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* 死神生活ニ年目 *
第180話 FU・RU・E・RU★もふ殿パニック④
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「てんこ、無理すんな。な? ほら、こっち使えよ」
「でも、でも、おみつやマッコはいつも使っていないのじゃ。わらわは〈おとなのかいだん〉をひとつ上ってお姉さんになりたいのじゃ!」
死神ちゃんが血相を変えて別の方法を提示するのも拒否して、天狐はそれに挑んだ。ゴクリと唾を飲んでプルプルと震える彼女を見つめてハラハラとしながら、その場にいた全員が気が気ではなかった。
**********
恒例のお泊り会の日、天狐はおみつを伴って第三死神寮へとやって来た。死神ちゃんは二人を出迎えると、いつも以上に気合の入った感じに目を輝かせている天狐に首を傾げた。
「お前、一体どうしたんだよ? 何をそんなにやる気を出して……」
「うむ! 今日はの、〈おとなのかいだん〉を上りに来たのじゃ!」
「は!?」
死神ちゃんが盛大に顔をしかめて声をひっくり返すと、後ろの方からバタンと騒がしい音が響いた。死神ちゃんが振り返ってみると、寮長室で寛いでいたはずのケイティーが愕然とした表情で立っていた。
「今、大人の階段上るって言った!?」
「うむ! わらわは〈おとなのかいだん〉を上るのじゃ!」
「まだ早すぎるよおおおお! 駄目だよそんなのさあああ!」
ケイティーは目に涙を浮かべると、絶叫とともに膝から崩れ落ちた。天狐がわたわたと困惑し、死神ちゃんが苦い顔で彼女を眺めていると、寮長室窓口がガラリと開いた。そこから顔を覗かせたマッコイは寮長室のドア前で蹲り、おいおいと激しく泣いている姉貴分を呆れ眼で見つめた。
「何を早とちりしてるのよ」
「へっ? 早とちりなの?」
「当たり前でしょう。一体何だと思ったのよ。――いやだ、薫ちゃんも早とちりしたの?」
窓口から身を乗り出してケイティーを見下ろしていたマッコイは、視線を上げて死神ちゃんを見るなり呆れ果てた。あからさまに胸を撫で下ろしていた死神ちゃんはギクリと身を跳ね上げると、苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
おみつはマッコイから受け取った入館記録に必要事項を書くと、それをマッコイに返しながら言った。
「本日は、お館様が包丁デビューをなさる予定なんですよ」
**********
春のお花見の時に、死神ちゃんもおかずを作って持っていった。そのとき、天狐は「まだ自分は包丁を使わせてはもらえないのに」と言って死神ちゃんを尊敬の眼差しで見ていた。どうやらそのときから天狐は〈自分も包丁を使えるようになりたい!〉と思っていたようだ。しかし、まだ天狐には早すぎるのではと思い、おみつは包丁の使用を許可しなかったそうだ。そこで一旦、天狐の〈包丁を使えるようになりたい〉熱は落ち着いたのだが、何でも先日、ピエロから「小花っちの手料理を食べたよ!」という話を聞かされて再燃したらしい。
「そんなわけで、マッコイ様ご協力の下、本日お館様は包丁デビューをなさいます」
「何だあ、そういうことかあ。天狐ちゃんの手作り晩御飯が食べられるだなんて、私、嬉しい~!」
カップをテーブルに置きながら、おみつがそう言うとケイティーは目尻をデレッと下げて天狐に頬ずりをした。すると、ケイティーの膝にちょこんと座っていた天狐が「うむ、頑張るのじゃ!」と言いながら嬉しそうに笑った。
キッチンの準備が整うと、天狐とマッコイはお揃いのフリルエプロンを、おみつは割烹着を身に着けた。死神ちゃんが自分のエプロンを身に着けている横で、どこからか持ってきた椅子に腰掛けたケイティーがニコニコと幸せそうに微笑んでいた。
「可愛らしいのが二人並んでお料理とか……。眼福だわ……」
「何だよ、お前は調理に参加しないのかよ」
「参加したら、可愛い姿をじっくり堪能していられないだろうが」
当然とばかりに真顔でそう答えるケイティーに苦笑いを浮かべると、死神ちゃんは天狐の元へと近づいていった。
「さ、それじゃあ始めるわね。本日のメニューはカレーよ。お野菜とお肉を切って、炒めて、ルウと一緒に煮込むだけだから、天狐ちゃんでも簡単に作れるはずよ」
「うむ!」
「お館様用に〈お子様用包丁〉を用意致しました。刃先が丸くなっていて程よく切れるので、きちんと使用していれば大きな怪我もしないと思います」
「うむ!!」
マッコイとおみつに元気よく頷いた天狐は、おみつに抱き上げられて踏み台に乗せられるなり目を輝かせた。調理台上では〈自分のために用意された包丁〉が出番を待っており、天狐は胸をときめかせた。
天狐は包丁を手に取りたいのを我慢してそわそわとしながら、マッコイとおみつをきょろきょろと見上げた。
「まずは何をすればよいのじゃ?」
「まずは野菜の皮を剥きます。――どれからでもいいわよ。先に洗っておいたから、好きに選んで」
マッコイが微笑むと、天狐はパアと顔を明るくして即座に玉ねぎを掴んだ。
「いつも不思議でならないのじゃ! 玉ねぎは剥き続けたら、実がなくなってしまうであろう? どこまで剥いたら〈皮だけ剥けた状態〉になるのじゃ!? それを確かめるのじゃ!」
意気揚々と玉ねぎの皮を剥き始めた天狐は、茶色い皮がなくなって白い部分が出てきたところで剥きづらさを感じ、それと同時に〈皮を剥き終えた〉ということを知った。ふおおと感嘆の声を上げて天狐が玉ねぎを見つめていると、おみつが「では、そのまま切ってみましょうか」と声をかけた。天狐は先ほどよりも一層顔を明るくすると、慌てて包丁に手をかけた。それをおみつに危ないと注意され、天狐は若干しょんぼりとした。
しかし〈ようやく念願の包丁を扱える〉ということのほうが重要らしく、天狐はすぐさま機嫌を良くして包丁を握り直し、まな板の上に鎮座している玉ねぎと見つめ合っていた。
「まずは頭とお尻の部分を切り落とすんだけれど……これはちょっと危ないから、アタシがやるわ。――これでまな板の上で転がらずに玉ねぎが置けるようになったでしょう? さ、天狐ちゃん、これを半分に切ってみましょうか」
天狐はマッコイに向かって静かに頷くと、指示通りに包丁と玉ねぎに手をかけ、そして切ろうとした。しかし意外と玉ねぎが硬かったのか、天狐は心なしか眉根を寄せた。
天狐はムッとすると、包丁を振り上げた。そしてダンと音を立てて振り下ろされた包丁は、玉ねぎどころかまな板も真っ二つにした。死神ちゃんとケイティーは思わず、口をあんぐりと開けた。マッコイとおみつに「危ない使い方はしてはいけない」と注意されてしょんぼりと肩を落とす天狐と真っ二つに割れたまな板を凝視しながら、死神ちゃんは声を震わせた。
「程よく切れるレベルじゃあないだろう、これは……」
「思ったように切れなかったので、妖気を混ぜ込んだみたいですね。――お館様、それは感心致しません。次に同じことをやったら、当分包丁はおあずけですよ」
「ごめんなのじゃ、もうしないのじゃ……」
耳と尻尾をへたりと垂れて俯く天狐に頷くと、おみつは調理を続けるようにと彼女に促した。気を取り直して玉ねぎを切り始めた天狐だったが、玉ねぎが目に染みるのか目に一杯の涙を浮かべてプルプルと震えだした。
震えた状態で包丁を扱うのは危ないからと言って、マッコイは玉ねぎは自分が代わりに切ることを提案した。しかし天狐は首を小さく横に振ると、玉ねぎとの格闘を休み休みながら続けた。
玉ねぎという強敵を打ち倒した天狐は、満面の笑みで次なる敵を選んだ。悩んだ末、彼女は人参を手に取った。頭とお尻を切り落とした後、彼女は包丁を握ったまま人参を手に取った。そして人参をキッと睨みつけると、恐る恐る包丁を当ててプルプルと震えだした。
フウと息をついて、天狐は人参に当てていた包丁を一旦離した。そして彼女が再び人参に包丁を添わせようとするのを見て、死神ちゃんは慌てて声をかけた。
「てんこ、無理すんな。な? ほら、こっち使えよ」
死神ちゃんは顔を強張らせると、ピーラーを手にとって差し出した。しかし天狐はプルプルと震えながら、包丁を構えて顔をクシャクシャにさせた。
「でも、でも、おみつやマッコはいつも使っていないのじゃ。わらわは〈おとなのかいだん〉を一つ上ってお姉さんになりたいのじゃ!」
「今まで使ったことのない包丁を使ってるっていうだけでも、十分お姉さんだろ! だから、な? 無理すんな」
「嫌なのじゃ! 頑張るのじゃ!」
意固地になって包丁を離さず、なおもプルプルと震える天狐の様子に一同は気が気ではなかった。天狐が再び人参から包丁を離して息をついた隙を突いて、マッコイはすかさず彼女から人参を取り上げた。
「あああ、何をするのじゃ、マッコ!」
「そんなに震えた状態で包丁を握るのは危ないわ。それから、天狐ちゃんの手の大きさ的に、このまま皮を剥くのは大変だと思うの。――このくらいの大きさに切り分けて。……そう、上手ね。……で、こう持って。包丁は、こう。手首は固定して、絶対に動かさないでね。ゆっくり、落ち着いてやってみて。ゆっくりよ? 危ないとか、もう無理だと思ったら、そのまま手を止めてね」
言われた通りに、天狐はゆっくりと皮剥きに挑んだ。しかし危なっかしい部分が多々あり、結局半ばで諦めた。しょんぼりと肩を落とす天狐に、おみつは優しく微笑んだ。
「本日初めて包丁を手にしたのですから、いきなりそこまでできないのは当然です。練習を重ねれば、いつかはできるようになりますから。焦らずのんびりと行きましょう。――ちゃんと、お上手でしたよ」
**********
その後、天狐はなんとかカレーを作り上げた。補助があるとは言え、最初から最後まで一人で料理をしたのが初めてだった天狐は、皿に盛り付けられた〈自分で手作りしたカレー〉を見て感動のあまり震えていた。ひと口含んだケイティーが嬉しそうに震えだしたのを見て、天狐はさらに激しく震えた。
食事を終え、お風呂に入り、夜勤のケイティーを見送ったあと、死神ちゃんと天狐はベッドに潜り込んだ。天狐は包丁デビューを果たしたことを思い返して、嬉しそうにニヤニヤとしていた。
「もっと練習して上手になったら、母上に手作りカレーをごちそうするのじゃ!」
「いいな、それ。お母さん、きっと喜ぶよ」
「うむ!」
満面の笑みで頷いた天狐は、一転して不思議そうに目をくりくりとさせた。
「ところで、おみつはどこにいったのじゃ? この前一緒にお泊りしたときも、寝るときにはどこかに行ってていなかったのじゃ。どこにおるのじゃろう?」
死神ちゃんは天狐の問いかけをはぐらかすように、苦笑いを浮かべたのだった。
翌日、天狐とおみつが帰ったあと、住職が目の下に隈を作っていて「また進展できなかった」と呟いたという。
――――情熱や目標を失わなければ、上達への活路を見出すことが出来るはず。母上を驚かせ喜ばせる日は、きっとそう遠くないのDEATH。
「でも、でも、おみつやマッコはいつも使っていないのじゃ。わらわは〈おとなのかいだん〉をひとつ上ってお姉さんになりたいのじゃ!」
死神ちゃんが血相を変えて別の方法を提示するのも拒否して、天狐はそれに挑んだ。ゴクリと唾を飲んでプルプルと震える彼女を見つめてハラハラとしながら、その場にいた全員が気が気ではなかった。
**********
恒例のお泊り会の日、天狐はおみつを伴って第三死神寮へとやって来た。死神ちゃんは二人を出迎えると、いつも以上に気合の入った感じに目を輝かせている天狐に首を傾げた。
「お前、一体どうしたんだよ? 何をそんなにやる気を出して……」
「うむ! 今日はの、〈おとなのかいだん〉を上りに来たのじゃ!」
「は!?」
死神ちゃんが盛大に顔をしかめて声をひっくり返すと、後ろの方からバタンと騒がしい音が響いた。死神ちゃんが振り返ってみると、寮長室で寛いでいたはずのケイティーが愕然とした表情で立っていた。
「今、大人の階段上るって言った!?」
「うむ! わらわは〈おとなのかいだん〉を上るのじゃ!」
「まだ早すぎるよおおおお! 駄目だよそんなのさあああ!」
ケイティーは目に涙を浮かべると、絶叫とともに膝から崩れ落ちた。天狐がわたわたと困惑し、死神ちゃんが苦い顔で彼女を眺めていると、寮長室窓口がガラリと開いた。そこから顔を覗かせたマッコイは寮長室のドア前で蹲り、おいおいと激しく泣いている姉貴分を呆れ眼で見つめた。
「何を早とちりしてるのよ」
「へっ? 早とちりなの?」
「当たり前でしょう。一体何だと思ったのよ。――いやだ、薫ちゃんも早とちりしたの?」
窓口から身を乗り出してケイティーを見下ろしていたマッコイは、視線を上げて死神ちゃんを見るなり呆れ果てた。あからさまに胸を撫で下ろしていた死神ちゃんはギクリと身を跳ね上げると、苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
おみつはマッコイから受け取った入館記録に必要事項を書くと、それをマッコイに返しながら言った。
「本日は、お館様が包丁デビューをなさる予定なんですよ」
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春のお花見の時に、死神ちゃんもおかずを作って持っていった。そのとき、天狐は「まだ自分は包丁を使わせてはもらえないのに」と言って死神ちゃんを尊敬の眼差しで見ていた。どうやらそのときから天狐は〈自分も包丁を使えるようになりたい!〉と思っていたようだ。しかし、まだ天狐には早すぎるのではと思い、おみつは包丁の使用を許可しなかったそうだ。そこで一旦、天狐の〈包丁を使えるようになりたい〉熱は落ち着いたのだが、何でも先日、ピエロから「小花っちの手料理を食べたよ!」という話を聞かされて再燃したらしい。
「そんなわけで、マッコイ様ご協力の下、本日お館様は包丁デビューをなさいます」
「何だあ、そういうことかあ。天狐ちゃんの手作り晩御飯が食べられるだなんて、私、嬉しい~!」
カップをテーブルに置きながら、おみつがそう言うとケイティーは目尻をデレッと下げて天狐に頬ずりをした。すると、ケイティーの膝にちょこんと座っていた天狐が「うむ、頑張るのじゃ!」と言いながら嬉しそうに笑った。
キッチンの準備が整うと、天狐とマッコイはお揃いのフリルエプロンを、おみつは割烹着を身に着けた。死神ちゃんが自分のエプロンを身に着けている横で、どこからか持ってきた椅子に腰掛けたケイティーがニコニコと幸せそうに微笑んでいた。
「可愛らしいのが二人並んでお料理とか……。眼福だわ……」
「何だよ、お前は調理に参加しないのかよ」
「参加したら、可愛い姿をじっくり堪能していられないだろうが」
当然とばかりに真顔でそう答えるケイティーに苦笑いを浮かべると、死神ちゃんは天狐の元へと近づいていった。
「さ、それじゃあ始めるわね。本日のメニューはカレーよ。お野菜とお肉を切って、炒めて、ルウと一緒に煮込むだけだから、天狐ちゃんでも簡単に作れるはずよ」
「うむ!」
「お館様用に〈お子様用包丁〉を用意致しました。刃先が丸くなっていて程よく切れるので、きちんと使用していれば大きな怪我もしないと思います」
「うむ!!」
マッコイとおみつに元気よく頷いた天狐は、おみつに抱き上げられて踏み台に乗せられるなり目を輝かせた。調理台上では〈自分のために用意された包丁〉が出番を待っており、天狐は胸をときめかせた。
天狐は包丁を手に取りたいのを我慢してそわそわとしながら、マッコイとおみつをきょろきょろと見上げた。
「まずは何をすればよいのじゃ?」
「まずは野菜の皮を剥きます。――どれからでもいいわよ。先に洗っておいたから、好きに選んで」
マッコイが微笑むと、天狐はパアと顔を明るくして即座に玉ねぎを掴んだ。
「いつも不思議でならないのじゃ! 玉ねぎは剥き続けたら、実がなくなってしまうであろう? どこまで剥いたら〈皮だけ剥けた状態〉になるのじゃ!? それを確かめるのじゃ!」
意気揚々と玉ねぎの皮を剥き始めた天狐は、茶色い皮がなくなって白い部分が出てきたところで剥きづらさを感じ、それと同時に〈皮を剥き終えた〉ということを知った。ふおおと感嘆の声を上げて天狐が玉ねぎを見つめていると、おみつが「では、そのまま切ってみましょうか」と声をかけた。天狐は先ほどよりも一層顔を明るくすると、慌てて包丁に手をかけた。それをおみつに危ないと注意され、天狐は若干しょんぼりとした。
しかし〈ようやく念願の包丁を扱える〉ということのほうが重要らしく、天狐はすぐさま機嫌を良くして包丁を握り直し、まな板の上に鎮座している玉ねぎと見つめ合っていた。
「まずは頭とお尻の部分を切り落とすんだけれど……これはちょっと危ないから、アタシがやるわ。――これでまな板の上で転がらずに玉ねぎが置けるようになったでしょう? さ、天狐ちゃん、これを半分に切ってみましょうか」
天狐はマッコイに向かって静かに頷くと、指示通りに包丁と玉ねぎに手をかけ、そして切ろうとした。しかし意外と玉ねぎが硬かったのか、天狐は心なしか眉根を寄せた。
天狐はムッとすると、包丁を振り上げた。そしてダンと音を立てて振り下ろされた包丁は、玉ねぎどころかまな板も真っ二つにした。死神ちゃんとケイティーは思わず、口をあんぐりと開けた。マッコイとおみつに「危ない使い方はしてはいけない」と注意されてしょんぼりと肩を落とす天狐と真っ二つに割れたまな板を凝視しながら、死神ちゃんは声を震わせた。
「程よく切れるレベルじゃあないだろう、これは……」
「思ったように切れなかったので、妖気を混ぜ込んだみたいですね。――お館様、それは感心致しません。次に同じことをやったら、当分包丁はおあずけですよ」
「ごめんなのじゃ、もうしないのじゃ……」
耳と尻尾をへたりと垂れて俯く天狐に頷くと、おみつは調理を続けるようにと彼女に促した。気を取り直して玉ねぎを切り始めた天狐だったが、玉ねぎが目に染みるのか目に一杯の涙を浮かべてプルプルと震えだした。
震えた状態で包丁を扱うのは危ないからと言って、マッコイは玉ねぎは自分が代わりに切ることを提案した。しかし天狐は首を小さく横に振ると、玉ねぎとの格闘を休み休みながら続けた。
玉ねぎという強敵を打ち倒した天狐は、満面の笑みで次なる敵を選んだ。悩んだ末、彼女は人参を手に取った。頭とお尻を切り落とした後、彼女は包丁を握ったまま人参を手に取った。そして人参をキッと睨みつけると、恐る恐る包丁を当ててプルプルと震えだした。
フウと息をついて、天狐は人参に当てていた包丁を一旦離した。そして彼女が再び人参に包丁を添わせようとするのを見て、死神ちゃんは慌てて声をかけた。
「てんこ、無理すんな。な? ほら、こっち使えよ」
死神ちゃんは顔を強張らせると、ピーラーを手にとって差し出した。しかし天狐はプルプルと震えながら、包丁を構えて顔をクシャクシャにさせた。
「でも、でも、おみつやマッコはいつも使っていないのじゃ。わらわは〈おとなのかいだん〉を一つ上ってお姉さんになりたいのじゃ!」
「今まで使ったことのない包丁を使ってるっていうだけでも、十分お姉さんだろ! だから、な? 無理すんな」
「嫌なのじゃ! 頑張るのじゃ!」
意固地になって包丁を離さず、なおもプルプルと震える天狐の様子に一同は気が気ではなかった。天狐が再び人参から包丁を離して息をついた隙を突いて、マッコイはすかさず彼女から人参を取り上げた。
「あああ、何をするのじゃ、マッコ!」
「そんなに震えた状態で包丁を握るのは危ないわ。それから、天狐ちゃんの手の大きさ的に、このまま皮を剥くのは大変だと思うの。――このくらいの大きさに切り分けて。……そう、上手ね。……で、こう持って。包丁は、こう。手首は固定して、絶対に動かさないでね。ゆっくり、落ち着いてやってみて。ゆっくりよ? 危ないとか、もう無理だと思ったら、そのまま手を止めてね」
言われた通りに、天狐はゆっくりと皮剥きに挑んだ。しかし危なっかしい部分が多々あり、結局半ばで諦めた。しょんぼりと肩を落とす天狐に、おみつは優しく微笑んだ。
「本日初めて包丁を手にしたのですから、いきなりそこまでできないのは当然です。練習を重ねれば、いつかはできるようになりますから。焦らずのんびりと行きましょう。――ちゃんと、お上手でしたよ」
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その後、天狐はなんとかカレーを作り上げた。補助があるとは言え、最初から最後まで一人で料理をしたのが初めてだった天狐は、皿に盛り付けられた〈自分で手作りしたカレー〉を見て感動のあまり震えていた。ひと口含んだケイティーが嬉しそうに震えだしたのを見て、天狐はさらに激しく震えた。
食事を終え、お風呂に入り、夜勤のケイティーを見送ったあと、死神ちゃんと天狐はベッドに潜り込んだ。天狐は包丁デビューを果たしたことを思い返して、嬉しそうにニヤニヤとしていた。
「もっと練習して上手になったら、母上に手作りカレーをごちそうするのじゃ!」
「いいな、それ。お母さん、きっと喜ぶよ」
「うむ!」
満面の笑みで頷いた天狐は、一転して不思議そうに目をくりくりとさせた。
「ところで、おみつはどこにいったのじゃ? この前一緒にお泊りしたときも、寝るときにはどこかに行ってていなかったのじゃ。どこにおるのじゃろう?」
死神ちゃんは天狐の問いかけをはぐらかすように、苦笑いを浮かべたのだった。
翌日、天狐とおみつが帰ったあと、住職が目の下に隈を作っていて「また進展できなかった」と呟いたという。
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