拝啓、親愛なる王子、魔族に求婚されて元従者は花嫁と相成りそうです

石月煤子

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1-1-出会い

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「暁の森へ武者修行!?」

自分が仕える王子の旅先を聞いた従者のロザは耳を疑った。

「そんな馬鹿な、無茶な……」
「確かに初っ端の修行にしてはヘヴィーだよな~」
「本当です、ありえない……王は何故そのような……」

城の厨房で昼下がりのおやつを食べていたら庭師が「そういえば」と話を始め、ロザは驚きの余りシュークリームを無意識に握り潰してしまった。

作り手である大柄な料理人が厳しい顔つきになっているのにもまるで気づかない動揺ぶりに、横で紅茶を飲んでいた執事の赤穴(あかな)は肩を竦める。

ハンチング帽を被った小柄な庭師は磨かれた台に座って足をぶらぶらさせながら失笑した。

「暁の森っていえば魔獣がうろつく超危険地帯だ。なんてったって魔界とこの世の境目だもんな~」
「魔獣だけではありません……時には魔族も姿を現すと」
「魔族が? そりゃいいな、俺も同行してぇ」
「お前は皆の食事を作らねばならぬだろう。そんなに気がかりならばついていくがいい、ロザ」
「赤穴さん……しかし武者修行は代々一人で行うのがしきたりだと聞いています」
「私は王の後をこっそりついていったぞ」
「俺はその後をついていった」
「俺はそんなお前らの後をつけたぞ~」

王の臣下であり友でもある先輩方の罰当たりな話に普段のロザならば顔を顰めるところだが。
最愛の王子を守るためならば、しきたりを破るのも致し方ないと、早々あっけらかんと腹を括るのだった……。



暁の森。
人間界と魔界の境目であり、末恐ろしい姿形をした魔獣が行き来する禁断の領域。
魔獣よりも知能、戦闘能力がずば抜けて高く、人と同じ外見を持った魔族が現れることもしばしば。

そんな物騒極まりない場所へ、十二歳になったばかりの第一王子は意気揚々と武者修業の旅へ赴いた。

十八歳のロザもこっそり主の後をついていった。
癖のないブルーブラックの髪は伸びてきたら手持ちのナイフでザクザク切っていて、身長は平均値をやや越す高さ、日々の鍛錬は欠かさず、しなやかな体で敏捷性に優れている。

切れ長な瞳は時に深い罪悪感に囚われて物憂げに翳ることもあった。
しかし今は王子を見守るのに必死で翳るどころではない。

堅苦しい従者の装束ではなく歩きやすい旅支度で武器も装備し、危険があればすぐにでも王子を……。

『だがな、ロザ。本当に危険が差し迫った時だけだぞ。これは歴代の王達が挑んできた通過儀礼なる武者修行。王子のための試練であるのだから、ことあるごとに助けていては為にならん』

片眼鏡の執事の忠告を胸にロザはストーカーよろしく適度な距離をおいて王子を巧みに尾行した。
王子に仕える前は暗殺部隊に属していたから気配を消すことなんぞ朝飯前だった。

ちなみに敵国の暗殺部隊であった。
五年前、十三歳だったロザは王子の命を狙う暗殺者としてこの国へやってきたのだ。

『君は……誰? もしかして……ぼくのお友達になってくれるひと……?』

嬉しそうに笑いかけてきた王子の首を掻っ切れず、ロザは、その場で自分自身の首を掻っ切ろうとした。

『生き急ぐな、暗殺者よ』
『まだガキじゃねぇか』
『おいおい、早まんなよ~』

止めてくれたのは異変を察して王子の寝室へ駆けつけた赤穴、そして庭師とコックだった。

(あの人達はもっと高い位であってもいいのに、性に合わないからと下の立場から常に王と城全体を支えている……尊敬してやまない人達だ)






城を出て二日、とうとう暁の森へ到着した。

古代樹が頭上高くまで鬱蒼と生い茂り、太陽の光は容赦なく遮断され、昼でも暗い。
夜になれば深い闇に閉ざされて異形の息遣いがどこからともなく行き交う。
世にも妖しい阿鼻叫喚が夜想曲となって不穏な音色を奏でる、人外境。

初めて暁の森に足を踏み入れたロザであったが恐れや迷いは微塵もなかった。

(大事な貴方を守るためならばゴミ同然の……いや、チリにも等しいこの命、捧げてみせます、王子)

一方、王子の方も生まれ持った大らかな性格故か、足を止めることなく森の中を突き進んでいく。
まだ幼さの片鱗残る少年でありながら剣を差し、華奢な背に荷を負い、曇りなき眼で前を見据えていた。

獣の子どもに遭遇すると手放しで喜び、さぁ触ろうと手を差し出し、その度にロザは剣の柄に手をかけた。
執事・赤穴の忠告を思い出して何とか踏み止まりはしたものの心配で堪らない。
そんな従者の気持ちを知る由もない王子は獣らと延々と戯れ、それで結構な時間を費やした。

あっという間に日が暮れた。
暁の森により濃い闇が差し始める。

(王子、そろそろ野宿の準備をしなければ……)

やっと獣の子どもらを解放した主にロザは心の中で必死に訴えかけた。
その時、ふと、風に乗って笑い声のようなものが聞こえてきた。
ロザの凛とした切れ長な双眸にさっと懸念が過ぎる。

「何だろう?」

王子にも聞こえたらしい。
彼は臆するどころか声のする方向へずんずん進んでいくではないか。

(ああ、駄目です、王子……とてつもなく嫌な予感がします……お願いですから足をお止めになってください……!)

ロザの願いも空しく王子は見つけてしまった。
森の懐に紛れた崩れかけの遺跡。

その前に群がる異形達……魔獣だ。

橙の炎が点々と灯り、照らされる面々は角を生やしていたり目玉がなかったり、目玉だらけだったり、手足が逆だったり、ブヨブヨのネチャネチャの塊だったり……何とも形容し難い群集が思い思いに酒を飲み交わしていた。

(しまった、魔獣の酒宴だ)

大木の陰に身を潜めたロザは息を呑む。
そして目を見開かせた。

「おい、誰か芸でもしろ。共食いでも構わん」
「嫌よ、汁が飛んで汚いわ。ねぇ、トゥルシュタインお兄様?」
「確かに。あれは服に着くとなかなか匂いがとれないからな、トゥルネラ」

宴の中央には人間が……ではない、魔族だ。
大型獣の立派な毛皮の上で寛ぐ黒ずくめの彼等はたくさんの魔獣を周りに侍らせており、その類稀な容姿は確かに人間離れしたものであった。

興味津々といった態度丸出しで宴へ歩み寄る王子にロザの自制心はとうとう限界を迎える。

(これこそ本当に危険の迫った時!)

「王子、帰りましょう!」

差し迫った一声に王子、魔獣、魔族の視線が一気にロザへと集まった。

「……」
「人の子二人、男だな」
「あら。可愛らしいこと」

突然の呼びかけにびっくりしている王子と必死でこの場を離れようとしているロザに魔族の一人が言い放つ。

「宴に水を差したな、人間」

立ち上がり、青水晶の眼を細め、魔族の男は命じた。

「去るのは許さん。命が惜しければ留まれ。朝日が昇るまで」




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