転生死神ちゃんは毎日が憂鬱なのDEATH

小坂みかん

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* 死神生活三年目&more *

第327話 死神ちゃんと生物学者③

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 ヨーとホーの絶妙なグリッサンドに導かれるように、それは押し寄せた。死神ちゃんは思わず顔をしかめると、自然の力を一身に感じるのと同時に考えることを諦めた。



   **********



 死神ちゃんが社内食堂で昼食をいただいていると、食堂の従業員である〈ヤギのような頭部を持つ筋骨隆々の赤い悪魔〉が四本の腕をだらりと垂れて背中を丸めた。辛気臭くため息をつく赤い悪魔に死神ちゃんが「どうしたんだ」と尋ねると、彼はブモッと鼻を鳴らした。


「実は……」


 もごもごと小さな声で話し始めた彼の横に、別の赤い悪魔が現れた。社内のアイドルと話をしている同僚が羨ましいのか、悪魔はあれよあれよと言う間に増えていった。増える赤に死神ちゃんが顔をしかめるのと同時に遠くのほうからビープ音が聞こえ、直後危険を知らせるアラートが鳴り始めた。


「お前らが集うと〈世界が停止する〉んだろう!? だからほら、散れ! 散れ!!」


 死神ちゃんは血相を変えると、集まった赤いのにシッシと〈あっち行け〉のジェスチャーをとった。赤い仲間たちはしょんぼりと肩を落とすと、名残惜しそうに去っていった。
 アラートが止み食堂に平穏が訪れると、死神ちゃんは会話していた赤いのに話をするよう促した。すると、赤い悪魔はポツポツと小さな声で話し始めた。


「さ、最近、冒険者の間でレッサー狩りが流行っているそうなんです。も、もちろん、狩られているのはレプリカだって分かっているんですけど。た、大量の、わ、私と同じ姿のものが殺されてると思うと、思うと、思うと……」


 見た目のわりに気弱な赤いのに慰めの言葉をかけると、死神ちゃんは一転して不思議そうに首を傾げた。一体何故、赤い悪魔狩りが流行しているのだろうか。もしや、何か希少アイテムのドロップが冒険者たちの間で確認されたのだろうか。

 昼食をとり終え、お昼寝を終えた死神ちゃんは休憩明けすぐに出動要請を受けた。死神ちゃんがダンジョンに降り立つと、すぐ目の前では見知った男が奇っ怪なダンス――男曰く、どんな生物も一発ノックアウトの求愛ダンス――を踊っていた。
 死神ちゃんが思わず「うわあ」と辟易とした声を上げると、男は嬉々とした表情を浮かべて死神ちゃんのほうに首を振った。


「あ! ふてぶてしい死神幼女!」


 その合間に、彼に迫られていたモンスターは一目散に逃げていった。残念そうに口を尖らせる彼の頭を、死神ちゃんは思い切り引っ叩いた。

 この失礼かつ怪しい彼は、これでも偉い学者先生だった。魔法生物がメインの生物学をしており、このダンジョンにもフィールドワークの一環でやって来ていた。彼は召喚士としても腕がよく、複数同時召喚ができた。彼が仲間として呼びだすケモな人が、フレンズを伴ってポポポポーンと現れてくれるのだ。おかげで先日、死神ちゃんは彼が呼び出した猫獣人フェルパーに『同族の香りがするのにゃ』と群がられ、にゃんこの嫉妬を買った。
 先ほど彼がとしていたのは赤い悪魔だった。死神ちゃんは苦い顔を浮かべると、どうして悪魔に求愛ダンスを踊っていたのかと尋ねた。すると、彼は面目なさそうに笑いながら頭を掻いた。


「いやあ、ここでのフィールドワークは意外とお金がかかるものでね。だから、小遣い稼ぎでもしようかと思って。――今、とある貴族が珍獣ハンターを募集しているんだ」

「珍獣ハンター?」


 死神ちゃんが一層苦々しげな顔を浮かべると、彼は「うん、そう」とあっけらかんとした面持ちでうなずいた。何でも、そのとある貴族は諸事情により、主も使用人も含めて全員が全員寝不足気味なのだという。心地よい睡眠を得るべく様々なことを試したそうなのだが、度々起こるアクシデントのせいでどれもこれも焼け石に水状態なのだとか。そのため、貴族は珍獣ハンターを雇って野生のバクを捕獲しペットとすることに決めたらしい。
 死神ちゃんは話を聞きながら、頭を抱えて俯いた。どうしたのかと尋ねられると、死神ちゃんは気まずそうに視線を逸らしてポツリと呟いた。


「いや、その貴族の関係者を複数人、知っているものだから……」

「幼女死神は顔が広い……っと!」


 生物学者はポケットから素早く紙とペンを取ると、今まさに言った言葉をメモとして書きつけた。気が済むまでペンを走らせると、彼は話の続きをし始めた。


「まあ、そんなこんなで、当面の資金を稼ぐために珍獣ハンターとして雇ってもらおうと思って。僕ほど生物に詳しい者はいないだろうから即採用されると思っていたんだけれど、試験を受けて欲しいと言われて」

「それで赤い悪魔を口説いていたのか」


 死神ちゃんがそう言うと、彼は大きくうなずいた。どうやら、悪魔系のモンスターが特殊な角笛を落とすそうで、それを持ち帰ったものを雇うということらしいのだ。しかしながら、特殊なアイテムというのは入手率が極めて低い。さらに、それをドロップするモンスターというのも遭遇率が低かった。なので、そんな物珍しいアイテムを手に入れられるということは、それだけレアなモンスターと遭遇する――つまり〈バクを捕獲する機会〉も多く得られる幸運者だろうという判断なのだそうだ。


「僕は知識と経験をもとに、誰よりも多くあの赤い悪魔と遭遇していると思うよ。だけど、学者として、無意味な殺生はしたくないじゃあないか。だから、僕にメロメロになってもらって、穏便にアイテムを差し出してもらおうと――」


 彼は何か気配を感じたのか、話の途中でハッと息を飲み顔を上げた。そしてキョロキョロと辺りを見回すと、一目散にどこかへと走っていった。


「おい、いきなりどうしたんだよ?」

「あの赤い山羊頭の気配がしたんだ!」

「そういうの、分かるものなのか……?」

「当たり前だろう? なにせ、僕はファンタスティックな生物学者だからね!」


 当然とばかりに爽やかな笑みを浮かべる彼に、死神ちゃんは呆れて閉口した。しかしながら、彼は本当に赤い悪魔のもとへと辿り着いた。死神ちゃんは〈信じられない〉と言いたげな表情を浮かべると「わあお、ファンタスティック」と思わず呟いた。
 彼は赤い悪魔をどうにかほだそうと、渾身の求愛ダンスを踊り始めた。もちろん、悪魔は興味がなさそうであるどころか、迷惑そうだった。
 悪魔は攻撃を仕掛けようと、四本の腕を大仰に開いて構えた。それを見た生物学者は何故か嬉しそうに頬を染め上げると、同じようなポーズをとった。死神ちゃんは表情もなく、口早に「何してんだ」と尋ねた。すると彼は喜々と声を弾ませた。


「何って! そりゃあ、あれだよ! どうやら求愛に応えてくれているみたいだから、同じ動きで気持ちを同調させて、もっとお近づきになろうかと!」

「赤いアイツ、今、少し後ずさったぞ。求愛ポーズじゃあなくて、警戒のポーズなんじゃあないのか?」

「いいや! あの潤んだ瞳はきっと、僕にビビビッと来たに違いないんだ!」


 そのまま、彼と赤い悪魔はじりじりと同じポーズで間合いを取り合った。埒が明かないと思った赤い悪魔は仲間を呼び、それを見た生物学者は一層喜んだ。


「お友達を紹介してくれるとか! 僕たちの関係も、随分と進んだようだね!」

「絶対に違うと思うぞ」

「――あっ、ほら! またお友達が増えた! ……ああもう、そんなにたくさんでギュウギュウと来られても、僕一人じゃあ受け止めきれな……痛い痛い痛い痛いッ!」


 生物学者は悲鳴を上げると、押しくら饅頭してくる赤い悪魔たちの隙間から必死に抜け出そうとした。何とか脱出した彼は、ようやく自分が攻撃されているということに気がついた。これはまずいと思った彼は踵を返すと一目散に走って逃げたが、落とし穴で分断された道に逃げ込んでしまい、退路を失ってしまった。


「仕方がない……。ここは奥義を使うとしよう……」


 そう言って彼はスウと息を吸い込むと、軽やかにヨーデルを歌い始めた。そしてその歌声に導かれて現れた鶏を大切そうに抱えると、彼は落とし穴に向かって猛ダッシュした。
 彼が思い切りジャンプをした瞬間、鶏はブワッと羽を広げて羽ばたいた。まるでスローモーションのようにふわりと対岸に降り立った生物学者を呆然と見つめると、死神ちゃんは「えええ」と不服そうに声を上げた。


「何、落とし穴を飛び越えているんだよ! そのまま落ちちまえよ!」

「はっはっはっ、さすがは死神、口が悪いなあ」

「ていうか、何で大人の男ひとりぶら下げて飛べるんだよ! おかしいだろう!」

「嫌だなあ、鶏は空の支配者だよ? そのくらい、ワケないに決まってるだろう?」


 誇らしげに胸を張る彼に、死神ちゃんはなおも納得いかないとばかりに「ええええ」と呻いた。それと同時に、彼の目の前に魔法陣が現れた。――赤い悪魔が転移魔法を使って対岸から渡ってこようとしていたのだ。
 無事逃げおおせたと思っていた彼だったが、足もとの魔法陣を見てもうこれ以上は逃げられないということを理解した。彼はフウと諦めのため息をついた。


「仕方がない。自然の力を見せつけてやるとするか……」


 彼は再びヨーデルを歌いだした。すると、次から次へと鶏が現れた。辺り一面を埋め尽くす鶏たちはまるでアクション映画に出てくる白い鳩のように羽根を撒き散らし、そして鋭くコケーと鳴いた。理解の追いつかなかった死神ちゃんは自然の力とやらをひしひしと感じながら、あれこれと考えることをやめた。

 驚くことに、鶏は凄まじく強かった。あれだけ増えた中ボス級の強さの悪魔を、いとも簡単に撃退したのだ。
 鶏が誇らしげにコケコケ鳴きながら去っていったあと、その場には角笛がひとつ残されていた。生物学者はそれを拾い上げると、品定めをするようにじっと見つめながら首を傾げた。


「うーん、聞いていた角笛の特徴とは違う気がする。でも、その話だって〈噂〉であって、実際に目にした人がいるかどうかも怪しいしなあ……」

「とりあえず、吹いてみたらどうだ?」


 死神ちゃんの提案に、彼はうなずいた。思いっきり息を吹き込むと、地獄の呼び鐘とでも形容するのがぴったりな、計り知れない力を秘めた音が地鳴りのように鳴り響いた。そしてその音とともに、異界へと通じる門が現れた。
 中から現れたのは、死神ちゃんもあったことのある青い悪魔だった。彼は感激した様子で死神ちゃんの両手をとり握手をすると、興奮気味に捲し立てた。


「またお会いできるだなんて、光栄です! そうそう、年明けの新春コンサート、私もお伺いしますよ! ここで働いているうちの家族が、実家全員分のチケットを押さえてくれたそうで! こちらにお邪魔するの久々な上に、コンサート参戦とか、もう……!」


 生物学者はその様子をぽかんとした調子で見つめると、ハッと気を持ち直してメモを走らせた。


「幼女死神は魔界で大人気。幼女死神はお歌が得意。幼女死神はおだてられることに弱い。幼女死神は、やっぱりちょっとおっさん臭――」

「うるさい!」


 ブツブツと念仏のように唱えながらペンを走らせていた彼は、グレートな青い悪魔の怒りを買って渾身の一撃を食らった。ようやく静かになったと頬を緩めた悪魔だったが、召喚者が死亡したことにより帰宅時間となったようだった。またコンサート会場で、と名残惜しそうに去っていく悪魔を見送ると、死神ちゃんはため息混じりに壁の中へと消えていったのだった。




 ――――なお、裏の世界でも何故かヨーデルが流行り、来年度のセイレーンさんの実装曲が急遽ヨーデルに差し替えとなったという。死神ちゃんは美味しいチキンを頬張りながら、解せぬという顔を浮かべたそうDEATH。
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