウン唸っていたのは、自分に出来る事を探していたのだろう。

「姫様!?
    求婚の話は御断りしたのでは?」

    アンジェリカは伝手の事情を知っているらしく、驚いている。

「あの身の程知らずとは、顔も会わせたくありません!」

    そして、珍しくベアトリクスに怒りを向けた。

「会うだけです。
    ああいった手合いは、正式に断っても勘違いを続ける場合があります。
    ですが、面と向かって断る事で理解する場合もあるのですよ」

(モテるのは大変なんだなぁ)

    万屋はなんとなく事情を察して、ベアトリクスに同情する。
    大方、「変な相手にしつこく求婚されているのだろう」と、それぐらいは察しが付く。

(あれ?
    他人事じゃ無いのか?)

    そして同時に、その変な相手に絡まれそうな自身の立場を思い出す。
    万屋の隣からは、山田が気の毒そうな視線を向けており、その事実を無言で肯定している。

「そ、それではダッカの町へ向かうのは止めておきましょう。
    どうにも気不味そうですし」

    万屋は保身に走った。
    アンジェリカが我が意を得たりとばかりに、首をブンブンと縦に振っているのだが、それにツッコム余裕は無い。
    保身が必要と思ったら全力なのだ。

「それで済むとは思ってませんよね?」

    山田はニッコリと微笑む。
    怒りを押し殺している時の表情だ。

「さあ、ダッカへ行きましょう!!!」

    万屋は一瞬で態度を翻した。
    山田との付き合いは長く、越えてはならない一線を理解しているのだ。

「決まりですね。
    どうもお騒がせしました」

    山田はエルフ達の方に向き直り、ペコリとお辞儀をした。
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