目には目をアルファにはアルファを

石月煤子

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1-1-バレンタインデー

「伊吹生、おはよう、ハイこれ」

朝、起床後の洗顔を済ませてリビングへ行けば、朝食の用意をしていた大学生の姉にソレを手渡された。

「今日ってバレンタインデーでしょ」
「ああ……そういえば」
「夜はサークルがあって遅くなるし、今の内に渡しておこうと思って」
「ありがとう」

制服に着替える前でスウェット姿の甫伊吹生(うらいぶき)は、寝起きにしては精悍な顔つきで律儀にお礼を述べた。




アルファ・ベータ・オメガが混在する、幼稚園から大学まで擁する共学の私立学園に伊吹生は通っていた。

「やっぱ今年もすごすぎ」

自宅マンションから徒歩十分で到着する高等部の教室に差し掛かれば、ベータ性の女子グループがいつにもまして廊下に群がっていた。

「アルファの中でもランク高い人達が集合しちゃってる」
「学園のトップにチョコ渡すベータのコっているのかな」
「恐れ多くて近づけないよね」

彼女達が覗き見している教室に伊吹生は入った。
アルファ性とベータ性で編成されたクラス。
こちらは、いつにもまして香水の香りが立ち込めていた。

「凌貴クンのお口に合えばいいんだけど」
「私は有名なパティシエが監修したチョコレートを選んだの」
「限定フレーバーのブラウニー。オレンジが香って大人っぽい味だから、凌貴クンも楽しめるかなって」

教室の中央で群れる容姿端麗なアルファ女子のグループ。

輪の中心には忽那凌貴(くつなりょうき)がいた。

この学園に幼稚園からストレートで通っている内部生。

どの学年においてもトップクラスの成績を誇ってきた、ダークカラーに統一された制服が恐ろしく似合う、真珠色の肌をした眉目秀麗なるアルファ。

癖のない髪は深黒、大人びた色香が眦に滲む双眸は闇夜の深みを湛えていた。

「ありがとう。今年もまたこんなにプレゼントしてもらえるなんて。どれもセンスがよくて目移りしそう」

うっすらと色づく薄い唇が卒ない美辞麗句を紡ぐ。
彼の席はバレンタインデーの貢物で溢れ返っていた。

「凌貴クン、他校の生徒からも貰ってたよな」
「校門のとこで待ち構えられてるとか、アイドル並み」

女子だけでなくアルファの男子も集う華やかな群れを迂回し、伊吹生は隅の席に着く。

「なーなー、あれ見てよ。去年よりもグレードアップしてない?」

伊吹生の元へいそいそとやってきたのは、自分と同じく高校から入ってきた外部生でベータ性の拓斗だった。

「この教室、香水コーナー並みに香っちゃってるし。ほらほら、どのチョコもめちゃくちゃ高いトコのだよ。あそこまでいくとお供え物みたい」

半ば羨ましがっている拓斗の茶髪頭を伊吹生は撫でてやる。
同じ高等部の二年だが、どうにも弟みたいに思える拓斗のことを日頃から伊吹生は気にかけていた。

「おいっ、ガキ扱いすんな!」

当の本人からは嫌がられているのだが。

「てかさ、ソッチは誰かから貰ってないんですか!?」
「特には」
「あ! おねーちゃんからは貰えるんでしょ?」
「菖からは朝にもう貰った」
「いーないーな! あんな美人なおねーちゃんに貰えるなんて! チョコ十個の価値あんじゃん!」
「声が大きい、拓斗」

姉の菖(あやめ)と伊吹生は血が繋がっていない。

伊吹生の実母、菖の実父が再婚同士で、二人は連れ子同士であった。

「オレはイブキが一番かっこいいアルファだと思うけどなぁ」

そう。伊吹生はアルファ性だった。
能力の高さを鼻にかけて驕り高ぶるアルファとはそりが合わず、大抵、一人でいるかベータ性と行動を共にしている。

短めの黒髪で凛とした上がり眉、日焼けに疎い肌は色白で身長176センチ、バランスのとれたしなやかな体つきは運動部のエースを思わせる、実際は帰宅部なのだが。

凌貴には劣るが成績優秀であり、弁護士の母親を持つ伊吹生は同じ道に進みたいと考えていた。

「凌貴サマはご覧の通り、いっつもアルファに囲まれてベータを寄せつけない、それにやっぱりなんか怖い。でもイブキはさ、外見はとにかく内面もかっこいいっていうか」
「拓斗。シャーペンの芯でもほしいのか」
「そーそー、イブキはさ、芯があんの。どんなときでも曲がんないの。そんで優しい。ごみ当番、オレらベータに押しつけたりしない」
「ごみ捨ては外の空気が吸えて気分転換にいいんだ」
「そもそも凌貴サマが掃除してるの見たことない。日直になってもソレらしいことしない。文化祭や体育祭でも来賓扱いされてる――」
「来賓扱いは言い過ぎだと思うよ、拓斗君」

伊吹生から声が大きいと注意された後、小声で話していた拓斗はヒュッと息を呑む。

「ちゃんと競技にも参加しているし、文化祭でもお手伝いしているつもりだけど」

いつの間にアルファの輪から抜け出して隅の席へやってきた凌貴は、見る間に青ざめていった拓斗に笑いかける。

「お手伝い、じゃない。学校行事は生徒一人一人がメインになって率先して動くものだろ」

凌貴の微笑が深みを増した。

どこか嗜虐性を漂わせる闇夜色の双眸を向けられて、批判紛いの発言をした伊吹生は、怯むでもなく真っ向から見返す。

「放っておこう、凌貴クン」
「ベータの僻みなんか聞き流すのが一番」
「アルファとしての品格が足りなくてベータとつるむようなアルファのなり損ないの方も。わざわざ凌貴クンが相手にする必要ないよ」

すぐに取り巻きのアルファが駆け寄ってくる。
教室の中央に戻るよう促された凌貴は、伊吹生と視線を交わらせたまま、そっと口を開く。

「君達は僕に意見して、僕の行動を制限する、その権限が自分にあるとでも思ってる?」

今度は取り巻きのアルファが一斉に青ざめた。
遠巻きにしていたベータも、教室にいたほぼ全員が凌貴の機嫌を損ねないよう、頑なに息を殺した。

「まるで独裁国家の暴君だな」

一人、伊吹生だけが通常運転だった。

「ッ……皆さん、予鈴はもう鳴りましたよ? 早く席に着きましょう」

担任がやってきても張り詰めた空気は変わらず、この教室のみならず学園の絶対的存在である凌貴がお行儀よく席に着くと、やっと皆も動き出した。

「うう……ごめん、イブキぃ」

凌貴にただただ圧倒されていた拓斗に謝られる。
伊吹生は首を左右に振り、その茶髪頭をいつもの調子でポンポンと撫でてやった。



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