68 / 98
番外編ー弐 兼道の疑問
03
しおりを挟む
わからないのであれば、撫子の乳母とわたしとの関係は、娘である桔梗には伝えない方が良いだろう。
その日は一度、女御さまに会って、三条邸に戻り三の君に会いに行った。
やはり似ている。
女御さまは近頃落ち着いておられて、帝の寵愛を一身に受け貫禄が出てきた。
…たまに衛門に叱られていたりするけれど。
もともと肝の据わった人なのだろう。頼もしい限りである。
それから数日後のこと、桔梗が会いたいと連絡してきた。
「お殿さま、思い出したことがございますので、お役に立てるかわかりませんが連絡させて頂きました」
「なんだい?」
「はい。母上と二人で過ごす夜に母上はわたくしにはまだ難しいかなと云いながら色々な話をして下さいました」
それは……
『人の心は自在に操ることはできないと知っているけれど、案外自分の心も自在に操ることはできないのよ』
『桔梗が大きくなって撫子姫に仕える時には、一心にお仕えするんだよ。かあさんは御方さまを哀しませてしまった』
『桔梗のとうさまは真面目で穏やかな人だった。惟忠のとうさまは優しくて素敵な人だった』
『惟忠のとうさまはね…躑躅の君と仰った。もうお会いすることは叶わないけれど、今でも愛しいわ。身分の高い方だったけどお優しかったのよ』
………
「惟忠の父上のことを語る母上の話は、全て過去形で語られていたので身罷られたのだなと思っておりました」
言葉が出なかった。
ただ、「女御さまは……わたしの子だよ」とポツリと呟いた。
『躑躅の君』とはわたしのことだろう。
誰にも呼ばれたことのない。
六条の屋敷に籠もりがちなあの人を宇治の別荘に連れ出したことがあった。疲れが出たのか少し熱が出たあの人を別荘に寝かせて、撫子の乳母と近くの寺へ出かけた。
夏の終わり頃だった。
躑躅が満開で二人でゆっくりと満ち足りた時間を過ごした。
そして、宇治から都へ帰ったら、わたしを拒むようになった。
愛しいと思っていてくれたのか?
桔梗に伝えていたのは、わたしとの縁を繋ぐため?二人にしか判らない秘め事のようなそれ。
「女御さま…」
「父上?如何されたのですか?…桔梗?」
人払いして女御さまと桔梗と三人で飛香舎の一室に入った。
何事かと訝しがられるのは仕方ないだろう。
「あの…わたくしも、話が見えていないのですが…こ、いえ、女御さまのお父上が右大臣さまだとは表向きでは無く、本当のお父上と云うことなのでしょうか?と、云うことはわたくしたちの母上とお殿さまとは…」
「すまない…」
その日は一度、女御さまに会って、三条邸に戻り三の君に会いに行った。
やはり似ている。
女御さまは近頃落ち着いておられて、帝の寵愛を一身に受け貫禄が出てきた。
…たまに衛門に叱られていたりするけれど。
もともと肝の据わった人なのだろう。頼もしい限りである。
それから数日後のこと、桔梗が会いたいと連絡してきた。
「お殿さま、思い出したことがございますので、お役に立てるかわかりませんが連絡させて頂きました」
「なんだい?」
「はい。母上と二人で過ごす夜に母上はわたくしにはまだ難しいかなと云いながら色々な話をして下さいました」
それは……
『人の心は自在に操ることはできないと知っているけれど、案外自分の心も自在に操ることはできないのよ』
『桔梗が大きくなって撫子姫に仕える時には、一心にお仕えするんだよ。かあさんは御方さまを哀しませてしまった』
『桔梗のとうさまは真面目で穏やかな人だった。惟忠のとうさまは優しくて素敵な人だった』
『惟忠のとうさまはね…躑躅の君と仰った。もうお会いすることは叶わないけれど、今でも愛しいわ。身分の高い方だったけどお優しかったのよ』
………
「惟忠の父上のことを語る母上の話は、全て過去形で語られていたので身罷られたのだなと思っておりました」
言葉が出なかった。
ただ、「女御さまは……わたしの子だよ」とポツリと呟いた。
『躑躅の君』とはわたしのことだろう。
誰にも呼ばれたことのない。
六条の屋敷に籠もりがちなあの人を宇治の別荘に連れ出したことがあった。疲れが出たのか少し熱が出たあの人を別荘に寝かせて、撫子の乳母と近くの寺へ出かけた。
夏の終わり頃だった。
躑躅が満開で二人でゆっくりと満ち足りた時間を過ごした。
そして、宇治から都へ帰ったら、わたしを拒むようになった。
愛しいと思っていてくれたのか?
桔梗に伝えていたのは、わたしとの縁を繋ぐため?二人にしか判らない秘め事のようなそれ。
「女御さま…」
「父上?如何されたのですか?…桔梗?」
人払いして女御さまと桔梗と三人で飛香舎の一室に入った。
何事かと訝しがられるのは仕方ないだろう。
「あの…わたくしも、話が見えていないのですが…こ、いえ、女御さまのお父上が右大臣さまだとは表向きでは無く、本当のお父上と云うことなのでしょうか?と、云うことはわたくしたちの母上とお殿さまとは…」
「すまない…」
11
あなたにおすすめの小説
バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?
cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき)
ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。
「そうだ、バイトをしよう!」
一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。
教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった!
なんで元カレがここにいるんだよ!
俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。
「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」
「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」
なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ!
もう一度期待したら、また傷つく?
あの時、俺たちが別れた本当の理由は──?
「そろそろ我慢の限界かも」
彼はオタサーの姫
穂祥 舞
BL
東京の芸術大学の大学院声楽専攻科に合格した片山三喜雄は、初めて故郷の北海道から出て、東京に引っ越して来た。
高校生の頃からつき合いのある塚山天音を筆頭に、ちょっと癖のある音楽家の卵たちとの学生生活が始まる……。
魅力的な声を持つバリトン歌手と、彼の周りの音楽男子大学院生たちの、たまに距離感がおかしいあれこれを描いた連作短編(中編もあり)。音楽もてんこ盛りです。
☆表紙はtwnkiさま https://coconala.com/users/4287942 にお願いしました!
BLというよりは、ブロマンスに近いです(ラブシーン皆無です)。登場人物のほとんどが自覚としては異性愛者なので、女性との関係を匂わせる描写があります。
大学・大学院は実在します(舞台が2013年のため、一部過去の学部名を使っています)が、物語はフィクションであり、各学校と登場人物は何ら関係ございません。また、筆者は音楽系の大学・大学院卒ではありませんので、事実とかけ離れた表現もあると思います。
高校生の三喜雄の物語『あいみるのときはなかろう』もよろしければどうぞ。もちろん、お読みでなくても楽しんでいただけます。
握るのはおにぎりだけじゃない
箱月 透
BL
完結済みです。
芝崎康介は大学の入学試験のとき、落とした参考書を拾ってくれた男子生徒に一目惚れをした。想いを募らせつつ迎えた春休み、新居となるアパートに引っ越した康介が隣人を訪ねると、そこにいたのは一目惚れした彼だった。
彼こと高倉涼は「仲良くしてくれる?」と康介に言う。けれど涼はどこか訳アリな雰囲気で……。
少しずつ距離が縮まるたび、ふわりと膨れていく想い。こんなに知りたいと思うのは、近づきたいと思うのは、全部ぜんぶ────。
もどかしくてあたたかい、純粋な愛の物語。
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
僕の恋人は、超イケメン!!
刃
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
雪解けを待つ森で ―スヴェル森の鎮魂歌(レクイエム)―
なの
BL
百年に一度、森の魔物へ生贄を捧げる村。
その年の供物に選ばれたのは、誰にも必要とされなかった孤児のアシェルだった。
死を覚悟して踏み入れた森の奥で、彼は古の守護者である獣人・ヴァルと出会う。
かつて人に裏切られ、心を閉ざしたヴァル。
そして、孤独だったアシェル。
凍てつく森での暮らしは、二人の運命を少しずつ溶かしていく。
だが、古い呪いは再び動き出し、燃え盛る炎が森と二人を飲み込もうとしていた。
生贄の少年と孤独な獣が紡ぐ、絶望の果てにある再生と愛のファンタジー
雪を溶かすように
春野ひつじ
BL
人間と獣人の争いが終わった。
和平の条件で人間の国へ人質としていった獣人国の第八王子、薫(ゆき)。そして、薫を助けた人間国の第一王子、悠(はる)。二人の距離は次第に近づいていくが、実は薫が人間国に行くことになったのには理由があった……。
溺愛・甘々です。
*物語の進み方がゆっくりです。エブリスタにも掲載しています
リンドグレーン大佐の提案
高菜あやめ
BL
軍事国家ロイシュベルタの下級士官テオドアは、軍司令部のカリスマ軍師リンドグレーン大佐から持ちかけられた『ある提案』に応じ、一晩その身をゆだねる。
一夜限りの関係かと思いきや、大佐はそれ以降も執拗に彼に構い続け、次第に独占欲をあらわにしていく。
叩き上げの下士官と、支配欲を隠さない上官。上下関係から始まる、甘くて苛烈な攻防戦。
【支配系美形攻×出世欲強めな流され系受】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる