幼女エルフ保護観察日記(おさなエルフほごかんさつにっき)

小坂みかん

文字の大きさ
33 / 33

【追記】

しおりを挟む
 見てくれている人は、きちんと見てくれている。ルシアはそう教えてくれたが、本当にその通りだった。彼女がいなくなってから九ヶ月目を過ぎて少ししたころ、俺は部長に呼び出されて昇進の内示を受けた。結構な躍進の出世話だったのだが条件付きで、最低一年から最大でも数年ほど出向して欲しいとのことだった。何でも、俺に支社立ち上げのメンバーになって欲しいのだとか。
 俺を評価してくれているからこその内示だったので、とても嬉しいことではあった。だが、俺は最初、降格やクビを覚悟で断ろうと思っていた。あの部屋から離れてしまっては、もう二度とルシアに会えない気がしたからだ。でも昇進して給料が上がれば〈競馬場事件再び〉を回避して、俺の稼ぎだけで不自由なく二人で暮らしていけるのも事実だった。そのことについてそれとなく大島おおじまに相談すると、「だったら、私が代わりにあの部屋に住みましょう」ということになった。

 大島がいないときにルシアが帰ってきたとして、ひと目見て〈タクローの部屋じゃない!〉とならぬよう、大島にはほぼ〈俺の部屋〉そのままで住んでもらうことになった。なのでルシアが使っていたもの一式も全て大島に託し、スーツケースに収まる程度の身の回りのものだけ持って赴任先の小さなアパートに引っ越すという算段だった。――ルシアと出会った部屋は、ワンルームであるにもかかわらずリビング部分だけで十畳以上もあった。しかし〈いわくつき訳あり物件〉ということで、驚くほどの破格値だった。同じ価格帯で探すとどうしても〈ミニ冷蔵庫・ミニコンロつきで、洗濯はコインランドリー。広さはキッチン部分込みで五畳以下〉というような狭苦しいワンルームが関の山だったため、そもそもが全ての荷物を運ぶということ自体が無理であったというのもあるのだが。
 
 ルシアが帰ってきた日は、ちょうど俺と大島の引っ越しの日でもあった。大島は「新天地の新居で、新妻とさっそく新婚生活スタートですか。〈新〉づくしでいいですね」と囃し立ててきたが、部屋の事情もありそうもいかない。その日はとりあえず荷物持たずに身ひとつで俺と一緒に出向先の土地へとルシアも帰ったが、さすがにこの狭さで二人暮らしは無理となって、結局彼女はしばらく〈元・俺の部屋〉で大島と暮らすこととなった。
 大島と生活している間、ルシアはイシークさんと大島の三人でオフ会をしていた。しかもかなり気が合って盛り上がったらしく、週イチでしていた。ちなみに、俺は不参加だ。じゃあ俺は休日に何をしていたかというと、物件探しに終始していた。何度もあっちとこっちを行ったり来たりさせるのもと思い、新たな物件は俺が先に一人で探して、候補をいくつかに絞ってから二人で見て回ろうと決めていたからだ。つまり、俺がせっせと情報収集に励んでいた間、ルシアは女三人でお楽しみでしたというわけである。――くっ……。悲しくなんか、ないんだからッ……!

 そんなこんなで、ルシアが帰ってきてから約一ヶ月して、俺はようやく異世界妻とのイチャラブ新婚ライフを始めることができた。――異世界妻ですよ、異世界妻! みなさま、ご待望の異世界妻ですよ!!

 ルシアの帰還が遅くなったのには、きちんとした理由があった。あちらの世界でハンドブレンダーを動かすには相当の魔力量が必要だったというのと、「私の英雄はタクローだけでいい」との思いから、ルシアは〈俺のハンドブレンダー〉を他の誰かしらに触らせたくなかったそうだ。だからルシア自身が勇者となり、精鋭揃いの猛者とともに世界を平和に導いてきたらしい。そんなことしてりゃあ体のここそこに傷もできるだろうし、筋肉質にもなるだろう。そしてきっと、習っていた空手が少しでも役に立ったに違いない。――しかしながら、そんなに愛していただけて嬉しいことこの上ないんだが、何モノかの血でドス黒く変色し、さらには怪しげなオーラまで発するようになった〈もはや調理には使えないハンドブレンダー〉をご返却いただいてもですね。ちょっと、取り扱いに困るといいますかね。いっそ〈でんせつのぶき〉として神殿にでもご奉納したら良かったんじゃあないですかね……。

 というわけで、俺はいろんな意味で逞しくなって帰ってきた愛しい妻が食器を洗うのを眺めながら、食後のカフェオレを堪能していた。すると、スマホがピロンと音を立てた。ちらりとだけ見てみたら大島からのチャットだったので、俺はあとでゆっくり返そうと思いスマホを放置した。しかし、スマホはピロンピロンと音を鳴らし続けた。ピロピロ、ピロピロ。ピロピロピロピロ……。


「だあ、もう、うっせえな! 何だよ、一体!」

「何か、緊急の用なんじゃあないの?」

「だったらチャットじゃなくて電話してくるだろ。何なんだよ、本当に!」


 俺はイライラしながらスマホを確認した。しかし大量のスタンプが送りつけられていて、何を伝えたいのかがいまいち分からなかった。しかも、見ている間にもどんどんとスタンプが送りつけられてくるではないか。――落ち着けよ。何なんだよ。怒涛のスタンプ嵐だけじゃあ分かんねえよ、マジで。
 憮然と画面を睨みつけながら俺はカフェオレを煽り、スマホを持っているほうの親指をついついと動かしてタイムラインを最新のところまで持っていった。そしてちょうど最新にたどり着いたのと同時に送られてきた画像を見て動揺し、マグカップを落っことして盛大にカフェオレをぶちまけた。


「いやだ、タクロー、大丈夫? どうかしたの?」


 布巾を持ってキッチンから慌てて飛んできたルシアにスマホを見せてやると、ルシアも布巾をボトリと落として呆然とした。


「まさか、嘘でしょう……?」

「すごいな……。さすがは〈いわくつきの、訳あり物件〉なだけあるわ……」


 大島から送られてきた画像は、自撮り写真だった。そこに写っていたのは興奮した面持ちの大島と、大島に無理やり抱き寄せられて不服そうにしている〈銀髪に褐色肌、紫の瞳が美しい尖り耳の少年〉だった。




*** 次週、〈おさなエルフ保護観察日記〉 始まりません! ***
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

異世界召喚された俺の料理が美味すぎて魔王軍が侵略やめた件

さかーん
ファンタジー
魔王様、世界征服より晩ご飯ですよ! 食品メーカー勤務の平凡な社会人・橘陽人(たちばな はると)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。剣も魔法もない陽人が頼れるのは唯一の特技――料理の腕だけ。 侵略の真っ最中だった魔王ゼファーとその部下たちに、試しに料理を振る舞ったところ、まさかの大絶賛。 「なにこれ美味い!」「もう戦争どころじゃない!」 気づけば魔王軍は侵略作戦を完全放棄。陽人の料理に夢中になり、次々と餌付けされてしまった。 いつの間にか『魔王専属料理人』として雇われてしまった陽人は、料理の腕一本で人間世界と魔族の架け橋となってしまう――。 料理と異世界が織りなす、ほのぼのグルメ・ファンタジー開幕!

相続した畑で拾ったエルフがいつの間にか嫁になっていた件 ~魔法で快適!田舎で農業スローライフ~

ちくでん
ファンタジー
山科啓介28歳。祖父の畑を相続した彼は、脱サラして農業者になるためにとある田舎町にやってきた。 休耕地を畑に戻そうとして草刈りをしていたところで発見したのは、倒れた美少女エルフ。 啓介はそのエルフを家に連れ帰ったのだった。 異世界からこちらの世界に迷い込んだエルフの魔法使いと初心者農業者の主人公は、畑をおこして田舎に馴染んでいく。 これは生活を共にする二人が、やがて好き合うことになり、付き合ったり結婚したり作物を育てたり、日々を生活していくお話です。

目立ちたくない召喚勇者の、スローライフな(こっそり)恩返し

gari@七柚カリン
ファンタジー
 突然、異世界の村に転移したカズキは、村長父娘に保護された。  知らない間に脳内に寄生していた自称大魔法使いから、自分が召喚勇者であることを知るが、庶民の彼は勇者として生きるつもりはない。  正体がバレないようギルドには登録せず一般人としてひっそり生活を始めたら、固有スキル『蚊奪取』で得た規格外の能力と(この世界の)常識に疎い行動で逆に目立ったり、村長の娘と徐々に親しくなったり。  過疎化に悩む村の窮状を知り、恩返しのために温泉を開発すると見事大当たり! でも、その弊害で恩人父娘が窮地に陥ってしまう。  一方、とある国では、召喚した勇者(カズキ)の捜索が密かに行われていた。  父娘と村を守るため、武闘大会に出場しよう!  地域限定土産の開発や冒険者ギルドの誘致等々、召喚勇者の村おこしは、従魔や息子(?)や役人や騎士や冒険者も加わり順調に進んでいたが……  ついに、居場所が特定されて大ピンチ!!  どうする? どうなる? 召喚勇者。  ※ 基本は主人公視点。時折、第三者視点が入ります。  

オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~

鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。 そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。 そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。  「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」 オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く! ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。 いざ……はじまり、はじまり……。 ※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。

おばちゃんダイバーは浅い層で頑張ります

きむらきむこ
ファンタジー
ダンジョンができて十年。年金の足しにダンジョンに通ってます。田中優子61歳

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

魔力値1の私が大賢者(仮)を目指すまで

ひーにゃん
ファンタジー
 誰もが魔力をもち魔法が使える世界で、アンナリーナはその力を持たず皆に厭われていた。  運命の【ギフト授与式】がやってきて、これでまともな暮らしが出来るかと思ったのだが……  与えられたギフトは【ギフト】というよくわからないもの。  だが、そのとき思い出した前世の記憶で【ギフト】の使い方を閃いて。  これは少し歪んだ考え方の持ち主、アンナリーナの一風変わった仲間たちとの日常のお話。  冒険を始めるに至って、第1章はアンナリーナのこれからを書くのに外せません。  よろしくお願いします。  この作品は小説家になろう様にも掲載しています。

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

処理中です...