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番外編ー六 それぞれの未来 《桔梗編》
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「何も謝ることなんかない。わたしがあんたの側に居たいから、こうして後宮まで付いて来た。嫌なら付いて行かない。お前はわたしがどれだけお前を大切に思っているかわからないの?」
真剣な顔にどきりとする。
いつも姫さまを優先してわたしは二の次だったはず……でも、幼い頃、泣いて付いて行けば必ず追いついたし、わたしはひもじい思いをしたことがない。
あんなに生活が苦しかったのに。
ああ、そうだ。
わたしを邪険にしながらも、いつもその手はすぐ側にあった。
「でも、三条邸に姫さまの身代わりで行かされたよね?」
「あ、あれは…」
「何よ?」
「お前の…」
「わたしの?」
「お前の十二単衣を着た姿が…」
「十二単が?」
「そのぉ…綺麗だろうなって思って…見たいなって…」
「!…それだけ?」
こくりと頷いてはにかんだ笑顔でこてんと首を傾げても…可愛くない。
「ほら…小さい頃はわたしや姫さまの着物を着てたのに、元服してから女物の着物なんか着てくれないでしょう?」
「当たり前だろ?それに…そんなの知らないよ?」
「ほら…お殿さまが来られる日はかあさまに着せられてたでしょ?可愛かったのよ」
うっとりと思い出すように両手を胸のあたりに重ねて呟かれても…覚えていない。
「あの…」
姉弟のどっちの意味でも泣ける回顧シーンを無粋な男が遮った。
忘れてた…ここによそ者が居ることを。大きな声は…大丈夫な、はず…。
「お二人はたいそう仲がよろしいのですね?確か乳姉妹とか?乳姉妹とはそのように気さくに仲良く出来るものなのですね。羨ましいです。わたくしにも乳兄弟がおりますが、そのような気さくな関係ではないのです。それでも…桔梗さん、女御さまに『これ』と叱るとは如何なものでしょう?いくら乳姉妹の気楽さがあるとは云え、それはあまりに失礼な物云いではありませんか?」
はて?
別に桔梗に『これ』でもなんでも叱られることに抵抗があることはないけれど…今の会話の中に『これ』と叱られる文は無かったはず…。
「…あっ」
桔梗が何か思い出したように口に手を当てて目を見開いている。
「女御さま」
と今度こそ話が漏れないようにと耳元でこそこそと云う。
「惟忠と云ってしまいそうになった時があったわ。その時思い止まって、『これ』で言い淀んだような気がする。もしや他にも何か聞かれたんじゃ……」
ああ…どうしよう。
邪魔をしてはいけないと思い部屋を出て行こうとしていたけれど、もう床とは絶縁状態のよそ者、左京の亮為佐の前に座り居住まいを正した。
「他には何が聞こえましたか?」
わたしの質問に躊躇いながらも、興味を持ったのか楽しんでいるようで腹が立つ。
元々、女の部屋に忍んで入ってくる輩がスリルを楽しまないはずはない。
しかし、ここで腹を立てても仕方ない。
「えっと…そうですね…。『そのような』とか『えっ…知らないよ』とか『そうなの』とか、桔梗さんが女御さまのことをその…『あんた』とか『お前』とか呼ばれてたり、『姫さまの身代わり』とか『十二単が』とか『当たり前だろ』『可愛かったのよ』くらいでしょうか?」
目眩がする。
真剣な顔にどきりとする。
いつも姫さまを優先してわたしは二の次だったはず……でも、幼い頃、泣いて付いて行けば必ず追いついたし、わたしはひもじい思いをしたことがない。
あんなに生活が苦しかったのに。
ああ、そうだ。
わたしを邪険にしながらも、いつもその手はすぐ側にあった。
「でも、三条邸に姫さまの身代わりで行かされたよね?」
「あ、あれは…」
「何よ?」
「お前の…」
「わたしの?」
「お前の十二単衣を着た姿が…」
「十二単が?」
「そのぉ…綺麗だろうなって思って…見たいなって…」
「!…それだけ?」
こくりと頷いてはにかんだ笑顔でこてんと首を傾げても…可愛くない。
「ほら…小さい頃はわたしや姫さまの着物を着てたのに、元服してから女物の着物なんか着てくれないでしょう?」
「当たり前だろ?それに…そんなの知らないよ?」
「ほら…お殿さまが来られる日はかあさまに着せられてたでしょ?可愛かったのよ」
うっとりと思い出すように両手を胸のあたりに重ねて呟かれても…覚えていない。
「あの…」
姉弟のどっちの意味でも泣ける回顧シーンを無粋な男が遮った。
忘れてた…ここによそ者が居ることを。大きな声は…大丈夫な、はず…。
「お二人はたいそう仲がよろしいのですね?確か乳姉妹とか?乳姉妹とはそのように気さくに仲良く出来るものなのですね。羨ましいです。わたくしにも乳兄弟がおりますが、そのような気さくな関係ではないのです。それでも…桔梗さん、女御さまに『これ』と叱るとは如何なものでしょう?いくら乳姉妹の気楽さがあるとは云え、それはあまりに失礼な物云いではありませんか?」
はて?
別に桔梗に『これ』でもなんでも叱られることに抵抗があることはないけれど…今の会話の中に『これ』と叱られる文は無かったはず…。
「…あっ」
桔梗が何か思い出したように口に手を当てて目を見開いている。
「女御さま」
と今度こそ話が漏れないようにと耳元でこそこそと云う。
「惟忠と云ってしまいそうになった時があったわ。その時思い止まって、『これ』で言い淀んだような気がする。もしや他にも何か聞かれたんじゃ……」
ああ…どうしよう。
邪魔をしてはいけないと思い部屋を出て行こうとしていたけれど、もう床とは絶縁状態のよそ者、左京の亮為佐の前に座り居住まいを正した。
「他には何が聞こえましたか?」
わたしの質問に躊躇いながらも、興味を持ったのか楽しんでいるようで腹が立つ。
元々、女の部屋に忍んで入ってくる輩がスリルを楽しまないはずはない。
しかし、ここで腹を立てても仕方ない。
「えっと…そうですね…。『そのような』とか『えっ…知らないよ』とか『そうなの』とか、桔梗さんが女御さまのことをその…『あんた』とか『お前』とか呼ばれてたり、『姫さまの身代わり』とか『十二単が』とか『当たり前だろ』『可愛かったのよ』くらいでしょうか?」
目眩がする。
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