46 / 92
第二章 西端半島戦役
第十話 危機感を持つ者
しおりを挟む
ああ、私はこれからどうすべきなのか。
そう思うと、溜め息が尽きない。
生還してからも、私は悩み続けている。
あの地獄の様な戦場を命からがら逃げ延び、なんとか港までたどり着いた。
部下達は一息ついた様子だ。
兵卒という立場を羨んだ事など一度も無いが、今日ばかりはその気楽さを羨ましく思える。
彼等はこれで終わったと、本気で思っているのであろう。
嵐の様な天災、不幸な遭遇ぐらいにしか思っていないのだ。
一過性の現象だと信じているのだ。
気楽なものである。
驚いた事に、その楽観的な風潮は農奴兵だけでなく、傭兵にまでも広まっているらしい。
実に奇妙な話である。
無学な農奴兵ならば当然であろう。
彼等の人生は基本的に、農村で始まり農村で終わる。
今回の様に、神聖軍が大々的に動員されれば村の外へ出る事もあるが、それは例外なのだ。
故に、農奴は世間を知らない。
村の外に関する事は、無知と言ってもよいだろう。
そんな彼等であれば、楽観的な思い込みをしてもおかしくはない。
むしろ当然と言えよう。
そして、農奴兵が楽観的であろうと悲観的であろうと、戦況に変わりは無い。
何故なら、彼等はどんなに悲観的であっても、実際に不利な戦況となっても逃げる事が出来ないからだ。
そう、世間知らずな彼等にとって、外征中の逃亡は野垂れ死ぬ事と、ほぼ同意義である。
動員された以上、彼等には戦う以外に道が無いのだ。
しかし、傭兵は違う。
余程の新米であればともかく、各地を転戦し続けている様なベテランの傭兵で無くとも、大抵の傭兵はものが見える。
ましてやベテランの傭兵ともなれば、並みの将よりも遥かにものが見えるだろう。
機に覚くを先を読み、勝ち組に付く。
それが傭兵という存在なのだ。
にも拘らず、傭兵達が農奴兵と同じ態度を取っている。
これは不可解を通り越して、不気味な状況であった。
とにかく現状、楽観的な風潮は危険である。
あれが一時的な出来事である保障など、何処にも無いのだ。
そんな単純な事に、彼等は気付いていない。
少なくとも、農奴兵達は確実に気付いていなかった。
傭兵達の場合は異なる可能性もある。
彼等が大軍を差配したり、戦場を選ぶ事は滅多に無いのだ。
参陣すれば、それ以降は駒である。
故に、その考え方も自らを駒として割り切ったもの、という事は多い。
厳密には、大半の傭兵がそうだろう。
気付いていても、自分達が考えても仕方がないと考えているのか、現実から目を背けているのかもしれない。
ただ、一方で傭兵は計算高いという一面がある。
私が心配しているのは、その辺りだ。
普通の戦争であれば、傭兵が裏切る事はまず無い。
裏切りとは、傭兵全体の信用に関わる問題なのだ。
下手をしなくとも、同業者からの制裁を受ける様な、掟破りとされる。
それ以前に、勝敗の見極めに長けている傭兵には、裏切る必要性が無いのだ。
その為、傭兵が裏切る事は滅多に無い。
だが、それも契約通りに事が進み、彼等に利益がもたらされた場合に限る。
その辺りは、騎士道という一種の見栄を必要とする騎士や、身軽さとは程遠い貴族と異なる点だろう。
彼等は、現実的であると同時に身軽であり、その日暮らしでもあるのだ。
実入りが無ければ、やむを得ず裏切る事も無くはない。
厄介な事に、その場合の裏切りは同業者からも黙認される。
そんな状況になってまで、雇い主に果たす義理は無いという事なのだろう。
その為、傭兵を雇う側は彼等に対し、常に餌をちらつかせなければならない。
今回の場合は、戦利品を自由に出来るというのが、彼等に与えられた唯一の利益であった。
しかし、我々は敵地に上陸する事すら出来ずに、敗走している。
つまり、参戦する見返りを与えられなくなったのだ。
そして、見返りを与えられない以上、裏切っても制裁は受けない。
この場合建前ではあるが、帝国側の事情による契約不履行とみなされるのだ。
もちろん、ここは帝国直轄領であるリース港であり、普通に考えれば裏切りなどあり得ない話である。
しかし、現に傭兵の動きは不自然極まりない。
ものの見える彼等の目には、確実に何かが映ったのだ。
その様な状況下で、彼等が裏切らないという保障もまた、どこにもないのである。
楽観論にしても達観にしても裏切りにしても、私には羨ましい話であった。
生還した軍人の中で最高位という私の立場では、そのどれも許されざる贅沢なのだから。
そう、私がいるのは生還した最高位の軍人という、最悪の立場であった。
ここまで来ると清々しい程の大敗であるが、だからと言って勲章を貰える可能性は無い。
当然である。
私は敗軍の将となったのだから。
理不尽さを感じないでもなかったが、それでも生還した以上は、敗北の責任を負わねなばなるまい。
そして、これ程の大敗である。
叱責で済む可能性は皆無だ。
爵位剥奪で済めば奇跡、と言ったところか。
実際は査問の末、死罪が妥当であろう。
最悪、身内にも累が及ぶ可能性も、充分にある。
少なくとも確実に言えるのは、私の未来が暗いという事だ。
悩ましい限りである。
何か対策を考えねば、ここで終わるであろう。
だが、対策と言っても何をどうすれば良いのか、皆目見当も付かないのが、現状であった。
そもそも、敗北以前に敵の存在そのものが、疑問だらけなのだ。
何せ、正体すら不明である。
落ち着いて考えれば考える程、疑問が強くなって行くという、奇妙な存在とも言えよう。
先ず、とにかく強い。
どれ程強いかと言えば、敗走中は騎士から船乗りまで、皆が揃いも揃って神への祈りを捧げるばかり、という惨状からも分かるだろう。
もちろん、船の中には教国からの従軍司祭や、聖騎士の様に信心深い連中だけでなかった。
傭兵の様な、お世辞にも信仰心の篤いとは言えない連中も、半分は占めていたであろう。
船乗りの様な、荒くれ者も結構な割合を占めていたのだ。
そんな彼等でさえも例外ではなく、一様に震えながら祈っていた事が、敵の強さを示している。
無理も無い話なのだろう。
僅か一昼夜の戦いで三十万の大軍が、文字通り壊滅したのだ。
しかも、その大半は昼間の僅かな時間で、海の藻屑となってしまった。
数百数千といた上陸船団の内、ここリース港までたどり着けたのは、たったの一隻である。
それも、ほぼ一方的に負けたのだ。
少なくとも、私は敵に損害を与えたという報告を、一切聞いていない。
あれでは、とても戦争とは呼べないだろう。
屠殺と言ってもよい筈だ。
そんな惨状から、必死の思いで逃げて来たのでは、どんな不信心者でも祈らずにはいられなかったのであろう。
それはいい。
圧倒的な戦力差の前に畏縮するのは、極めて自然な事だ。
問題はその圧倒的な戦力が、何処から現れたかという点である。
地理的な観点から観れば、タルターニャ海軍が最有力候補であるが、おそらく彼等ではない。
たしかに、彼等の強さは有名である。
しかし、彼等の海軍には西天津国のティコーゼンという、対抗手段が存在した。
強大な相手ではあるが、決して抗えない存在でもないのだ。
我が海軍にしても、ここまで一方的に負ける相手ではない。
しかし、我々が対峙した敵は違った。
歴史的な大遠征軍を一方的に殲滅して見せた、非常識な存在である。
タルターニャにしろ西天津国にしろ、ここまで非常識な存在ではない。
彼等はあくまでも常識的な強者であり、神でも悪魔でも無いのだ。
故に第一候補であるタルターニャ海軍、及び第二候補として挙げられる西天津海軍は、除外される。
では魔族領域の軍なのか?
こうなると、第三候補として挙げられるのは、魔族のみとなる。
しかし、それはそれでおかしな話だ。
たしかに西端半島は、人類領域南部に属する。
魔族領域に近く、戦闘が起こっても不思議ではない。
だが、一方で我々神聖大陸の戦力と、西方大陸の戦力が集中している地域でもあるのだ。
いくら魔族でもこの地域に手を出すのは、無謀と言えるだろう。
この地域に進攻する為に、唯一考えられる手段は、片方の陣営と和睦する事であろうか。
たしかに、片方と結んで片方を滅ぼせば、容易に進出する事が可能ではあろう。
だが、それはあくまでも理屈の上での話だ。
実際問題、魔族と人類が結べる可能性は、皆無である。
他種族連盟と称する西方大陸陣営が、如何に野蛮であろうとも、それだけは絶対にあり得ない話だ。
たとえそうであったとしても、タルターニャの領海である。
彼等の海軍は魔族と相対する、海の守護者なのだ。
何の情報ももたらさずに負ける可能性は、それこそ皆無であろう。
故に、魔族の可能性も消える。
消去法で考えれば東方大陸の、アトランティス帝国となるが、彼等は鎖国を維持し続けている。
有名な海上城壁を越える事は、彼等自身でも困難であると聞く。
第一、動機も無いのだ。
こうして全ての可能性が潰える。
考えれば考える程、疑問が増えていくだけであった。
「あ??あ??ゎ」
私は奇声を出しつつ体を反らした。
こうなると、極僅かな可能性を考える必要が出てくる。
それが憂鬱で堪らない。
気の滅入る様な可能性であるが、状況を考えるとそれが一番高い可能性なのだ。
しかし、それを口に出せば異端審問に掛けられるだろう。
それでも報告すべきなのか。
考えていても始まらない。
帝都へ、第一報を報せる為の伝令を送り出したのは、失敗であった。
伝令を出してしまった以上は、可能な限り詳細な続報を可能な限り速やかに、用意せねばならないのだ。
そう思い立った私は、ペンを取って公文書用の羊皮紙を押さえる。
そこでふと思った。
これ程の大敗であり、生存者は少ない。
聞き取り調査は、生存者全員に行われるであろう。
彼等は正直に話であろうか?
この私自身、狂人扱いを恐れているのだ。
ましてや兵卒達の立場である。
私と同じ様な恐れを持った場合、どの様に話であろう?
正直に話てくれれば良いのだ。
恐いのは、古参の兵士であれば上の求めを推察する事が容易い、という点だ。
この場合、残念な事に上から求められているのは、責任を負うべき生け贄である。
そして、生け贄になると理解した上で尽くす程、帝国に義理があるのだろうか?
「……………無いな」
そう考えると、気が楽になった。
何せ、帝国の命運は気にせず、私自身と領地の事だけを考えれば、それで良くなったのである。
こうなると、問題は一つだ。
虚偽の報告をしたと判断されなければ、それで済む。
私が錯乱状態にあると判断されれば、尚良い。
とにかく、あれに再び挑んだ場合、帝国も神聖連邦も滅びるだけである。
錯乱を理由に領地で幽閉されていれば、後は帝国が滅亡するのを待つだけだ。
帝国滅亡よりも前に、時期を見計らって彼等に恭順すれば、領地も安堵されるだろう。
途中で参戦するのも手だ。
その頃になれば、帝国も討伐軍を編成する余裕は無い筈。
私が、彼等の土地に上陸した事さえばれなければ、恩賞を受ける事も出来よう。
そう考えると、正確な情報を知っている事は、大きな強みになるものだ。
だが、その前に聞き取り調査をの方を、上手く切り抜けねばなるまい。
信じ難くも、正確な報告をすべきであろうか。
しかし、それが責任逃れの嘘と判断されれば、問題だ。
虚偽の報告は重罪である。
悪質な場合は死罪となる可能性もある程だ。
もちろん、兵卒達が念密な打ち合わせの下に、本気で私を見捨てるつもりがあればの話である。
実際問題、余程上手く口裏を合わせねば、矛盾だらけとなるだろう。
明らかな偽証であれば、参考とはならない。
念の為に、注意はしておくべきであろう。
ここさえ切り抜けられれば、明るい未来が待っているのだ。
上手く、最初に恭順した領主となれば、周囲の領地は切り取り自由とされるであろう。
彼等の制度にもよるが、大領主となれる可能性は、非常に高い。
そうと決まれば、拐ってきた島民を始末せねばならんな。
私の顔を知られた以上、売るのは危険だ。
彼等の土地に私が上陸した事は、咎められる点である。
傭兵や兵卒達には、口止め料を払えば良かろうが、私を恨んでいる筈の島民は口を封じる他無い。
彼等が売れないという事は、出征費用を考えると一時的な赤字であるが、それは仕方の無い事だ。
ところで、外の騒がしさは何であろうか?
裏切り等はあるまいが、様子を見てくるべきか。
そう思うと、溜め息が尽きない。
生還してからも、私は悩み続けている。
あの地獄の様な戦場を命からがら逃げ延び、なんとか港までたどり着いた。
部下達は一息ついた様子だ。
兵卒という立場を羨んだ事など一度も無いが、今日ばかりはその気楽さを羨ましく思える。
彼等はこれで終わったと、本気で思っているのであろう。
嵐の様な天災、不幸な遭遇ぐらいにしか思っていないのだ。
一過性の現象だと信じているのだ。
気楽なものである。
驚いた事に、その楽観的な風潮は農奴兵だけでなく、傭兵にまでも広まっているらしい。
実に奇妙な話である。
無学な農奴兵ならば当然であろう。
彼等の人生は基本的に、農村で始まり農村で終わる。
今回の様に、神聖軍が大々的に動員されれば村の外へ出る事もあるが、それは例外なのだ。
故に、農奴は世間を知らない。
村の外に関する事は、無知と言ってもよいだろう。
そんな彼等であれば、楽観的な思い込みをしてもおかしくはない。
むしろ当然と言えよう。
そして、農奴兵が楽観的であろうと悲観的であろうと、戦況に変わりは無い。
何故なら、彼等はどんなに悲観的であっても、実際に不利な戦況となっても逃げる事が出来ないからだ。
そう、世間知らずな彼等にとって、外征中の逃亡は野垂れ死ぬ事と、ほぼ同意義である。
動員された以上、彼等には戦う以外に道が無いのだ。
しかし、傭兵は違う。
余程の新米であればともかく、各地を転戦し続けている様なベテランの傭兵で無くとも、大抵の傭兵はものが見える。
ましてやベテランの傭兵ともなれば、並みの将よりも遥かにものが見えるだろう。
機に覚くを先を読み、勝ち組に付く。
それが傭兵という存在なのだ。
にも拘らず、傭兵達が農奴兵と同じ態度を取っている。
これは不可解を通り越して、不気味な状況であった。
とにかく現状、楽観的な風潮は危険である。
あれが一時的な出来事である保障など、何処にも無いのだ。
そんな単純な事に、彼等は気付いていない。
少なくとも、農奴兵達は確実に気付いていなかった。
傭兵達の場合は異なる可能性もある。
彼等が大軍を差配したり、戦場を選ぶ事は滅多に無いのだ。
参陣すれば、それ以降は駒である。
故に、その考え方も自らを駒として割り切ったもの、という事は多い。
厳密には、大半の傭兵がそうだろう。
気付いていても、自分達が考えても仕方がないと考えているのか、現実から目を背けているのかもしれない。
ただ、一方で傭兵は計算高いという一面がある。
私が心配しているのは、その辺りだ。
普通の戦争であれば、傭兵が裏切る事はまず無い。
裏切りとは、傭兵全体の信用に関わる問題なのだ。
下手をしなくとも、同業者からの制裁を受ける様な、掟破りとされる。
それ以前に、勝敗の見極めに長けている傭兵には、裏切る必要性が無いのだ。
その為、傭兵が裏切る事は滅多に無い。
だが、それも契約通りに事が進み、彼等に利益がもたらされた場合に限る。
その辺りは、騎士道という一種の見栄を必要とする騎士や、身軽さとは程遠い貴族と異なる点だろう。
彼等は、現実的であると同時に身軽であり、その日暮らしでもあるのだ。
実入りが無ければ、やむを得ず裏切る事も無くはない。
厄介な事に、その場合の裏切りは同業者からも黙認される。
そんな状況になってまで、雇い主に果たす義理は無いという事なのだろう。
その為、傭兵を雇う側は彼等に対し、常に餌をちらつかせなければならない。
今回の場合は、戦利品を自由に出来るというのが、彼等に与えられた唯一の利益であった。
しかし、我々は敵地に上陸する事すら出来ずに、敗走している。
つまり、参戦する見返りを与えられなくなったのだ。
そして、見返りを与えられない以上、裏切っても制裁は受けない。
この場合建前ではあるが、帝国側の事情による契約不履行とみなされるのだ。
もちろん、ここは帝国直轄領であるリース港であり、普通に考えれば裏切りなどあり得ない話である。
しかし、現に傭兵の動きは不自然極まりない。
ものの見える彼等の目には、確実に何かが映ったのだ。
その様な状況下で、彼等が裏切らないという保障もまた、どこにもないのである。
楽観論にしても達観にしても裏切りにしても、私には羨ましい話であった。
生還した軍人の中で最高位という私の立場では、そのどれも許されざる贅沢なのだから。
そう、私がいるのは生還した最高位の軍人という、最悪の立場であった。
ここまで来ると清々しい程の大敗であるが、だからと言って勲章を貰える可能性は無い。
当然である。
私は敗軍の将となったのだから。
理不尽さを感じないでもなかったが、それでも生還した以上は、敗北の責任を負わねなばなるまい。
そして、これ程の大敗である。
叱責で済む可能性は皆無だ。
爵位剥奪で済めば奇跡、と言ったところか。
実際は査問の末、死罪が妥当であろう。
最悪、身内にも累が及ぶ可能性も、充分にある。
少なくとも確実に言えるのは、私の未来が暗いという事だ。
悩ましい限りである。
何か対策を考えねば、ここで終わるであろう。
だが、対策と言っても何をどうすれば良いのか、皆目見当も付かないのが、現状であった。
そもそも、敗北以前に敵の存在そのものが、疑問だらけなのだ。
何せ、正体すら不明である。
落ち着いて考えれば考える程、疑問が強くなって行くという、奇妙な存在とも言えよう。
先ず、とにかく強い。
どれ程強いかと言えば、敗走中は騎士から船乗りまで、皆が揃いも揃って神への祈りを捧げるばかり、という惨状からも分かるだろう。
もちろん、船の中には教国からの従軍司祭や、聖騎士の様に信心深い連中だけでなかった。
傭兵の様な、お世辞にも信仰心の篤いとは言えない連中も、半分は占めていたであろう。
船乗りの様な、荒くれ者も結構な割合を占めていたのだ。
そんな彼等でさえも例外ではなく、一様に震えながら祈っていた事が、敵の強さを示している。
無理も無い話なのだろう。
僅か一昼夜の戦いで三十万の大軍が、文字通り壊滅したのだ。
しかも、その大半は昼間の僅かな時間で、海の藻屑となってしまった。
数百数千といた上陸船団の内、ここリース港までたどり着けたのは、たったの一隻である。
それも、ほぼ一方的に負けたのだ。
少なくとも、私は敵に損害を与えたという報告を、一切聞いていない。
あれでは、とても戦争とは呼べないだろう。
屠殺と言ってもよい筈だ。
そんな惨状から、必死の思いで逃げて来たのでは、どんな不信心者でも祈らずにはいられなかったのであろう。
それはいい。
圧倒的な戦力差の前に畏縮するのは、極めて自然な事だ。
問題はその圧倒的な戦力が、何処から現れたかという点である。
地理的な観点から観れば、タルターニャ海軍が最有力候補であるが、おそらく彼等ではない。
たしかに、彼等の強さは有名である。
しかし、彼等の海軍には西天津国のティコーゼンという、対抗手段が存在した。
強大な相手ではあるが、決して抗えない存在でもないのだ。
我が海軍にしても、ここまで一方的に負ける相手ではない。
しかし、我々が対峙した敵は違った。
歴史的な大遠征軍を一方的に殲滅して見せた、非常識な存在である。
タルターニャにしろ西天津国にしろ、ここまで非常識な存在ではない。
彼等はあくまでも常識的な強者であり、神でも悪魔でも無いのだ。
故に第一候補であるタルターニャ海軍、及び第二候補として挙げられる西天津海軍は、除外される。
では魔族領域の軍なのか?
こうなると、第三候補として挙げられるのは、魔族のみとなる。
しかし、それはそれでおかしな話だ。
たしかに西端半島は、人類領域南部に属する。
魔族領域に近く、戦闘が起こっても不思議ではない。
だが、一方で我々神聖大陸の戦力と、西方大陸の戦力が集中している地域でもあるのだ。
いくら魔族でもこの地域に手を出すのは、無謀と言えるだろう。
この地域に進攻する為に、唯一考えられる手段は、片方の陣営と和睦する事であろうか。
たしかに、片方と結んで片方を滅ぼせば、容易に進出する事が可能ではあろう。
だが、それはあくまでも理屈の上での話だ。
実際問題、魔族と人類が結べる可能性は、皆無である。
他種族連盟と称する西方大陸陣営が、如何に野蛮であろうとも、それだけは絶対にあり得ない話だ。
たとえそうであったとしても、タルターニャの領海である。
彼等の海軍は魔族と相対する、海の守護者なのだ。
何の情報ももたらさずに負ける可能性は、それこそ皆無であろう。
故に、魔族の可能性も消える。
消去法で考えれば東方大陸の、アトランティス帝国となるが、彼等は鎖国を維持し続けている。
有名な海上城壁を越える事は、彼等自身でも困難であると聞く。
第一、動機も無いのだ。
こうして全ての可能性が潰える。
考えれば考える程、疑問が増えていくだけであった。
「あ??あ??ゎ」
私は奇声を出しつつ体を反らした。
こうなると、極僅かな可能性を考える必要が出てくる。
それが憂鬱で堪らない。
気の滅入る様な可能性であるが、状況を考えるとそれが一番高い可能性なのだ。
しかし、それを口に出せば異端審問に掛けられるだろう。
それでも報告すべきなのか。
考えていても始まらない。
帝都へ、第一報を報せる為の伝令を送り出したのは、失敗であった。
伝令を出してしまった以上は、可能な限り詳細な続報を可能な限り速やかに、用意せねばならないのだ。
そう思い立った私は、ペンを取って公文書用の羊皮紙を押さえる。
そこでふと思った。
これ程の大敗であり、生存者は少ない。
聞き取り調査は、生存者全員に行われるであろう。
彼等は正直に話であろうか?
この私自身、狂人扱いを恐れているのだ。
ましてや兵卒達の立場である。
私と同じ様な恐れを持った場合、どの様に話であろう?
正直に話てくれれば良いのだ。
恐いのは、古参の兵士であれば上の求めを推察する事が容易い、という点だ。
この場合、残念な事に上から求められているのは、責任を負うべき生け贄である。
そして、生け贄になると理解した上で尽くす程、帝国に義理があるのだろうか?
「……………無いな」
そう考えると、気が楽になった。
何せ、帝国の命運は気にせず、私自身と領地の事だけを考えれば、それで良くなったのである。
こうなると、問題は一つだ。
虚偽の報告をしたと判断されなければ、それで済む。
私が錯乱状態にあると判断されれば、尚良い。
とにかく、あれに再び挑んだ場合、帝国も神聖連邦も滅びるだけである。
錯乱を理由に領地で幽閉されていれば、後は帝国が滅亡するのを待つだけだ。
帝国滅亡よりも前に、時期を見計らって彼等に恭順すれば、領地も安堵されるだろう。
途中で参戦するのも手だ。
その頃になれば、帝国も討伐軍を編成する余裕は無い筈。
私が、彼等の土地に上陸した事さえばれなければ、恩賞を受ける事も出来よう。
そう考えると、正確な情報を知っている事は、大きな強みになるものだ。
だが、その前に聞き取り調査をの方を、上手く切り抜けねばなるまい。
信じ難くも、正確な報告をすべきであろうか。
しかし、それが責任逃れの嘘と判断されれば、問題だ。
虚偽の報告は重罪である。
悪質な場合は死罪となる可能性もある程だ。
もちろん、兵卒達が念密な打ち合わせの下に、本気で私を見捨てるつもりがあればの話である。
実際問題、余程上手く口裏を合わせねば、矛盾だらけとなるだろう。
明らかな偽証であれば、参考とはならない。
念の為に、注意はしておくべきであろう。
ここさえ切り抜けられれば、明るい未来が待っているのだ。
上手く、最初に恭順した領主となれば、周囲の領地は切り取り自由とされるであろう。
彼等の制度にもよるが、大領主となれる可能性は、非常に高い。
そうと決まれば、拐ってきた島民を始末せねばならんな。
私の顔を知られた以上、売るのは危険だ。
彼等の土地に私が上陸した事は、咎められる点である。
傭兵や兵卒達には、口止め料を払えば良かろうが、私を恨んでいる筈の島民は口を封じる他無い。
彼等が売れないという事は、出征費用を考えると一時的な赤字であるが、それは仕方の無い事だ。
ところで、外の騒がしさは何であろうか?
裏切り等はあるまいが、様子を見てくるべきか。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
巻き込まれ異世界召喚、なぜか俺だけ竜皇女の推しになった
ノラクラ
ファンタジー
俺、霧島悠斗は筋金入りの陰キャ高校生。
学校が終わったら即帰宅して、ゲームライフを満喫するのが至福の時間――のはずだった。
だがある日の帰り道、玄関前で学園トップスターたちの修羅場に遭遇してしまう。
暴君・赤城獅童、王子様系イケメン・天条院義孝、清楚系美少女・柊奏、その親友・羽里友莉。
よりによって学園の顔ぶれが勢ぞろいして大口論!?
……陰キャ代表の俺に混ざる理由なんて一ミリもない。見なかったことにしてゲームしに帰りたい!
そう願った矢先――空気が変わり、街に巨大な魔法陣が出現。
赤城たちは光に呑まれ、異世界へと召喚されてしまった。
「お~、異世界召喚ね。ラノベあるあるだな」
そう、他人事のように見送った俺だったが……。
直後、俺の足元にも魔法陣が浮かび上がる。
「ちょ、待て待て待て! 俺は陰キャだぞ!? 勇者じゃないんだぞ!?」
――かくして、ゲームライフを愛する陰キャ高校生の異世界行きが始まる。
氷河期世代のおじさん異世界に降り立つ!
本条蒼依
ファンタジー
氷河期世代の大野将臣(おおのまさおみ)は昭和から令和の時代を細々と生きていた。しかし、工場でいつも一人残業を頑張っていたがとうとう過労死でこの世を去る。
死んだ大野将臣は、真っ白な空間を彷徨い神様と会い、その神様の世界に誘われ色々なチート能力を貰い異世界に降り立つ。
大野将臣は異世界シンアースで将臣の将の字を取りショウと名乗る。そして、その能力の錬金術を使い今度の人生は組織や権力者の言いなりにならず、ある時は権力者に立ち向かい、又ある時は闇ギルド五竜(ウーロン)に立ち向かい、そして、神様が護衛としてつけてくれたホムンクルスを最強の戦士に成長させ、昭和の堅物オジサンが自分の人生を楽しむ物語。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
夢幻の錬金術師 ~【異空間収納】【錬金術】【鑑定】【スキル剥奪&付与】を兼ね備えたチートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~
青山 有
ファンタジー
女神の助手として異世界に召喚された厨二病少年・神薙拓光。
彼が手にしたユニークスキルは【錬金工房】。
ただでさえ、魔法があり魔物がはびこる危険な世界。そこを生産職の助手と巡るのかと、女神も頭を抱えたのだが……。
彼の持つ【錬金工房】は、レアスキルである【異空間収納】【錬金術】【鑑定】の上位互換機能を合わせ持ってるだけでなく、スキルの【剥奪】【付与】まで行えるという、女神の想像を遥かに超えたチートスキルだった。
これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。
※カクヨムにも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる