撫子の華が咲く

茉莉花 香乃

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恋は苦しいものですか?

08

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欺いていたわたしになど会うのも嫌に違いない。飛香舎ひぎょうしゃ(藤壺)にお渡りにならなくなった日の長さが表している。
今日はどの様な流れで一緒にお見えになられたかわからないけれど、東宮と二の宮のために仕方なく飛香舎にいらっしゃったのだろう。

…あの時も一瞬嫉妬されているのかと思ってしまった。

三条邸で催された宴の話をしていた時だったか。

後宮に出仕して暫くがたった時、幼い頃教えてもらったことがある公達が飛香舎に挨拶に来ていた。
最初、気付かなかった。

「三条邸の管弦の宴では、わたくしの笛を聴いて下さったと思うと、嬉しいです。こうして拝謁できるのをみんな喜んでおります」

よく見ると、見たことのある顔に思わず「他にはどなたがおられたのですか?」と聞いていた。御簾ごしではあってもこちらからは割とよく見える。

衛門に睨まれてしまった。
声をかけられた右近の少将は少し驚いたようだったけれど、宴で演奏した方の話を始めた。

今まで面会したいと云う申し出に、億劫だったので何かと理由をつけて断っていたけれど、少しだけ楽しみができた。見知っている人が出世して、参内している姿を見るのは嬉しい。

右近の少将には「ぜひこちらで笛の演奏をして下さいね」とお願いした。
わたしは琴も好きだが笛の方が好きなのだ。

…あの時、
「本当にお上手でいらして、以前より優しい音色で女房も聞き惚れていました」
と右近の少将の話をした後、帝の様子が一変したような気がした。

そして乱暴に抱かれた。

今となっては帝に触れる事のできた大切な時間だった。

傷つけた事への罪滅ぼしのおつもりなのか傷を労って下さったのは、夢の中の出来事だった。

夢は醒めた。

宝物のような傷は癒え、夢は醒めたのだ。



その日を境に、帝はまた飛香舎へお渡り下さるようになった。東宮たちと示し合わせたのか一緒にいらっしゃる時もあった。

「なでしこはお琴ね。とうさまが琵琶。にいさまは笛だよ」

東宮は琴より笛に興味があり、上達も早かった。帝に男だと知れてからは笛を教えて差し上げた。わたしに習わなくても教授はいるし、わたしが演奏して聞かせてあげる事は出来ないけれど、基良さまは楽しみにされている。

「では、二の宮さまはわたくしの側で一緒に琴を奏でましょう」
「おや、明日香は演奏できるのかい?基良も上達したのかな」

帝も楽しそうだ。

いつも控えている女房の他におそらく梨壺から、何人も伺候しているのだろう、たくさんの女房が集まり賑やかになった。

四人で合奏したり、帝と基良さまの合奏を聴いたり、華やかな時間は楽しく過ぎてゆく。

…けれど、あの日女房が噂していた、帝と女御たちのことはわたしを苦しめた。

あれから女房の噂話に、帝と三人の女御の話は少なくなった。衛門か誰かがわたしの耳に入れないよう、おもんぱかっているのだろう。それでも、噂好きの女房の口からは度々帝の話が話題に上る。

今も変わらず毎夜、誰かが帝のお側にいるのかと思うと苦しい。

夜に他の女御に会っているのに、昼には飛香舎を訪れる。

わたしが清涼殿に召されても、何の用事もないのだから仕方ないこととは云え『好きだ』と気付いてしまった心は深く傷付いて、帝の前で笑顔を作るのが難しくなってきた。

笑顔を作っている時点でダメなのかもしれないけれど。


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