撫子の華が咲く

茉莉花 香乃

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恋は苦しいものですか?

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「なでしこ!」

二の宮が走り寄って来られた。

帝がいらっしゃると連絡があったのに、明日香さまがいらした。それでもどこからか薫る帝の香りに胸が締め付けられる。
残り香だろうか、二の宮から帝の香りがしていつもの通り膝の上で抱き寄せているのを、帝に抱き締め返してもらっているように感じる。
後ろに回る幼い腕を逞しい帝の腕と思ってしまい、切なさでいっぱいになった。

基良さまも近くにおいでになったので手招く。
東宮を抱き寄せていると、
「やあ、東宮たちが世話になっているようだね。…本当に懐いているんだね」

二人の後から会いたかった人がいらっしゃった。

先ほど「じきに主上がお見えになるそうです」と桔梗が顔を顰めて云って来た。

桔梗にしてみたら良い印象などないのだろう。しかしながら、わたしは会いたかった。

久しぶりに見た帝は以前と同じ優しげな笑顔だった。

東宮たちがいらっしゃるので穏やかなのだろう。そうだとしても険しいお顔など見たくない。わたしに向けられる笑みではなくともそれは嬉しく、心は落ち着く。

上座を帝に譲り、挨拶をする。
顔を上げて、思わずそのまま見つめてしまう。わたしはちゃんと笑顔で返せているだろうか?真っ直ぐにわたしをご覧になって…何故わたしに笑みを向けて下さるのだろう。

「……」
「しばらくこちらに来ていなかったけれど、変わったことはないかい?」

幾分以前より優しく感じる帝のお言葉に嬉しさがこみ上げる。

「なでしこ、とうさまのこと好き?」
「えっ?…」

何故突然明日香さまがそんなことを聞いてこられたのか分からない。
なんと答えれば良いのか?
…東宮たちの手前…と云うことにして「はい、お慕いしております」と本当の気持ちを伝えた。

「なでしこ、ぼくよりもとうさまが好きなの?」
「明日香、撫子が困っているよ」

基良さまがたしなめて下さるが、
「だって、なでしこがとうさま見て嬉しそうなんだもの。ねえ?教えて?」
と抱きついてくる。

耳元で「明日香さまが一番好きですよ」と云うと、パッと笑顔で「本当?」と聞かれたので、「はい。わたくしは明日香さまと基良さまが一番好きです」と答えた。

ボソボソと呟くように尋ねられたそれもわたしの声も、おそらく帝にも控えている女房たちにも届いていないだろう。

隅に控えている讃岐と藤式部がオロオロとしているので、
「お二人とも、今日はお父さまとご一緒ですか?」
と帝の話に戻した。

二の宮がわたしの膝から離れて上座に座る帝の側に走り寄ると、
「ほら、なでしこは綺麗でしょ?ぼくなでしこ、だあい好きなの。なでしこもぼくのこと、一番好きだって!」
「そうなのか?妬けるな」

誰に対して妬けるのか?
二の宮が帝よりわたしに懐いているのに違いないが、一瞬わたしに対して嫉妬して下さっているのかと勘違いしそうになる。
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