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しおりを挟む「――本当にまだ宜しいのでしょうか」
頭を打って意識を失っていた伊吹生は、鈍い頭痛に苛まれながらの最悪な目覚めを迎えた。
「念のため、誰かスタッフの者をつけておきましょうか?」
顰めっ面で気怠そうに寝返りを打つ。柔らかな寝具の感触が肌にダイレクトに触れると眉間の縦皺は著しく増えた。
「いいえ。必要ありません」
重たい瞼を持ち上げれば四方に広がる天蓋が目に入った。暗色に統一されたベッド一式。寒いくらいに空調が効いている。
全裸で羽毛布団に包まっている状況に伊吹生は唖然とした。
(プールに落ちて、その後、どうなった?)
豪奢な天蓋付きのベッドがよく馴染む寝室だった。火のない暖炉に壁飾りのキャンドルホルダー。ステンドグラスがはめ込まれたアーチ窓。重厚感の漂う内装にモダンな調度品がバランスよく配置されていた。
(ここは恐らくVIPルームだろう)
それにしても、着ていた服は下着も含めてどこへ行ったのか……。
「……拓斗は」
少年の身を案じて上半身を起こしかけた矢先、唯一の扉が開かれた。
「ああ。やっと目が覚めましたね」
一人の青年が寝室へ入ってきた。
百八十は超えていそうなスラリとした長身だった。トップス、ボトムス、身につけているもの全てが黒だ。深黒の髪は満遍なく濡れていた。
「具合はどうですか。頭痛や吐き気はしませんか?」
うっすらと色づく薄い唇が穏やかな声を紡ぐ。
きめ細やかな真珠色の肌。隅々まで整った眉目秀麗な顔立ち。前髪のかかる双眸は闇夜の深みを湛えていた。
(嫌味なくらい綺麗な顔だな)
上半身を起こして見返している内に、プールに落下したときの記憶が徐々に蘇り、伊吹生は頭を下げる。
「プールから引き上げてくれて、どうも。おかげで助かった」
眼差しに危うげな色香を滴らせる美しい青年は悠然と微笑んだ。
「出血はしていませんでした。打ちどころがよかったのが幸いです」
ベッドに浅く腰かけた彼に側頭部を撫でられる。ズキッとした痛みが走り、伊吹生はつい顔を背けた。
「でも。後で腫れるかもしれないですね」
「……君は、ここの常連なのか?」
名乗らずとも互いに「吸血種」だとわかっていた。同種間では直感的に察する。大抵の「普通種」も、雰囲気やオーラで自分達とは異質の存在を見分けることができると言われていた。
「まだ学生に見えるが」
「ええ。僕はまだ大学生ですよ。甫伊吹生司法書士さん」
財布の中の会員証か名刺でも見たのだろう。伊吹生は特に動揺もせず、羽毛布団の下で胡坐を組んだ。
「司法書士というのは、存外、過激なお仕事なんですね」
「さっきのは業務に関係ない。それよりも普通種のバイトが今どこにいるか知らないか? 一人、今すぐ連れて帰りたいんだ」
「血を吸われるだけで死にはしないのに。心配性で大袈裟な司法書士さんですね」
(そうだ、コイツはカーニバルの客なんだ)
「僕はカーニバル・デイが目的で来たわけではありません」
広いベッドに腰かけた青年は、すぐさま自分の心中を見透かされて口ごもる伊吹生を肩越しに見、クスリと笑った。
「何となく来てみたら偶々カーニバルの日だった。そもそも、このイベントには元から興味がありません。血液パックで十分です。わざわざ餌の顔を見て摂取する必要、ないでしょう」
「……」
「豚肉や牛肉を食べるときに、豚さんや牛さんの顔色を窺う必要、ないでしょう?」
助けてもらった身でありながら彼に対する苦手意識がはたらき、伊吹生は一先ずベッドから出ようとした。
(待てよ、初対面の相手の前で曝すのは、さすがに)
着衣を脱がしたのがこの青年ならすでに曝しているわけだが、ついつい躊躇った伊吹生は、突然、館内に鳴り響いた大きな鐘の音にぎょっとした。
「零時。カーニバル開始の合図です」
不穏な音色は天井に取り付けられたスピーカーから流れていた。
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