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「そんなことがあったんだ」
「ちっちゃい声で話してたのに丸聞こえ、いきなり真横まで接近されてたし。オレ、瞬殺されちゃうかと思った」
「拓斗、また聞かれるぞ」
伊吹生に言われて、慌てた様子で拓斗は辺りを見回す。
「ッ……いや、いくらなんでも、この距離なら聞こえないでしょ」
そこは学園のカフェテリアだった。
広々としたフロアは中高の生徒で賑わっていて騒がしい。
凌貴を含めたアルファのグループは日当たりのいい窓際のソファ席を陣取っていて、壁際のテーブルで食事をとる伊吹生達とはかなり離れていた。
ルックスのいいアルファが集う中、凌貴は群を抜いていた。
眉目秀麗な見た目も当然ながら、高校生らしからぬオーラがあり、所作の一つ一つも洗練されていて特別な存在感を放っていた。
(文化祭……か)
拓斗の話を思い出して伊吹生は無意識に眉を顰める。
去年の十月の文化祭のことだった。
二十代前後と思しきアルファの来客にオメガの同級生が絡まれ、教師を呼ぶ時間も惜しく、伊吹生はすぐさま止めに入ろうとした。
『それはマナー違反です。誰かに言われないとわかりませんか?』
伊吹生よりも先に彼等を制したのは凌貴だった。
少しも尻込みせず、年上のアルファの群れを冷たげに見据えていたのを、よく覚えている――。
「――全能のアルファ様とか言われてる忽那凌貴のことだもん。どこで誰が何を話してるか、取り澄ました顔で把握してるのかもね」
伊吹生達とランチを共にしているのは中学部三年生の心春(こはる)だった。
前年度、上級生のアルファらに寄ってたかって罵倒されていたところを伊吹生が盾になって庇った、ベータ性の少女であった。
ちなみに、そのとき、心春はある人物を守っていた。
彼女の兄だ。
凌貴と関係を持ち、あっさり断ち切られて心に傷を負ったオメガの一人だった。
「私にとっては最低最悪の暴君アルファ様だけど」
「心春ちゃん、それ聞かれたらやばいよ?」
「アイツは私のことなんか眼中にない。だから、こっちの気が済むまで好き勝手に愚痴り続けてやる」
打たれ弱い兄と違い、なかなか気性の激しい心春は勇ましく言い切ってみせる。
向かい側に座る伊吹生が「アイツを敵に回すのは賢明じゃない、心春」と忠告すれば、口をへの字に曲げた。
「それ、イブキ先輩に言われたくない」
「そーだよ。あの凌貴サマに言い返せるのってイブキだけじゃん? 先生達だって、担任から学年主任までみーんな怖がってる」
「とにかくアイツを無駄に挑発しないでくれ」
「いや、イブキが一番挑発してるんだってば」
「アイツの話はもういい、食事がまずくなる」
「ほら、また」
「イブキ先輩、矛盾してる」
昼休みが終わりに近づく。
そろそろ教室に戻ろうかと、腰を上げた伊吹生と拓斗に、心春はソレを差し出した。
「いつも話聞いてもらって、お世話になってるので、どーぞ、です」
素直に頬を紅潮させている後輩に小さな紙袋を渡されて、拓斗もまた赤面していたのだが。
「ん!? イブキのとオレの、明らかにサイズ違くない!?」
明確なサイズの差に拓斗はショックを受けたようだ。
「そんなに違わないだろ」
「違うし!? ほらほら! 何ならイブキの袋にオレの袋余裕で入っちゃうし!!」
「拓斗センパイ、そんなに言うなら回収するから。今すぐ返して」
心春に呆れられた拓斗は慌ててセーターの内側にチョコレートの入った紙袋を仕舞う。
「どうもな、心春」
伊吹生が頭をポンとすると、心春はさらに頬を赤らめ、耳たぶまで紅潮させた。
「これ……甫君に渡したくて」
午後の休み時間だった。
携帯に連絡が来て、今は自由登校期間に入っている高等部三年生の彼に呼び出された伊吹生は、目を見張らせる。
「妹からも、もらったと思うけど……ボクも、どうしても渡したくて」
校門前に伊吹生を呼び出したのは心春の兄の今日介(きょうすけ)だった。
凌貴との件があった直後は心身ともに疲弊し、彼の取り巻きに一方的に不条理に責められて登校拒否にまでなりかけた。
『何を言っても許されると思っているんなら大間違いだからな』
だが、伊吹生に兄妹共々庇われて、カフェテリアや中庭でランチを共にするようになって。
些細な時間を伊吹生と過ごすようになって今日介の心の傷は静かに癒えていった。
一時期は凌貴が視界に入るのも苦としていたはずが、気がつけば感情は凪いでいて、自然と受け入れられるようになっていった。
「今まで本当にありがとう、甫君」
今日介は別系統の大学への進学がすでに決まっていた。
一つ年上の彼と向かい合っていた伊吹生は笑みを零す。
「お礼を言うのは俺の方だろ、今日介」
線の細い今日介も、つられて小さく笑う。
ブレザーはいつも全開でネクタイを緩めている、驕り高ぶらない隣人なるアルファに、時間をかけて選んだチョコレートを気恥ずかしそうに渡した。
「ちっちゃい声で話してたのに丸聞こえ、いきなり真横まで接近されてたし。オレ、瞬殺されちゃうかと思った」
「拓斗、また聞かれるぞ」
伊吹生に言われて、慌てた様子で拓斗は辺りを見回す。
「ッ……いや、いくらなんでも、この距離なら聞こえないでしょ」
そこは学園のカフェテリアだった。
広々としたフロアは中高の生徒で賑わっていて騒がしい。
凌貴を含めたアルファのグループは日当たりのいい窓際のソファ席を陣取っていて、壁際のテーブルで食事をとる伊吹生達とはかなり離れていた。
ルックスのいいアルファが集う中、凌貴は群を抜いていた。
眉目秀麗な見た目も当然ながら、高校生らしからぬオーラがあり、所作の一つ一つも洗練されていて特別な存在感を放っていた。
(文化祭……か)
拓斗の話を思い出して伊吹生は無意識に眉を顰める。
去年の十月の文化祭のことだった。
二十代前後と思しきアルファの来客にオメガの同級生が絡まれ、教師を呼ぶ時間も惜しく、伊吹生はすぐさま止めに入ろうとした。
『それはマナー違反です。誰かに言われないとわかりませんか?』
伊吹生よりも先に彼等を制したのは凌貴だった。
少しも尻込みせず、年上のアルファの群れを冷たげに見据えていたのを、よく覚えている――。
「――全能のアルファ様とか言われてる忽那凌貴のことだもん。どこで誰が何を話してるか、取り澄ました顔で把握してるのかもね」
伊吹生達とランチを共にしているのは中学部三年生の心春(こはる)だった。
前年度、上級生のアルファらに寄ってたかって罵倒されていたところを伊吹生が盾になって庇った、ベータ性の少女であった。
ちなみに、そのとき、心春はある人物を守っていた。
彼女の兄だ。
凌貴と関係を持ち、あっさり断ち切られて心に傷を負ったオメガの一人だった。
「私にとっては最低最悪の暴君アルファ様だけど」
「心春ちゃん、それ聞かれたらやばいよ?」
「アイツは私のことなんか眼中にない。だから、こっちの気が済むまで好き勝手に愚痴り続けてやる」
打たれ弱い兄と違い、なかなか気性の激しい心春は勇ましく言い切ってみせる。
向かい側に座る伊吹生が「アイツを敵に回すのは賢明じゃない、心春」と忠告すれば、口をへの字に曲げた。
「それ、イブキ先輩に言われたくない」
「そーだよ。あの凌貴サマに言い返せるのってイブキだけじゃん? 先生達だって、担任から学年主任までみーんな怖がってる」
「とにかくアイツを無駄に挑発しないでくれ」
「いや、イブキが一番挑発してるんだってば」
「アイツの話はもういい、食事がまずくなる」
「ほら、また」
「イブキ先輩、矛盾してる」
昼休みが終わりに近づく。
そろそろ教室に戻ろうかと、腰を上げた伊吹生と拓斗に、心春はソレを差し出した。
「いつも話聞いてもらって、お世話になってるので、どーぞ、です」
素直に頬を紅潮させている後輩に小さな紙袋を渡されて、拓斗もまた赤面していたのだが。
「ん!? イブキのとオレの、明らかにサイズ違くない!?」
明確なサイズの差に拓斗はショックを受けたようだ。
「そんなに違わないだろ」
「違うし!? ほらほら! 何ならイブキの袋にオレの袋余裕で入っちゃうし!!」
「拓斗センパイ、そんなに言うなら回収するから。今すぐ返して」
心春に呆れられた拓斗は慌ててセーターの内側にチョコレートの入った紙袋を仕舞う。
「どうもな、心春」
伊吹生が頭をポンとすると、心春はさらに頬を赤らめ、耳たぶまで紅潮させた。
「これ……甫君に渡したくて」
午後の休み時間だった。
携帯に連絡が来て、今は自由登校期間に入っている高等部三年生の彼に呼び出された伊吹生は、目を見張らせる。
「妹からも、もらったと思うけど……ボクも、どうしても渡したくて」
校門前に伊吹生を呼び出したのは心春の兄の今日介(きょうすけ)だった。
凌貴との件があった直後は心身ともに疲弊し、彼の取り巻きに一方的に不条理に責められて登校拒否にまでなりかけた。
『何を言っても許されると思っているんなら大間違いだからな』
だが、伊吹生に兄妹共々庇われて、カフェテリアや中庭でランチを共にするようになって。
些細な時間を伊吹生と過ごすようになって今日介の心の傷は静かに癒えていった。
一時期は凌貴が視界に入るのも苦としていたはずが、気がつけば感情は凪いでいて、自然と受け入れられるようになっていった。
「今まで本当にありがとう、甫君」
今日介は別系統の大学への進学がすでに決まっていた。
一つ年上の彼と向かい合っていた伊吹生は笑みを零す。
「お礼を言うのは俺の方だろ、今日介」
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