撫子の華が咲く

茉莉花 香乃

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姫と呼ばれています

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本日、撫子が屋敷に来る。

政子は渋っていたが、帝直々のお声掛りであれば反対することは憚られるのかわたしには何も言わなかった。

『それならば何故、三の君の時に無理やり入内させなかったのですか?』
と家令にボヤいていたらしいが帝より九つも年上では仕方があるまい。

貰い手が無くなる前に、年相応の公達を通わせることに政子も当時相当乗り気だったはずだ。

『主上の覚えめでたい今をときめく公達が婿だなんて本当にようございました』
と大騒ぎで支度をしていたと覚えている。

帝と年もそう変わらない、末の男の子が姫なら入内も考えたかもしれないけれど…。

撫子は入内が決まっているので、粗末には出来ない。
しかし、あまりにすると政子が怒る。板ばさみな状況でほとほと困ってしまう。それでも、家令が滞りなく支度をしてくれているので、問題はない。

あちらの屋敷にいた頃、撫子はわたしには懐かず会ったのは四つか五つくらいまでだった。
その頃には乳姉妹と遊ぶ方が偶に訪れる父に会うより良かったのだろう。庭でその乳姉妹の妹であろうか、三人で遊んでいる姿を見た事があった。

なので、撫子は恥ずかしいのかわたしの前にも現れなかった。乳姉妹の女房にがっちりガードされて、顔を伺うことも叶わなかった。使者として迎えに行かせた家令が牛車に乗る時にチラリと見えたのは、それはそれは綺麗な姫らしい。

髪も艶やかで長く、

『どこに出しても恥ずかしくない姫さまです』

力強く云ってくれたので、安心である。

幼い頃は十人並みだったように覚えているけれど、成長とともに美しくなったのだろう。あの美しい人の娘なので心配はしていなかったが、万が一帝に見向きもされない容姿では何のために頑張るかわかったものじゃない。

毎日一度は部屋へ足を運ぶが、十日も経ったころようやく撫子と対面した。

気分が優れず、ずっと臥せっていたのだと云う。

「なんどもお見舞いに来て頂いたにも関わらず申し訳ございません」
「急なことで体調を崩してしまったのだろう。あの人のことを思い出すにつれ、そなたが息災に過ごされているか気になってしまい、急がせてしまった。もう体は良いのかい?」
「はい、お陰様で、お父上さまにもお母上さまにも良くして頂きありがとうございます。本来なら、こちらから伺わなくてはならないものを申し訳ございません」

少し低めの声だ。風邪だったのかもしれない。環境の変化に付いて行けなかったのか?

『あの人もどこか儚いところがあったな』

なんて、昔のことを思い出した。

撫子の鈴を転がしたような声を聞きたかったが仕方あるまい。そういえば三人の姫もそこまで高い声ではない。あの人の声は高く、ころころとよく笑っていた。もしかして声はあの人に似なかったのかもしれない。撫子は家令の言う通り、綺麗で皇后になるべくして生まれて来たのではないかと思われるほどだった。

やった。
これで次代の帝のお祖父さまになれる。

わたしは今上帝の大叔父に当たるが、やはり次代の繋がりとしてはもっと強くなりたいと思ってしまったのである。

撫子には『入内』の話はまだしていない。
こちらに来るだけで、臥せってしまうか弱き姫には今一時をこの屋敷で過ごして貰おう。

喜んでくれるだろうか?

きっと喜んでくれるはずだ。


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