撫子の華が咲く

茉莉花 香乃

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恋の駆け引きなんて知りません

06

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「東宮さまは泣かれてしまわれたのです。その時女御さまは『東宮さまのお側を離れるわけない』と云って下さってやっと落ち着かれたのですけれど…それからは少し情緒不安定で…」
「そんなことがあったのか…」
「東宮さまは主上と女御さまが喧嘩されていて、女御さまが主上に意地悪されていると思ってらっしゃるのです」
「そんなことはないよ」
「そうでしょうか?」
「……」

やはりあれのことなのか?

「恐れながら…何故藤壺の女御さまだけ清涼殿へのお渡りがないのですか?そのような仕打ちは女として我慢できるものではありません。このところの藤壺の女御さまがどことなく哀しげでいらっしゃるのは、主上もお気付きのはずです。それなのに優しいお言葉の一つもなく…。女御さまが何もご存知ないとお思いですか?女御さま方のお渡りの様子をご覧になられる事はないとは思いますが、噂は耳に入ります。女御さまが里下がりしたいと思われるのも無理からぬ事ではないでしょうか?
…失礼します」

…言い返せない。

藤式部は云うだけ云って退出した。

しかし、あれは男なのだ…とは云えないし…。

控えていた女房の一条が、笑いをこらえている。
一条は衛門と同じくらいの年齢で女御入内の折に一緒に出仕した衛門と再会を喜んでいた。わたしの周りで撫子の秘密を知っているただ一人である。





右大臣が目通りを、と来たのだけれど、「あの…」や「にょ…その…」や「さと…いや…」と何が云いたいのか分からない。
あの日の藤式部を思い出す。

もしや、またあの話か?あり得ることではある。
むしろ遅いくらいだ。

「なんだ。云ってくれないと分からないよ」
「はい…。さと…いや…。…主上、女御さまが殿舎を移りたいと…いえ…」
「えっ…」
「いえ…良いのです。申し訳ございません」
「変わりたいと云っているの?」
「…はい」
「どこに?」
「…淑景舎しげいしゃに…」

一番遠いではないか?

「何故?」

幾分ぶっきらぼうになってしまうのは仕方ない。

「東宮さまたちのお側が良いと…」

ああ、撫子は本当に皇子を愛してくれているのだな…と思うけれど…。

わたしは?
基良と明日香がいればわたしは必要ないのか?

藤式部に云われるまでもなく、撫子の笑顔が少なくなった事は気になっていたし、僅かに見せてくれる笑みは憂いを帯びている。

わたしには会いたくないのか?
顔を見るのも嫌なのか?

「許さない…」
「へっ?」
「許さないと云ったんだ!飛香舎を出るなど許さない!」


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