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番外編ー伍 それぞれの未来 《麗景殿の女御編》
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「主上…わたくしがお側にいてもよろしいですか?」
「撫子…来てくれたのか?」
振り向いて下さらないから帝の表情はわからないけれど、その声は張りがなくいつもの威厳ある雰囲気ではなかった。
「主上の御心を一番に考えるのがわたくしの務めですよ。主上の哀しみも、辛さもわたくしに分けて下さいませ」
「…わたしが…」
「ご自分の所為だなどと仰らないで…」
「……」
未だにわたしに顔を見せて下さらない帝に寂しさがこみ上げる。
「それならばわたくしにも同じ罪を分けて下さい…いえ、そんなふうに云うことさえ驕りなのでしょうか?」
「あなたは悪くない」
「それならば主上も悪くないのです。衛門が『男と女とは当人同士でしかわからない機微がある』と云っていました。わたくしはそんなに経験が無いのでわかりませんが、主上を愛して初めて誰かを愛しいと、誰にも渡したくないと思いました。麗景殿さまは入内される前からその人を思ってらしたのです。主上には不敬に当たるかもしれませんが、人の心は複雑です」
「それでも…」
「こちらを見て…わたしを見て…わたしからも目を背けるの?嫌だ!」
「撫子?」
「主上が…わたし以外の人を思って悩むなんて嫌だ。たとえそれが罪の意識だとしても…嫌だ。わたしを見て、わたしだけを……許されないことかもしれないけれど、誰にも…一時も…」
やっとこちらを向いて下さった帝はいつもと様子の違うわたしに驚かれて、慌てて抱きしめて下さった。
酷く動揺して取り乱してしまったけれど、止めることはできなかった。
「惟忠…」
帝は二人きりの時にわたしの名を…真の名を呼んで下さる。
「基雅さま…」
わたしも帝の名を囁く。
特別な存在であると認められたようで名を呼ぶたびに幸せが訪れる。
ひとしきり口付けて、額を合わせてじっとわたしをご覧になった。
「びっくりしたよ。惟忠があんなに感情を表に出すのは初めてだね」
「申し訳ございません」
「謝らないで。嬉しいんだ」
憔悴されたお顔だけれど、わたしには柔らかい笑顔を見せて下さる。
「基雅さま…」
帝の胸に顔を埋めて甘えた。
「…麗景殿は本当に入内する前から?」
「父上の話からそうだろうと思います。筒井筒の仲だと仰ってましたから」
父上は飛香舎を退出する前に、二人のわかっていることを話して下さった。
その男は昨秋から度々麗景殿にご機嫌伺いに来て、相談に乗っていたこと。
大納言は知らなかったらしいけれど、入内する前には二人の間には結婚の約束がされていたこと。
中宮さまが亡くなられて、大納言が急に入内に乗り気になり嫌がる娘を後宮に上げたこと。
そのためにしばらくは会っていなかったけれど、女御付きの女房が塞ぎがちな女御のために、話し相手に来て欲しいと文を出したこと。
…その女房はおそらく撫子姫と桔梗のように乳姉妹のような、常に側に控えて二人の仲も知っていたのだろう。
そうでなければ、女御の話し相手に男性が来て、そのことを父親が知らないはずはない。
「撫子…来てくれたのか?」
振り向いて下さらないから帝の表情はわからないけれど、その声は張りがなくいつもの威厳ある雰囲気ではなかった。
「主上の御心を一番に考えるのがわたくしの務めですよ。主上の哀しみも、辛さもわたくしに分けて下さいませ」
「…わたしが…」
「ご自分の所為だなどと仰らないで…」
「……」
未だにわたしに顔を見せて下さらない帝に寂しさがこみ上げる。
「それならばわたくしにも同じ罪を分けて下さい…いえ、そんなふうに云うことさえ驕りなのでしょうか?」
「あなたは悪くない」
「それならば主上も悪くないのです。衛門が『男と女とは当人同士でしかわからない機微がある』と云っていました。わたくしはそんなに経験が無いのでわかりませんが、主上を愛して初めて誰かを愛しいと、誰にも渡したくないと思いました。麗景殿さまは入内される前からその人を思ってらしたのです。主上には不敬に当たるかもしれませんが、人の心は複雑です」
「それでも…」
「こちらを見て…わたしを見て…わたしからも目を背けるの?嫌だ!」
「撫子?」
「主上が…わたし以外の人を思って悩むなんて嫌だ。たとえそれが罪の意識だとしても…嫌だ。わたしを見て、わたしだけを……許されないことかもしれないけれど、誰にも…一時も…」
やっとこちらを向いて下さった帝はいつもと様子の違うわたしに驚かれて、慌てて抱きしめて下さった。
酷く動揺して取り乱してしまったけれど、止めることはできなかった。
「惟忠…」
帝は二人きりの時にわたしの名を…真の名を呼んで下さる。
「基雅さま…」
わたしも帝の名を囁く。
特別な存在であると認められたようで名を呼ぶたびに幸せが訪れる。
ひとしきり口付けて、額を合わせてじっとわたしをご覧になった。
「びっくりしたよ。惟忠があんなに感情を表に出すのは初めてだね」
「申し訳ございません」
「謝らないで。嬉しいんだ」
憔悴されたお顔だけれど、わたしには柔らかい笑顔を見せて下さる。
「基雅さま…」
帝の胸に顔を埋めて甘えた。
「…麗景殿は本当に入内する前から?」
「父上の話からそうだろうと思います。筒井筒の仲だと仰ってましたから」
父上は飛香舎を退出する前に、二人のわかっていることを話して下さった。
その男は昨秋から度々麗景殿にご機嫌伺いに来て、相談に乗っていたこと。
大納言は知らなかったらしいけれど、入内する前には二人の間には結婚の約束がされていたこと。
中宮さまが亡くなられて、大納言が急に入内に乗り気になり嫌がる娘を後宮に上げたこと。
そのためにしばらくは会っていなかったけれど、女御付きの女房が塞ぎがちな女御のために、話し相手に来て欲しいと文を出したこと。
…その女房はおそらく撫子姫と桔梗のように乳姉妹のような、常に側に控えて二人の仲も知っていたのだろう。
そうでなければ、女御の話し相手に男性が来て、そのことを父親が知らないはずはない。
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