転生死神ちゃんは毎日が憂鬱なのDEATH

小坂みかん

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* 死神生活ニ年目 *

第184話 死神ちゃんとお肉屋さん②

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 死神ちゃんが五階〈火炎地区〉のとある岩場にやって来てみると、〈担当のパーティーターゲット〉と思しきドワーフがうずくまっていた。
 ドワーフという種族は職人気質な者が多く、鍛冶屋や石工などの職人はドワーフ族の者が割を占めているという。そのように鉱物と縁深いためか、鉱山などでの力仕事を行う者も多いそうだ。――だから、この目の前で蹲っている者もきっとそういう類の者だろうと死神ちゃんは思った。
 死神ちゃんはこそこそと近づいていって、岩石に集中するドワーフの隣にしゃがみ込んだ。そして、顔をしかめた。


「それは、肉じゃない。お前の専門じゃない」

「……お? おお、なんだ、いつぞやの死神の嬢ちゃんじゃないか。久しぶりだなあ」


 ノミを構え金槌を振り上げた状態で、ドワーフは死神ちゃんの方を振り向いた。――彼は、ピザカッターで死神ちゃんにトラウマを植えつけた〈街のお肉屋さん〉だった。
 お肉屋さんはノミと金槌を脇に置くと、先ほどまで掘りの作業を行っていた岩石を背もたれにしてどっかと座り直した。


「たしかに岩は専門じゃあないな。採掘作業よりも、イノシシや牛を解体するほうが、俺にとっては楽な仕事だなあ」


 豪快に笑いながら、彼は首に垂らした手ぬぐいで顔や首の汗を拭った。そしてポーチの中から取り出したお絞りで手を綺麗に拭うと、彼は軽食の入った包みを取り出した。


「俺の家内の特製ピザだ。食うか?」

「……それ、あのピザカッターを使っているんだろう?」


 死神ちゃんがあからさまに嫌そうな顔をして身を引くと、お肉屋さんは目をパチクリとさせた。そして苦笑いを浮かべると、空いた片手でボリボリと頭を掻いた。


「あれなあ、モンスターのねっとりとした体液が落ちきらなくてね、武器として使ったことがバレちまったんだよ。それで『こんなもの、使えるわけがないでしょう!』ってこっぴどく怒られてね。だから、あのカッターは調理には使ってはいないよ」

「でも、この前マンマがピザカッターの話をしていたんだが」

「嬢ちゃん、マンマとも顔なじみなのかい? こりゃたまげたね。――あのあと、またピザカッターを入手できたから、家内が使っているのはそっちの〈未使用のまま持ち帰ったほう〉だよ。だから、このピザは安心して食べてくれて大丈夫だ」


 ニカッと笑顔を浮かべたお肉屋さんをなおも疑いの眼差しで見つめながら、死神ちゃんはおずおずとピザを受け取った。恐る恐るピザを口に運んだ死神ちゃんは、ひと口食べるなり目を見開いた。


「何これっ! うまっ!」

「そうだろう、そうだろう! 家内の特製ピザは元々から美味かったんだが、ダンジョン内で手に入れた包丁で肉の下処理をするようになってから格段に美味くなってね!」


 嬉しそうに何度も頷きながら、お肉屋さんが笑った。彼はピザカッター事件のあとも、ハンドブレンダーを求めて何度もダンジョンを訪れていたのだそうだ。いまだにブレンダーを手に入れることはできてはいないそうなのだが、ダンジョン通いの甲斐あって新たなピザカッターや包丁を数本手に入れたのだという。


「うちでは使わない刺し身包丁とかなんかは、近所の魚屋にくれてやったんだけどさ。あいつ、手にした途端に狂ったように包丁を振る回しだしてね。まさか呪いの品だとは思わなかったよ。祓魔師に何とかしてもらったんだが、あいつらボッタクリすぎだよなあ。ダンジョン内の教会で解呪してもらったほうが良心価格だよ、あれじゃあ」


 肩を竦めて息をつくお肉屋さんに、死神ちゃんは苦笑いを浮かべて適当な相槌を打った。
 死神ちゃんは気を取り直してピザを堪能することにした。上機嫌でふたピース目を頬張る死神ちゃんをにこやかに見つめていたお肉屋さんは、一転して心なしかしょんぼりとした顔をした。
 何でも、自慢の肉の味がここ最近落ちてきているのだそうだ。仕入れいている肉の品質や自分の目利きに問題があるのかと最初は思ったそうなのだが、どうやら原因は包丁にあるらしい。もちろん、手入れは欠かさず毎日行っているのだそうだが、それでも少しずつ何かが衰えていっているのだとか。


「どうやら、普通の砥石じゃあ駄目みたいなんだよ。それで、ダンジョン産の包丁にはダンジョン産の砥石だろうと思って、頑張って五階まで降りてきたんだが。これが中々手に入らなくて」

「そもそも、砥石なんて産出するのかよ」

「宝石なども出るならば、砥石だって手に入るだろう」


 そんな簡単なものなのかと首を捻りながら、死神ちゃんは追加のピザを頬張った。そしてそれを食べ終えると、死神ちゃんは満足そうに腹を擦りながらあっけらかんと言った。


「ごちそうになっておいてこう言うのもなんなんだがさ、俺としては一階に祓いに戻ってくれるか死ぬかしてもらいたいんだが」

「おお、死神ってやつも大変だよな。毎日毎日、たくさんの冒険者の相手をしてさ。俺も客商売だから、よく分かるよ。でも、ちょっとだけ待ってくれ。あと少しだけ採掘に挑戦させてくれないか。ちょっと、コツが掴めてきたんだよ」


 死神ちゃんは苦笑いを浮かべて頷くと、お肉屋さんの作業を見守ることにした。お肉屋さんは真剣な面持ちでノミと金槌を操りながら、時折ぼんやりと「実はさっきまでは一人ではなかった」という話を途切れ途切れにした。
 どうやら、他にも採掘目的の冒険者がこの場にいたようで、彼はその冒険者と一緒にここまで降りてきたらしい。しかし、はこの地区の暑さにダウンしてしまい、倒れてしまったそうだ。


「ノームの女の子で、おしゃれのために石を掘ってるだ何だ言っていたんだが……。倒れたまま起き上がってこないと思ったら、身体が光に包まれて消えちまったんだよ。気ぃ失ったまま帰っちまったのかなあ?」


 話を聞きながら、死神ちゃんは「あいつ、まだ諦めていなかったのか」と呆れ顔を浮かべた。すると、お肉屋さんが「おや?」と頓狂な声を上げた。彼の手の中には綺麗な赤い石が握られていた。
 光の当たり具合で赤からオレンジへと色を変える、まるでマグマのような美しい石を眺めながら、お肉屋さんが首を傾げた。


「こいつは砥石じゃあないが……。宝石商にカッティングとかしてもらったら、うちの家内を喜ばせられるんじゃあないか?」


 死神ちゃんは思わず口をあんぐりとさせた。何故ならそれは、が何ヶ月も探し続けている魔法石だったからだ。お肉屋さんは嬉しそうに頷くと、それをポーチにしまい込んだ。そして死神ちゃんに「帰ろう」と声をかけると、彼はその場をあとにした。



   **********



「いいなあ、あの綺麗な宝石! あちしも欲しい!」


 待機室に戻ってくると、モニター前でピエロが目を輝かせていた。マッコイは苦笑いを浮かべると、〈あれは装飾品に仕立てて、炎系魔法の魔力増幅や補助に使うものだ〉ということと、ダンジョン攻略のためのリドルにも使うということをピエロに教えてやった。
 ピエロは適当に相槌を打つと、再び目をキラキラとさせてマッコイを見上げた。


「ねえ、マコちん。ああいう素敵アイテム、他にはないの?」

「他に? 鉱石なら、全属性分あるわよ。もちろん、一般的な宝石もね。あと、服装や見た目を変化させられる指輪なんかもあるけれど」

「よし、決めた! お給料入ったら、そのファッションアイテム買う! 美しいあちしをより一層美しくしちゃうんだ! にひひ!」

「……それよりも、先に飛行靴とか買えよ。先に仕事の効率上げといたほうが、ボーナス手に入る率も上がるから、そういうのも買いやすくなるし」


 死神ちゃんがため息混じりにそう言うと、ピエロは愕然とした顔で硬直した。彼女が物欲とアドバイスの間で揺れ動いているのも気にすることなく、死神ちゃんは再びダンジョンへと出動していったのだった。




 ――――物欲がないと〈他人が欲しているけれど、自分は眼中にないもの〉をポロッと入手することって、よくあることDEATHよね。
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