3 / 3
1-3
しおりを挟む
「一角の子と遊んでいる」
そう答え、いつの間に手にしていた古めかしい手鏡をロザへと投げた。
逆手に翳した刃はそのままに素早く片手でキャッチし、覗き込むと、王子が角を生やした子馬をよしよしと撫でているではないか。
場所は酒宴が繰り広げられていた遺跡のようだ。
「偽りの光景ではないだろうな?」
「どうして偽りの光景をお前に見せる必要がある。それをして何の意味がある。何の得がある?」
「魔族の考えは与り知れない」
「フン。無粋というより不躾だな、お前」
鏡面に写し出された王子は確かに作り物には見えなかった。
それは、五年前、凍りつきかけていたロザの心を溶かしてくれた笑顔と同じものだった。
「一口で済ませればいいものを」
主の無事を確認した従者は無尽に放出していた殺気を些か収めて魔族に目をやる。
「勝手に一気に煽って失神したお前を王子が案じるものだから、この俺がわざわざ休息の部屋をこしらえ、この俺がわざわざ介抱してやったんだ」
「……そうだったのか」
「そんな懐深き心広き俺に刃を振るうとは、とんだ恩返しを喰らうところだ」
「……そうだな、確かに……いや、すまなかっ……いや、でもどうして」
(口づけされる必要があるんだ!?)
不審者扱い同等の訝しげな眼差しを受けて魔族の男は一歩、ロザへと近づいた。
ロザは咄嗟に身構える。
敵意はなさそうだが、人とは異なる魔族に気を許すのはやはり躊躇われた。
依然として向けられる刃先に彼は不快そうにするでもなく、剣帯ごと外されていたロザの得物を拾い上げる。
「そんな心許ない刃より剣を向けられた方が却って落ち着く」
(俺はやはりとんでもない不躾な真似をしているのだろうか)
介抱してくれた相手に勘違いで激昂し、刃を向けたまま……人ならぬ魔族とはいえ知性があるのだから、感情だって持ち合わせているだろう。
怒りを覚えてもいいはずだ。
それに、あの口づけは魔族の間では挨拶みたいなものなのかもしれない……。
「……すまない、ありがとう」
自分の武器を受け取ったロザは魔族の男の眼を見、素直に非礼を詫びた。
「その青い目、綺麗だな。宝石みたいだ」
「お前も綺麗だ」
「……」
「俺の花嫁に相応しい」
(は?)
今、何て言った?
男の俺が自分の花嫁に相応しいと言ったのか?
「剣で着飾って刃の花束を持て。血化粧がさぞ似合うだろう」
ロザが問い返す暇もなかった。
剣帯の装着を終えた腰元を引き寄せられて魔族の男と自分の正面が重なる。
突然の行為に動じたが、掴んだままの刃を振り仰ぐのは逡巡のため気が引けて足元に向けておいた。
「指輪の代わりに俺の刻印を授けてやろう」
上から目線で告げ、ロザの左手をとるや否や、彼は薬指を口に含んだ。
キリリ、と痛みが走る。
自分にとって余りにも現実的でない言動の数々にどう反応していいのかまるで判断がつかず、ロザは硬直していた。
呆然自失に近い状態にあるロザの額にキスをして魔族の男は言う。
「俺の名はウルヴァスだ。いずれお前を迎えにいくぞ、ロザ」
暁の森に微かな朝日が差す。
日の光を苦手とする魔獣達が嗚咽を上げて魔界へと戻っていく。
日の光を降伏した魔獣達はそのままに……。
「……」
緩々と瞼を持ち上げれば青水晶の残像が不意に脳裏を過ぎり、ロザは瞬く間に覚醒する。
「ロザ、おはよう」
大木の根元で急に飛び起きたロザに目を見張らせるでもなく、王子はにこやかに従者へ挨拶した。
当の従者は珍しく落ち着かない様子で周囲をきょろきょろ見回し、頻りに目元を擦り、やっと最愛なる主を視界に映す。
「あ、王子……!」
「ねぇ、この子馬、もらったんだ。とても可愛いよね。角が生えていて」
微かに注ぐ朝日に照らされた真っ白な毛並みを撫でながら王子は嬉しそうに笑う。
子馬と呼ばれた一角獣も一晩ですっかり懐いたらしく、小柄な体に擦り寄っていた。
「もらったとは……一体誰から……」
「青い目の魔族から」
青水晶の目を持つ魔族のウルヴァス。
暁の森の懐で不可思議な悪夢からなかなか脱しきれずに、ロザは、光り輝く神々しい光景をただ眺めていた……。
そう答え、いつの間に手にしていた古めかしい手鏡をロザへと投げた。
逆手に翳した刃はそのままに素早く片手でキャッチし、覗き込むと、王子が角を生やした子馬をよしよしと撫でているではないか。
場所は酒宴が繰り広げられていた遺跡のようだ。
「偽りの光景ではないだろうな?」
「どうして偽りの光景をお前に見せる必要がある。それをして何の意味がある。何の得がある?」
「魔族の考えは与り知れない」
「フン。無粋というより不躾だな、お前」
鏡面に写し出された王子は確かに作り物には見えなかった。
それは、五年前、凍りつきかけていたロザの心を溶かしてくれた笑顔と同じものだった。
「一口で済ませればいいものを」
主の無事を確認した従者は無尽に放出していた殺気を些か収めて魔族に目をやる。
「勝手に一気に煽って失神したお前を王子が案じるものだから、この俺がわざわざ休息の部屋をこしらえ、この俺がわざわざ介抱してやったんだ」
「……そうだったのか」
「そんな懐深き心広き俺に刃を振るうとは、とんだ恩返しを喰らうところだ」
「……そうだな、確かに……いや、すまなかっ……いや、でもどうして」
(口づけされる必要があるんだ!?)
不審者扱い同等の訝しげな眼差しを受けて魔族の男は一歩、ロザへと近づいた。
ロザは咄嗟に身構える。
敵意はなさそうだが、人とは異なる魔族に気を許すのはやはり躊躇われた。
依然として向けられる刃先に彼は不快そうにするでもなく、剣帯ごと外されていたロザの得物を拾い上げる。
「そんな心許ない刃より剣を向けられた方が却って落ち着く」
(俺はやはりとんでもない不躾な真似をしているのだろうか)
介抱してくれた相手に勘違いで激昂し、刃を向けたまま……人ならぬ魔族とはいえ知性があるのだから、感情だって持ち合わせているだろう。
怒りを覚えてもいいはずだ。
それに、あの口づけは魔族の間では挨拶みたいなものなのかもしれない……。
「……すまない、ありがとう」
自分の武器を受け取ったロザは魔族の男の眼を見、素直に非礼を詫びた。
「その青い目、綺麗だな。宝石みたいだ」
「お前も綺麗だ」
「……」
「俺の花嫁に相応しい」
(は?)
今、何て言った?
男の俺が自分の花嫁に相応しいと言ったのか?
「剣で着飾って刃の花束を持て。血化粧がさぞ似合うだろう」
ロザが問い返す暇もなかった。
剣帯の装着を終えた腰元を引き寄せられて魔族の男と自分の正面が重なる。
突然の行為に動じたが、掴んだままの刃を振り仰ぐのは逡巡のため気が引けて足元に向けておいた。
「指輪の代わりに俺の刻印を授けてやろう」
上から目線で告げ、ロザの左手をとるや否や、彼は薬指を口に含んだ。
キリリ、と痛みが走る。
自分にとって余りにも現実的でない言動の数々にどう反応していいのかまるで判断がつかず、ロザは硬直していた。
呆然自失に近い状態にあるロザの額にキスをして魔族の男は言う。
「俺の名はウルヴァスだ。いずれお前を迎えにいくぞ、ロザ」
暁の森に微かな朝日が差す。
日の光を苦手とする魔獣達が嗚咽を上げて魔界へと戻っていく。
日の光を降伏した魔獣達はそのままに……。
「……」
緩々と瞼を持ち上げれば青水晶の残像が不意に脳裏を過ぎり、ロザは瞬く間に覚醒する。
「ロザ、おはよう」
大木の根元で急に飛び起きたロザに目を見張らせるでもなく、王子はにこやかに従者へ挨拶した。
当の従者は珍しく落ち着かない様子で周囲をきょろきょろ見回し、頻りに目元を擦り、やっと最愛なる主を視界に映す。
「あ、王子……!」
「ねぇ、この子馬、もらったんだ。とても可愛いよね。角が生えていて」
微かに注ぐ朝日に照らされた真っ白な毛並みを撫でながら王子は嬉しそうに笑う。
子馬と呼ばれた一角獣も一晩ですっかり懐いたらしく、小柄な体に擦り寄っていた。
「もらったとは……一体誰から……」
「青い目の魔族から」
青水晶の目を持つ魔族のウルヴァス。
暁の森の懐で不可思議な悪夢からなかなか脱しきれずに、ロザは、光り輝く神々しい光景をただ眺めていた……。
5
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!
古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます!
7/15よりレンタル切り替えとなります。
紙書籍版もよろしくお願いします!
妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。
成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた!
これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。
「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」
「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」
「んもおおおっ!」
どうなる、俺の一人暮らし!
いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど!
※読み直しナッシング書き溜め。
※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。
遊び人殿下に嫌われている僕は、幼馴染が羨ましい。
月湖
BL
「心配だから一緒に行く!」
幼馴染の侯爵子息アディニーが遊び人と噂のある大公殿下の家に呼ばれたと知った僕はそう言ったのだが、悪い噂のある一方でとても優秀で方々に伝手を持つ彼の方の下に侍れれば将来は安泰だとも言われている大公の屋敷に初めて行くのに、招待されていない者を連れて行くのは心象が悪いとド正論で断られてしまう。
「あのね、デュオニーソスは連れて行けないの」
何度目かの呼び出しの時、アディニーは僕にそう言った。
「殿下は、今はデュオニーソスに会いたくないって」
そんな・・・昔はあんなに優しかったのに・・・。
僕、殿下に嫌われちゃったの?
実は粘着系殿下×健気系貴族子息のファンタジーBLです。
余命半年の俺を、手酷く振ったはずの元カレ二人が手を組んで逃がしてくれません
ユッキー
BL
半年以内に俺は一人寂しく死ぬ。そんな未来を視た。きっと誰も悲しむ人は居ないだろう。そう思っていたから何も怖くなかった。なのにそんな俺の元に過去手酷く振り、今では世界的スターとなった元カレ二人がやってきた。彼らは全てを知っていた。俺がどうして彼らを振ったのか、そして俺の余命も。
全てを諦めた主人公と、主人公を諦めきれないイケメンサッカー選手とシンガーソングライターの再会が導く未来は?
婚約破棄を提案したら優しかった婚約者に手篭めにされました
多崎リクト
BL
ケイは物心着く前からユキと婚約していたが、優しくて綺麗で人気者のユキと平凡な自分では釣り合わないのではないかとずっと考えていた。
ついに婚約破棄を申し出たところ、ユキに手篭めにされてしまう。
ケイはまだ、ユキがどれだけ自分に執着しているのか知らなかった。
攻め
ユキ(23)
会社員。綺麗で性格も良くて完璧だと崇められていた人。ファンクラブも存在するらしい。
受け
ケイ(18)
高校生。平凡でユキと自分は釣り合わないとずっと気にしていた。ユキのことが大好き。
pixiv、ムーンライトノベルズにも掲載中
竜神様の番
田舎
BL
いつかX内で呟いた、
『えーん、えーん…💦
竜人の攻めが長いこと探してた番の人間くんを探して(半強制的)に結婚したのに、ツンデレどころかクーデレが過ぎてたせいで、ある日人間くんが「離縁します」と置き手紙残して失踪…!
後悔とブチギレしてる話がなきゃ掃除と洗濯できない😭😭』
という自分の愚痴から始まったツイノベもどきを、再構成と校正しました。
「番」とは何かも知らされず、
選択肢すら与えられなかった人間リオと、
大切にしている“つもり”だった竜人のナガレ。
ちゃんとハッピーエンドです。
騎士隊長が結婚間近だと聞いてしまいました【完】
おはぎ
BL
定食屋で働くナイル。よく食べに来るラインバルト騎士隊長に一目惚れし、密かに想っていた。そんな中、騎士隊長が恋人にプロポーズをするらしいと聞いてしまって…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる